7話 『GAMES』
自分でも書いててよく分からなかった
「渚…元気だしなよ」
「うぅ…」
紗月は酷く落ち込んでいる渚を元気づけようとかするが、渚は唸るだけで元気度は全く回復しなかった。
それもそうだ。渚は既に軍資金の半分を失ってしまったからだ。
あの後、渚は苦渋の決断の末、この機会は二度と来ないと察し、四万円の限定タペストリーを泣きながら購入したのだ。
限定タペストリーが手に入ったのは非常に嬉しいが、その代償はあまりにも大きい。
四万円という大きすぎる軍資金を失ったせいで、買える品が少なくなってしまったのだ。嬉しい気持ちと後悔している気持ちがぶつかり合い、渚の感情はぐちゃぐちゃになっていた。
だが、渚自身もいつまで経ってもこのままではいけないと自負していた。なので、渚は後悔の念を押し殺して、手元にある大きな袋に目をやって、
「愛してるからね。絶対に離さないからね。渚ちゃんが絶対に守ってあげるからね」
「なんか、ヤンデレみたいだな…」
渚は手元にある袋を優しく撫でて、袋の中にある限定タペストリー目掛けて、愛の言葉を囁いている。
そんな渚の様子を見て、紗月はそんな感想を零していた。その顔は若干引き攣り気味であった。
「よし、じゃあ次はゲーマーズだ!」
と、先ほどのヤンデレ具合は一体何処に行ったのやら。
渚は前方に見えるお店『ゲーマーズ』を目にした瞬間、オタク魂に火がついて、完全に元気が戻っていた。
「急に元気が戻るな…」
と、渚の情緒不安定具合に紗月は苦笑しつつ、渚の隣を歩いて一緒にゲーマーズへと向かっていく。
このお店はラジオ会館のすぐ向こうにあるお店であり、基本的にラジオ会館を出たあとは、このお店に足を運んでおり、秋葉原へ来た時のルーティンの一つとなっている。
人混みを掻い潜って、渚たちはゲーマーズへと足を踏み入れた。
店の中に入ると、渚の周りは直ぐにアニメグッズ尽くしになる。
「うわぁ…やっぱいいねぇ…」
その事に快感を覚えながら渚は店の奥へと進んで行く。
ゲーマーズは七階建てになっており、それぞれの階に特色がある。
簡単に説明すると、地下一階は多くのカードが取り揃えられており、一階には『ラブライブ』などのグッズ。二階には『あんさんぶるスターズ!!』などのグッズ。三階には多くの書籍が取り揃えられており、四階には『ブシロード』などのグッズが多くある。
五階には主に声優などのグッズ。六階はイベント会場になっており、イベント開催時以外には立ち入ることは出来ない。
そして、七階にはアニメのポップアップストアが開催されている。
いつ行っても必ず何らかのアニメのポップアップストアが開催されているため、下調べをせず、フラっと立ち寄っても楽しめてしまうのが良いところだ。
「よし、じゃあ早速七階に行くか!」
「うん。早く行こっか」
一階を軽く見回り終えると、続いての行き先は七階だ。
普通の人ならば一階から見回っていきそうだが、渚は七階から下へ見回っていくスタイルだ。
渚たちは店の奥へ進んでいくと、エレベーターの前へと辿り着いた。
ボタンを押すと、扉が開かれたので、早速渚たちはエレベーターに乗り込んだ。
七階のボタンを押すと、エレベーターが上の階へと上昇していく。階層が上がっていくにつれ、同じく渚たちの期待も上がっていく。
そして、エレベーターが七階へと辿り着いた。だが、辿り着いただけであって、渚たちは決して開くはずのない鉄の壁によって、行き先を塞がれているのだ。
そんな時は───、
「ハァッ!」
渚は手に莫大な魔力を込めると、手を鉄の壁にかざして、一気に魔力を放出させる。
莫大な魔力を受けた鉄の壁は、当然耐えられるはずもなく、鉄の壁には綺麗な縦線が入る。渚の強さに怯えきった鉄の壁は、そのまま逃げるようにして、渚の前から消えていった。
決して開かれるはずのない鉄の扉が、渚の手によって容易に開かれてしまったのだ。
「開いた!?」
そんな光景を目にした紗月は、驚きのあまりそう叫びながら後退り。そして、渚は後退りする紗月に向かってドヤ顔を見せた。
こうして、紗月にかっこいいところを見せつた渚は、無事に敬われる存在となったのであった。
めでたしめでたし。
「いや、何にもしなくても普通に開くけどね」
と、紗月の冷静なツッコミで渚は現実世界に戻される。エレベーターが普通に開かれると、渚は紗月の言葉を無視して、そのまま七階へと足を踏み入れる。
そんな渚の様子を見て、紗月はため息を吐いて少々呆れ気味といった感じだ。だが、そんな感情は直ぐに取っ払われる。
何故ならば───、
「うわぁ…」
眼前、そのには正に天国と言っていいほどの素晴らしい空間が広がっているからだ。感激のあまり、声を漏らさずにはを得ない。
紗月は声を漏らさずにしても、顔には自然と笑みが零れており、正にウキウキといったご様子だ。
早速、渚は目を光らせながら七階を散策し始めると、
「あっ!」
眼前、渚の大好きなアニメのポップアップストアが開催されていたのだ。
周りには作品に出てくるキャラの等身大パネル、イラスト、グッズ等が勢揃いしており、幸せすぎる空間だ。
「紗月ー!来てぇ!」
「ん?」
この幸せは共有しなければ、といった使命感が湧き上がり、すぐさま手招きして紗月を呼び寄せる。
興奮がピークに達し、店の中で叫ぶことは迷惑だと自覚しているものの、叫ばずにはを得なかった。
「え、これやってるの?最高じゃん」
元々、このアニメは紗月から布教されたものなのだ。
紗月はこのアニメについて、渚によく熱弁していたので、渚も試しに見てみた結果、見事に沼にハマっていったという訳だ。
紗月は目を輝かせており、心底嬉しいご様子だ。
「でしょでしょ!いやぁ…これは買うしか選択肢がないな」
「だねぇ」
言いながら、早速紗月はグッズを手に取った。渚も同じくグッズを手に取って、買う物を選別していく。
少なすぎる軍資金に絶望しながらも、渚はグッズを手に取っていく。どれも宝石のように輝いて見えるが、中でも一番輝いていたのは───、
「やっぱりTシャツだな」
好きなキャラが真ん中にでかでかと描かれた服。これを見たからには、いくら財布の中が乏しくとも、買わざるを得ないのだ。
何故なら、この服を着用することによって、好きなキャラと渚自身が一心同体になれるからだ。
それに、好きなキャラの服を着ることによって、見ず知らずの人にも作品と、その作品に出てくるキャラを布教できてしまうのだ。
好きなキャラと一心同体になれる。他人に布教出来る。そうすることによって、渚が凄く嬉しくなる。
つまり、win-win-winの関係と言うわけだ。
渚は自分と同じサイズの服を手に取ったあと、棚に並べられているグッズを再び手に取っていき、最終選別を行っていく。
最終選別が終わると、渚たちは手に取ったグッズを籠に入れて、他の作品のポップアップストアへと足を運ぶ。
「く、これも欲しい…これも欲しいな…あっこれも!」
浪費を抑えようとしても、目の前の誘惑にはすんなりと負けてしまうのが渚だ。軍資金が少ないというのにも関わらず、次々とグッズを手に取っていく。
感覚的には、やめられない、とめられないと全く一緒だ。
「渚お金大丈夫なの?」
と、隣でグッズ選別を行っていた紗月が、次々とグッズを手に取っていく渚を見兼ねて、そう心配の声をかけてくる。
実際、渚は金を使いすぎている。まだ店を全然回っていないというのに、もう既に軍資金の半分が罪深きグッズによって削ぎ落とされてしまったのだ。
だが、渚はそんな心配を声を「無論だ」とバッサリ切り捨てて、
「いざとなれば金を借りれば良い話なのだからな。何も問題はない」
「───いや、ありありだよ?」
と、紗月に問題点を指摘されるも、渚はそれを華麗に無視して、手に取ったグッズを次々と買い物籠の中に入れていくと、
「とりあえず、私はこれで全部かな。紗月は?」
「私もこれでいいかな」
買い物籠を中身を見て微笑む紗月。そんな様子を見た渚は、「よし」と掛け声を発して、
「じゃあ会計いこっか」
「そうだね」
紗月はそう機嫌良く返事したあと、渚の背中を追って、会計へと向かっていく。
会計の前に辿り着くと、渚はカウンターに買い物籠を置いた。それを店員が手に取っていき、会計が進んでいく。
購入したグッズは全て可愛いものなのだが、値段は全く可愛くない。徐々にレジの液晶画面に表示される数字が増えていくのを見て、財布の中がまた一段と悲しくなっていく事を心の中で嘆きつつ、渚は渋々店員に金を渡した。
そして、会計を終えたグッズは等々渚の所有物となり、袋詰めした状態で渚に手渡される。
渚の後ろに並んでいた紗月も同じく会計を済ませて、グッズが入った袋を手に取った。
「よーし、次だ次」
七階での買い物が終了すると、続いて向かうのは五階だ。
渚たちは五階に向かうため、先ほど来たエレベーターすぐ隣にある階段場所へと向かい、階段を降りていく。
階段スペースの壁には、広告やポスターが沢山貼り付けられている。
普段は広告などには目を通さないが、秋葉原の広告だけは自然と目がいってしまう。
アニメ関連の広告しか掲載されていないのもあるが、一番重要なのは、広告に描かれているキャラクターだ。
正直なところ、可愛いキャラが描かれた広告ならなんでも見てしまう。
渚の興味のない事柄の広告でも、可愛いキャラが紹介していたら見てしまう。
可愛ければ何でも良い。可愛いは正義。可愛いは世界を救う。つまりそういうことだ。
階段スペースの壁に貼り付けられている広告にじっくり目を通しつつ、渚たちは五階への向かう。
五階へ辿り着くと、まず最初に見えてくるが、壁一面に貼られた大量の予約案内の紙だ。
CD、Blu-ray、DVDなどの予約について書かれている。それにサッと目を通して、渚たちは奥へと進んでいく。
この階にもアニメグッズは販売されているが、この階の殆どを占めるのが声優関連のグッズだ。
声優関連のCD、Blu-ray、DVD、写真集、雑誌などが多く取り揃えられている。
時には、声優関連の衣装展が開かれ、ポップアップなどのミニイベントなどの催事スペースでもあるのだ。
声優好きには天国と言っても良い場所であろう。
アニメを見始めた当初、声優などには微塵も興味を感じなかったが、アニメを見続けていくにつれ、徐々に声優の凄さや魅力を身に染みて感じてきた。
声優はキャラクターに命を宿し、声を通じて、大勢のアニメ視聴者に感動を伝えるものだと認識している。
あるアニメのワンシーンを見た時、キャラクターの感情や気持ちが全て詰まった声を聞いて、渚の胸にはぐっと込み上げてくるものがあった。
そこから、渚はアニメだけではなく、声優にも興味を持ち始めたのだ。
ただし、渚は決して声優オタクと言うわけではなく、好きな声優が数人いる程度だ。
店の奥へ進んでいくと、ガラスのショーケースが設置されており、その中には声優のサインが書かれたカラーボールが幾つも置かれている。
「うわぁ、やっぱり欲しいな…これ」
「展示品だからね、私も欲しいけど買えないからなぁ…」
前屈みになり、ショーケースの中をまじまじと見ながらそう呟く渚。
紗月もそれに同意し、口惜しそうにしながらショーケースの中を見ていた。
サインは何故か欲しくなる。実用性の無い物というのは確かだが、何故欲しくなってしまうのがサインだ。
「よし、なら盗んじゃおっか」
「犯罪者になるつもりなのか」
と、紗月から冷静なツッコミが入るが、渚は小さく首を振りながら「違う違う」と言って、紗月の考えを否定。
そして、渚は人差し指を立てると───、
「普通にショーケースを壊してカラーボールを奪うって言うなら駄目だろうけど、その奪うっていう行為を立証させなければいい話なんだよ」
「窃盗を立証させないって……ショーケースから直接取る以外に何があるの?って言うかそもそも犯罪だから辞めろ」
「全く、甘いよ、甘すぎるよ、紗月くんはグラブジャムンぐらい甘いよ」
「それは…確かに甘すぎるね」
犯罪行為だと警告する紗月の言葉は一切耳に入っていないようで、まるで教授のような振る舞いで渚は紗月にそう指摘する。
そんな渚の様子を見た紗月は、完全に呆れ返っており、大きなため息を吐いたあと、渚の茶番劇に付き合うことに決めて、そう返事した。
すると、渚は「あのね」と前置きし、
「直接ショーケースから取ったら窃盗になっちゃう。だから、カラーボールを瞬間移動させれば、窃盗罪は立証されないのだ!」
「ま、まぁ…カラーボールが瞬間移動すれば、取ったっていう証拠がないから、確かに窃盗罪は立証されないと思うけど───」
そこで紗月は一旦口を閉ざしたあと、「でも」と渚を見ながら言い、
「瞬間移動って…どうやってカラーボールを瞬間移動させるの?そんなこと絶対に無理じゃない?創作物とかの話じゃあるまいし」
当然と言えば当然の話だ。この世に物体を瞬間移動させる方法など存在していない。
魔法でも存在しない限り、渚の言う瞬間移動は実現不可能なのだ。
だが、紗月にそんな指摘を受けたのにも関わらず、渚は余裕ぶった表情で小さく笑い、
「まあまあ、そう心配するでない。この光景を目に焼き付けておけ。古から伝えられし我必殺奥義。スティール!!!」
渚はそう口にすると、右腕を大きく振りかぶり、ショーケースに右手を翳した。
すると、手のひらから水色の眩い光が発生し、それは世界をも埋め尽くす勢いで、視界一面に広がっていく。
「──────ん」
あまりの眩しさに、紗月は思わず目を瞑って視界を塞いだ。
しばらくすると、眩しさも徐々に薄れてきたので、紗月はゆっくりと目を開いた。
そこには───、
「えっ?」
渚の手には声優のサインが入ったカラーボールが握られていた。
紗月は瞬時にショーケースの中に目を移すと、そこには先ほどまであったはずのボールが無かったのだ。
目の前で起きた光景が信じられず、紗月は困惑を示していると、渚は「くっくっく」と笑って、
「どうだ!見たか!これがスティールだ!ふははは。これがあれば何でも盗めるぞ!」
と、手にしたカラーボールを片手に、高らかに笑う渚。そんな渚に、紗月の冷静な指摘が弾丸の如く放たれる。それは───、
「それはそうとさ、防犯カメラにバッチリ映ってると思うけど……渚、大丈夫?」
「なぁっ!?」
そんな紗月を受けて、渚は瞬時に周囲を見回した。
天井から吊るされている防犯カメラ。その位置からは渚たちがバッチリと撮られているはずだ。
今頃防犯カメラの存在に気が付き、渚は莫大な焦燥感に駆られ、ショーケースの中にボールを戻そうとするも、手がてんやこんやになって、上手くボールを持てずにいた。
そうこうしている内に、渚たちの元へ大量の足音が迫ってくる。
そして、渚たちの前に現れたのは数人の警察官だった。
「警察です。水無瀬渚さんを窃盗罪で現行犯逮捕する!」
「く、来るの早すぎるでしょ!?」
渚が警察の早すぎる到着に驚いているのも束の間、渚は警察官たちに押さえつけられ、直ぐに手錠が掛けられてしまった。
渚は必死に抵抗するも、そのまま警察官に連れて行かれそうになる。
すると、渚は唖然としている紗月に、救いを求めるかのような目を向けると、
「さつきー!たすけてー!このままだったらけいさつかんにたいほされちゃうよー!えんざいだとしゅちょうしてくれぇぇぇぇ!」
「読みにくいからせめて漢字に変換してくれ」
「メ、メタい事を言うなぁぁぁ!」
そう叫ぶも、警察官たちは渚を連れて行こうとする。
渚は必死な抵抗を見せるも、数人の警察官には敵うはずもなく、そのまま渚は警察官に連れ去られていった。
こうして、犯罪者はまた一人捕まって、世界は平和へと近づくのであった。
めでたしめでたし。
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇい!!」
と、警察官たちに連れ去られていったはずの渚が、何故か紗月の目の前に現れる。
そして、渚は紗月に顔を近付けると、切羽詰まった声で訴えかける。
「このまま私が逮捕されたら、主人公がいなくなっちゃうから、ストーリーがここで終わっちゃうよ。まだ何も始まってないのに」
「メタいな…それ」
「そう、だから、おい警察官共、早くこの手錠を外してどっか行け!」
渚は警察官たちにそう言い放つと、直ぐに一人の警察官が渚の手錠を外した。
そして、警察官たちは渚に深々と頭を下げて謝罪すると、そのまま何処かへと去ってしまった。
「──────?」
目の前で起きた光景が全く理解出来ず、紗月は困惑を覚えていると、渚は「よし」と腰に手を当てながら言って、
「ある程度見終わったし、次行くぞ次ー!」
「お、おぉ…」
紗月は片手を上げると、困惑染みた声でそう返事した。




