第五十一話 悔恨すれど、時は戻らじ
「じょ、冗談、です……よね?」
しばらく俺の知らなかった情報の共有と、互いの現在の状況報告をした後、ベリストンさんの口から発せられた言葉に俺の浮かべていた笑みはたちまち強張り、舌は呆気なくもつれた。
「いいえ――」
だが、ベリストンさんは頑なに首を振る。
「この期に及んでつまらぬ冗談なぞ申しますまい。王国魔――いや、しがない魔術士であるこの爺めは、あなた様の無実を勝ち取るためとあらば、進んで己の罪を認める覚悟でございます」
「そ、そんなの! 絶対駄目ですよ!?」
「いえ、よろしいのですよ」
ベリストンさんは目元の皺をさらに深々と際立たせて頷いた。
「すでにこの身は、幾多数多の罪を追っております故。いまさら逃げも隠れも致しません」
「……い、いやいや。逃げましたよね?」
「ええ、確かに」
俺の冷静なツッコミにも少しも動じず、ベリストンさんは続ける。
「確かに仰せのとおり。しかしながらあれは、まだ歳若い魔導士たちの身を案じてのこと。彼らが無事に逃げおおせた今でこそあれば、我が身ひとつなぞ、少しも惜しくはございませぬ」
「そう……だったのですね……」
「ええ。あの時、晴れて自由の身となったわたくしめは、すでに望みを果たしております故」
「望み、ですか……?」
「はい! ずっと――ずっと参りたいと恋焦がれておりましたのでございますよ!」
……ん?
なんか、目の輝きが変わった――というか、妙にキラキラ――いや、ギラギラしはじめた!
初対面の時には枯れ木のごとき侘び寂びテイスト満載だった、あのぺリストン魔導士長だったのだが、今はまるで全身に美容液を塗りたくって丸一日漬けておいたくらい、生き生きとしはじめたではないか。ベリストンさんは唇の端に泡を溜めつつ、早口でこうまくし立てる。
「あのように見目麗しい女人たちが、この卑しい爺めを偉大なる王のごとく褒めたえ、白栁魚のようなほっそりしっとりした指で撫で擦り、金華鳥に似た心震わせ締め付けるような甘く切なげな声で、『ねーえ? もう一本、蜂蜜酒、開けちゃってもいいでしょ?』と囁いて――!」
ちょっと。
「あの業突く張りの王にも少しは感謝すべきですな! なにせ、報奨は多けれど、城の中に閉じ込められっぱなしで昼夜を問わず働かされておれば、嫌でも財は貯まりますからな! 故w」
故w、じゃないでしょ。
しかも、望みだ、夢だと壮大なプロローグ入れといて、この爺さん、キャバクラ行っとる。
目の前の助平爺がどのくらいカモられたのかとか、そもそもこの世界にキャバクラあるんだとかいう好奇心は別として。どう考えてもこの爺さん、今日明日死ぬ気はなさそうなんですが。
とは言え。
そもそも俺の仇は、あの諸悪の根源である暴君、ユスス・タロッティア五世ただひとりで。
「ま、まあまあ……。お気持ちは凄く、すっごくありがたいんですけど。俺は、俺の仲間と力を合わせて、俺たちの力だけで勝利を勝ち取るつもりですよ。犠牲者や殉教者は要りません」
「そうですか……では、そのように」
急にテンションが下がったのか、しゅん、としてしまった老魔導士はフードを被った頭を深々と下げた。その姿勢から顔だけを上向けて、こう付け加える。
「それならば、せめて陰ながらのお手伝いだけでもさせてくだされ。腐っても長でございます。各地に散った同志たちの力を借りることで、調査、諜報、扇動、攪乱と、なんでもござれです」
「後半の奴は……罪が増えそうなので結構です」
一緒にいるところを見られただけでも、危険分子としてマークされそうである。
「あ、そっか……。じゃあ、あの傲慢王の居所を探してもらう、っていうのは?」
「もちろんよろしいですとも」
「ははは……。……え? もしかして、すでに掴んでたりしますか、あいつの居場所!?」
「それが――まだ」
嘘ではない、と顔に書いてあった。
「我らとしても必ず捕まえ、陽の光の下に引きずり出し、正統な裁きを受けさせるべく奮闘しておりますとも。ですが……あの《転移の宝玉》は、類稀なる力を秘めておりまして、ですな」
「と……言うと?」
「異界よりお越しのあなた様にもお分かりやすきよう簡単、簡潔に申し上げるならば、あの《転移の宝玉》を使えば、妖精たちの秘儀《異界渡り》をも成し遂げることが可能なのです」
「え………………!?」
ということは。
あのユスス・タロッティア五世の逃亡先は、俺の元いた世界である可能性すらあるってこと?
驚愕する俺の表情を見て、慰めのようにベリストンさんがこう付け加える。
「とはいえど、あの《宝玉》に封じられる魔力には限りがありますし、ひとたび使えばその分魔力も減じます。少なくともすでに『一度』使われておりますからな。遠くへは行けますまい」
「でも……魔力の再充填は可能、なんですよね?」
「ええ。いかにも」
恭しく頷くベリストンさん。
「ですので、そこが尻尾を掴む良き機会だと目を光らせております。すでに各地の魔導士組合には、我らの同志が潜入済みですから、姿を現わせば、その時がきゃつめの終わりとなります」
「その時は、俺にも知らせてもらえます?」
「ええ。必ずや」
よし、これでこっちの件は目途がついたぞ。
魔導士らしく、深々とフードを被ったまま胸の前で袖口を合わせるようにして一礼したベリストンさんは、最後に、とこう付け加えた。
「あなた様は……あの妖精を恨んでおりますか?」
「え……!? あ……いやいや。可哀想だなとは思いましたけれど、恨んだりは――ちょ――」
「それは、良かった」
このタイミングで顔を出すのはマズそうだと再びもぞもぞしはじめた胸ポケットの中のフリムルを押し戻していると、ベリストンさんは俺の予想していなかったセリフを漏らした。ひょっとして、フリムルを探し出せば俺の無実は証明できる、とか言い出すものと思っていたのだ。
ベリストンさんは、哀しげな笑みを口元に張りつかせてこう続ける。
「あの者、フリムルは、儂が妖精界から人間界へと連れてきたのです。とは言っても、妖精界というのは見つけるのが困難なだけで、決して別の次元や異界にある『遠い土地』ではありません。正しき手順と、良い行いをもってすれば、誰でも行くことはできる場所なのです」
「誰でも、ですか?」
「左様で。まあ、少なからず運も必要でございますけれど」
伏せられたベリストンさんの目が、一瞬、ちらり、と俺の胸ポケットを見た気がする。
「そこへと単身赴いたわたくしめは、幸運にも大妖精、ソフォラ・グム・ファミリアムへの謁見を許され、そこであの者、ソフォラの娘のひとり、花の妖精、フリムル・ファムと出会ったのです。そして、フリムルはわたしどもの語る人間界の様子にとても興味を抱き、意気投合して、共に城へ参ることになりました。しかし……あの者は恨んでいましょう、儂のことを――」
「どうして、です?」
「あれはまだ若い。長命な妖精族の中でも、若く幼いのです。なのに、王は半ば強引に不慣れな《異界渡り》の秘術を使わせた……何度も何度も。さすがにフリムルも嫌と言ったのですが」
「酒、という『堕落』を教え与えた……違いますか?」
「……仰るとおりでございます」
老魔導士の、怒りと後悔の入り混じった表情から察するに、与えたのはあの王だ。
「もしも――ですが」
そしてベリストンさんは、最後の最後をこう締めくくった。
「あの者に会うことがあれば、救ってやってくだされ。そして、もしも叶うのであれば――あの者を、元の妖精界に戻してやって欲しいのです。あなた様に負わせるべきことではないと分かってはおりますが……どうか、何卒」
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