第二十一話 ルゥナの日
「あー! 静粛に、静粛に!」
――ごん、ごん!
とてつもない質量を持った金属と石でできたハンマーを、前列やや左寄りに座っているドワーフが目の前の石造りのテーブルに何度も振り下ろす。それを合図に、ざわついていた会場内はつかのまの静寂を得た。ときおり、控えめな咳払いが生じ、そのたび聴衆の視線が移動する。
手の中のハンマーを、ごとり、と置き、貫禄ある風貌のドワーフは再び声を張り上げた。
「定刻となったので、これより第五十三回『勇者裁判』審問会を行う! 本会の被告人『勇者A』は、すみやかに中央の《咎人の座》へ参られよ!」
イェゴール所長とエリナの手に押し出されるようにして、俺は横に長いアリーナの中央に設けられた木製の囲いの中へと歩み、正面に向き直った。『座』と名付けられているものの、座る場所はない。すぐにオークの刑務官が近づいてきて、囲いの後ろ側の扉を閉じて施錠した。
そこから見る会場の様子は拍子抜けするくらい整然としていた。
一番低い俺のいる《咎人の坐》を取り囲むように背の丈ほどの高い壁があり、その正面にいずれも風格のある人物(?)たちが居並んでいた。あれがエリナの言っていた『魔王たち』なのだろう。その後方にはさらに階段状に傍聴席が設けられているらしく、さまざまな人種・種族の聴衆たちが集まっていた。
意外と言ったら失礼なのかもしれないが、俺が知る裁判と比べたらよほどこっちの方が――。
とか思っていたのに。
「うぉおおおおお!」
「殺せ! 殺せ!」
「この世を乱す《咎人》に制裁を!」
突如、一斉に会場中から石つぶてが投げつけられたではないか。しかも、手加減なしの、本気の、渾身の一投が全方位から俺目がけて飛来する。とっさに避けようとするも動けない。
(うぉっ!? やばい、死ぬ……っ!)
――がん!
――ががががががん!
(……え!?)
金属同士を打ち鳴らしたような打撃音に、思わずつぶってしまった目をそろりと開けてみると、殺意のこもった石つぶては俺には届かず、直前に存在する目に見えない『何か』によって弾かれているらしい。ただ、当然それで安心することはできなかった。少なくとも敵意は届く。
――ごん、ごん、ごん、ごん!
「あー! 静粛に、静粛に!」
手の中のハンマーを何度も打ち鳴らし、議長役らしきドワーフは再び声を張り上げて言った。それから隣に憮然とした表情で座っている緑がかった肌の、どこもかしこも太くて逞しい偉丈夫に呆れた声で告げる。
「野蛮な石打ちの刑は廃止だ、といったはずじゃろうが。お前さんも『魔王』のひとりであれば、そのくらいのこと、皆に言って聞かせることができるはずじゃが? 違うかね?」
「言ったさ」
たぶん、あの『魔王』はオーク族に違いない。俺に向ける視線と表情からも明らかだ。
「だがよ? 言ったところで素直に聞く連中じゃなくってな。そんなにやめさせたけりゃ、傍聴人の所持物検査でもなんでも、気が済むまでしたらいい」
「どうせやったところで、そこいらの壁やらからむしり取って投げるじゃない。無意味だわ」
「……ほう、なんか言ったかね? カビ臭い森から来た年寄り婆さんよ?」
「侮辱しているつもりでしょうけれど、野蛮な豚の言うことにいちいち腹は立てませんわ」
「んだとぉ!?」
オーク族の代表である『魔王』は、髪も肌もその身にまとう装束も白い妙齢の女のひと言で弾かれたように立ち上がった。それを侮蔑のこもった切れ長の目で一瞥した女の耳はひときわ長い。『森の年寄り婆さん』呼ばわりされていたことも合わせて考えるとエルフなのだろう。
間に挟まれる格好になっている議長役のドワーフは、頭を抱えて大きなため息をついた。
「……よさんか、ン・ズ・ヘルグよ。安い挑発に乗るでないわ。……貴女も貴女だ、フローラ=リリーブルーム。それが白耳長族流のふるまいかね? わざわざ席次を変えたというのに」
「はン! とっとと進めろ!」
「非礼をお詫びしますわ、グズヴィン・ニオブ」
グズヴィンと呼ばれたドワーフの議長は再び深々とため息をつくと、ようやっと《咎人の座》にいる俺に視線を向けた。こつこつ、と節くれだった指でテーブルを叩きながら告げる。
「……で、と。そなたがこたびの主役というワケじゃ、勇者A。先刻のとおり、その《咎人の座》は結界魔法で護られておる。この審問会における判決が降りぬ限り、安全というワケじゃ」
こくこく、と無言でうなずくと、少し不思議そうな顔をされてしまった。グズヴィン議長の視線が泳ぐようにイェゴール所長とエリナのいる方へと向けられた。
「あー、弁護人? 彼は言葉を話せないのかね?」
「い――いいえ」
とエリナ。
あいつ、ちょっと緊張してるみたいだな。大丈夫か?
再び戻ってきた視線が、ん? と催促してきたので、慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「ええと……ちょっといいでしょうか? この……審問会、でしたっけ?」
「いかにも」
「ここでは、被告人である俺は発言を禁じられているのだとばかり思っていたのですが――?」
「いいや? 誰かがそう言ったのかね?」
「では……ないですけれど……」
おいおいおい。
ちょっと待て。
あまりに基本的なことすぎて、確認すらしていなかったけれど。
俺、審問会の間は、自由に質問したり矛盾を指摘したりしてもオッケーってことなのか!?
もしかすると、俺がゲームで培った知識、『くーべるでぃべーと』やりこみ勢の本領発揮ってことじゃないのか、これ。この世界の知識が圧倒的に不足しているのはマイナス要因だが、それでもただ黙っていわれのない罪をかぶせられて指をくわえている必要はないってことか。
「発言は認められておる。しかし、だ――」
その沈黙をどう捉えたのか、グズヴィン議長はこう付け加えた。
「進行を著しく妨げるような発言・行動が目に余るようであれば、拘束し、沈黙してもらうことになるじゃろうな」
「それは……どの程度まで許容されるんでしょう?」
「弁護人・糾弾人のいずれかの求めによって、じゃな」
「なるほど――」
……基準が曖昧すぎる。
もしも、あの高慢ちきなエルフの糾弾人に、ノー! と言われたら終わり、ということか。
俺にとっては大チャンスに違いないのだけれど、ここぞという場面で最大限有効に使わないとあっという間に封じられてしまうだろう。『奥の手』だと考えた方がいいかもしれない。
しばらく考え込んでいる俺を待つのに飽きたのか、グズヴィン議長は、俺に向けて――というよりは、審問会に集まった聴衆に向けて、よく通るバリトンの声で高らかにこう告げた。
「この審問会は、ここに集いし『七魔王』の名のもとに、《咎人》たる『勇者A』に、公平に、公正に判決が下されるものである! 糾弾人、弁護人、ともに異論はあるまいな?」
「もちろんですとも!」
「は――はい!」
余裕たっぷりの表情を浮かべる美青年エルフ、《黄金色の裁き》魔法律事務所の若きエース、エルヴァール=グッドフェローは、傍聴席に集まった聴衆に向けてそのずば抜けた容姿と目にした者を蕩けさせるような笑みをふりまくので精いっぱいで、反対側から睨みつけているエリナに気づく素振りもない。それが余計にエリナの苛立ちを倍増させているようで不安になる。
(おいおい……! はじまる前から向こうのペースでどうするんだよ、エリナ――!)
この審問会で無罪を勝ち取るには、エリナの助けがどうしても必要なのだ。隣に座るイェゴール所長がエリナの気を引こうとしきりに袖を引いているものの、まるで気づく様子はない。
(冷静になれ! 相手の矛盾点を聞き漏らすなよ!)
しかし、この時の俺は。
その想いが巨大なブーメランとなって返ってくるとは微塵も思っていなかったのであった。
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