第四十二話 魔法律事務所、動く。
かつてヴェルターニャと呼ばれていた国の、かつてウェストンと呼ばれていた中央都市から少し西に離れた港町、ピスシスに、ひとりの魚人の男がふらりと訪れていた。
「いやぁ、随分と久しぶりだな、これ。まずは……港にいる連中に声かけてみるか、あれ」
《正義の天秤》魔法律事務所所属の所員、マッコイである。
降り注ぐ暑い日差しを避けるように、麦わら帽子を被っていたマッコイを見つけた別の魚人は、にやり、と笑みを浮かべると、気づかれないように背後から近づいて、一気にバケツの中身をマッコイの頭からブチ撒けた。
「うおっ! 冷てぇっ!? 一体何しやがんだってんだ、これ!」
中身はキンキンに冷えた氷水である。
身体は冷えたが、休暇用に新調したアロハシャツもハーフパンツもびしょびしょで、被っていた麦わらに至っては、しなびて簾のようになってしまった。そこに笑いが追い打ちをかける。
「日除けなんて被って澄ましてやがる都会っ子がいたからよ、ほれ。さぞ暑かろうと思ってさ」
「コッド! お前、コッドだな、これ! くっそ……これ、結構高かったんだぞ、これこれ!」
口では怒りの言葉を並べ立てながらもマッコイは嬉しそうな表情を浮かべ、とんでもないことをしでかしてくれた漁師の男――コッドの首に乱暴に腕を回した。ついでに顎髭を引っ張る。
「一丁前に髭なんざ生やしやがって、これ! おい、コッド、元気でやってたか、それ!」
「まあまあだな、今は、港の顔役をやってるぜ、ほれ」
コッドは大きな腹を隠す意図で隠し切れていないフィッシングベストのポケットからカードを取り出してみせる――ピスシス中央港漁業長・コッド・ハッテラス――これは都合がいい。
「出世したな、これ! 今日は漁、終わりだろ? じゃあ、昇進祝いと洒落こむぞ、これ!」
真っ昼間から、タダで、合法で酒が飲めるなんて、出張も悪くないな、これ――。
そうマッコイはほくそ笑み、旧友と共に酒場に消えていくのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて。
かつてヴェルターニャと呼ばれていた国の、かつてウェストンと呼ばれていた中央都市から遠く、はるか遠く東に離れた賑やかなりし街、アニマティアに、時代錯誤のスケバンのような丈の長い紺のセーラー服を着た女と、その隣で困ったように微笑んでいるママみのある女のコンビが訪れていた。
「さーってと!」
――ぽき、ぽきり。
スケバンコスプレの女ははやる心を抑えきれず、代わる代わる拳を手のひらで包んでは、指をぽきぽきと鳴らしてほぐしている。が、隣のどうやら微笑みの形がデフォルトらしい糸目の優しげなお姉さんは、そんな相棒を横目になおも心配そうに眉を寄せてこう言い聞かせた。
「ねーえ、チー? 喧嘩修業に来たワケじゃないのよ? その物騒な態度はやめてちょうだい」
「ったってよぉー、ウー姉? もしも――もしもだぜ?」
チー――《正義の天秤》魔法律事務所所属の所員、フーチーは、にやり、と口端から八重歯――というより、完全に凶器認定されるほど鋭い犬歯だったが――をむき出して続けた。
「とっ掴まえた奴が、なかなか口を割ろうとしなかったら……そりゃあもう、合法だろー!」
「まったく、あの事務所で何を勉強したのかしら……というか、あたしは元・所員なのよ?」
「よーするに、予備役みたいなモンだろ? ならオッケーじゃんよー」
「なにもオッケーじゃないんだけど……もう」
そう言って、《正義の天秤》魔法律事務所所属の元弁護人、現在は《割烹料理・御首級亭》の給仕のフー・ウーは困った顔つきのまま、喜び勇んで歩き出した妹、フーチーを追い駆ける。
「手始めに……やっぱ酒場だよなー! お、いーとこみっけ!」
「ダーメ! チーは一杯でも飲むと、もう仕事にならないでしょ? お酒は禁止、です!」
「ちぇーっ。……じゃあ、父ちゃんのライバル店に突撃して、味のリサーチしよーぜー?」
「それなら……いいかも知れないけど……。あっ! ちょっと、チー!?」
思いついたら即行動! のフーチーは、姉のひと言に気を良くして、ちょうど目の前に建っていた、ひときわ賑やかしい料理店《大衆食堂・豹々飯店》のドアを勢い良く開け放った。
数分後――。
どがんっっっ!!!
という騒々しい音とともに、大きな交差点の角に建つ店の東南に設けられた木枠の窓をぶち破り、何人かの客が路上へと放り出された。
のちに哀れな犠牲者は語る――虎は二匹いた、と。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして。
「はぁ……」
舞台は、かつてヴェルターニャと呼ばれていた国の、かつてウェストンと呼ばれていた中央都市に戻る。
「どうせなら、俺も他の街に行ってみたかったなぁ……」
「な、何よ!? このあたしと一緒なのがご不満なワケ!?」
「いやいや。そこには不満なんてないし、むしろ嬉しいんだけどさ――」
なんとなく流れでこたえたのが失敗だったらしい。
するり、と本音が出てしまって焦る俺である。
横目で、そろり、と隣の様子を窺ってみると――。
「――おっふぅ!」
「ななななに見てんのよっ!! 蹴り飛ばすわよ!」
「……そういうのは、蹴らない時に言って欲しいセリフ、ベストワンなんだけど……痛たたた」
しかし、瞬足の蹴りを放ち終え、残心の構えをとっているエリナの顔が真っ赤すぎて、直視が出来ない。
ななななにこいつ意識なんてしちゃってんのぉおおお。
いや待て落ち着け俺。
「だっ! 大体っ! 出張ってなったら、宿に泊まるじゃない!?」
「お、おう」
「宿がたまたま一部屋しか空いてなくって、仕方なくそこにふたりで泊まることになって!?」
「お……おう?」
「そうしたら……あわわわわわ……!!」
しゅっ! しゅっ! と鋭く速い蹴りを連発しながら、なぜか真っ赤になって顔を両手で覆っているエリナである。というか、見えてないのに割と狙いが正確なの、仕様なんだろうか。
「……と、というか、だな?」
いつまでもこの調子ではまともに聞き込みもできないので、会話を反らすことにする俺。
「あの『七魔王』たちも、それぞれの配下を使って捜索しているんだよな――王とその一派を」
「ご……ごほんっ! ……だと思うわよ?」
真面目な話を振られて、ようやくエリナは妄想モードから復帰したようだ。
咳払いをひとつ。
「だって、いつまでも逃げられたままだと、王の威信に関わるじゃない。それに、連中がこの平和を乱そうとする企みをしないとも限らないわけだし。処遇はどうであれ、捕まえたいわよ」
そう。
ハールマンさんが言っていた『例のアレ』とは、人間対魔族の戦争を引き起こした張本人でるヴェルターニャの統治者、ユスス・タロッティア五世およびその残党の捜索活動だったのだ。
彼らを確保すれば、この俺、《被告人・勇者A》にかけられた嫌疑は晴らすことができる。
だが、もし『七魔王』の配下の者たちに先を越されれば、最悪、その場で断罪されて証言ができなくなる恐れがあった。だからこそ、俺たち《正義の天秤》魔法律事務所のメンバーでそれに先んじて彼らの身柄を確保しなければならないのである。
そこで俺は、ふと、疑問に思う。
「そういえば……ハールマンさんの立てた計画に、あの妖精が含まれてなかったんだけど?」
「妖精はねえ……。妖精ってみんな似たようなものだし、見分けがつかないからよ」
「そ、そうか? うーん……」
割とキャラの濃い妖精だと思ったんだけど。
そんなモンなのかな。
と、その時だった。
鼻先をしきりにくすぐるエリナの方から漂うやたらいい匂いがするそよ風の中に、強烈なアルコール臭が前触れもなく混入してきたのは。
「……うぐっ! 酒臭っ!」
俺は思わず顔をしかめ――満面の笑みを浮かべ――ついでに尻に良いのを一発貰い走り出す。
お読みいただき、ありがとうございました♪
少しでもおもしろい! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです。
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、どうか応援のほどよろしくお願いします!




