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第5話 戸惑い

 村人の怪我や病気をビンタで治療する少女の噂は、あっという間に村中へ広まった。俺のランニングを待つ人の数は日に日に多くなる。


 一人ひとりの症状を聞いて、全員ビンタをする。すると、怪我や病気がたちまちのうちに治るのだ。村人へのビンタは、俺の日課の一つになった。


「聖女様、ありがとうございます!」


「なんと、なんと素晴らしいのか、聖女様のお力は!」


「お大事にね」


 前世で俺は徹底的な合理主義に生きていた。理屈に合わない行動は絶対にしない。例え、それが他人を傷つけることになろうとも。


 自分なりに、生き方に筋を通してきたつもりだった。その結果が、社長から線路に突き落とされる悲劇を生んだ。


 殺された事に対して、不思議と悔しさは無い。むしろ、最期に見た社長の涙が頭から離れない。かわいそうなことをしてしまったとすら感じる。


 言い換えれば、俺は死ぬまで信念を貫いたのだ。しかし、その事に何の誇りも持てない自分がいる。


 それが今はどうだ。不合理極まりない力を使うことで、多くの人を救えている。涙を流し、俺の手を取り、跪き、足元にくちづけんばかりに喜んでいるのだ。


 彼らの歓喜を目にすればする程、前世の自分が下らない者に感じてしまう。俺が誇りにしていた物は、それほど無価値だったのか。


ーーーーーー


「やはり私の目に狂いはなかった! リカーレちゃんは、普通の娘とはひと味もふた味も違うと、五年前から思っていたのじゃ!」


 目を細めて絶賛してくれているのは、この村の村長である。俺の噂を聞きつけて、家まで訪ねてきたのだ。


「お姉様、すごい! すごい!」


 大きな声を張り上げて喜んでいるのは、一つ年下の弟、コルネロだ。黒髪の美少年が、無邪気に跳び跳ねているのが何ともかわいらしい。


「ありがとうごぜえます、村長さま!」


 母親と父親は感激のあまり涙を浮かべている。


「先程、教国の親衛隊様へリカーレちゃんの功績をご報告申し上げたところじゃ。エリアスティーゼ様のような、奇跡を世に表す御子じゃと。村長である私も鼻が高いよ。きっと、たくさんの褒美が頂けるだろう」


「へえ、ありがとうごぜえます」


「だが、くれぐれも強大な力に慢心してはいかんぞ。ひとたび油断すると、邪神ヒョットコのように、たちまちのうちに堕落をしてしまうだろう。全てはエリアスティーゼ様のお陰。それを忘れてはならん」


 ヒョットコとは、神聖教典に出てくる邪神である。最初、エリアスティーゼの仲間であったが、格闘や暴力を好み、民を傷つけるようになった為、封印されたという。彼の拳は、山をも砕いたそうだ。


「もちろん、そうならないよう、しっかりと育てます。なあ、リカーレ?」


「うん」


「うむ、うむ。それがよかろう。しっかりと、教国に尽くすのじゃぞ」


 村長は意気揚々と帰っていった。


「本当にすんげえなあ! リカーレちゃんは! やっぱり母ちゃんの子供だ!」


「いやいや~、それを言うなら父ちゃんの子供だからだよ~。リカーレちゃん、今日はごちそうにするっぺ!」


「うん、ありがとう」


「お姉様、すごい! すごいっ!」


 正直、嬉しくはない。ただ、あまりにも無邪気に喜んでいる家族を見ると、おいそれと不満な様子も表すことは出来ない。


 神聖教典は何回も母親から読み聞かせられたが、シュトリーナ教の教義には疑問がつきまとう。


 どう考えても、統治がしやすいように民を調教しているようにしか思えないのだ。


 この村の貧しさが証拠だ。貧しさ故に、ほんの僅かな量しか食卓には出ない。それに引き換え、教国の首都には黄金で出来た部屋もあるという。


 貧しい者には施しを与えるという教えに、自ら背いていると言わざるを得ない。


 そして教義の矛盾もさることながら、不条理な力に身を委ねている自分自身にも違和感を感じる。


 例えるなら、濁った池の中を泳ぐ度に、海藻が足にからみついてくるような。そんな不愉快な気持ちだ。


ーーーーーー


 聖女のランニングを待つ民は、日に日に増えていく一方だ。


 今日も村人へ闘魂を注入していると、最後の一人が三十歳くらいの女性だった。


「昨日、農作業をしていたら転んでしまって……」

 

「わかりました。ちょっと待ってね」


 ん? 確かに膝を擦りむいてはいるが、顔も腫れている。何かに叩かれた跡のような感じだ。事情を聞くと気まずい雰囲気になりそうだな。顔の腫れも一緒に治してしまおう。クソ女神から聖なる力を奪い取り、目の前の女性の怪我が全て治るイメージを浮かべる。


「ほいっ!」


 パシーンっ! というビンタの乾いた音がした途端、膝の傷と顔の腫れは瞬時に治った。


「傷が治った! ありがとうございます……あれ、もしかして、顔も……?」


「ええ。見るからに腫れていたので、治しておきました」


「な、なんてことしてくれるの! 罰当たりな! どうしよう、どうしよう!」


 女性は突如として跪き、ぶつぶつと祈り始めた。他の村人もざわついている。


「ど、どうかしたの?」


「顔の傷は、神罰隊の皆様から頂いた教戒の証。それを消したということは、エリアスティーゼ様に対して無礼千万!」


「教戒って、何?」


「神聖教典 3巻 ジュラール独白記 第2章8節より。『我らが女神エリアスティーゼは仰った。民よ。日が沈んだ後に開墾をしてはならない』 この教えに背いてしまった為に、神罰隊の方より痛棒の教戒を頂いていたのよ。教戒は罰であると同時に、女神様の存在を痛みとして感じる喜びでもある。それを消した罪は重い! 神罰隊に引き渡します」


「ちょっと待って! 私はただ……」


 口答えをする暇も無く俺は村人達に羽交い締めにされ、村の牢獄へと連れていかれた。

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