第二十二話 糾弾人・エルヴァール=グッドフェロー
「さて! この場に集いし皆々様!」
《黄金色の裁き》魔法律事務所の若きエースは、アリーナのうす暗い空気を吹き飛ばすような眩い笑みとともに大きく手を広げてテノールの声で歌い上げた。
「我らの平和な『この世界』を転覆せんと目論む悪の先兵、血と暴力の象徴、悪しき意思の実行者、それこそが今ここにいる《勇者A》であるのです!」
……酷い言われようだな。くそっ。
「聡明なる傍聴人の皆様、我らは彼の者に赦しを与えるべきでしょうか? ――答えは、否、であります! 彼の者の成した幾多数多の蛮行を、この正義の執行者、市民の『善き隣人』、糾弾人・エルヴァール=グッドフェローが白日のもとに晒し、必ずや鉄槌を下しましょう!」
――おお!
傍聴席から、どっ、と怒号が響き渡った。
(く……っ、聴衆を味方につけるのがうまい……! でも、人間族の味方だっているはずだ!)
さっきの投石の件と言い、傍聴席は緑の肌をしたオークらしき連中が大半を占めているらしい。だが、そんな連中に眉をひそめている者たちもいるにいた。彼らの心をつかむ必要がある。
俺の苦々しい表情を横目に、糾弾人席から余裕たっぷりの優雅なステップでエルヴァール=グッドフェローは歩み出ると、俺と最前列に控える『魔王たち』を等しく見渡せるポジションについた。
「……さて、被告人、《咎人》である勇者Aよ。この正義の執行者、糾弾人が尋ねよう!」
いよいよ第一ラウンドのゴングが鳴らされた。
「貴様はあの《祠》、《始まりの祠》で何をしていたのかね?」
「それは――」
「いいや! 君の口から聞くまでもないだろう!」
エルヴァール=グッドフェローは強引に俺のセリフをひったくった。
「悪の先兵たる君は、城から最も近いあの薄暗がりの中に狡猾に身を隠し、悪逆なる手段でもって『七魔王』を殺害せんと画策していた、それはもはや覆しようのない事実だ!」
「そんなの単なる言いがかりで、根も葉もないでっち上げだ!」
「ほう?」
これは愉快、とでも言うように、エルヴァール=グッドフェローは肩をすくめながら傍聴席をぐるりと見渡した。
「なるほど。ふむふむ……。では、それをどのように証明するのかね?」
「そ、それは……!」
「おや? まさか――できない? できないというのかね!?」
こいつの理論は無茶苦茶だ。
想像の域を出ないいわれなき罪をでっち上げ、そうでないというのならそれを証明してみせろ、と言っているのだ。ここで指摘されているのは、この俺自身に敵意と殺意があったかどうか。そんなもの、証明のしようがない。
「だって、そんなの単なる当てずっぽうの言いがかりじゃないか!? 証明しろ、と言われたって無理です! 方法がない!」
「ならば、こちらから証を立てるまでだな。……刑務官! 勇者Aの所持品をここに!」
エルヴァール=グッドフェローが軽快に指を鳴らしてみせると、どこかで見たようなオークの刑務官がふたりやってきた。その手には木の板がのせられ、その上に俺の持っていた品々が並べられていた。やがて彼らが立ち止まると、エルヴァール=グッドフェローはそれを掲げた。
「たとえば――この剣! これは、明らかに殺害に使用する予定だった凶器だ。違うかね?」
「あくまでそれは、自衛のための武器だ! それ以上でも以下でもない!」
「自衛が目的であれば、なにも剣である必要はない、違うかね?」
「そりゃそうだけど……!」
刃先に白い指を這わせ、大袈裟に痛がるフリをして、その剣がいかに危険な物かをわざとらしくアピールしているエルヴァール=グッドフェローに苛立ちながら俺は言葉を探した。
「俺には――俺には選択肢がなかった! 王様から与えられたのはそれだけだったんだから!」
「あーあー。つまり……王直々の命を受けて、この恐ろしい暗殺具を賜った、と?」
「いちいち事実をねじ曲げるのをやめてくれ! そんな命令なんて受けてない!」
「……受けていない?」
エルヴァール=グッドフェローは意外そうな顔をすると、にやり、と笑った。
「それはつまり――つまりだ、君自身の意思で殺害を企んだと、そういうことになるのかね?」
「なんでそうなるんだよ……」
……頭が痛い。
想像以上にこいつは厄介な相手のようだ。
馬鹿のフリをしているのか、本当に馬鹿なのか。
「そもそも俺は、人間族が魔族に敗北したことすら知らなかったんだぞ? それは俺を捕えた、そこにいるオークの刑務官たちだって知っていることだって!」
エルヴァール=グッドフェローは眉をしかめ、まだ突っ立ったままの刑務官たちに視線を向けた。いきなり話の矛先を向けられたふたりのオークは、なぜかきょとんとしている。
「いいや、知らんぞ」
「だよな、ン・ゾゾ」
「……知らん、と言っているようだが?」
「み、見分けがつかなかっただけだって」
俺は焦りながらも、急いで頭をフル回転させて記憶を掘り起こした。
「たしか……ン・ベジとン・ガジ、そんな名前だったと思う。そのふたりなら知ってるはずだ」
「あいつらか」
「なるほどな」
「……で、彼らはどこに? 呼んでくれるかね? 糾弾人の命だと言ってくれていい」
すると、
「昨日から休暇でいねえんだよなぁ」
「ゲギンの泥温泉で豪遊するんだと」
と肩をすくめるオークの刑務官たち。特段悪びれる様子もない。エルヴァール=グッドフェローはお道化た素振りで俺に向けて顔をしかめてみせた。
「おっと、これは残念。君の嘘を暴くせっかくの機会を失ってしまいましたね……」
「こいつ……っ!」
不在なら不在で、それすらも俺の印象操作に使ってくるのか……!
たしかにこんなやり口ばかりじゃ好かれようがない。エリナたちの気持ちが痛いほど分かる。エルヴァール=グッドフェローは平然とした態度を崩さずこう続けた。
「それでは仕方ありません。こちらもこのセンで君の悪事を暴くのはあきらめましょう――」
「!?」
証人が呼ばれれば自分の方が不利になると、エルヴァール=グッドフェローは即座に判断したのだ。逆に言えば、この時点で引いておけばあのオークたちが呼ばれることもなく、俺の印象は悪い方へ傾いたままで挽回する機会は消えてしまう。そこまで瞬時に計算したに違いない。
「ちょ――ちょっと待ってくれ! あいつらを呼んでくれれば――!」
「あーあー。その必要はない、と今言ったはずだが、勇者A? 何か不都合でもあるのかね?」
「不都合だらけだろ! だって――」
――ごん、ごん。
「被告人、不要な証人喚問は審問会を長引かせるだけじゃ。『七魔王』は不要と判断した」
くそっ!
これみよがしにうやうやしくドワーフの議長、グズヴィン・ニオブに向けて会釈してみせるエルヴァール=グッドフェローは、ちらりと俺の方を見てほくそ笑んでいる。なんてヤツだ。
「それでは――」
再び姿勢正しく聴衆を前にしたエルヴァール=グッドフェローは悠々とこう告げた。
「《始まりの祠》で何があったのか? それを次なる糾弾と致しましょう。……証人、ここへ」
「?」
すると、その呼び声を合図に糾弾人席の裏手の扉が開け放たれ、また別のオークの刑務官たちがやってきた。それと入れ違うように、俺の所持品を持ってきたふたりは歩み去っていく。
だが――その証人とやらはどこにいるんだろう?
その矮小で貧相な姿は、糾弾人席の横の西部劇に出てくるバネ仕掛けのスイングドアを通った時にようやく見えた。
「――!?」
あれはまさか――!?
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