第四十六話 守りたいもの
「……俺はルフィじゃないっつーの」
はぁ……とため息をつき、俺は、俺にしかきっと分からないであろう愚痴を溢していた。
「なによ、ルフィって?」
「い、いや、言っても分からない話。とにかく特に意味なんてないから」
とりあえず、本日のルゥナの日、二回目の糾弾人の日は終わった。
今回、俺にかけられた嫌疑は『ユスス・タロッティア五世の暗殺を目的とする殺人予備罪』および『旧・ヴェルターニャ王国の実権支配を目的とする内乱陰謀罪』ということになる。なんだかスケールがクソデカすぎて頭にすんなり入ってこないが、
・はじめからユスス・タロッティア五世の殺害のために妖精の《異界渡り》を利用した疑惑。
・ウンディーネのマルレーネ・フォレレが証言した俺の発言『俺は王になる』の真意。
が、それら罪状の根拠であり証拠となっていた。
しかし――。
「今回は楽勝よねー! なんたって、こっちには勇者Aを召喚した張本人の妖精がいるんだし」
「……」
「おい、勇者A? すっかり黙り込んで、どうしたんだ?」
閉廷後、早速《正義の天秤》魔法律事務所に戻り、今後の動きの確認をするという円卓会議中に、むっつりと考え込み、想いを巡らせていた俺に、副所長でもある吸血鬼のハールマンさんが心配げな顔つきで尋ねる。
俺は――しばらく考えてから――こうこたえた。
「フリムルを証人として呼ぶのは避けたいんです」
「はぁ!? どうしてよ!? たったそれだけで、妖精違いだって証明できるのに!」
「所長、ちょっと確認したいんですが、いいですか?」
「良いわよ? もちろん」
今日もド派手なまるでバブル期のお立ち台クイーンのような極彩色のボディコンシャスな超ミニスーツを身に纏い、見ている方の腿がひりひりするほど太ももをすり合わせるようにウォーキングしていたゴリマッチョのイェゴール所長が、立ち止まってウルバリンのような爪の生えたキングサイズの手をひらひらさせた。
「もし……もしもの話ですけれど。今回の嫌疑で関係性を認められた妖精はどうなるんです?」
「ウフン。そうねぇ――」
見る人によっては凶器でも、当の本人は今日のネイルの出来映えに満足らしい。
うっとりと眺めてから、その指先を俺に突きつける。
「殺人の共謀……とまではいかないでしょうけれど、幇助の罪を問われると厄介かしらね」
「で、でも! その場合、たとえば俺にその意思があって、それを知った上でないと――!」
「そっちの世界ではそうなのかもね。でもここでは、偶然であれ故意であれ、なにかしらの罪が課せられることになるわね。まったくの無関係ではないのだから」
殺人幇助とは、たとえば殺人の意思があるものに対して凶器である銃やナイフを、殺人の目的で使うことを知りつつ提供したものに問われる罪だ。だがしかし、たとえばそうとは知らずに包丁を売ってしまったスーパーの店員は、当然幇助の罪には問われない。
それに、だ。
「あの……よろしいかしら、所長?」
俺の想像しているストーリーをうまく汲み取ってくれたのはラピスさんだった。
「そもそもの話、ですわ。人間族の王は殺されてなどおりませんし、国家転覆にしたって実現はできなかったではありませんの? それであれば、幇助の罪は発生しないと思いますわよ?」
そうなのだ。
もしも俺が大悪党で、さっきの筋書き通りにすべて計画の上で『この世界』に乗り込んできていたのだとしても、その恐るべき計画はひとつも成功していないどころか実行もされていないのだ。となると、いわゆる『そそのかし』にあたる教唆や『援助または補助』である幇助いずれも成立しなくなってしまう。これを難しい言葉で言うと『実行従属性』というのである。
「ふむ、それはラピスの言うとおりだな」
「でしょう?」
「でも、だ」
ハールマンさんはイェゴール所長と視線を交わしてからこう続けた。
「少なくとも、勇者をこの世界に送り込んでいた、という罪には確実に問われるだろう。この場合の主たる目的は、『魔族の根絶』と『この世界の支配』だ。それに関していえば、幇助の罪は免れられないだろうな」
「ですよね……」
糾弾人、エルヴァール=グッドフェローがいかに無能であろうとも、その機を逃す訳がない。しかし、俺の懊悩をよそに、エリナはまだ理解ができないとばかりに眉を顰めた。
「そっちはどうだっていいじゃない。まずはあんた――勇者Aが助かる方法を考えないと――」
「そういうワケにはいかないよ、エリナ」
俺は首を振る。
そして、タイミングよくふよふよと力なく飛んできた妖精をなるべく優しく捕まえると、両手の中にちょこりと座ったそのふくれっ面に話しかけた。
「よう、フリムル。調子はどうだ?」
「なんだかー調子できないのですよー。ううう……ほんの……ほんのちょっとだけ、アレを」
「駄目だ、って言っただろ? もうお酒は一切無しだ。約束したじゃないか」
「だーよねー。わかってたぁー。ううう……」
今日のルゥナの日までの数日間。
俺とエリナは、次の糾弾の対策そっちのけで、この哀れな妖精、フリムル・ファルの治療に専念していたのだった。
フリムルの身体を蝕んでいた『飲酒』という悪癖は、小さな彼女の身体に恐るべき変化をもたらしていた。少女らしい張りのある肌はたるみ、皮膚の色はくすんで、ただでさえ本能的な行動が多い妖精の思考を余計に直情的にさせていた――酒、頭の中はそれだけだった。
俺はあまり気が進まない様子のエリナをなんとか説得し、フリムルの身体から『アルコール』という毒物がすっかり消えてしまうまで面倒を見ることにしたのだ。禁断症状、離脱症状は想像を絶するものだったが、何度も罵られ、噛みつかれ、引っかかれても、俺は諦めなかった。
おかげでひとまずの安定状態まで漕ぎつけたのだが――まだ油断はできない。
「ごめんな、フリムル。今さ、すっごく大切な話をしているところなんだ。俺の部屋に行って、おとなしくしていてくれよ。終わったらすぐ行くからさ。またこの前のゲームをやろうぜ」
「うんうん! わかったー!」
そうしてまたフリムルは、ふよふよ、と蝶のような羽根を羽ばたかせて飛んでいく。
その姿を見送ってからみんなの方へ向き直ると、注目を浴びていたことに気づき、縮こまる。
「す、すみません。俺のために開いている会議なのに。さあ、続けようぜ」
そのセリフを聞いて、やれやれ、と苦笑しながら口を開いたのはハールマンさんだった。
「なら、仕方ないな。別のセンからエルヴァールの主張を崩すとしよう。なあに、手はあるさ」
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