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第五十六話 不協和音

「《七魔王》よ、ここに命ずる。ただちに結界を解き、その者たちに《異界渡り》の秘儀をここで示させよ。これは我が主の意思なり」

「な、なんじゃと!? そんな勝手な――!!」


 あまりに横暴で、あまりに勝手すぎる高圧的な言い草に、議長を任されたドワーフ族の首長、グズウィンは怒りをあらわに喰ってかかったが、


「勝手? 勝手だと言ったのか、グズウィンよ?」

「……っ」

「はっはっはー! 喧嘩はやめとけって。だろ? 《天空の魔王》()()()さんよ?」


 代行者、だって!?


《憤怒の魔王》を名乗るオークの族長、ン・ズ・ヘルグがからかい混じりに発したセリフに俺は驚愕した。あの時のあいつは圧倒的な力の象徴だった。にも関わらず、代行だというのか?


 そんな驚きとともに、俺は今まで抱いていた違和感に納得する。彼ら種族間でどれだけの格差があるのかは想像もつかないが、それでも『たかが代行者』に敬称もつけず呼び捨てにされる筋合いはなかろう、とグズウィン議長は不満を抱いているに違いない。


「余計な口を挟むな。……たかがオークの分際で」

「おいおいおいおい! それも、お前さんの『主』とやらの本心だってえのか? ええ!?」


 よほど(うと)ましかったのか《天空の魔王》が思わず漏らしてしまったひと言を聞き漏らさずに、ン・ズ・ヘルグは乱杭歯(らんぐいば)()き出しにして唾を飛ばしながら(まく)し立てた。それでも《天空の魔王》は少しもたじろがない。むしろ、相手にする時間すら勿体ないと言わんばかりの態度だ。


「大体だな? その『(あるじ)』ってのは、今もご健在なんでございやすかね? ええ? 代行殿?」

「貴様が知る必要はない。少なくとも貴様だけは」

「へへー! そりゃ失礼を。万にひとつで生きてらっしゃるんなら、よろしく伝えてくれよ!」

「………………なにが言いたい?」

「おいおい。俺様はなにも言ってないぜ? だろ? ……ッッッ!?」

「お願いだから、ふたりともやめて。剣を納めてくれないかしら、《天空の魔王》代行者?」


 エルフの族長、フローラ=リリーブルームは、自分とグズウィンの頭上に差し伸べられた鈍い輝きを帯びた剣をじっと見つめ、努めて冷静さを保ったまま慈悲を乞うた。しばらくはそのままだったが、やがて《天空の魔王》代行者は静かに剣を腰に差した(さや)へと戻す。


 アリーナ中に、溜息に似た呟きが広がった。


(どうやら、あの《天空の魔王》の代行者は、他の《六魔王》からも疎んじられているらしい)


 それが俺の偽りない感想だ。


(けれど、それでも表立って逆らうことは難しい、か……。どうして『代行者』なんだろう?)


 普通に考えたらあり得ないことだ。

 いくら《天空の魔王》にずば抜けた腕力や権力があろうとも、相手はたかがその代理人だ。


 しかも、俺の記憶が定かなら、自らを『闇の陛下の(つか)い』と名乗った《常闇の魔王》、キュルソン・ド・ヴァイヤーもまた、その言葉が示すとおり、代理人かもしくはそれに近い存在であるはずだ。前にエリナが教えてくれたことだが、彼は悪魔族の代表ということらしい。


(もしもこの世界においての悪魔が、俺の元いた世界と同じなのであれば――だけど)


 七十二柱の頂点に君臨するのは、皇帝ルシファー、君主ベルゼブブ、大公爵アスタロトの、いわゆる『三精霊』と呼ばれる者たちだろう。なのであれば、その『三精霊』を軽々しく呼びつけるのは不可能である、と言われても納得がいく。むしろ、なにかの手違いででも雁首揃えてこの場に集まってしまったとしたら、そこは地獄よりも怖ろしい空間となるだろうからだ。


「………………そろそろ、よろしいでしょうか?」


 張り詰めた糸のような空気を乱したのは、エリナの控えめなひと言だった。


 状況を理解していないのだろうかとでも問いたげな傍聴人たちの刺すような視線を物ともせず、弁護人エリナ・マギアは、どこか諦めにも似た色をその白い顔に浮かべてこう続けた。


「今、この場において求められるこたえとは、ここにいる二人の証人に対して、その身の潔白と証言の正しさを明らかにさせることである、と私は考えます。そのことについて、ご列席の《七魔王》様がた、皆様がたのご意思とご意向を、今一度お(うかが)いできますでしょうか?」


《天空の魔王》代理人は、忌々(いまいま)しげに発言者を見つめたが、その口が開かれることはなかった。その代わりに、先程までと同様にその場に立ち尽くしたまま、首を巡らせて他の《六魔王》の様子を(うかが)う。が、しばらくは誰ひとりとして動かず、また視線を合わせようともしない。



 やがて、



「やらせりゃいいんじゃない?」


 両手を頭の後ろで組み、強張(こわば)った身体を伸ばしてほぐすかのように、ぐぐっ、と背中を()らせて言い放ったのは、《蛮勇の魔王》、獣人族の首長、リオネラだ。赤い髪の下で、琥珀色のくりくりとした瞳が面白がっている風にきらきら輝いている。


 が、そのセリフと態度は、当事者のものとしてはいささか軽率すぎた。


「それはお前さん個人のお気持ちという奴かね? それとも獣人族の総意かね? リオネラ?」

「どっちでもいいじゃない、そんなこと。それより今は《七魔王》の総意を示す時、でしょ?」


 リオネラは、グズウィンの方へ視線を向けることすらせずに、そっけなくこたえた。はじめてみた時にもそうだったが、慎重で、不用意な発言を控える腰の重いグズウィンに対し、即断即決、見方によっては奔放ともとられかねない自由気ままなリオネラの行動と発言は、あまりにも噛み合っていない。席次を決めるのに苦労した、と話していたところを見ると、やはりその関係は良好とは言い難いのだろう。


「他の者はどうなのじゃ? 聞かせて欲しい」

「ワたし……ハ……賛成すル……」


 次にアリーナを震わせたのは、漆黒の洞窟を抜ける冷風のような亡者の叫びに似た声だった。彼の者こそ《不滅の魔王》、不死者・ノーライフキング。ローブの上にふわりと浮かぶ腐食した豪奢な王冠の下には(もや)のような影が(うごめ)いている。だが、審問会で彼が自らの声で喋ったのは恐らく数えるくらいなのだろう。傍聴席はもちろん、《七魔王》の中にも動揺が見てとれた。


「ならば、私もこたえねばなるまい。この私、キュルソン・ド・ヴァイヤーも賛成に一票だ!」

「これで四票。決まり……ということかしらね」


 即座に締めくくったのは、エルフの族長、フローラ=リリーブルームだったが――。


「いや、まだだ。エルフの女王よ」


 しかし、そこで首を振り、異を唱えたのは、他ならぬ《天空の魔王》代行者だった。


「あら、どうしてかしら? もう貴方がたの勝利は確定したというのに」

「貴女たちの意向を聞いていない」

「もう、どちらでも意味はないわ。違う?」

「意味があるかないかは問題ではない。《七魔王》として、おのが意志を示せ。それは()()だ」

「義務……ですか」


 フローラ=リリーブルームは、神秘的とすら思える彫像のような表情をわずかに(しか)めると、しばらく口を(つぐ)み、それから吐息のごとく言葉を吐く。


「わたくしは反対です――これでよろしいかしら?」

「なぜだ? と問いたい」

「……わたくし以外の者が、そのワケを口にしていないのにも関わらず、ですか?」


 そのもっともな問いに、《天空の魔王》代理人は無言で応じる。

 そして、長い沈黙の後、フローラ=リリーブルームは再び口を開いてこう告げたのだった。


「《異界渡り》の秘儀……それがわたくしたちの世界になにをもたらしたのかを存じ上げているからです」




お読みいただき、ありがとうございました♪




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