第二十九話 雀百まで
「……以上、ってところかしら? 勇者A?」
「あ――ああ、うん。大体ね」
「……あなた、どうしたのよ? どこかうわの空じゃない?」
「ご、ごめんごめん。ちょっと考えごとを……ね?」
弁護人(見習い)であるエリナが聞き役となって、俺――被告人・勇者Aの、召喚から収監までの『華々しい』異世界ライフを一対一で書きまとめていた。が、どこか気の抜けた返事をした俺の様子が気になったようで、エリナはペンを置き、テーブルの上で手を組んで尋ねた。
「考えごと、ね……なにか気になることがあるんだったら、相談しなさいよ、勇者A?」
「気になることっていうか――」
エリナは真面目な顔つきで俺を見つめて言葉を待っている。いつもと同じ、幾重にも折り重ねられたひだ飾り付きのローブのようなワンピースドレスを身にまとっているエリナにとって、それは仕事着であり、正装なのだろう。だけど、妙にそれが俺を落ち着かなくさせる。なぜかはよく分からないけれど。
俺は根負けして、渋々心の裡を吐き出すことにした。
「エリナがさっき言ってたろ? 『勇者狩り』によって、明らかに勇者ではない無実の人たちまで裁かれることになったんだって。その人たちのことを考えたらさ……なんだか怖いなって」
エリナはすぐにはこたえなかった。
俺の顔をじっと見つめたまま、どうこたえるべきか悩んでいるようだった。
「そうね――」
やがて、こうこたえた。
「それは紛れもない事実よ。そして……とても愚かなことだわ」
「愚か? 怖いとか酷いとかじゃなくって?」
「愚かよ」
そこでエリナは調書を閉じ、ため息をひとつつく。
「そもそも『異世界びと』である勇者って、偏った情報しか与えられていない、いわば『情報弱者』でしょう? 人間族側の都合と事情だけを吹き込まれて、それが正しいと信じて行動しただけ。それなのに、戦争が魔族の勝利で終わったからといって、すべてを罰するなんて……」
「え? え?」
意外だった。
だが、俺の慌てふためく反応は、エリナのお気に召すものではなかったらしい。
「……なによ? 正論でしょ?」
「い、いや、まあ、そうなんだけど……」
「やっぱりあんたも『見習い兼雑用のくせに』とか言っちゃうわけ? はン、別に気にしないわよ、もうすっかり言われ慣れてるから」
「え……みんなには理解されないのか?」
「されっこないじゃない。今や『勇者裁判』は、あたしたち魔法律士の一番の稼ぎどころなんだもの。もう意味のない『勇者裁判』なんてやめよう! って叫んだところで黙殺されるわ」
「たしかに……」
他にも裁くべき事件や騒動はあるんだろうけれど、こと『勇者裁判』に関してはなにごとよりも最優先されて進められているように感じた。あながちそれは間違いではないのだろう。
「それってなにが原因なんだ? エリナはどう考えてるんだよ?」
「原因……? そういうふうに考えたことはなかったけれど――」
エリナはしばし考え込んだ。
「一番の要因は、主謀者である人間族の王がいまだ逃亡中ってことかしらね。でも、あくまでこれだって『要因』ってことよ? 物事の本質ではないのだと思うの」
「エリナって頭良いんだな」
「……なによそれ? 皮肉のつもり?」
感心して思わず口をついて出た言葉だったのだけれど、エリナはむっつりとむくれてみせる。俺は大急ぎで手を振って否定したが――あまり効果はないようだった。エリナはつぶやく。
「ふーっ。この世界では、理想論とかそういうのって流行らないの。こういうことを話すと、すぐに変人扱いされちゃう。あたしは親の影響でどうしてもそういうクセが抜けなくって……」
「親ね」
俺にも覚えがあった。つい、くくっ、と笑ってしまう。
俺の父親は、職業こそ普通のタクシードライバーだったけれど、やたらと政治に関心のある人だった。というと聞こえはいいが、要するに『ネトウヨ』みたいな部類だった。
なにかにつけてはお隣の国や人々に対する差別的な発言を繰り返し、新聞の社説や記事、歴史修正、テレビの放送内容に対する批判なんかを、誹謗中傷、侮蔑表現を交えて某巨大掲示板に投稿したり、家族だんらんの場である食卓でたびたび披露していた。
それを苦い記憶として思い出した俺は、ついこう口走っていた。
「なんだかんだ言って、親の影響って厄介だもんなぁ……」
「そう! そうなのよ! 話が分かるじゃない、勇者A!」
俺にも一応、何も知らない無垢な時代があったわけで。
そうなると、我が家で一番偉い父親の言っていることなのだから、それは絶対的な正義なのだと俺は無条件に思い込んで信じ込んでいた。刷り込まれていた、と言い換えた方が気は楽だ。
けれど、親の世代と俺の世代では違いもある。学校で、その隣国から来た奴が同級生にいる、なんてことだってごく当たり前にありえる。他の奴は普通に接していても、俺にはどうしても拭いきれない偏見があったことは確かだ。
なんとかそれを早い段階で克服した俺だったが、この世界の住人たちだってそれと同じことが言えるのかもしれない――勇者は魔族を殺す、と。魔族の敵である、と。だから、罰する。
「あ――あのさ、エリナ?」
ふと俺は、エリナについてまだ知らないことを思い出した。
「嫌だったら答えてくれなくってもいいんだけどさ……エリナのお父さんとお母さんって、どんな人なんだ?」
「……」
案の定、エリナの表情が険しくなり、死線は逸らされてしまった。
「ご、ごめん! ちょっと気になってさ……ホント、嫌だったら答えなくっても――」
「……ママはいい人だったわ。バルトルから聞かされたことがほとんどだけれど」
「ご……ごめん……」
それだけで察してしまった。
エリナの母親――あの写真の女性は、エリナを生んでからすぐに亡くなってしまったのだろう。
「でも……あの人のことは嫌い。大嫌い」
「お父さんのこと?」
「他にいないでしょ?」
きっ、と俺を睨みつけるエリナの海の色をした瞳の中で、嵐が猛威をふるっていた。
「あたし、だから人間が好きになれない。それも厄介な親の影響なのかしらね」
あ――。
俺はその時思い出していた。
(エリナはね、竜と人の親を持つ《半竜人》なの――)
そう言っていたのはイェゴール所長だったはずだ。
(自分の中に、愚かな人間の血が流れているのを恥だと思っているの。だから、必要以上に人間に対して嫌悪感を持ってしまうのよ――)
つまり――エリナの父親は、人間族の男だった、ってことだ。
そうか。
だから、バルトルさんも俺に対して必要以上に冷ややかだったのかもしれない。
そして極めつけは、俺たちの窮地を救ってくれた《天空の魔王》の放ったセリフ。
(私が助けたのは貴様ではない。そこにおわす姫殿下の御身を案じてのこと。誤解するな)
となると――。
(うーん……たしかにこれは厄介なことになったなぁ……)
ようやく俺にも、ハールマンさんのぼやきの意味が分かってきた気がする。
(けれど、それもこれも、まずは裁判を無事切り抜けないと、だよな……)
その日は結局、あまり進展がないまま過ぎて行ったのだった。
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