9話 『自称天才』
あと2話ぐらいで、ようやく動き出します
「よーし、ゲーマーズも探検し終わったところだし、紗月さん、今後の予定は一体なんでしょうか?」
「とりあえず、次はホビー天国に行って、そのままアニメイトに行こっか」
ゲーマーズを後にした渚たちが次に向かうのは、ホビー天国だ。そして、その流れでアニメイトへ向かう。
実は、ホビー天国の二軒隣にアニメイトがあるのだ。全く同じ経路なので、移動時間が殆ど掛からず、直ぐに見歩けるのがメリットだ。ちなみにデメリットは全く無い。
早速ホビー天国へ向かうため、現在いる電気街口から真っ直ぐ進んだ場所にある中央通りへ向かっていく。
丁度、渚たちはゲーマーズを出たばかりなので、右に十本近く進んで行けば、中央通りに出る頃合いだろう。と、
「───?渚、どうしたの?」
「いや、ねぇ…。なんで移転しちゃったんだろうなって」
「あぁ、確かにね…」
渚はその場に立ち止まると、電気街口を出てすぐ左にある、かつてホビー天国だったら建物を眺めていた。
ホビー天国改め、ホビー天国1は2014年の開店から、約7年間営業し続けていたが、2021年5月16日を以て、ホビー天国1は閉店してしまった。
その代わりとして、新たにホビー天国2という名目で、アニメイトの二軒隣で開店したのだが、この建物を眺めていると、やはり名残惜しい気持ちがある。
「駅近だから便利だったんだけど、なんで移転しちゃったんだろう。やっぱり、駅近だから賃料が高かったのかな?」
と、紗月は自分なりに店舗が移転した理由を軽く推測した。が、渚は稀に見ない真剣な表情で、顎に手を当てながら思案に浸っていた。
その数秒後、渚は「まさか」と恐ろしげに呟くと同時に、バッと勢い良く顔を上げると、旧ホビー天国を見上げて、
「これは………おそらく、機関による妨害を受けたのかもしれない」
「え…?き、機関?」
突拍子のない発言に、紗月は首を捻りながら渚にそう聞き返す。その言葉に、渚は「ああ」と忌々しげに応じ、
「ホビー天国は、機関による何らかの妨害を受けた事により、泣く泣く移転せざる負えなくなってしまったのだ…。ホビー天国は己の好奇心により、機関に対して無闇に手を出しすぎてしまったのだ…」
機関による妨害を受け、ホビー天国は移転した理由を発表出来ないでいる。
ホビー天国は、裏で暗躍している機関の手により、常に銃口を突き付けられているという状況なのだ。
「──────」
渚は無言のまま、ポケットからスマホを取り出すと、それを耳に当てて、
「ああ、私だ。既に、ホビー天国は機関の手に落ちている。ここままでは、ホビー天国に留まらず、秋葉原全域が機関により支配されていくだろう。ああ、ここままではマズい。いち早く、機関を動きを阻止しなければならない。お前は、オペレーション・超電磁砲を遂行せよ。健闘を祈るぞ。───エル・プサイ・コングルゥ」
渾身の決め台詞を言い終えた後、渚は静かにスマホをポケットに戻した。
「よし、じゃあ裏の事は任せるとして、私たちはホビー天国に行きますか!」
「あ、う…うん」
渚の切り替え速度が尋常ではない事に困惑しつつも、紗月はそう小さく返事して、ホビー天国へ向かうべく、渚と共に歩き出していた。
ホビー天国に行く経路は簡単だ。
駅から降りて直ぐにある電気街口を真っ直ぐ進み、中央通りに出ると、そこから右に曲がって進んで行く。
少し歩いたら、目の前に横断歩道が見えてくるので、そこを渡り、再び進んで行くと再登場する横断歩道を渡り、再々登場してくる横断歩道を渡り終えれば、無事にホビー天国へと到着だ。
渚は周囲のビルなどに掲げられているアニメの看板を眺めて、心を躍らせながら歩いていた。自然と足取りも軽くなっていた。
多くの人が行き交う通りを進んでいき、車に轢かれないように、周りに目を配りながら気を付けて横断歩道を渡る。
車に轢かれては元も子もない───渚の場合は、それぐらいでは死なないのだが。
そのまま中央通りを進んで行くと、ビックカメラ秋葉原店が見えてくる。
その店舗前には、大量のガチャガチャが設置されている。中央通りに面しており、非常に目立ちやすいため、ここでガチャに興じる人たちをよく目にする。
物珍しさに、写真を撮っている外国人も多く見受けられる。
そのすぐそこには───、
「遂に到着したぞ、機関の手が回ってるホビー天国に」
「いや、機関の手なんて回ってないからね…。うん、多分」
と、渚の陰謀論を聞いた紗月の声は、何故か自信なさげだった。
渚たちが到着したのは、駅前から移転した例の店、正式名称は『ボークス秋葉原ホビー天国2』だ。その名の通り、大量のホビーグッズを扱っており、その光景は正しく天国と言えるだろう。
この店も秋葉原に行く度に足を運んでおり、やはりオタ活には欠かせない場所となっている。
店頭にはガラスケースがあり、その中には沢山のホビーグッズが置かれている。
ちなみに、ここでは階層ごとにどんなグッズが販売されているのかが一目で分かるようになっている。
一階と二階はキャラクター雑貨が中心で、そこそこ古い作品のグッズも販売されている。
三階と四階はプラモデルと、その制作に必要な道具が販売されている。なんと、一般の方が制作したプラモデルも置かれているのだ。
五階はフィギュアやトレカが販売されており、発売前の新作フィギュアの展示もされている。
こうして実物を使いながらフロアを表現するのは、非常にお洒落な考えだと思う。
早速、渚たちはホビー天国に足を踏み入れる。
まず最初に渚たちを出迎えるのは、台の上に置かれた一台のモニターと、その周辺に並べられた雑貨の数々。モニターに映し出されているのは、今話題沸騰中のアニメだ。
入口付近には、今が旬のアニメのグッズが販売されている。旬ごとに内装が変わるので、いつでも新鮮な気分でいられるのが良いところだ。
正直、ここだけでも十分楽しめてしまうが、本番はこれからだ。
店の奥へと進んでいくと、そこには大量のレンタルショーケースが置かれている。どのボックスにも照明があり、より綺麗にフィギュアを鑑賞する事が出来るのだ。
殆どの場合、フィギュアは箱入り娘状態なので、こうして実物を見る事が出来るのがメリットだ。
そのメリットがあるので、そこから更なるメリットを生み出す事が出来る。では、実演しよう。
「───な、渚…何やってるの?」
ショーケースの前で座り込み、下から覗くようにしてフィギュアを見ている渚。そんな奇行に疑問を抱いた紗月は、少し躊躇いがちにそう問い掛ける。
それを受けた渚は、その場から立ち上がると、紗月を顔を見て「決まっているだろ」と前置きし、
「パンツを見てるんだよ!パンツを!」
そう、更なるメリットとは、パンツを見る事が出来ることだ。
これ以上のメリットはない。箱入り状態だとパンツを確認出来ないので、実物を見れるのは非常に助かる。
「だとしても、流石に見方ってものがあるでしょ…。傍から見たら変態に見えるよ」
「だって仕方ないじゃん。店員さんにパンツを見たいからショーケース開けてくださいなんて、そんなの恥ずかしくて言えるわけないじゃん!」
「いや、そっちの方が…下から覗くよりも恥ずかしくないと思うんだけど…」
と、紗月はそんな感想を呟くも、渚の耳には届いけおらず。渚はその場にしゃがみ込むと、パンツの確認を再開した。
前に倒れないように、ショーケースに手を張り付かせて、体制を崩さないようにしながらフィギュアのパンツを確認し始める。
「お、これ白だ!あぁ、これ黒かぁ…」
白と判明すると喜び、それ以外の色だと渚はあからさまに落胆する。
フィギュアのパンツは白色が一番良い。白が一番可愛い。白が一番尊い。白色のパンツが世界を平和に導くものなのだ。だから、白以外は断じて許さない。(例外多数あり)
「あっ!これ見て、凄いよ!好きなアニメのやつだし、パンツの色真っ白だし、忠実にパンツの皺まで再現されてるから、これすっごく良いフィギュアだ!」
「あぁ、そ、そうなの…」
「いやぁ、最高だね。こんなにパンツを堪能出来るなんて」
「う、うん。良かったね」
「ねぇねぇ、紗月はフィギュアのパンツ見たりするの?」
渚は視線を紗月に向けると、小首を傾げながらそう問い掛ける。紗月は少しばかり返事を躊躇ったものの、「ま、まぁ」と言いづらそうにして、
「フィギュアを買って、家に帰ったあと、たまに好奇心で見たりすることはあったりするけど…」
「だよね、やっぱそうだよね。パンツって何か気になっちゃうよね。えちえちな感じじゃなくて、なんか好奇心で見ちゃうよね」
「うん…そ、そうだね」
渚の異常な熱量に圧倒され、紗月は苦笑いしながらそう返事した。
「いやぁ、それにしてもこのフィギュアほんといいねぇ」
とても質の良いフィギュアを見つける事が出来た。好きな作品のフィギュアであり、パンツは白色で、尚且つ、パンツの皺まで忠実に再現されている物だ。運命の赤い糸に結ばれていたのだろう。
これは買う以外選択肢はない。そんな使命感に駆られた渚は、値札を確認した。その瞬間、渚の顔色は闇に染る。
「た、高ぁ………」
ここにあるフィギュア、全体的に値段が高いような気がする。
値札に書かれている金額は約二万円。現在の所持金は約四万円。つまり、そのフィギュアを買えば、最初の金額の五分の一になってしまうのだ。ああ、宇宙の終わりだ。
「こ…これ買っちゃったら、お金殆ど無くなっちゃうんだけど…。え、えぇ…?」
「じゃあ我慢するしかないんじゃない?」
「で、でも…こんなクオリティの高いフィギュアを見捨てるような、そんな酷い真似は私には出来るわけないし…。それに、この子が可哀想だよ」
「か、可哀想…?」
「だって、こんな密閉された空間に閉じ込められてるんだよ?だから、私が今すぐ買ってあげて、解放して自由の身にしてあげないと」
そう、フィギュアは常に過酷な環境の中で檻に閉じ込められている。故に、渚が購入して解放してやらなければならない。
その後、環境の良い渚の自宅に保管し、共に毎日を幸せに過ごしていく。その為には、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。
「やはり、私にはこのフィギュアを買うしか選択肢は残されていないのか…。くそぉ……、財布が痛過ぎるけど、ここは耐え時か…」
「まぁ、別に欲しいんだったら買えばいいと思うけど…。ちゃんと、後先の事を考えた方がいいんじゃない?」
「───いいや、駄目だ。オタクであるならば、自らの身と精神を犠牲にしてでも、買わなければならない時があるのだ」
ここで渚が引いてしまえば、オタクとしての熱力はその程度なのかと、周りから馬鹿にされてしまうだろう。
それは絶対に駄目だ。オタクであるならば、自らの身と精神を犠牲にしてでも、成し遂げ無ければならない事があるのだ。
そして、今がその時。
「よし、決めた!私、このフィギュア買う!じゃあ、ちょっと店員呼んでくるね。すいませーん、これ開けてくださーい!」
渚は近くにいた店員を呼び寄せ、ショーケースを開けるように命じる。
言われた通りに店員は鍵を開けると、渚は神聖なフィギュアを手に取り、店員に「どうも」と軽い感謝の言葉を述べてから、会計へと向かう。
そのまま会計を済ませ、無事フィギュアは渚の所有物となる。これだけでも十分満足出来たのだが、ホビー天国にはまだ続きがある。
「うぅ…。私は二階に行きたくないと言っているのに、オタクの血が騒いで…足が勝手に進んでいくぅ……」
「──────」
渚は自分の意思と反して動き続ける足を止めようと、呻き声を上げながら必死に堪えようとするが、その抵抗は無意味に近い。
渚は段差を登り続けており、紗月はその様子を黙って見ていた。
渚たちが向かっているのは、ホビー天国二階にある雑貨コーナー。入口すぐ左側にある階段を登った先にあり、そこには大量のグッズが置かれている。
そこに行ってしまえば、ただでさえ軍資金が少ないと言うのに、物欲に負けて買い漁ってしまう可能性がある。
そんな訳で、渚は必死の抵抗を見せているのだが、いつの間にか足元から段差の感覚が無くなってしまっていた。恐る恐る、渚は視界を前に向けると、そこは───、
「つ、着いてしまった。禁断の地に…」
「いや、自分から行ったんでしょ」
「ち、違うし!私の足が、なんか勝手に動いただけだし!」
その紗月の指摘に、渚は必死の反論を口にする。が、真面に取り合って貰えず、紗月はため息を吐いたあと、「はいはい」と適当に返事して、
「で、どうするの?禁断の地に来ちゃったみたいだけど、やっぱり帰る?」
「いや、それは絶対に駄目でしょ。せっかく来たんだから、何も買わずに引き下がるのは流石に失礼過ぎるでしょ。店を長く続けてもらうために、少しでもいいからちゃんと売上に貢献しないと。うん、だからここで帰る訳にはいかない。紗月もここに一回来たからには帰るなんて絶対に言っちゃ駄目だよ。失礼すぎるよ?分かった?」
「う、うん…」
意地悪な問い掛けをする紗月。それに、渚は自身の行動を無理やり正当化し、逆に紗月を糾弾する始末。
実にツッコミどころ満載だが、渚の気迫に圧倒されて、紗月はそう小さく返事する事しか出来なかった。
「よーし、じゃあ行こ行こー!」
そう言って、渚はホビー天国の二階を探検し始めた。
階段を登って直ぐ目の前にあるのは、人気アニメの『ゆるキャン』コーナー。様々なグッズが置かれており、ゆるキャン好きには正にうってつけだろう。
「いやぁ、これ見てたら凄いキャンプ行きたくなってきたよね。一回だけだけど、私も志摩リンみたいにソロキャン行ったし」
数多くの日常系作品が存在する中で、ゆるキャンのような特定の分野に突出した作品も少なからずある。そう言った作品では、各分野の様々な知識が得られて、そこから興味を持ち、趣味にまで発展する場合もある。
そんな素晴らしい可能性を秘めるのが、日常系作品の良いところだ。
「私も、ちょっとは行ってみたいとは思ってるんだけど…あんまり外出たくないし、それに…一人でキャンプするのはちょっぴり怖いかな」
「結局、インドアが最強ってわけか」
「うん、そうだね。だから、私はキャンプよりこっちの方がやってみたいって思ったかな。家に引き篭ってても出来るし」
そう言って、紗月はゆるキャンコーナーに隣接されている『ぼっち・ざ・ろっく!』通称ぼざろコーナーを見た。音楽系の作品なので、楽器を買ってさえすれば、室内に篭っていたとしても楽しめる。
だが───、
「けどなぁ、こっちは難しいんだよな。ギターとかベースとか色々種類あるけどよく分かんないし、それに値段が凄く高いし、一回ギター貸してもらった時あったけど、全然弾けなかったし。すぐに諦めちゃった」
そう、難しすぎるのだ。少し練習すれば弾けるだろうと言う、そんな軽い気持ちで弾いてみたのが間違いだった。結局、ギターヒーローになる夢は直ぐに潰えてしまった。
「確かに、入りは難しいよね。ぼっちちゃんみたいに上手く弾けるまでは、相当時間掛かるし…。私が高校生の頃、けいおんってアニメ見てギター買ってみたんだど、全然弾けなくてよく分かんなかったから、今は押し入れの中に放置してある」
「やっぱり、殆どの人はそうなるのか」
「うん、昔あったけいおんブームの時も、軽音部に入ったり、ギターを始めた人が多かったらしいけど、ギターが難しすぎて、途中で挫折する人が多かったらしいし」
「廣井さんも言ってたのにね。ギターを続けていれば、ギターに相応しい人になるかもしれないよって。まぁ、そんな事私が言えた口じゃないか」
そう言って、渚たちは階段前にある人気アニメコーナーを通り過ぎたあと、店の奥へと足を進ませていく。
主に二階は雑貨が販売されており、壁一面には大量のアクスタやキーホルダーなどが飾られている。
この店の注目すべきポイントは、何と言っても店内の飾り付けだ。ゴテゴテした飾り付けで、正にオタク店といった雰囲気であるため、個人的にかなり好きな場所だ。
様々なキャラクターグッズが置かれている中、ここの素晴らしいところは、少し古めのアニメのグッズが、新品で置かれているところだ。
「───くぅ…」
渚は唸り声を上げながら、心の底から湧いてくる物欲を必死に抑えようとする。が、視線が勝手にあちこちへ動いてしまい、無意識に手が出そうになる。
このままではマズい、そう判断した渚は、決死の行動に出た。それは───、
「な、何してるの渚…?」
「あっ、そう、大好きぃ…。もっと、いっぱい近付いてぇ…」
渚の天才的な作戦。渚が推しキャラたちに囲まれて、胸を押し付けられながらゼロ距離で密着している光景を想像し、そこへ意識を全集中させる。
更に、推しキャラたちの声で『渚ちゃん、大好きだよ』と脳内再生し、溢れるほどの幸福感で、全身を嬲っていく。
渚は推しキャラたちに魅力されて、徐々に思考が鈍っていく。次第に、現実世界の感覚も薄れていき、渚の意識の殆どが脳内へと移っていく。
そう、渚の天才的な作戦と言うのは、脳内でハーレムを創り上げ、そこで自身が幸福感に嬲られる事により、無理やり物欲を消し去るというものだ。
これなら、推しキャラに唆されたという理由で、この階層で何もグッズを購入しない事が正当化できる。
この完璧な作戦の前では、世界の名探偵であるLでさえも確実に腰を抜かすだろう。
「うへへぇ…もっと。もっと私の事好きって言ってぇ…」
「───な、渚?どうしたの?大丈夫?」
その場で立ち止まり、幸福感を顔を浮かべながら、恐ろしい独り言を呟いている渚。紗月は恐る恐る問いを発するも、渚は殆ど反応を示さない。目の前で手を振るも、全く見えていないようだった。
「ぐへへぇぇ。えへへぇ…。あっ、そういえば紗月ぃ……。今ハーレムしてるから、私はかこここで待ってるねぇ……。えへへぇ」
「あっ、う、うん…分かった。じゃあ階段前とかで待っててね」
「うぅん……待ってるよぉ?うへへぇ…。えへへぇ…」
そう言って、渚はこの場から去りゆく紗月を遠目に、一人妄想の世界を楽しみ続けるのであった。




