第十四話 エリナの特訓
「じゃー、行ってくるねー」
怒り心頭のエリナを尻目に、金髪JSこと邪神マユマユは、にししー、と笑いながら、手にした大して中身なんて入らなさそうなのにむやみに高そうなストラップ付ポーチを振り回すようにして事務所を出て行った。
あの人、頼りになるんだろうか。
うーん、わからん。
「協力者第二号ゲットだわね、やるじゃない勇者A。さあ、まだあたしたちにできることは?」
「はい。ありますとも。ここで、肝心かなめのエリナ弁護人の登場です」
「あ、あたし!?」
まだマユマユの背中に、がー! と噛みつく真似をしていたエリナは、いきなり話の矛先を向けられて、慌てて姿勢を正し、俺に押し出されるままにみんなの前に歩み出た。
「イェゴール所長、正直に言ってください。エリナの弁護人としての能力はどんな物です?」
「そ、そうねえ……」
ちらり、と一瞥してから、
「まだアシスタントとしての参加しかしていないからねぇ……そりゃあ、もう」
「あ、やっぱそうですか。そりゃあ、もう、ですよね」
「そりゃあ、もう――その続きは何ですかぁあああああ!」
思ってもみない低評価にエリナはキレ始めたが、どうあがいたって経験不足な点は否めない。それは自分自身でも嫌というほどわかっているのだろう。それ以上返す言葉もなく、むっつりと黙りこくってむくれている。しかし、それはあくまで『今現在においての評価』だ。
「ハールマンさんとマユマユさんが何か情報を掴んで戻ってきてくれることを信じつつ、残りのみなさんには、エリナを一人前の弁護人に仕上げるためのお手伝いをお願いしたいんです」
「具体的に指示するのよ、勇者Aクン」
「はい」
イェゴール所長はもちろん、残りの面々の表情を見れば、もう協力する気まんまんであることは聞かずともわかった。俺は彼らの心意気に応えるべく、一人一人の顔を見つめて告げた。
「本番の前に、『魔法律審判』のリハーサルをしておきたいんです」
俺は続ける。
「もちろん、被告人役は俺で、弁護人役はエリナです。糾弾人役の方は……この事務所で、もっとも腕のいい人にお任せしたいんですが――」
「なら、あたしがお引き受けするしかないわねぇ、なんたって、所長、なんだし」
「しょ――所長と戦うんですか!?」
「なによ、エリナ? ご不満? それとも――怖気づいちゃったのかしら?」
言われてエリナは、生来の勝気な性格が顔を出し、むっ、と顔をしかめた。
「や、やればいいんですよね、やれば! エルヴァールに勝つつもりならやるしかないですし」
「そうそう。そういうことよ」
「あとの方は、エリナにアドバイスをするのと、傍聴人役をお願いできますか?」
意外なことに、誰ひとりノーとは言わなかった。むしろ、おもしろい余興だとでも思っているのか、好奇のまなざしで見つめていた。
最後に、肝心なことを俺は伝える。
「いいですか、みなさん。これから行うのはお芝居・練習ですけれど、手を抜いたりふざけたりは一切なしです。これは……業界第三位が業界第一位を倒すための、真剣勝負なんですから」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はいはーい! 一旦ストップよー!」
ぱんぱん、とイェゴール所長が大きく手を打ち鳴らすと、今まで貼りつめていた緊張感がほぐれ、とたんにがやがやとオフィス内が騒がしくなった。
「はぁ……」
その中で、浮かない顔をしているのはエリナである。その隣で、俺と、所員のなかでも一番積極的にエリナのサポート役に徹してくれているサテュロスのカネラさんが落ち込むエリナをフォローし、アドバイスを続けていた。
「エリナっち。あそこで所長の物証不足を叩けなかったのは痛かったッスね。惜しかったッス」
「うん。カネラさんの言うとおり、もうちょっとだった。でも、だんだんうまくなってきたな」
「でも、惜しい、とか、もうちょっと、とかって喜んでる場合じゃないじゃない……!」
エリナは焦りが先に立っているのか、俺たちの顔も見ず、うつむいて爪をかじりながらヒステリックな叫びを上げた。カネラさんの小さな山羊角の下の耳が、びくり、と驚き震える。
「……これじゃあ、勝てない。こんなお遊戯程度で満足してたら、アイツには勝てっこない!」
「焦ったらダメッス、エリナっち。まず『審問会』では、動じない、うろたえないことが大事ッス」
短い限られた時間で知ったことだったが、カネラさんは相当の楽天家のようだ。まずはエリナに自信をつけてもらうためのリハーサルなので、適任だとも言える。
サテュロスであるカネラさんは、上半身だけ見ると普通の――いや、ややセクシー寄りの優しいお姉さんだ。口調はちょっとアレだけど。はちきれんばかりの白のニットセーターの上に、黒いボレロのような丈の短いジャケットを羽織っている。だが、下半身は山羊そのもので、おまけに何も身につけてはいない。これ、直視していいヤツなの? と俺はドギマギ中である。
そんな半獣半人のカネラさんは、下半身の茶色がかった毛を無造作に、ぷちり、と引き抜くと、俺たちの目の前でパラパラと散らせた。
「糾弾人の主張に、いちいち反応してたらダメなんス。たとえはじめて聞いた事実や証拠でも、こんな風にムダ毛でも引っこ抜いて、すっとぼけた顔で小馬鹿にしてやんないと。エリナっちは表情に出しすぎッスね。傍聴人たちや審問官を味方につけた方が、最後には勝つんスから」
「そ、そんなこと言われても……あたし、ム、ムダ毛とかない方ですし」
「いやいやいや! 喩え! 喩えッスよ!」
カネラさんは慌てて顔の前で手を振りながら、助けを求めるように俺を見た。
エリナは元々生真面目な性格なのだろう。気楽に、呑気にやればいい、的なアドバイスを受けてもなかなか実践できないのだ。その点では、あのバルトルさんにも通じるものがある。
それに今のやりとりでも感じられるように、こう見えて――ぐっ! 俺の尻が――根が素直でピュアピュアしているエリナは、他人がする喩え話をストレートに受け取ってしまうクセがあった。なので、ありもしない罪状を読み上げられようが『えっ!? あんた、そんなことやったの!?』と誰が見てもわかるほど驚いた表情を顔に出してしまうのだった。
「いててて……俺の脳内モノローグに蹴りでツッコミいれるんじゃない!」
「ふンだ。あんたの考えてることなんて、このエリナ様には全部お見通しなんですからね!」
「はぁ……ッス」
カネラさんは呆れたようにため息をついて、白いニットセーターの下の主張の激しい胸を支えるように腕を組んで悩ましげな顔をする。デカい。
「エリナっちのその、コロコロ変わる表情、好きっスけどねぇ……。『審問会』ではなるべく表情を変えない方がいいんス。どこを攻めたら効果的なのか、相手にまるわかりッスから」
「す、すみません、カネラセンパイ」
「あやまる必要、ないッスよー」
そこでカネラさんは、なにやら思いついたかのように、突然視線を俺に向けた。そして、ははーん、と悪そうな笑みを浮かべてみせた。
「そーいえば、ずっと引っかかってたんスけど。エリナっちって、勇者Aクンと話す時だけは緊張なんか少しもせず、割と言いたい放題言うッスよね? たった半月違いのあたしには、いまだに敬語ッスのに?」
「は――はいぃ!?」
エリナはよほど驚いたのか、聞いたこともないような高くうわずった声でそう言うと、落ち着かなげに視線を泳がせる。途中、俺の顔が視界に入ったのか、鋭い――ぐっ! ――蹴りが。
「にやにやしてんじゃないわよ、《咎人》!」
「してねぇだろぉおおおおお!!」
「ホント……仲いいッスねぇ」
「「よくない(ねぇ)ですから!」」
なぜかジャスト・タイミングで――ぐっ! ――俺たちの精いっぱいの抗議がハモった。
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