第二十七話 円卓会議(1)
「あ、あの、ですね……そのう……」
他の所員には誰にも見られていないことを確かめると、エリナはもじもじと手をこすり合わせながら、俺の耳元でそっと囁いたのだった――!
「あの……さっきあの人が言ったこと……誰かに言ったりしますか、勇者A?」
「………………へ?」
何の話だ?
少なくとも俺の期待していた展開とはまるで違っていた。
すっかりアテが外れたことへの失望を隠せずに、俺はため息とともに言葉を吐いた。
「い、言わないよ、言わない。つーか……そんなことのために……まあ、いいか……」
「そんなことって……! ちっとも良くないです!」
エリナは俺の返事がお気に召さなかったのか、急に怒ったように声を荒げる。
「この魔法律事務所であの人のことを知っているのはイェゴール所長だけなんです。だから!」
「正直、気にならない、って言ったら嘘になる。だけどさ――」
ちら、と様子を窺うと、エリナは今にも泣き出しそうなくらい落ち込んだ表情をしていた。耳の位置にある小さな翼まで、しゅん、と萎み、垂れ下がってしまっている。俺は続けた。
「その話されるの嫌なんだろ、エリナは?」
「えっ!?」
「え、じゃないだろ。そんな顔してたら、なんだかかわいそうでさ、軽々しく聞けないって」
「かわいそう……ですか」
「『姫殿下』なんてあいつは呼んでたみたいだけれど――」
その呼称を口に出すと、エリナの身体にたちまち震えが駆け抜ける。
俺はため息をついた。
「その呼び名はさ? エリナにとってはきっと嬉しいものじゃないんだろうな、って、そう思ったからさ。そう思っちゃったらさ……とてもじゃないけど、聞く気になんてなれないよ」
「そう……ですか……」
「だ、誰にも言わないって! 俺、こう見えても口は堅いんだって! それに――」
「それに?」
なんとなく流れでとんでもないことを口走りそうだった俺は、たちまち真っ赤になった。
「なんでもないなんでもないです! と・に・か・く! 誰にも言わないから安心しろって」
「ありがとう……瑛……」
ん?
今、たしかに――!?
驚いてエリナを振り返ると、なぜかエリナも真っ赤になっていた。そしてさらに不可解なことに、あんぐりと口を開けてみていた俺の尻を、サイドキックの要領で器用に裏側から蹴った。
「いつまでもこっち見てないで、次のルゥナの日の対策を考えないと、死刑ですよ、勇者A!」
――どすっ!
「痛った! 蹴るなっつーの! 大体、お前が連れ込んだんだろーが!?」
「ううううっさい、大罪人っ! 誤解を招くような変な言い方しないでくださいっ!」
――どすっ!
「痛ててて……」
今気づいたが、さっきまでいたのはいわゆる給湯室的な場所だったらしい。異世界にもあるんだな、給湯室。蹴られた俺が転がり出ると、なんとなく近くにいた連中がさっと方々へ散っていくのが分かった。まったく……野次馬どもめ。が、余計な話までは聴こえてないだろう。
と、まだ転がったままの俺のすぐ目の前に、高さ15センチはありそうなド派手なショッキングピンクのピンヒールを履いたやけにムキムキと筋肉質の足が二本現われた。
「あんたたちって……ホント、仲良いわねぇ。まー、イチャコラしちゃってもう」
「……前々から思ってたことなんですけど、イェゴール所長の目って割と節穴ですよね……」
「そんなことより。ほら、あんたたちも来なさい。もうみんな集まってるんだから」
誰も手を貸してくれないので手枷を床についてよっこら立ち上がると、
魔法律事務所の中央にあるミーティング用の円卓に主だった所員たちがすでに揃っていた。
さっきまで話していたマユマユさんはもちろん、資料室の主・ハールマンさんに、先輩魔法律士のラピスさんにマッコイさん、そしてどういう経緯かドワーフのトバルじいさんまで着座して、ひと足先にああだこうだと議論の真っ最中だった。他にも数名まだ知らない顔が参加してくれている。嬉しい。
その中で、所長を含めた俺たち三人の登場にいち早く気づいたのはマユマユさんだった。
「もー急に話の途中でいなくなっちゃうし! マジ、ビビったし!」
「す、すみません、マユマユさん……こいつが急に――ぐっ!?――話があるとか言うんで」
もうトーク中に蹴りが入るのなんて想定内な俺は、慌てることなく話を続けた。
「ま、みなさんにお話しするほどのアレじゃないんで」
「あーねー? なになにー? 告白でもされちゃったーん?」
「ちちち違いますって! 審問会での態度について、エリナパイセンに注意受けてたんです!」
「――っ!?」
――どすっ!
よいしょーっ!
予定通りの蹴りをセーフティーゾーンでしっかり受け止めた俺に、トバルじいさんは言った。
「ま、たしかにアレは少しマズかったようじゃわい。おかげで反論の機会が削られてしもうた」
「でもまー、それ? どのみち勇者Aしか発言権ねえんだから、影響なくないか、これ?」
「エルヴァール=グッドフェローはそこまでしなかったけれど――」
少し呑気で楽天家なように聴こえるマッコイさんの発言に、ラピスさんは眉をしかめた。
「本来ならあのタイミングを生かして、あることないことありったけ並べ立てて被告人の印象を地の底の底まで落とすのが上策でしてよ? でも……そうしなかったところを見ると――」
「そこまでのネタがなかった、ってところか、それ?」
「じゃろうな。ヤツは若造だが、そのくらいの悪知恵は回るヤツじゃて」
濡れ衣を着せようにも、まるで見当違いなものなら効果は薄い。
そもそも俺は、魔王討伐の長い旅路で幾多数多の魔物を討伐した歴戦の勇者ではない。むしろ、なりたてほやほや、頭に殻が乗っているレベルの生まれたてだ。俺が何かをしたという物的証拠は《始まりの祠》の中くらいにしかありはしないのだ。向こうも苦戦しているのだろう。
「とはいえ、じゃ、勇者A」
トバルじいさんは、手にした金属製のゴツいパイプを俺に向けながらしかめっ面をした。
「あまり迂闊な発言をすれば、カンタンに発言や反論の機会を奪われてしまうと分かったじゃろう? お前さんが多少魔法律に明るいのは良いことじゃ。……じゃが、ひとつひとつに全力で反論していては、肝心な時に口を封じられてしまうこともありうるということじゃわい」
「ですね。油断していました……」
そこで俺は、疑問に思っていたことを尋ねてみる。
「あのエルヴァール=グッドフェローってヤツは、ときどき酷く単純で子どもみたいな論理を繰り出したりしてくるじゃないですか? アレ、どこまでが計算づくなんでしょうか? 馬鹿を装っている切れ者なのか、切れ者に見えることもある馬鹿者なのか、ちょっと分からなくて」
すると、
「……ぷっ」
耐え切れずにラピスさんが噴き出したが、表情がまったく変わらなかったのでマッコイさんとトバルじいさんが妙な顔をして見つめている。だが、ラピスさんは白を切るつもりらしい。
代わりに口を開いたのは意外にもテーブルの反対側に座っていたハールマンさんだった。
「エルヴァールのアレは、天然だと言ってもいいし、計算づくだと考えてもいい。子どもの頃から父親の英才教育を受けた恩恵で、ああいうふるまいがある意味日常になっているんだ」
「な、なるほど……」
ハールマンさんのそのセリフには、やたらと実感がこもっているように感じられた。もしかして、かつての友人とか知り合いだったりするのかもしれない。ちょっと想像つかないけど。
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