2話 『理解不能な発言』
投稿頻度遅いです
場所は東京都千代田区秋葉原駅前。時刻は昼の十三時を過ぎた頃だ。
人通りが多く、非常に賑わっている様子であり、いつにも増して秋葉原は活気に満ちている。買い物袋を手にした人々は皆、顔色が喜びに満ちていた。
そんな中、明らかに不満げな様子を露にしている女性がいた。
「渚、ほんと遅いなぁ…」
秋葉原駅前の柱に寄り掛かり、スマホの時刻を確認し、辺りを軽く見回して、渚の到着を一時間以上待っている女性。
髪はショートボブにしており、可愛らしげな顔をしているが、直ぐに群衆に紛れ込んでしまいそうな影の薄さだ。正に原石と言ったところか。
そう、彼女こそが、秋葉原駅前で一時間以上も待たされている女性──雪下紗月だ。
「もう一時間以上立ってるじゃん…もしかして渚来ないのかな?」
この一時間の間、紗月はスマホゲームをしたり、これから向かう店の情報について、事細かに調べていた。
今日は、渚と一緒に秋葉原を巡る予定だったのだが、肝心の渚が待ち合わせ時刻の十二時になってもやって来なかったのだ。
なので、渚に電話を掛けたのだが、電話越しから感じられた彼女の焦り声は、寝坊した事を証明するものであった。
たが、遅刻しているからと言って、そんなに怒る気にもなれない。
人間は完璧では無い。誰にでも間違いや失敗がある。
だから、少しぐらい遅刻しても許してあげようと思っていた。そう、少しの遅刻ぐらいは。
既に待ち合わせ時刻から一時間以上が経過しており、その間ずっとスマホを弄っていたので、充電も徐々に減ってきた。
遅刻と言っても、十分ぐらいの遅刻なのだろうと想像していたが、まさか一時間以上待たさせるとは思ってもいなかった。
「で、ほんとなんなんだろ…これ」
電話を一方的に切られたあと、何度も渚に電話を掛けたり、色々とメッセージを送っていたりしたのだが、一向に返信は返って来なかった。
それから約二十分が経過した頃、ようやく渚から返信が返ってきたのだ。
『ごめんね紗月。なんか異世界に飛ばされてたみたいだから、今から駅向かうね』
と、意味が分からない内容だ。渚は異世界に飛ばされていたらしく、今からこちらに向かうと言った内容だ。
紗月なりに、この文章の解明を色々試みたものの、今となっても理解不能のままだ。
唯一理解出来るのは、文末に書かれている文章のみ。これをそのまま解読すると、渚は今からこちらに向かって来るらしい。
つまり、このメッセージを送ってから家を出たという事になる。通りで一時間以上も待たせられる訳だ。
この意味不明な返信以降、何度も渚に連絡しているが、一向に連絡がつかない。
なので、一体どれくらい待てば、彼女がこちらに向かって来るのかが、全く分からないのだ。流石にドタキャンされる可能性は無いと信じたいが。
「一体いつになったら来るのやら…」
嘆息混じりの愚痴を漏らしたあと、紗月は再びスマホへ視線を移そうとする。
すると、こちらへ迫って来る足音の存在に気が付いた。
「やっと来た…」
紗月が顔を上げると、そこには一時間以上の遅刻をしでかした渚が、遂に紗月のいる秋葉原駅前へとやって来たのだ。
膝に手を当てて、荒い息遣いを整えている彼女の姿を見るに、大急ぎでこの場にやって来たのだと一目見て分かった。
渚の艶のある長い髪の毛は、一見整えられているように見えるが、よく見ると適当さが際立って見える。
大急ぎで来たであろう渚だが、彼女の美貌はいつになっても変わらない。渚の美しさは異常であり、女優やモデルにいそうな程の美貌である。
だが、一つだけ難点がある。それは彼女の内面であり、彼女は重度のアニメオタクであるため、知らずに近付いた者は、絶対に引いてしまうだろう。
そんな美貌の持ち主である渚に、少々嫉妬心を思い抱きつつも、紗月は渚に向かって言い放つ。
「それで渚、一時間以上も遅刻してくれたわけだけど、何は言うことはある?」
五分や十分の遅刻なら許していたが、流石に一時間以上の遅刻は許せない。
なので、遅刻した渚に謝らせようと、紗月は自分なりの圧を掛ける事にした。
すると、渚は紗月から目を逸らし、その場で顔を伏せた。そのまま、数秒間の沈黙が流れたあと、渚はいきなり顔を上げて、正面にいる紗月を見据えると、
「遅刻してくれてー、せーの!」
「───ぇ?」
開口一番、渚は万遍の笑みを浮かべ、紗月に掛け声を発してくる。
渚の意味不明な発言に、紗月は困惑を示していると、彼女は続けて───、
「ありがとう!」
「───ぇ…ぇぇ?」
「えっ?どうしたの紗月?なんでありがとうって言わないの?おかしくない?」
「───へ?……えっ?」
てっきり、渚は遅刻した件について、謝罪の言葉を述べると思っていたが、彼女の斜め上過ぎる回答に、紗月は戸惑いを見せる。
すると、渚は掛け声に反応しなかった紗月を非難し始めたので、完全なる理解不能を示していると、渚は不満げな表情を露にして、
「だーかーら!私が一時間以上も遅刻してあげたんでしょ?それなら、ありがとうの一言ぐらいあってもいいんじゃないの?」
「───え?ど…どういうこと?」
脳の処理が全く追い付かない。渚の口にしている事が全く理解出来ない。否、出来る訳が無い。
常識的に考えて、遅刻した渚が全て悪いのであり、こうして紗月が非難される理由は見当たらないはずだ。
紗月がそう問いかけると、渚は「決まってるでしょ」と、強い口調で前置きし、
「私さ、さっき連絡したはずだよね?異世界に転生しちゃってたって」
「た、確かに、そう書いてあったけど…。それが、どうしたの?」
「私が異世界で体験した事を聞ける絶好のチャンスなんだよ?ありがとう以外の言葉があるわけないでしょ!?」
「───ぇ、えぇ……」
遅刻した事を正当化して、それに納得しない紗月に対して、渚は声を上げる。
彼女の意味不明な行動に、紗月は言葉が出せずにいると、彼女はため息混じりに、「まったく」と呟き、呆れたように肩を竦めて、
「まあまあ、うん。全く、ほんと紗月は仕方がないなぁ…。うんうん、渚ちゃんは世界で一番優しいからねぇ。うんうん。だから、今回の件については、私の寛大な心で許してあげようじゃないか」
身振り手振りを大きく使いながら、紗月の犯した失態を許すと口にした渚。
遅刻した件はこれで終了と言わんばかりの彼女の態度に、上手く流されている気がして腑に落ちない紗月は、彼女の話を追求する事にした。
「ほんと、ごめんね。渚の事全然分かってあげられなくて」
「あ、あぁ。べ、別にいいと言っただろ。だから、この話はもう終わりにして、早く買い物しに行くぞ」
紗月が謝罪した途端、あからさまな動揺具合を見せる渚。そして、彼女は素早く話を切り上げると、別の話題を持ち出してくる。
だが、ここで逃がす訳にはいかない。絶対に彼女に謝罪させる。紗月は続けて───、
「それで、渚が異世界に転生した時の話を聞いてみたいんだけど……いいよね?」
嘘には何れ限界がある。嘘を続ければ、余っ程頭の良い者ではない限り、矛盾が生じてくるはずだ。
それを狙い、紗月はそう問い掛けると、渚は肩を小さく跳ねさせて、
「ぇっ、あ、あぁ…。勿論いいとも。き、聞かせてやるさぁ。私の、話を…」
正に予想外といった反応。きっと、渚は異世界での話を深く追求されるとは思ってもいなかっただろう。
そして、彼女は話に乗ってしまった。この時点で紗月の勝利は確定だ。彼女は「えーとね、あのね」と、言葉を継ぎ、必死に時間稼ぎをしている。
その様子を見た紗月は、彼女に追撃を仕掛ける。
「すっごく気になるから、早く教えてくれないかな?面白そうだから、すごく気になっちゃうな」
そう、期待に声を弾ませて言うと、渚は片方の手で頭を抱えながら、もう片方の手をこちらに向けて、
「ちょ、ちょっと待て、今考えてるから!」
と、ほぼ自白に等しい発言をした渚だが、当の本人は思案に夢中で、全く気付いていない様子。
この点を指摘しても良いのだが、渚の話に少し興味があるので、紗月はもう少し彼女の茶番に付き合う事にした。
数秒間、物語が完成したであろう渚は、バッと顔を上げると、
「よしよしよーし、じゃあ聞かせてやろうではないか。まず、私は絶対に遅刻しないように朝の十時に起きてたんだよね」
朝の十時、この部分を強調して話す渚。おそらく、あくまでも私は寝坊してないですとアピールしたいのだろう。
「それからさ、遅刻しないように余裕を持って準備して、家を出ようとした時に、壁の角に足の小指をぶつけちゃってさ、んで、その時に異世界に転生しちゃってたんだよね」
「それで…?」
「その後はさぁ…もうほんとに、人生で一番大変だったよ…。その世界ではね、私が凄い力を授かってね、それで私以外にも同士がいたんだけど、その仲間たちと一緒に悪を滅ぼしていって、数々の犠牲を払いながら、何とかラスボスを倒したんだよ」
「へぇ……すごいね」
「いやぁ、ほんと悲惨な経験だったよ。私を庇って犠牲になった仲間もいるし、仲間内での争いもあったし、あと、一番衝撃的だったのが、仲間だと思ってた人に、私が銃で撃たれちゃったりだとか。まぁ、色んな体験をしたよ。まったく大変だったぜ…」
「それは…すごい大変だったね」
「でしょ?それで、ラスボスを倒したから遥々この世界に戻ってきた訳だけど、気付いたら時間が十二時過ぎちゃっててね。だから、直ぐに紗月に連絡して、そこから速攻で準備して、慌てて家を出たから、こんなに遅れちゃったんだよ」
「へぇー、そうだったんだ…」
と、異世界転生から帰還までの壮絶な体験を話し終えた渚だが、やはり彼女の発言には矛盾した部分があった。
それは───、
「渚さ、遅刻しないように余裕を持って準備したって言ったけど…異世界から戻ってきた時も準備してない?」
「え、あ、えぇ…。なんの事かなぁ…?」
分かりやす過ぎる動揺具合を受け、紗月は一気に畳み掛ける。
「それにさ、よく見たらだけど、髪の毛にちょっと変な部分あるけど」
「え、嘘でしょ?急いでセットしたのに」
「あれ、渚って余裕を持って準備したんじゃなかったの?」
「──────あ」
そう小さく呟き、自分の失言にようやく気が付いた渚。本当ならば、最初の発言で気付くべきだが、焦っていてその余裕は無かったのだろう。
「それで…渚?何か言うことはない?」
自分の犯した失態に気付き、体を小刻みに震わせている渚に向かって、紗月はそう口にして、終止符を打った。
すると、渚はこちらに深々と頭を下げて───、
「も、申し訳ございませんでした!」
そう、大きな声で謝罪したのだった。
「うん、謝ってくれるのならいいんだけどさ…」
遅刻した件について謝罪するのは良い。だが、もう少し場所を選んで欲しかったものだ。
現在地は秋葉原駅前。人通りが非常に多い中、突然聞こえてきた大声に、近くにいた人々の目線が、一気に紗月たちへと向けられる。
紗月は自身に注目が浴びる事が非常に苦手なのだ。よく、街中で変な行為をして注目を集めている人もいるが、あんなことは到底出切っこない。
紗月自身としては、周りに溶け込んで生活するのが一番なのだ。
なので、今の状況は最悪だ。紗月たちに注目が集められているため、非常に居心地が悪いというかなんと言うか。
それが耐えきれなくて───、
「分かった、もう許すから。あんまり大きい声出さないで」
「紗月様、誠にありがとうございます」
という訳で、紗月の許しを得たことにより、渚は何とか怒られずに済んだのであった。




