第4話 ぺチャパイ聖女現る
朝5時。起床。
日の出と共に俺は目を覚ます。
目が覚めたら、まずはラジオ体操だ。前世で知り合いだった工事現場の職人が言うには、ベテランである程、ラジオ体操を本気でやるそうだ。身体の作りを考えると、ラジオ体操の動きはとても理に適っているとのこと。
ラジオ体操の第二が終われば、ヒンズースクワットだ。前世からかねがね思っていたが、ヒンズースクワットは最高だ! 回数を重ねていくうちに太ももがピリピリしてくるが、筋肉が鍛えられている実感がして実に良い。
前世で仕事がうまくいかない時、俺はその場でヒンズースクワットを百回することにしていた。血が巡ると運も巡るのか、必ず状況が好転する。なので、ヒンズースクワットは実に合理的な運動だ。
スクワット後は一時間程野道を走る。決められた速度で、決められたコースを走る。ルーティンというのは、身体だけでなく心を整える効果もあるのだ。
家に戻る頃には母親が朝食を作り終えている。
「リカーレちゃん、火をちょうだい。コーヒーを沸かすから」
「わかりました。『聖炎!』」
世界を救うと言われる聖女スキルだが、今はシュトライフェルツ家の便利屋扱いである。夜になれば『聖光!』で股を光らせて人間蛍光灯もする。
「ありがとう、リカーレ。じゃあ、皆で食事の前のお祈りをするべ」
この国の民は、宗教的な教義を生活の中心に置いているようだ。食事前、食事後、起床後、就寝前の祈りは欠かさずに行う。
家には神棚?のような物があり、ロウソクが灯されて、分厚い書物が祀られている。「神聖教典」というシュトリーナ教の信者が守るべき規則が書かれている本で、シュトリーナ教国の法律ともなっている。
俺は産まれてから母親に毎晩読み聞かせられたので、耳がタコになってしまった。俺は無宗教だから教義を守ろうなんて気はさらさらない。
だが、赤ん坊のうちからこの本を幾度も読み聞かせられていたら、骨の髄からシュトリーナ教の信者になるだろう。
実際のところ、シュトリーナ教の者に子供が産まれたら、赤ん坊のうちから毎晩読み聞かせるよう教典に書かれているのである。このようにして、根っからのシュトリーナ教信者にしてしまうようだ。
教典の内容についてだが、シュトリーナ教の主神エリアスティーゼの言行録といったところだ。彼女は三百年前に実在した英雄だそうで、その時の言葉や行動を教義としている。
エリアスティーゼと言えば、俺をこの世界に送り出したクソ女神と同じ名前だ。あの女は、英雄エリアスティーゼと同一人物なのだろうか。であれば、自分自身を神に祀り上げていることになる。
俺は無神論者で合理主義の塊だ。俺からすれば、こんな宗教で凝り固まった世界は不条理の極みである。
ーーーーーー
そんなこんなで、俺は十歳になった。
プラチナブロンドで、透き通るような白い肌を持つ美少女である。(自慢気)
ぱっちりとした二重まぶたに、エメラルドのような緑眼。人形のように小顔だが、足は細くて長く、同年代の子より少し長身だ。
最初は女の子に転生させられたことに憤慨していたが、これはこれで悪くないものだ。胸が無いのが気がかりだが、もう少し成長すれば出てくるに違いない。うんうん、きっとそうだ。
魔法はと言うと、毎日の練習の結果、威力、精度共にかなり上達している。両親から聞いたところによると、魔法が使えるのはほぼ貴族のみであり、農民が使えるなんて聞いたこともないそうだ。
さらに、魔法がある程度使えるようになるのは十四~十五歳くらいとのこと。俺のように十歳から魔法を操れるのは天才だと言っている。かなり親バカが入っているとは思うが。
両親には秘密にしているが、俺はかなりの高威力、高精度で魔法を使うことが出来る。
『聖炎』は最小火力ならロウソク程度、最大火力なら4トントラック程度の大きさで放てる。最大火力時に地面に向かって射つと、直径5メートル程のクレーターが出来た。
聖女スキルはかなり応用力のある能力だと思う。炎や光を思い浮かべて、クソ女神から力を奪い取るイメージを持つだけで魔法が使えるようになるのだ。今後も引き続き鍛練は続けていこう。
そんなことを思いながら日課のランニングをしていたところ、子供が道端でうずくまっているのを発見。人づきあいがあまり得意ではない俺は、三メートル程離れた木の陰から、じっと様子を伺った。
「痛いよー! 痛いよー! そこの木からはみ出しているお姉ちゃん、僕を教会へ連れていってよ!」
隠れていることは瞬時にばれた。何らかのスキル持ちだろうか……。
やれやれ。子供は誰かれ構わず話しかけるから嫌なんだ。もっとも、今の俺は十歳だが。教会では聖職者が魔法によって村人の傷や病気を癒している。子供は俺をそこに連れて行こうとしているのだ。
「少年よ。君の言うことは合理的ではない。このか弱い私に、教会まで君を背負っていけと言うのかい?」
「じゃあ、お姉ちゃんが僕の傷を治してよ!」
どうやら、少年は転んだ拍子に膝を擦りむいたようだ。傷口から血が滲んでいる。聖女スキルで光や熱を出せるくらいだから、ケガも治せるのだろうか?
「なるほど。とりあえずやってみよう。集中するから少し待ってて……」
「出来る訳ないだろ! このぺチャパイ女!」
「うっさいわ! クソガキ!」
「うわー、殴らないでよ、いたい! ……あれ? 膝の傷が塞がって、血も止まってる! すごいすごい!」
クソガキから悪口を言われて反射的にビンタをしたところ、何と膝の傷が治ってしまった。傷口が治るイメージを浮かべていれば、何をしてもスキルの効果は発動するのだろう。そんなことよりも……。
「少年よ。私をぺチャパイと判断するのは尚早だろう。私はまだ十歳! 成長期はこれからなのだ。あと二~三年もすれば、チョモランマのような二つの美峰が……」
「ぺチャパイ聖女様だ! 皆にも知らせなきゃ!」
行ってしまった。ちっ、クソガキが。私のチョモランマをなめるなよ。どうせあいつのだって、せいぜいポッキーくらいの代物だろう。山で例えるなら六甲山くらいに違いない。チョモランマの前にあえなくひれ伏すが良い……。
そんなことを考えながら、俺は家路についた。
ーーーーーー
次の日の朝、ランニングの途中で異変が起こった。
昨日、クソガキの治療を行った場所で、人だかりが出来ているのだ。よくよく見れば例のクソガキもいる。
「みんな! あの人がぺチャパイ聖女様だよ! あの人がビンタをしたら、傷があっという間に治っちゃったんだ!」
「ぺチャパイ聖女様、どうかワシの腰痛を治してくだされ。このままでは農作業が出来ません……」
「ぺチャパイ聖女様! 昨日腕の骨を折ってしまって、痛くて痛くて……」
「ぺチャパイ聖女様。私は胸が大きいせいか、肩が凝って仕方がないのです。肩凝りを取ってくださいませ」
どいつもこいつも、俺を怒らせたいのだろうか? 揃いも揃ってぺチャパイぺチャパイ言いやがって! 三人目の女は、どう考えても俺に対する嫌味に違いない。
ビンタをしなくても痛みは取れるが、腹いせも込めて三人ともビンタをしてやった。もちろん、痛みが無くなるイメージを込めて。
「おおっ、すごい! 腰痛が消えた!」
「腕が治ってる! 奇跡だわ……」
「肩凝りが取れた! 小さい頃から胸が大きく、肩凝りで悩んでたんです。ありがとう!」
何とも複雑な気分だが、感謝をされてるのでよしとしよう。ちなみに、ポッキーのクソガキには、最後に普通のビンタをかましてやったが。
この噂は瞬く間に村中に広まり、俺のランニングを待つ村人達は、日に日に増えていった。
このことが俺の人生の大きな転機になるとは、まだ知る由も無かった。
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