第四十一話 ひとつの勝利
――パァン!
「しゃあっ! ……よくやった、エリナ! グッボーイ、グッボーイ!!」
「はうっ……! なんか、そこはかとなく馬鹿にされてる気がするのだけど……悪くないわ!」
ハイタッチをしたイキオイっつーかノリで、わしゃわしゃわしゃー! とエリナの頭を掻きむしってやると、どういうワケかエリナの方も満更でもない表情を浮かべながら、されるがままに俺のいささか乱暴な労いを払いのけようともせずにやにやはぁはぁしている。犬かお前。
しかし。
「あんたたちって……本当に何にもないの? ことあるたびにイチャつかないでよ、もう……」
目に染みるようなネオングリーンのミディアムドレスを身に纏った、悪夢に登場するゴリマッチョな妖精のような姿のイェゴール所長が現われて、煙たがるように手で払う仕草をする。
「「あ、ありませんって!」」
「まあ息もピッタリ……まあ、いいけど」
と、ため息をひとつ吐いてから、にんまりとイェゴール所長は微笑んだ。正直、怖い。
「それにしても……! あんたたち、ホント、良くやったわね! あの、クソ――失礼――エルヴァール=グッドフェローが『訴えを取り下げる』ですって! 見た? 見たわよね!?」
「ま、まあ、当事者ですし」
俺は渾身のベアハッグ――違った――包容力抜群のハグに包まれ、息も絶え絶えにこたえた。
「それに『取り下げる』って言っても、ひとつ目の嫌疑『コボルドの夫および息子殺し』についてだけですよ。まだ最後まで安心はできませんから」
「にしたって上出来よ! もうン! ステキ! 惚れちゃいそうン!」
みきみきべきべきと俺の背骨が悲鳴を上げている。互いの身体の隙間に肘をねじ込んで距離をとろうとするが、まるで歯が立たない。誰かー! 男の人、来てー!
「……そこまでにしてやれ、イェゴール。勇者Aクンがのぼせあがって倒れちまう前に」
助けに入ってくれたのは傍聴席にいたらしいハールマンさんだった。さすがは副所長、実に扱い方がうまい。ようやく解放されて新鮮な空気を思いっきり吸っているとこう尋ねられた。
「しかし……サキュバスの《催淫》に、『対象者が嘘をついたら発動する』なんて特殊効果があるなんてな。この俺でもはじめて知ったよ。いやはや、勉強になった」
「……へ? ありませんよ、そんな都合の良い効果なんて」
「な、なんだと?」
いつも冷静沈着なハールマンさんがここまで動揺するなんてかなりのレアなんだろう。
「いや、たしかにさっきは――?」
すっかり戸惑ってしまったハールマンさんに、褒められハッピーモードから復帰して隣に立ったエリナが、俺の肩に手を置いて代わりにこうこたえてくれた。
「あらかじめああ言っておけば、エルヴァール=グッドフェローは何がなんでも嘘なんてひと言も口にできませんから。《白耳長族》としてのプライドが許しませんよ。只のハッタリです」
「まあ、あそこまでしなくても、あいつは嘘の通訳なんて絶対に言わなかったでしょうけどね」
「あら? あいつの肩を持つ気?」
「そうじゃないけどさ――」
俺は突然ひやりと冷たさを感じた尻をガードしながら、あの時、あの瞬間を思い出していた。
『最後に、あなたの家族構成を教えてくださいませんか』
キーキーキー!
『はぁ? 家族ってなにさ? 意味分かんないね! 産んだら勝手に生まれて、族長の命じるままに生きるだけさ! そんなことも知ら……済まないが、本件は取り下げさせてもらいたい』
糾弾人でありコボルディッシュの通訳担当となったエルヴァール=グッドフェローは、度重なる矛盾点の連発に心を折られ、とうとう耐え切れず、がくり、と膝から崩れ落ちてしまった。
『まさか……こうまで酷いとは……』
『あんたが連れ出してきた証人じゃないのかよ!? この場で俺に不利な証言をさせようと!』
『それは違う……! それは誤解だぞ、信じてはもらえないだろうが――』
俺が冷ややかな視線を浴びせて責め立てると、エルヴァール=グッドフェローはすがりつくようにちょうど目の前にあった俺の手を反射的に掴んでいた。
その時――思い出したのだ。
王宮の魔導士長、ベリストンさんの言葉を、そのお告げを。
『端的に申せば「真偽を見破るチカラ」にございましょう。ひとたび手を触れれば、たとえそれが人であろうが獣だろうが、はたまた路傍の石つぶてであろうが、それが『嘘か真か』がこの者には読み取れるのです。つまるところ、それが意志を持つかどうかではなく存在が――』
その言葉に嘘偽りはなかった。
そしてまた、俺の手にすがりついたエルヴァールの言葉に嘘がないことが分かったのだった、
「と――ともかく、だ」
今はまだ、この勇者である俺に『授けられしチカラ』のことは秘密にしておいた方がいい。すべてをはぎ取られ丸裸にされて裁きを受ける羽目になったこの俺に残された、最後の『隠されたチカラ』なのだ。それに、どのみちこのチカラで見定めた真偽を証明する手立てがない。
「まるで全部が全部、嘘やインチキで塗り固められた審問会じゃない、ってことだけは分かって安心したんだ。もちろん、エルヴァールの奴が善人だとか良い奴だなんて思わないけどね」
「そうよ! あいつ、本当にいけ好かない奴なんだから!」
そこからしばらくの間、いかにあのエルヴァール=グッドフェローが『嫌な奴』なのかをエリナはくどくどと訴えはじめる。まあこれもご褒美の一環だと黙ってうんうん聞いていると――大半は右から入ってそのまま左だったが――ハールマンさんがこう尋ねてきた。
「これで次のルゥナの日まで余裕ができた、ってワケだ。……どうする? アレを進めるか?」
「……いいんですか!?」
「いいも何も、もう乗りかかった船だよ、勇者A」
ハールマンさんは苦笑してみせた。
「――それに、これは世界の根幹を変える絶好のチャンスなのだと俺は思うんだ。それを俺たち《正義の天秤》魔法律事務所が成し遂げるのさ。……どうだい? なかなか悪くないだろ?」
「で、でも……それはつまり……」
「この下らない『勇者裁判』がなくなってしまったら? そんなつまらないことを心配しているのなら、俺たちを見くびりすぎじゃないかな、勇者A? いくらでも俺たちの仕事はあるのさ」
「あ……」
いつの間にかハールマンさんの後ろには、傍聴席から見守ってくれていた《正義の天秤》魔法律事務所の所員たちが集まっていた。皆、俺と視線が合うたびに、力強く頷き返してくれる。
「ですよね……そう、ですよね!」
「じゃあ、各自、やることは分かってるよな? 急げよ、次のルゥナの日はあっという間だ」
ここからが、俺たちの本当の反撃開始だ。
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