表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドSの恋人が性格の反転する薬を飲んだ結果、めちゃくちゃ甘えてきた

作者: 墨江夢

 俺・楠木竜樹(くすのきたつき)の恋人は、少し特殊な女の子だ。

 特殊と言っても、どこぞの漫画キャラのようにスーパーパワーがあるわけじゃない。並外れた推理力を有しているのわけでもない。


 日常生活を送る上では、至極普通の女の子。しかし、俺の彼女――南野楓(みなみのかえで)は、少々サディスティックすぎる部分があるのだ。


 楓のドS伝説は、同級生ならば誰もが知っている。

 例えば生まれて初めて口にした単語が、「パパ」でも「ママ」でもなく「ピンヒール」らしいとか。例えば世界罵詈雑言大会で初代チャンピオンになったとか(どちらもあくまで噂であり、信憑性はこれっぽっちもない)。

 

 そんな楓と付き合っているわけだから、俺は皆から決まって言われることがある。「えっ、お前ってMなの?」と。

 沽券の為に言っておくが、俺は断じてMではない。好きになった人が、たまたまドSだっただけだ。


 ドSの楓ではあるけれど、その本質はとても心優しい女の子だ。

 不良からカツアゲされていたところを、危険を顧みず救ってくれたその姿に、俺は一目惚れしたのだ。


 常に凛としていて、隙なんてこれっぽっちも見せない。

 そんな楓が……今日に限っては、顔色を悪くしていた。


「うーっ」と呻きながら、楓は腹部をさする。

 あまりに体調が悪そうなので、俺は彼女が心配になった。


「……生理か?」

「ただの胃痛よ。バカ死ねカス」


 デリケートなことを直接尋ねた俺も悪かったけど、最後の三単語要らなくない? 体調が悪くても、罵倒は平常運転である。


 しかしどうやら胃痛はこちらの思っている以上に酷いらしく、楓は再度「うーっ」とうめき始めた。


「保健室に行った方が良いんじゃないか?」

「……一人じゃ行けない」


 はいはい。保健室まで連れてけってことね。

 俺は楓の体を支えながら、彼女を保健室まで連れて行った。


 保健室には、養護教諭以外誰もいなかった。


「あら、楠木くんじゃありませんか。どこか悪いんですか? 頭?」


 この養護教諭も、なかなかのサディストである。それ故に生徒の中には、熱烈なファンがいるだとか。


「俺じゃないですよ。楓が、腹痛いって言ってるんです」

「確かに、南野さんにしては顔色が優れないですね。……取り敢えず、ベッドを使って下さい」


 言われた通り、俺は楓をベッドに座らせた。


「先生、胃薬くれませんか?」

「良いですよ。そこの棚に置いてあるから、勝手に使って下さい」


 勝手に使えだなんて、テキトーだな。

 そう思いながらも、俺は養護教諭の指差した棚をあさる。


 棚には似たような瓶がいくつも置かれていて、瓶の中にはこれまた似たような錠剤がいくつも入っていた。


 ラベルがあるわけではないので、どれが胃薬なのかわからない。

 ……仕方ない。一個一個確認していくとするか。

 俺は右端に置かれている瓶を手に取った。


「胃薬って、これですか?」

「いいえ。それは風邪薬です」

「これですか?」

「それは酔い止めです」

「じゃあ、これ?」

「それは性格が反転する薬です」

「そうですか……って、何だって!?」

 

 何気なく聞き流したけれど、今とんでもない代物が出てこなかったか!?


「何ですか、その性格が反転する薬って!?」

「その言葉通りですよ。飲んだ人の性格を正反対にする薬です」


 さも市販の風邪薬みたいなニュアンスで言っているけど、それって凄い薬なんじゃないのか?


「今は性格反転薬なんて、どうでも良いんじゃないですか? 必要なのは、胃薬でしょう? 胃薬はその隣です」

「あっ、あぁ」


 養護教諭の言う通り、今必要としているのは胃薬だ。

 性格反転薬なんて大発明かもしれないけど、根掘り葉掘り聞くのは後回しだ。

 俺は性格反転薬の隣の瓶から錠剤を一粒取り出すと、楓に手渡した。


「ありがと」


 楓が胃薬を飲んだ、その直後だった。

 

「……あっ!」


 養護教諭が、不吉な声を上げる。

 おい、今の「あっ!」って何だ!?


「先生?」

「……胃薬と性格反転薬、逆でした」


 ……逆? それってつまり、今俺が手に取った錠剤が性格反転薬で、隣の瓶に入っているのが胃薬ってこと? 

 楓が飲んだのは、性格反転薬ってこと?


「先生、どうすんだよ!?」

「落ち着いて下さい! 体に害はありません! ただ性格が逆になるだけで!」


 それってかなりの大問題じゃないかな!?


 取り敢えず本物の胃薬を飲ませたは良いものの、しかしながら性格反転薬の効果が打ち消されるわけではなくて。

 胃薬(或いは性格反転薬)の副作用で眠りについた楓。果たして目覚めた時、彼女はどうなっているのだろうか?





 放課後。俺が保健室に行くと、既に楓は目を覚ましていた。


 俺と楓の視線が合う。次の瞬間だった。


「竜樹きゅーん!」


 普段より数段高い声を出しながら、楓は俺に抱き着いてきた。


 最初に思ったのには、「誰だよ、こいつ?」。

 しかしすぐに、これは性格の反転した俺の彼女だと理解する。


 ……おいおい。薬の効果、ばっちり表れちゃってんじゃないの。

 俺は養護教諭をジト目で見た。


「先生……」

「大丈夫! 一晩経てば、薬の効果は切れますから! 多分!」


 多分じゃねーよ! そこは責任持って、「薬の効果は一晩で切れる」と言い切れ!


 一方楓はというと、抱き着いたまま俺の胸に頬擦りをする。

 いつもの楓からは、考えられないくらいの甘え方だ。


 養護教諭が言うに、性格の反転には個人差があるらしい。例えば元々大人しすぎる人間が性格反転薬を飲んだら、路上で突然一発ギャグをし始める程大胆になる。


 楓の元の性格は、超が付くほどのドSだ。だから性格の反転した今の彼女は、超が付くほど俺に甘えるようになる。


 試しに頭を撫でてみると、楓はさながら猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。その姿は、なんとも言えないくらい可愛くて。

 ……ヤバい。甘えてくる楓、癖になりそう。


 いつもの言動とはあまりにかけ離れている楓を前にして、俺の中でついある欲望が生まれてしまった。


 楓に、「好き」と言わせてみたい。


 楓が俺を大切に思ってくれているのはわかっているけど、それでも無性に言葉にして欲しい時があって。ドSな普段は絶対に言ってくれない。今がチャンスだと言えた。


「なぁ、楓」

「なーに、竜樹きゅん?」

「楓はさ、俺のことどう思ってる?」

「私が竜樹きゅんをどう思っているのかだって? そんなの、決まってるじゃん」


 そう言うと、楓は俺にキスをしてきた。


「好き好き大好き、愛してる! 凛々しい顔も優しい性格も、竜樹きゅんの全てが大好き!」

「――っ」


「好き」と、そう一言言って貰えたらそれで満足だったのに、まさかの好き以上のオンパレード。

 けしかけた俺の方が、顔を真っ赤にしていた。


 そんな俺たちのやり取りを、養護教諭は白い目で見ていた。


「……先生、どうかしましたか?」

「いえね。勝手にやってろと思っただけです」





 薬を飲んだことで、楓の胃痛は治ったようだった。

 性格が反転したことを除けば、楓の体になんら不調はない。

 俺は一晩経てば治るという養護教諭の言葉を信じて、楓と共に下校することにした。


『ザワザワザワザワ』


 下校中、周りの生徒たちから視線が注がれる。

 

 そりゃあ、そうだ。

 ドSで有名な楓が、彼氏たる俺にべったりなのだから。


 腕を組んで歩く俺たちの姿なんて、一体何人の生徒が目撃したことがあるだろうか? 手を繋ぐことさえ、たまにしかないというのに。


 丁度夕食時だったので、俺たちはファミレスに寄り道することにした。


 俺がハンバーグを注文し、楓はパスタを注文する。

 二人の注文したメニューが運ばれて、ハンバーグをひと口食べたところで、楓が口を大きく開けて何かを待っていた。


「ハンバーグ、少しちょうだい」

「……別に、構わないけど」


 口を開けて待っているということは、食べさせろということか。

 俺は楓に食べさせるべく、フォークをもう一つ取ろうとすると、その手をペシンと叩かれた。


「新しいフォークは出さない!」

「でも、これは俺の使ったフォークだぞ?」

「それが良いの!」


「それで良い」ではなく、「それが良い」。……成る程。楓が本当に所望しているのは、ハンバーグではなく俺との間接キスというわけか。


 希望通り間接キスをした楓は、それはもう満足そうだった。


 夕食を終え、楓を彼女の自宅に送っている最中、俺はふとこんなことを尋ねられた。


「ねぇ、普段の私と今の私、どっちが好き?」

「どっちがなんて、選べないっての。ドSだろうがなかろうが、楓には変わらない。そして俺が好きなのは、楓なんだから」


「だけど」と、俺は続ける。


「たまにで良いから、腕を組んだり「好き」って言ってくれると、嬉しいです」

 

 翌日。

 薬の効果は切れたようで、楓はいつも通りドSに戻っていた。


 ただ一つ、いつもと違っていたのは――


「竜樹。腕を組んでも良いかしら?」

「腕を? 別に良いけど……急にどうしたんだ?」

「だって……たまには腕を組んで欲しいんでしょ?」


 楓のやつ、性格が反転していた時の記憶が残っているのか? それとも、初めから薬が効いていなかったとか?

 後者だとすると、俺に甘えたいが故に性格が反転した演技をしていたことになる。


 でもまぁ、そんなことどうでも良いよな。


 俺は「あぁ」と一つ頷いて、楓と仲睦まじく登校するのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ