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第三十七話 反撃の狼煙(のろし)

(……ねえ? 落ち着いた? い、一体どうしちゃったのよ!?)

(わ、悪い……)


 さすがに想定外の出来事に慌てたのか、エリナは動揺した《咎人(とがびと)》を落ち着かせるという名目で俺のそばまで駆け寄ると、早口で囁いた。中断させたのを怒っているのか、頬が赤い。


(……俺はもう大丈夫だ。さあ、続けてくれ、エリナ。あと………………本当にありがとう)

(い――いいわよ! これも弁護のための作戦のひとつなんだから! ……嘘じゃないけどごにょごにょ……)

(ああ。さあ、怪しまれる前に戻った方がいい)


 エリナは何食わぬ顔で傍聴席最前列に居並ぶ『七魔王』たちに、もう大丈夫、とハンドサインを送ってから、心証を損なわない程度の優雅な足取りで先程の立ち位置まで駆け戻った。


「では、再開しましょう――」


 さっきまでより少し声のトーンが上がった気もするが、エリナはアリーナに響くよう告げた。


「《始まりの(ほこら)》で何があったのか? その真実を(あば)くと致しましょう。最初の証人をここへ」



 次の瞬間――。



「ば、馬鹿な!?」


 証人の姿が見えてくると、アリーナはたちまちざわめきに包まれた。思わず大声を上げたエルヴァールもそのうちのひとりだ。完全に意表を突かれたらしく、腰を浮かせて蒼褪(あおざ)めている。



 それは。

 なぜならば。



「ウゥゥゥ……ヒッヒッ」


 ――緑がかった土色の肌。耳の長い狐とトカゲを足して二で割ったような風貌。不健康に痩せこけた身体を覆う、嫌な臭いが漂う不衛生そうな赤い布切れ。その姿は(まぎ)れもなく――。


「はじめにお越しいただきましたのは、被告人・勇者Aによって最愛の夫と息子を惨殺されたと主張されている()()()()()()()()です。さあ、こちらへどうぞ」

「ウゥゥゥ……ウゥゥゥ……ヒッヒッ」


 コボルドの未亡人はべそべそ泣きながらもどこか落ち着かなげで、ときおりエルヴァールの方へ困惑した視線を向けるのだが、エルヴァールは怒ったように口を引き結んで無視していた。


(わし)の記憶違いでなければ――じゃが」


 そこで本日はじめてドワーフの議長、グズヴィン・ニオブが苦々しい顔つきでこう尋ねる。


「そこのご婦人は、被告人にとって不利な証言をする者ではなかったのかね? 弁護人?」

「ええ」


 エリナは動じない。

 丁重に腰を折って一礼するとこうこたえる。


「ですが、その訴えに嘘偽りがないかそれを改めてお聞きしたく、証人としてお呼びしました」

「じゃが……ここにはコボルディッシュを理解できる者がおらんじゃろう!」

「ああ! そうですね、すっかり失念しておりました……」


 グズウイン議長は快活に自ら犯した失態を口にしたエリナを見て、やれやれと(あき)れたように首を振った。エルヴァールもまた、それ見たことかと口元を隠してほくそ笑んでいる。


 だが――その余裕がどこまで続くか見ものだぜ。


「これは困ってしまいました……」


 どこかお道化た調子のエリナは、芝居がかった素振りでしばし考え込むとこう続けた。


「では……あとふたり、追加で証人をお呼びしたいと思うのですが、構いませんよね、議長?」

「それは構わんが――」


 エリナが合図をすると、刑務官に連れられ、彼女が現われた。



 艶やかにうねるような豊かな黒髪。丸眼鏡をかけた冷ややかな切れ長の瞳を覆うように垂れ下がった前髪は濡れた鴉羽のようで、上向きにきゅんと反り返った鼻筋とグロスを塗ったような小さめで肉感的な唇が合わさり、しっとりとした色気が、否が応にもアリーナ中の心を奪う。



 だが、俺の心中はまるで正反対だった。


 誰、これ、と。

 もうまるで別人なんだが。



 多分メイク一式――劇的ビフォアフターとも言う――を担当したのはマユマユさんだろう。しかし、親友の――とイシェナさんが強く主張する――ラピスさんの説得がなければ、イシェナさんはきっとメイクどころか、この場に来ることすら拒んだに違いない。陰の者ゆえに。


「こちらにおいでいただきましたのは、()()()()()のイシェナ・ゼムトさんです。ようこそ」

「……」


 イシェナさんはビロードのような光沢を放つ黒のロングドレスの裾を摘み、左足を半歩下げながら軽く腰を落とし、上品にカーテシー(お辞儀)をしてみせる。たちまちアリーナ中が色めき立って騒々しくなったが、グズウィン議長が武骨なクソデカハンマーを何度も叩きつけると止んだ。



 そして、その騒音の中においても、俺は聞き逃さなかった。

 イシェナさんの口から漏れた『……ふひ』という怯えた声を。


 一切喋らなくていい、という約束は、俺たちにとっても都合がよかったのかもしれない……。



「ぎ、議長!」


 だが、次の瞬間、糾弾人席に座るエルヴァールが、あろうことかルールを破って発言した。


「サキュバスの持つ《催淫》は、証人を操り、その証言をねじ曲げることが可能であります! これは明白なルール違反だ! 断固として我々は反対します! 認めない、認められません!」

「はて? 今日は弁護の日であったかと思うがね?」


 これにはさすがのグズヴィン議長もふさふさの白い眉を盛大に(しか)めた。


「それで言えば君の行動も立派なルール違反じゃろ、エルヴァール=グッドフェロー糾弾人?」

「は、はいぃ……。で、ですが――!」

「……あの、よろしいでしょうか?」


 エリナがおずおずと告げると、渋々エルヴァールは腰を下ろし、グズヴィン議長は促した。


「もちろんだとも、エリナ弁護人。だが、儂からも聞きたい。審問会に彼女を招いた真意を」

「ええ、それをご説明申しあげます。そのためには、もうひとり、証人をお呼びしなければ」


 そう言ってエリナはアリーナの右奥の扉に視線を向けたが――オークの刑務官は動かない。


「?」


 アリーナ中の傍聴人たちの脳裡に等しくクエスチョンマークが浮かび上がった頃合いでエリナはゆっくり振り返ると、すこにいたひとりの人物を指さして高らかにこう告げるのだった。



「我々弁護側は、三人目の証人として……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」




お読みいただき、ありがとうございました♪




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