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第二十三話 証人①:涙に暮れる未亡人

「さて、皆様――」



 糾弾人・エルヴァール=グッドフェローは、高らかに歌い上げた。



「こちらにお越しいただきましたのは、悪逆非道の破滅の先兵(せんぺい)、被告人・勇者Aによって最愛の夫と息子を惨殺されたコボルドの未亡人にございます。さあ、ご婦人、こちらへ……」


「――!」

「……?」



 アリーナはたちまちざわめきに包まれた。



「――っ!?」



 まずい。



 たしかに俺は、あの《始まりの(ほこら)》で襲いかかってきた魔物たち相手に幾度となく戦った。


 でも、それはあくまで、俺が殺されないための正当防衛だとも言える。俺にだって、たとえ人間族の俺にだって、死なないために剣を振るう権利くらいあったはずだ。ましてや、すべての種族が平等に扱われているという『この世界』では、そうあってしかるべきだ。



 けれど――。

 俺はその記憶に、忌まわしいもの、消し去りたいものとして後ろめたさを抱いていた。



 それは当然だろう。


 いくら一方的に勇者の使命を背負わされた俺だって、何も好き好んで傷つけようと、ましてや殺してしまおうだなんて考えていなかった。できれば避けたかった。でも――仕方なかった。



「……っ」



 その罪悪感が俺の口を自然と重くする。その隙を見逃すことなく、エルヴァール=グッドフェローは俺のすぐそばまで近づいてきたひときわ背の低いコボルドの肩に慰めの手を、ぽん、と置いた。



「ヒィィィィィ!」



 ――緑がかった土色の肌。その風貌は耳の長い狐のようであり、また二足歩行のトカゲのようでもある。不健康に痩せこけた身体は、首を通す部分だけ丸く切り抜かれた嫌な臭いが漂う不衛生そうな赤い布切れで覆われ、腰紐で結い止められていた。



「ウゥゥゥ……ヒッヒッ」



 べそべそと人目をはばかることなく鼻水混じりの涙を流している姿はなんとも哀れであったものの、どうも傍聴席からのざわめきが消えない。不思議に思ってあちこち見回していると、ドワーフの議長、グズヴィン・ニオブが苦々しい顔つきでこう言った。



「糾弾人、エルヴァール=グッドフェロー。()()()()()()()()、といったのかね?」


「いかにも! その目でご覧いただいておられるとおりにございます」


「その、儂自身の目が信じられぬから尋ねておるのじゃが――」



 がっちりとした鷲鼻(わしばな)の先にちょこんと載っている老眼鏡を額に押し上げ、しばし見つめてから、グズヴィン議長は再びエルヴァール=グッドフェローに向けてこう尋ねた。



「言わずもがな、共通語(コモン)はまるで理解せんのじゃろう? どのように証言するというのじゃ?」


「造作もないことです」



 エルヴァール=グッドフェローは、糾弾人席に陣取る仲間を呼び寄せると――トレントらしい――この先の証人喚問に必要な道具を受け取り、さめざめと泣くコボルドにそれを見せた。



 一枚目の紙には、



「さて、哀しみの淵に(たたず)むご婦人。貴女(あなた)の失った家族がこの中におるなら教えていただきたい」



 精緻に描かれたコボルドの姿が、そこに八人分あった。中学校の頃にやった銅版画に似ている気がするインク画のその肖像画は、なぜか八人中二人だけ断末魔の苦しみを浮かべていた。



「ウゥゥゥ……ヒッヒ?」



 当然、コボルドの未亡人が指さしたのもそのふたりである。エルヴァール=グッドフェローは不安げに見上げるコボルドの未亡人に向けて深くうなずいてみせると、こう続けて言った。



「貴女の愛した夫と子の命を奪った大罪人の顔を覚えておられますか? 教えていただきたい」



 二枚目の紙にも、先程と同じく八人分の姿が描かれていた。




 が――。




「馬鹿馬鹿しい! こんな茶番を信じろとでも言う気なんですか!?」



 他の七人の姿はいずれもエルヴァール=グッドフェローで――なぜかさまざまな決めポーズをとっていたが――ただひとり、かなり格差を感じる下手くそなタッチで俺の肖像画が描かれていた。しかも、俺自身でも見たことのないほど凶悪で、狡猾で、性根の腐っていそうな顔だ。


 悪意しかないその肖像画に俺がたまらず非難の声を上げると、コボルドの未亡人はおびえた様子を見せ、こわごわ指さしてみせる。



「ウゥゥゥ……ヒッ!」


「いかがでしょう、議長? このとおり、証言にはなんの問題も――」


「うぉおおおおおいっ! 無視してんじゃねぇ、インチキ糾弾人!」



 さすがの俺もエキサイトして《咎人(とがびと)の座》を囲う木枠に手(かせ)をガンガン打ちつけて抗議した。



「……神聖なる審問会の進行を妨げようというおつもりか、悪鬼・勇者A? 見苦しいぞ?」


「これは妨害行為じゃない! 信ぴょう性に欠けるでっちあげの証拠に対する正当な抗議だ!」


「ほう?」



 エルヴァール=グッドフェローは芝居がかった仕草で俺の目の前まで歩み寄るとこう言った。



「では……お前はあの《始まりの祠》において、なんぴとたりとも傷つけてはいない、と?」


「そ、それは――!」



 痛いところをつかれて俺の言葉が尻つぼみになった。そこへすかさずエルヴァール=グッドフェローがうつむいた俺の顔を覗き込むようにして言葉を重ねて畳みこんでくる。



「コボルドに出くわしたことすらないと? それは真実なのだろうかねぇ?」


「そ、それは……生きるために仕方なく……」


「自分の役目を果たすために障害となる邪魔者は始末した、そういうことかね?」


「そうは言ってないだろ……」



 俺は、できることなら思い出したくはなかった。


 たとえ、生き延びるために、生きて帰るために必要な行為だったからとはいえ、俺は魔物の命を奪ったのだ。すべてが正当防衛だった――そんなキレイごとは言えない。数が多く、圧倒的に不利な状況では、魔者たちの不意をついて奇襲するより最善の手がなかった。今でもヤツらの泣き叫ぶ声が耳にこびりついていて離れない。夜、寝ている時にふと思い出して、びっしりとあぶら汗をかいてとび起きたことだって何度もある。



「できれば俺だって、殺したりなんてしたくなかったんだ……!」



 ようやく絞り出した声は干からびたようにガサガサとしていた。



「喜び、笑いながら楽しく殺したとでも思ってるのか!? あんな……あんなことはもう二度としたくない……。この気持ち、お前なんかには絶対に理解できないだろうな……くそっ!!」


「ええ、とてもとても理解なぞできませんな……」


「相手の姿がヒトに似ている、それだけで心が折れそうだったんだ」



 俺の耳にはもう、エルヴァール=グッドフェローの煽り文句は届いていなかった。



「たとえ相手が動物だって、殺すのは嫌だよ……。そんなのゲームの中だけでいい。誰かの、何かの命を奪っていい権利なんて俺にはないんだから。だけど……だけど!!」



 かぶりを振る。



「じゃあ俺は、ただ黙って無抵抗のまま殺されたらよかったのかよ!? そんなのおかしいだろ! 俺だって……俺だってな! こんなこと、やりたくてやってるワケじゃないんだから!」


「しかし――だ」



 エルヴァール=グッドフェローには俺の言葉が一切通じていないのだろうか。

 その端正な顔立ちには何の感情も見てとれない。



「それでも君は勇者だ。安寧(あんねい)を祈る人々の日々をかき乱さんと企てた悪の先兵だ。違うかね?」


「だから、それは違って言ってるだろ!」



 そう。

 もとはと言えば、あの傲慢で横柄な王様がいけないのだ。



「俺は、ユスス・タロッティア五世とかいういけ好かない王様に強引にやらされただけだ!!」




 とたん――。

 おう、とも、ああ、ともとれる、侮蔑と嫌悪に満ちた呻きがアリーナ中に響き渡った。




 どうやらあの王様の悪評は誰もが知るところらしい。

 俺は一縷(いちる)の望みをかけてこう訴えた。



「あいつを――あの王様を呼んでくれ! そうしたら俺の言葉が嘘じゃないってわかるはず!」


「……そうしたいところじゃがな」



 そこで口を挟んだのはグズヴィン議長だ。

 悩まし気な表情を隠そうともせずにこう告げる。



「憎きあの王めの行方はいまだわかっとらんのじゃ。目下指名手配中でな」


「そ、そんな――!」


「そして、だね、勇者A」



 エルヴァール=グッドフェローはとぼけた顔つきでうなずきながらこう付け加えた。



「あの愚王に召喚された悪の手先たる勇者は、()()()()()()()だ。そのほとんどが、自ら勇者になることを望んでいたのだ。ならば君もそうだと考えて、何がおかしいというのだね?」




 ……そういうことだったのか。




(今までの連中は『異世界』と聞いたとたん、どいつもこいつも大喜びしてましたけどね――)



 あの酒癖最悪なダメ妖精、フリムルもそう言っていたはずだ。



(貴様が新たな勇者候補ということだな――」



 続けて、あのくそったれ王のセリフが俺を嘲笑(あざわら)うように脳内再生された。


 どうりで俺への態度や待遇が雑だったワケだ。

 ようするに俺は、使い捨ての駒だったのだ。



(もうこうなったら……この手に賭けるしかない……!)



 俺は覚悟を決めてこう告げた。



「そもそも()()()()()()()じゃないですか! この世界の住人として認めていいんですか!?」




 そして――。




 この発言が致命傷となり、最初の審問会の幕はあっけなく降ろされてしまったのだった。




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