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第三十八話 エルヴァール=グッドフェローの災難

「我々弁護側は、三人目の証人として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「はぁあああああ!?」


 さすがにそのひと言には、業界一位の魔法律事務所属のエースと目される《白耳長族(エルフ)》の美青年、エルヴァール=グッドフェローとはいえど、静観することなどできなかったようだ。


「おおお――お前ッ!」


 あの彫刻か絵画を思わせる生来(せいらい)の優れた容姿はどこへやら、あまつさえ品性までもかなぐり捨てて、糾弾人席から立ち上がって唾を飛ばす勢いで(まく)し立てる。対するエリナは涼しい顔だ。


「この僕を……このエルヴァール=グッドフェローを、証人として召喚する、だとぅ!?」

「あれ? ええと……」


 そこでエリナはドレスの胸元あたりからコンパクトサイズの法律書らしき物を取り出して、ぺらりぺらりとわざとゆっくりめくりながらとぼけた顔つきでエルヴァールにこうこたえた。


「糾弾人及び弁護人を証人として召喚してはならない……そんな決まり、ありましたっけ?」

「ない!」

「なら、いいじゃないですか」

「それ一冊一言一句覚えている僕が断言するとも! だが……これはあまりに馬鹿げている!」

「いいじゃないですか、この審問会そのものが馬鹿げているのですから」


 さらりとそう告げ、エルヴァールが真っ赤になって反論しようとする前にエリナはグズヴィン議長に向けて呼びかけた。


「議長。我々がエルヴァール=グッドフェロー氏にご協力いただくための許可をいただきたく」

「ううむ……必要なことなのかね?」

「ええ」


 さすがに繰り返し行われる規則違反を見かねて同僚たちに取り押さえられたエルヴァール=グッドフェローの憎々しげな視線を真正面から受け止めたエリナは、ストレートに尋ねた。


「エルヴァール=グッドフェロー氏にお尋ねします。氏は、コボルドたち固有の言語、『コボルディッシュ』が堪能でいらっしゃいますね? その努力、さすがは見習うべき先輩です!」

「……っ!」


 その時エルヴァールの顔に浮かび上がったのは、してやられた、という悔しさのあらわれではなく、複雑で居心地が悪そうな、隠し通したかった秘密を暴かれた者のもののそれに見えた。


 しかし、エリナはなおも執拗に攻め入る。


「おや? どうされました? おこたえいただけないと困ります。おそらくこの審問会の会場の中で、コボルディッシュの通訳が可能なのは、エルヴァール氏、あなただけなのですから」

「わ、私は……!」

「あなたの中の正義は裏切れませんよね。晴れて魔法律士となった『あの日』に誓った想いを、あの瞬間の決意を、どうして裏切ることなどできましょうか。エルヴァール氏、おこたえを」


 (あお)るつもりのエリナのセリフを耳にしたエルヴァールは、ぎり、と歯噛(はが)みをしたかと思うと、我を取り戻したかのごとくすっと姿勢を正し、糾弾人席から歩み出ると、高らかにこう告げた。


「……そんなもの、君のような見習いの《竜も――いや、今のは失言だ。忘れて欲しい――下級魔法律士に言われなくても分かっている。こたえよう――私はコボルディッシュを話せる」



 これは失策だったな……。

 エルヴァールの奴、冷静さと自尊心を一発で取り戻しやがった。



 なおもエルヴァール=グッドフェローは朗々と語り続けた。


「もちろん、高度に複雑な会話や俗語までは網羅できていないが、通常の範囲内であれば通訳が可能だ。……あえて付け加えるならば、いわゆる『精霊』と称され今なお差別されている非市民たちの言語のほとんどを習得中だとも。……このこたえで満足したかね?」


 ――高潔な《白耳長族》の面汚しめ!!


 アリーナのどこかにいる傍聴人からそんな野次が飛んだ。

 が、エルヴァールは一瞥しただけで何も言わない。



 しかし、それではとても収まらなかった――俺が。



「おい! 今の野次(やじ)飛ばした奴、どこだ!? どこでもいい、ちゃんと聞きやがれ!!」


 気がついた時には《咎人の座》に齧りつくようにして傍聴人席をくまなく睨みつけていた。


「プライドがなんだ! そんなモン、クソ喰らえだ! ……エルヴァールさん、俺は正直、あんたのことが大嫌いです。いけ好かないし、性格も最悪で、根性もねじ曲がっている……」

「おいおい――」


 いきなり面と向かって悪口を言われたらそんな顔になるんだろうな。


「けど! あんたの努力を馬鹿にする奴は許せないんだよ! 俺は今回、コボルディッシュを自分で習得しようとしたから分かってる! それがどんなに難しいことなのかを! だから!」


 俺は再び傍聴席をぐるりと見回して、こう締めくくった。


「他人の努力を笑うような奴は、所詮(しょせん)何もできやしない口だけの最低野郎だ! それがどんなに大変なことか、一度でも自分の手で、その力だけでやってみてから物を言え! 以上です!」


 俺のあまりの剣幕に、当のエルヴァールはおろか、エリナや『七魔王』たちですらしばし言葉を失っていた。しばらくの間が空き、ひとつ控えめに咳払いをしたグズヴィン議長が尋ねた。


「……気が済んだかね?」

「あ……は、はい……ご、ごめんなさい」

「では、続きを」


 グズヴィン議長は区切りをつけるようにクソデカハンマーを振り下ろした。


「エリナ弁護人、エルヴァール氏を通訳として採用することを許可する。本人の同意の下にだ」

「ありがとうございます! ……ありがとうございます、エルヴァール」

「………………ふん」


 エルヴァール=グッドフェローは腹立たしげに鼻を鳴らしてあらぬ方向を見上げた。


「だが……僕はそれでよしとしても、サキュバスを審問会に召喚したことと何の関係がある?」

「イシェナ嬢の持つ固有スキル、《催淫》を使っていただくためです」

「君な……」


 呆れ顔でエルヴァール=グッドフェローは何度も首を振った。


「さっきこの僕が言ったことを忘れたのか? サキュバスの持つ《催淫》は、証人を操り、その証言をねじ曲げることが可能なのだぞ? 断固として我々は反対する。認められる訳がない」

「あの、コボルドの未亡人(仮)にですか? いえいえ、まさか!」


 そこで再びエルヴァール=グッドフェローは、目玉が零れ落ちそうなほど驚くことになる。



「《催淫》をかけられることになるのは、あなた、エルヴァール=グッドフェロー氏ですよ?」




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