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そうそうない  作者: 碧井 漪
5/43

5 2015年10月3日のこと

10月3日、土曜日。



今朝は朝から生憎の雨だった。



折角乾いた畑のひまわりの種が濡れてしまった。



収穫まであと少し、と待っていたのに。



カラリと晴れて、種が乾いてからの収穫が望ましい。



「ねえ、元、暇なら手伝って。」



美和が段ボールを抱えて居間に入って来た。



そして、閉め切った縁側の窓から畑をぼんやり見つめて立っている元啓の背後に立った。



「暇ではないよ。休憩中。」



元啓が首だけを動かしてそう言うと、美和は畳の上に段ボールをどすんと下ろした。



蓋を内側に折った段ボールの中には、ビニール袋に入った薄紙の束が見える。



ピンクと白、それから輪ゴムの詰まった箱。



「休憩終わったら手伝って。」



美和は胡坐を掻いた。以前、何故胡坐を掻くのかと訊いた所、正座だと足が痺れて長時間作業が出来ないから、だって。



「今日は何?」



昨日も夕食後から就寝前まで手伝わされた。



10月10日に行われる幼稚園の運動会の出し物の為の小道具の制作。



先生達だけで踊るからと、ビニールテープと厚紙、金と銀のテープで腰蓑(こしみの)のような物を作らされた。12人分。



簡単だと思っていたけれど、案外大変だった。腰ベルトのサイズ調整紐の所なんて────



「えーっ?元、三つ編みのやり方、知らないの?」



「知らないよ。三つ編みを何に使うんだよ。」



「えーっ、常識だよ。出来ないと困るでしょう?」



「三つ編みが出来なくても、女学生じゃないから困らない。」



「えー?今時の女学生は三つ編みしないって。」



「じゃあ、もっと必要ないじゃないか。」



「んー・・・でも出来るに越した事はないでしょう?」



「屁理屈。」



「いいから見てて。ここをこう、こっちをこうで、これをこう、で、その繰り返しだから、簡単でしょ?」



「え、何、もう一回。ここをこうで、次は?」



「次はこっちをこう、で、これをこっちに・・・」



「あー、めんどくさい。誰だよ、三つ編みなんて考えたのは。」



片手で髪を掻き毟った僕を見て、美和は吹き出した。



「何だよ、何で笑う?」



「元、かわいいなぁって。」



「かわいい?!」



かわいいなんて、言われた事は・・・まあ、あったけど。



だけど男からはあったけど、女からはなかったな。



「最初に逢った時、完全無欠で隙が無くて、出来ない事なんてない人なのかと思ってた。でも全然違うよね。慎重なのは気が小さい

からだし、涙脆いし、実は甘えたがりなのかなって、わーさんとの話を聞いてると思うし。」



当たらずとも遠からずな事ばかりズバズバ言われて、何となくムカついた僕は閉口した。



悪かったな、気が小さくて、涙脆くて、甘えたがりでさ。



「元がそんな人で良かったなぁって思う。」



「は?!」



しまった。無視しようと思ったのに、相手してしまった。



「男の人っぽくないっていうか。すごく暮らしやすいから。」



「僕が女みたいだって?あーそうですか。」



「怒るエネルギーをこっちに使って。時間ないの。はい。」



座ったまま美和は、ピンクの薄紙100枚の入った袋を立っている僕に手渡した。



そして美和は白、黄色、赤、水色の薄紙を箱の中から取り出した。



計500枚、これをどうするんだ?



美和は白い紙を袋から取り出した。



「この薄紙を5枚取って、蛇腹折りって分かる?山折りと谷折りを大体2センチ間隔で繰り返して。折るのはこっちの短い方を両手で持って折って行ってね。それで、折ったら丁度真ん中辺りを輪ゴムで留めて、この分かれた左右の蛇腹を扇形に開いて、一枚ずつ、そうっと剥がして、薔薇のお花みたいになるように形を整えてね。」



はぁっ?何故僕が昨日に引き続いて、今日も手伝わなくてはならないんだ?と言いたい所だったが、美和一人で20個×5色の花を作るのは時間がかかりそうだから手伝う事にした。



段ボールを挟んで胡坐を掻いた僕は、美和に言われた通り蛇腹折りを頑張った。



昨日の三つ編みに続き、今度は蛇腹折りだってさ。とにかく手先を使うから、指先は脂分がなくなってカサカサだし、手の甲は攣りそうになっている。



僕とは対照的に、美和は黙々と一心不乱に作業している。



これまでの僕は、幼稚園の先生って、ただ子ども達と遊んで一日が終わる楽な仕事かと思っていたけれど、先生って、元気な子ども達に付いて行く体力も必要だし、間違った事は教えられないからある程度の知識も必要だし、怪我しないか目を光らせたり、親への対応や、他の先生方との付き合い、そして行事毎の細々した準備等々、結構大変みたいだ。その割に給料が特別高い訳でもなさそうだし・・・だから僕は、幼稚園の先生になりたいとは思わない。



「美和は何で幼稚園の先生になろうと思ったの?」



「んー、最初は、幼稚園の先生なら需要があるかなと思って。ほら、全国どこにでも幼稚園ってあるでしょう?」



「へー、そうなんだ。」



もっとこう、子どもが好きだから!とか、小さい頃幼稚園の先生が大好きだったから!とか夢見がちな理由かと思ってたのに、案外現実的、打算的に選んだ道だったんだな。



だけど変だな。それじゃあ折角取った幼稚園教諭の資格を使えないENT社に就職したのは何故なんだろう?



「でもね、その考えじゃ、続かなかった。」



「え?」



「子どもは嫌いじゃないよ?好きだよ?ただ、子ども達は私じゃなくても、他の先生でも同じで。新米は担任とか持たせて貰えなくて、それは当然なんだけど、親達が担任ばっかり持ち上げると、副担任の私って完全な雑用係って感じで、子ども達もどちらかって言うと担任の方を重視する訳。ある時、子どもが怪我した時、幼稚園の応接室でご両親に謝ったのね。園庭で走っていた子が、他の子にぶつかって転んで、足首挫いちゃったんだけど、その瞬間を目撃した私と、離れた所で他の子を見ていた担任、どっちも責められるべき立場なんだけど、ご両親は私をずっと睨んでたの。ベテランと新米っていう立場を差っ引いても、確かに、その瞬間を目撃していたけれど何も出来なかった私の落ち度よね。担任の先生は気にする事ないよって言ってたけど、見てたなら未然に防いでいてくれたらって空気出してた。私には子ども達の成長を見守る資格なんて無いんじゃないかって気持ちが消えなくて。結局、それから私は幼稚園を一年で辞めて、他の仕事を探した。アルバイトしながら正社員の仕事探して、たまたまENT社の募集があって、受けたんだ。」



「そうか。でも、よく受かったな。社長面接。」



志歩理の面接は厳しい。質問攻めとかではなく、人を見る目。学歴は重視しない。



「それまで受けた何社かは全部書類選考で落とされて、今回もそうだと思ったらいきなり社長面接に呼ばれて、また無理かも・・・って行ってみたら、社長は女性で、美人で、やさしくて、このまま落とされると思ってたけど、最後に志歩理社長のように素敵な人に会えたからしあわせだわと思ったら、何だか涙が止まらなくなって、ガンガン泣いちゃって。」



「何でそれで受かったのか、志歩理の選考基準が分からなくなって来た・・・」



「私も落ちると思って家に帰ったら、すぐ電話が来て、明日から来て下さい、って・・・夢かと思った。」



「ふーん。あのさ、違ったらあれだけど、美和の好きな人って、もしかして志歩理?」



「滅相もない。志歩理社長は素敵過ぎて、私が想っていい相手ではないですから。」



そういうものか?あ、志歩理は既婚者だから女同士でも不倫になると考えている?



でも、美和の好きな女も既婚だと言っていたような。旦那の転勤で遠く離れたとか・・・



どちらにしても、やっぱり同性愛者は報われない世の中になっている。結婚したい相手がいても、結婚出来ない。異性同士ならいいけれど、そうであっても不倫は無くならないから、同じ事と言えばそうなのかもしれないが。



僕とわーさんは結婚出来なかったけれど、浮気とか不倫とか無縁だった。



これってしあわせな事だったのかな。



僕は両想い、美和は片想いのまま、相手と別れる事になった。



美和よりは報われた想いだったと言えばそうだけど、想いを途中で挫かずに貫けた事は誇りだけど、でもそれが何になる。



両想いも片想いも、最後の最後は自分一人になる。



同性同士、結婚出来たとしたって、最期は一人。



心中したって、夫婦でなければ別々の墓に入れられて終わり。



異性同士、夫婦になったとしても、どちらかが先立てばやっぱり一人ぼっち。



永遠に二人でいたいと願うのは、無理な事なんだと、これから結婚する人は知っておいた方がいい。



「美和に好きな人が出来たら、ここを出てく?」



「うーん、多分、そんな人は現れない。」



「分からないよ、どうなるかなんて。」



「元に好きな人が出来たら出て行くから安心して。」



「僕にはわーさんがいるから。」



「んー、じゃあ、私もわーさんを好きになってもいい?」



「だめ。わーさんは僕のだから。他の人にして。というか、美和は男は嫌いなんじゃないの?」



「わーさんって、男らしかった?」



「どういう基準で男らしいって言うのか分からないけど、体は僕より大きくてがっしりしてたよ。」



「そうなんだ。」




「わーさんは僕みたいに泣かなかったし、懐が深い人っていうか、そういうのを男らしいと言うのなら、誰よりそうだった。」



美和は視線を薄紙に落とした。次の色へ取り掛かる。



「いいなあ、好きな人に好きって言えた元は。」



そんな事ないよ。思い出してみるけど、あんまり言った事が無かったよ。



面と向かって『好き』って、改めて言うのは変な感じがしたし。



わーさんだって、そういう言葉を吐く人ではなかった。



彼が口より目で物を言う人だとしたら、僕の頭を撫でる時、本当に愛おしそうに、寂しがる子猫を甘えさせるように撫でてくれていたから、それはきっと、繰り返し繰り返し『愛してる』と心の中に想っていてくれたと信じられる。



そんな風に考えたら、じわり、また涙が溢れて来る。



彼がいなくなってもまだ、彼の愛を感じられる僕は、寂しいけれどしあわせなんだと思えた。



美和は想いも告げられず、愛する人と離れるしかなかった。



心に傷を負って、ここへ来たんだ。



恋人に先立たれた憐れなゲイ、と同情したのか、とにかく僕の所へ来てしまった。



何の面識もない女が突然訪ねて来て、そのまま居座られ続ける事は、はっきり言って迷惑以外の何物でもない。



困る、はやく出て行って、そんな言葉を発する間もなく、美和はこの家に居付いてしまった。



僕と同じように寂しい人だと情けをかけてしまった事がいけなかった。



僕は美和に付け込まれたんだ。



昔からそうだ。わーさんと付き合う前の恋人は駄目な奴ばかりで、僕を甘えさせるどころか甘えてくるばっかりで、今考えると、あれは愛でも何でもなく、ただ弱い所に付け込まれただけの関係だった気がする。



死に目に会えなくても構わないと思う奴らしかいない。



美和は女だけどまだマシだ。ただ付け込むだけでもないと感じさせる。



僕を騙して、金品奪って逃走しそうな女でもない。



ぼんやりしている方ではないけれど、狡賢いって程でもなくて、それと、ここへ来たのは、失恋と僕への同情だけからではない気もして───それが何か分からないから、美和が話すまで、もう少しだけここへ置いてあげようと僕は思い始めていた。



500枚、100個の花を作ると、今度は開く作業。



これが案外難しい。



薄紙同士がくっついて、指先を濡らしたい所だけど、紙が溶けてしまうから、何とか角に爪を差し込んで引っ張ると・・・ビリッ!



「あっ!」



力加減を間違うと、すぐに裂けてしまう。



「また破けちゃった?」



「うん、ごめん。」



「いいよ、細かい所まで見えないし。」



「この花って、入場門とかに飾るやつ?」



「そうそう。看板ゲートは木製だから毎年使い回せるんだけど、周りを飾るのは紙だから、毎年作らないといけないらしいの。」



「100個で足りるの?」



「他の先生達も手分けして作ってる。」



「全部で何個使うの?」



「取り敢えず400個かな。」



「そんなに。」



「お花の形に開くと段ボール箱に全部入り切らないから、入らない分はこっちの大きなビニール袋に入れて、月曜日に車の後部座席に積んで持って行くから。」



「はいはい。」



また送り迎えか。美和がこの家から通う内は、ずっと僕が車で送る事になるのかもしれないな。あーあ・・・あの時、いくら僕が美和の足に火傷を負わせたからと言って、朝、車で幼稚園まで送ったりしなければ良かった。



けれど、あの時は、怪我が治ったら追い出すつもりだったし、まさかこんなに長く居座るなんて考えてもみなかったから。



僕はピンク、美和は白と黄色の花を開き終えた。



黄色はひまわり、ピンクは今、畑の隅に揺れるコスモス、白は・・・わーさんの棺に納めた白い薔薇を思い出す。



しんみりしてしまった僕の顔を覗き込んで、美和は「こうしてみると、綺麗でしょ?」開いた花をいくつか手のひらに載せて、頭上に放り投げた。



「そう?」



パサ、パサッと畳の上に散らかる紙製の花を、僕は手で集め、空の段ボールに放り込んだ。



「あっ、忘れてた!」



「何?」



「輪飾り作らなくちゃ。元はこのまま、お花を開いてて。私、折り紙を切ってわっか作らないと・・・」



「もうすぐお昼だから、中断したら?」



「んー、もう少し付き合って。」



「分かったよ。」



僕が全部の花を開き終えると午後一時を過ぎた。



まだ輪飾り作りに没頭する美和を尻目に、僕は台所に立った。



寸胴に湯を沸かし、塩とパスタを入れて茹で上げる。



傍らのフライパンでごま油、豚バラ肉としめじを炒め、茹でたパスタを投入。



和風顆粒だしと醤油で味付けして皿に盛り、刻み海苔をパラパラ振り掛けて完成。



和風きのこパスタ。



「美和ー、昼ご飯出来たぞー。」



「はーい、もうちょっとー!」



「一分待たせる毎に、100円貰うぞ。」



「えー?分かったー。手、洗って来るー。」



糊塗れになった手のひらを胸の前にひらひら翳しながら、美和は洗面所に駆け込んだ。



僕は台所の椅子に座り、ランチョンマットの上の皿の隣にフォークを並べて待つ。



「お待たせ。わー、いい匂い。いっただきまーす!」



美和は僕が何を作っても文句を言わずに食べる。



そこもわーさんと似ている。



『作って貰ったんだから、感謝して食べないとな』



わーさんはそう言っていた。美和もそうなのかな。



でも、もし自分の嫌いな物をてんこ盛りで出されたら、それでも感謝して食べられる?



「美和の嫌いな物って何?」



「んー、苦手なのはゴーヤかなー。給食にゴーヤチャンプルーが出た時は憂鬱だった。」



ゴーヤか。僕も食べた事があるけれど、確かに苦手な味だった。



「僕の小学校では給食にゴーヤなんて出なかったけどな。」



もしかして、美和は沖縄の小学校出身か?



「そう?いいなー。」



「沖縄出身?」



「違うよ。」



土地の差でなければ年齢か?昔と今ではメニューが違うと聞いた事がある。



僕らの頃は給食に鯨肉が出た。



「美和っていくつ?」



「女に齢を聞くものじゃないでしょ?」



「30、には見えないか・・・でも20~30歳前後でしょ?」



「50歳。」



「は?」びっくりした。



「サバ読んじゃった。」



「それなら低く言うだろ。ハタチとかさ。」



「んー、じゃあハタチって事にしといて。」



「何だよ、それ。」



ふっ、ははは、思わず笑って、噛んで小さくなったパスタが鼻に入りそうになって咳込むと、



パッと立った美和が、コップに水道水を汲み「はい、お水。」と差し出した。



「ゴホッ、ありがと。」



ゴクッゴクッ、ゴクッ・・・



よく見ずに掴んだコップは、美和の指も付いて来ていた。



僕は美和の指ごと、コップを掴んでしまったらしい。



何か言えばいいのに、こういう時、自分の都合より僕の事情を優先する所、わーさんと似ているな、なんて思ったら、もしかしたら美和には時々わーさんが乗り移っているのかもしれない・・・と、また妙な事を考えてしまった。



「大丈夫?」



「ああ、うん、ごめん。」



「何が?」



「指、一緒に掴んでたから。」



「そんなのはいいの。それより、今、何か考えてたでしょ?」



「えっ?」ギクリとした。



「気になる事があるなら言ってみたら?聞くよ?昨日今日、手伝って貰ったお礼に。」



「随分安上がりなお礼だな。」



「まーね。で?何よ。ゴーヤ食べたいなら買って来て、今夜作ってみようか?」



「違うよ。」



僕は迷ったけれど、ゴーヤは食べたくなかったので話した。



美和にわーさんが乗り移ったんじゃないかって事と、この前見た夢の事。



美和の中に入ったわーさんと水族館でデートして、海に沈む夕日を見た事。



美和は笑うかもしれないと思ってた。それなのに───



「今頃気付いたの?元。俺はこの子の体を借りて、天国から元に会いに来たんだよ。」とわーさんのフリ?して言った。



さすがにそれは、いくら僕でも悪い冗談だと美和を怒った。



そうしたら美和は「元がそう思いたい時、思っていいよ。私の体はいつでもわーさんに貸せるから、元がわーさんに会いたいと思ったら、天国のわーさんにお願いして、私の体を使って貰って。わーさんには少し窮屈かもしれないけどね。」にこりとしながらそう言った。



何で、たまたま見た僕の夢なんかに、真剣に付き合おうとするんだよ。



だけど、僕の見た夢を変だと笑わなかった美和は、いい奴だなと思った。



そして、話した後、僕の胸に痞えていたものがまた一つ無くなっている事に気付いた。







午後も引き続き作業するのかと思っていたら、



「あー、どうしよう、元。」と出来上がった輪飾りを握り締めた美和が大きな声を出した。



「何だよ、どうした?」



「折り紙、無くなっちゃった。糊も。悪いけど、買って来てくれない?」



「はっ?」無くなった?準備悪過ぎだろう。



「あっ、あとねー、今夜マグロ食べたいから、お刺身の盛り合わせ買って来て。はい、お金。」美和はバッグを引っ掴むと、取り出した財布の中から五千円札を一枚、僕に手渡した。



「何で僕が・・・」



「だって、車の方が早いでしょ?私、まだ作業あるし、元、お願いしまーす!」






───という訳で、僕はまた美和の下働きをさせられている。



何なんだ、今日は。厄日か。



そう思いながら、家に戻った。



「ただいまー。買って来たぞー。」



「わ!もう帰って来ちゃったの。」



勝手口から入った僕は、すぐ脇の流し台の上にある何かを両手で必死に隠すエプロン姿の美和の言葉にムッとして、


「何だよ。折角頼まれた物買って来たのに、美和は何で料理なんてして・・・」


美和の手を退け、後ろから覗き込んだその料理は、


【元啓 45さいのおたんじょうび おめでとう!】とミミズ文字で書かれた板チョコレートの載った「ケーキ?」と疑問符の付く代物だった。



「もーっ!どうせ下手ですよー。だって、この缶の生クリーム、シュワッて急に出るし、ヘラで延ばして行く内にボソボソになって超塗り難いんだもん!」



僕にキレないでケーキに、というか自分の腕に言って欲しい。



「こんなの作ってどーすんの?」



「元のお誕生会しようと思って。」



「頼んでない。」



テーブルの上にはポテトサラダと鶏もも肉の唐揚げ、いなりずしと炊飯器の前にごま塩?



炊飯器を開けると、赤飯だった。甘い匂いがほわんと漂う。



不恰好な“45さい”の文字が、僕の頭の中で手を繋いでグルグル回る。



滑稽過ぎるだろ。45で誕生日を祝うだなんて。



恥ずかしさもあって僕は美和に背を向け「これ、買って来た物。」ガサッ、ガサッ、二つのビニール袋をテーブルの隅に置くと、花で散らかる居間ではなく、わーさんの荷物部屋に向かおうと一歩踏み出した時だった。



「元、ごめんなさい。一回だけ、こっち向いて。」



珍しく殊勝な声を出した美和にほだされ、僕は足を止めて振り向いた。



この甘さが良くない。一体、僕の中のどこから来たのか、後悔した時には、目の前が塞がれていた。



シュワワワッ!という音と共に、何かベッタリした物が、僕の顔面を覆い(つく)した。



「ぶっ・・・ぶはっ!」



何だこれは?と、目と鼻と口を覆う物体を両手で取る。



口の中に入って来たそれは、ねっとりと、かつ甘くて、微かに見える両手のひらは真っ白になっていた。



美和に目を向けると、白い文字でCreamと書かれた青い缶を手に笑いを堪えているようだった。



こいつ、騙したな?!ごめんなさい、だなんて思ってない!



はははっ、もーっ!



こんな幼稚な悪戯に引っ掛かった自分がおかしくなって、僕は笑いながら、


「美和、こらっ!」


クリームのベットリ付いた手で、美和の顔と髪を撫で回した。




「きゃー!降参、降参、ごめんなさーい!」



キャー、きゃあ!そう言いながら美和は手にしている缶のボタンを押すもんだから、クリームはどんどん噴出して、僕達は勿論、台所は酷い有様になった。



騒ぎ過ぎて、息が上がった。はあはあ・・・



「やり過ぎた。ごめん。」



「ううん。私こそごめん。勝手な事して。」



二人で暴れたにも拘わらず、料理もケーキも無事だった。



一頻り騒いでスッキリした僕は、大人げなかったなと反省し、



「先に風呂入って来たら?」と僕に髪をクリームで白く染められた美和に向かって言うと、



「主役が先。ついでにお風呂、お湯溜めといてくれると助かる。」と返された。



シャワーを浴び、浴槽にお湯を溜め始めると、美和の事が気になり、お湯には浸からず風呂場を出て着替え、台所に戻ると、


「あーっ、元、湯船入ってないでしょう?駄目だよ。お湯勿体ない。もう一回お風呂行ってあったまって来て!」と、洗面所に押し込まれた。



ちらと見た台所の床は、既に綺麗になっていたが、美和の髪と服にはまだクリームがべったり付いたままだった。



一度服を着たから少々面倒臭かったが、仕方ないと服を脱ぎ、風呂場に戻って丁度良い水位になっていたので湯を止めた。



ちゃぷん。



冷えた肩を湯の中に浸けた僕は、あんなに(はしゃ)いだのは何年振りかと記憶を遡っていた。



ああ、絵の具かなぁ。僕が小学生、妹が幼稚園かそれ位の頃、夏休みの宿題で僕が頑張って描いた水彩画に、妹が手のひらでぺたぺた、絵の具を付けてしまって、怒った僕が妹に絵の具を塗りたくって、泣かせてしまったような・・・



母は妹を泣かせたって僕を怒るし、父は「これはこれでいい絵だ」とか訳の分からない事を言って提出するよう促すし、


結局僕は、一時間で適当に描いた絵を提出して、それ以降、誰かに向かって熱くなるという事を封印していた。特に女に向かっては。



美和も女だけど、どうしてかな。



ああ、そうか。美和は泣かないし、美和はきっと僕のせいにはしない気がしたんだ。



僕のせいだとしても、美和は自分が悪いっていいそう。わーさんと同じ、僕を責めない。



色んな面を見せても「へー」と全て受け入れてくれたわーさん。



美和も、そうなのかもしれないと最近思う。



わーさんと同じって訳ではなくて、僕に男に興味関心が湧かないから、僕のどんな所を見ても変わらずに接してくれるんだろう。



わーさんの場合は愛があるからだったと思う。



美和の場合は、僕に関心がないから、どうでもいいから、ただ同居させてくれる都合の良い相手だから、機嫌を損ねなければいいと考えているのだろう。



子どもみたいに扱われる僕は、もっと怒ってもいいのだろうけれど、今は怒り続ける元気もないから、怒るだけ損だという気持ちの方が先に立つ。





同居のコツは水に流す。



わーさんとだって、最初は色々あった。モヤモヤして納得行かず、眠れぬ夜もあった。



でも、そんなの忘れる位、わーさんは僕を甘やかす時の方が多かった。僕はわーさんの前でだけ、昔、妹に掴みかかった時のように、気持ちを抑えずに居られた。



僕の全部を知っても、離れて行かない。傍に居てくれる。



でもある日、自分の病気の事を僕に告げてからのわーさんは、僕から離れようとした。



あの時が一番悲しかったと思ったけれど、実際、わーさんの死を迎えた時、ああ、わーさんは僕がこんな風になると判ってたから、僕を置いて一人でここに引っ越そうとしたんだなって、突き放されたあの時の事は、今は嬉しい想い出だ。



僕を愛していたから、離れようとした。それがどんなに辛く、寂しいものだとしても。



美和と暮らし始めてから、止まっていた僕とわーさんの時間がまた動き出したような気がする。



美和にわーさんの話をする時、僕の心の中に、わーさんが生き返る。



美和が「わーさん」と口にする度、わーさんがこの世にいた事が証明される。



送り迎えは手間だけど、ボケ防止にはいいかなって位に考えて、もう少しの間、美和と暮らしてもいいか。



「ほら、交代。」



再び風呂から出て、台所に戻った僕は、まだクリームだらけの美和を風呂場に促した。



体から湯気が出そうな位、結構長く浸かった。だから文句ないだろう?という風に僕は腕組みした。



ろうそくを立て終わった美和は、


「じゃあ私、お風呂入って来るけど、元はここに居て。」と僕を台所の椅子に着かせた。



「何で?」



「居間ね、まだ片付け終わってないの。先に片付けたかったんだけど、畳にクリーム落ちちゃうといけないから。」



だったらクリームで遊ばなければ良かったんだよ、と僕は内心笑いながら、


「分かったよ。けど、20分以内に出て来たら、その瞬間、居間に踏み込むから。」


と脅かした。



「えー?こういうのって、普通早く出て来いって言うんじゃないの?」



「僕の事はのぼせるまでお湯に浸からせたくせに。美和ものぼせて来ないと許さないよ。」



「分かった。」うんと頷いて、美和は用意してある着替えを持って、風呂場に向かった。



「さて、と・・・」



美和が風呂場に入って一分後、僕は椅子から立ち上がった。



どうせ積むなら、今の内に花を車に積んで置こうと考えた。



布団を敷く今夜になってから、或いは月曜の朝早くに積むなんて面倒だから。



ケーキの礼に、それ位はしておくか、と僕は居間に続く磨硝子(すりがらす)の戸を開けた。



途端、ある物が目に入り「ぶっ!」と吹き出した。



南の縁側の鴨居の上に、横断幕ならぬ、紙製の花をぐるりと一周あしらった模造紙に、


【おたんじょうび おめでとう!】と書かれていたからだ。



文字の両端には、色画用紙で作られた、イヌだかネズミだかキツネだか判らない生物が貼り付けられていた。



そして部屋の壁には、さっき美和が一生懸命作っていた輪飾りが取り付けられ、所々、花も使われていた。



「運動会の為の花じゃなかったのかよ。」



残った花は、と見ると、段ボール一個分だけだった。袋の中の花は全部使われていた。



察するに、この花は運動会でも使用するが、今日、勝手に美和が画策した僕の誕生会でも使ってしまおうという事なのだろう。



「片付けが大変だぞ、これは。」



まったく・・・誕生会って齢でもないのに。



幼稚園教諭というのは、みんなこんなサプライズパーティーが好きなのだろうか?



確かに子どもなら喜ぶだろうが、四十路の、しかも男にこんな事をしてもな・・・何も出ないからな。







美和は30分以上経って、風呂場から台所に戻って来た。



顔が真っ赤だった。



「えへへ、お風呂の中で寝てた。」



「危ないな。沈んだらどうするんだよ。」



「だーいじょうぶ。潜水には自信ある。」



変な自信だ。



「今度、長風呂して返事が無かったら生存確認の為、風呂場の扉、開けるからな?」



「はーい。元の場合も私が開けていいの?」



「ああ、死んでたら頼む。」



「あ、それねぇ、元、知ってる?もしも死んでたら、遺体を動かしちゃ駄目なんだって。触らずに警察に連絡しなくちゃいけないらしいね。」



「何故そんな事を知っている?」



「前に親戚から聞いた事あるの。家族をお湯の中から引き上げたら、警察の人にすっごく怒られたんだって。遺体はそのままにして置いて下さい、って。だけど家族ならそのままに出来ないと思わない?遺体かどうかも分からないし。」



「僕らは家族ではないから、そのままに出来る、と・・・」



しかし、その場合を考えてみた。



美和と僕、どちらかがその状態になった時、警察にはどのようなご関係ですか?と訊かれるに違いない。



痴情の縺れで、どちらかがどちらかを殺したと思われては大変だ。



「まあ、大丈夫。そうそう死なないから。」



「突然死なんて誰にでもある。言い切れない。」



「まあね。でも私、会社の健康診断で異常なかったよ?元こそ、会社辞めてから健康診断受けてないんじゃないの?」



確かに、僕は会社を辞めてこちらに引っ越してから、健康診断を受けてなかった。



わーさんの病院へ付き添う度、『元も健康診断受けたら?』とわーさんに言われてはいた。



平気だよ、と僕はかわし続けて、一度も健康診断を受けないまま、今に至る。



多分僕より年下の美和の方が健康だろう。元気だし。



「美和はいくつ?」



「50歳。」



美和はさっきと同じく50と言う。仮にそうだったら、志歩理が美和の若さの秘訣を訊き捲って手離さず、ここには寄越してないだろう。



「またー。」



「50・・・の半分。」



「25歳?誕生日いつ?」



「もう過ぎたよ。」



「だからいつ?」



「何で?」



「仕返し、してやろうと思って。」



「じゃあ、その日になったら私から催促するから、お楽しみに。」



「何だ、それ。」



「逆サプライズ。今日が私の誕生日だよー、祝ってーって。」



「逆サプライズか。心臓に悪そう。」



「それより、急いで片付けて来るから、ここに居てね。」



美和はまだ気付いていない。



「あれっ?」



居間の硝子戸を閉めた美和はびっくりした声を上げ、すぐに台所に戻って来た。



「どうした?」



「どうした?じゃないよ、元。料理全部運んでくれたでしょう?」



「気付くの遅い。テーブルの上、何もないだろ?」



「だって、元は居間に入らないって約束したから、まさかそうだと思わなかったんだもん。」



「そうやって簡単に人を信じると、痛い目見るよ?」



無垢な子ども達に囲まれていると、大人の汚い部分を忘れてしまうのかな。



「いいよ。元には痛い目見せられたって。お世話になってるし。」



「本当にそう思ってる?お世話になってるなんて、今まで言った事もなかったくせに。」



「思ってるよう。いつもありがとう、って。元には感謝してます。」



何だか、誕生日というより、父の日・・・いや、敬老の日みたいな気分になって来たぞ?



「じゃあ、飲み物持って行くから、先に座ってて。」美和は僕を居間へ促した。



僕は居間のテーブルの脇に自分で並べた座布団の上に胡坐を掻いた。



美和は僕より20歳も年下かぁ・・・30前後と思ってはいたけれど、20歳差って、俺が大学生の時、美和が生まれたって事か。



同級生に学生結婚した奴がいたけれど、その子どもって感じかな。



誕生日と言うより、やっぱり父の日かなぁ。



「美和のお父さんって何歳?」



「ええと、確か今年で53歳かな?」



「僕と齢、変わらないね。」



「ぜーんぜん違うよ。8歳も。一緒にしないで。うちのお父さん、髪薄いし。」



髪の量だけだろ。同年代だ。



僕はハッとした。



美和が25歳、現在平成27年という事は───



「もしかして・・・」



いや、もしかしなくても、そうだ。



「もしかして、何?」



「平成生まれ?」



「うん。平成2年。」



「平成、か・・・」



ああそうだ。26歳以下の人はみんな平成生まれという事になる。



厳密に言えば平成元年の1月初めの一週間は昭和64年だったが。



「元は昭和45年だよね?1970年10月3日生まれの天秤座。」



ストーカーか。



まったく、志歩理は、僕の誕生年まで教えるなんて、どういうつもりだ?



「志歩理のおしゃべり。」



ぼそりと漏らすと、



「あっ、そうだった!」と何か思い出したように美和は立ち上がり、バタバタと荷物部屋へ行ったと思ったら、すぐに戻って来た。



美和が手にしていたのは、コンパクトデジタルカメラ。



「はい、そっちを背にして、こっち向いてー!」



パシャッ。



シャッター音がした。



「もー!笑ってよー!」



「やだよ、気持ち悪い。」



「はい、じゃーもう一枚。」



「やめろ、撮るなよ。」



「へへーん、今はビデオに切り替えましたー。ローソク、火点けるね。」



美和は、逆さにしたコップの上にカメラを置くと、仏壇から柄の長いガスライターとわーさんの遺影を持ち出した。




ガスライターは分かるとして、何故わーさんの遺影まで持ち出したんだ?



「わーさんの席はここでーす。」美和はテーブルの北側にわーさんの遺影を置いた。



僕が西で、ろうそくに火を点け終えた美和は、東の位置に腰を下ろした。



「ローソク短いから、早目に消してね。それじゃあ、いきまーす!」



美和がバースデーソングを歌いながらカメラを構えた瞬間、



「フッ!」僕はろうそくの火を吹き消した。



「えーっ?まだ歌い終わってないよー。元、早過ぎー!」



“早目に消して”と言っておきながら、早く消したら文句を言われた。



「早目に消してって言ったでしょ?」



「もー、そうだけどー・・・」



不満そうな美和に、


「喉渇いた。」と言うと、


「はーい、じゃあこれ飲もう。」と美和が取り出したのは、冷蔵庫にしまってあった白ワイン。



「それ、料理用のワイン。」



「知ってる。安くてもちゃんとワインだよ。明日、車乗らないなら、飲んでも平気でしょ?」



ボトル半分程の量だったワインはすぐに無くなった。



それ程美味しいと言えるワインではないが、値段の割には、まあ飲めるワインだった。



刺身を食べ、美和の作ったポテトサラダと唐揚げ、赤飯の後、ケーキまで食べさせられると、お腹一杯で動きたくなくなった。



「ケーキ、自分で焼いたの?」手作りだからと味は期待してなかったけど、それなりに美味しかった。スポンジもふわふわで驚いた位だ。



「まさか。自分で焼いてもいいけど、オーブン無いし、時間かかるし・・・それで失敗したらいけないから、スポンジ台をスーパーで買ったの。」



何だ、そうだったのか。



「もしかして、昨日スーパーで別々に会計しようなんてコソコソしてたのって、それ買う為だったの?」



「バレたらサプライズじゃなくなっちゃうし。」



十分驚かされたよ。自分でも忘れていた誕生日。そうか、僕は45歳になってしまったのか。



まだ陽のある内に始まった僕の誕生パーティーは、とっぷり暮れた今もまだ続いていた。



美和は、あれだけの量のワインで酔ったのか判らないが、いつもより饒舌になっていた。



「さっきの、昼間訊かれた、どうして幼稚園の先生になったのかって事、改めて考えてみたんだけど、多分、私、必要とされたかったんだなあって、だから幼稚園の先生になったんだなあって。誰かが私の手を必要としている。ここに居てもいいって思える自分になりたくなった。ここに来て、更に分かったの。私はずっと、誰かに甘えて貰いたかったんだって。」



「甘えて貰いたいって、変じゃない?甘えたいじゃなく?」



「うん。私、好きになった人に甘えるより、甘えさせたいと思った。その人が、私にうーんと甘えて、しあわせだなあって笑ってくれたら私もしあわせ。」



「ふーん。」



そんなに子ども達に甘えて貰える仕事が好きなんだ。



人に甘えられてしあわせを感じる人か。



わーさんもそうだったのかな?と何故か美和に訊きそうになって、焦ってギュッと唇に力を籠めた。



『よしよし、元は大丈夫だよ。元気出せ』



僕が落ち込んだ時、いつもそう言って頭を撫で、励ましてくれたわーさん。



美和はわーさんと似ている。僕とは違う所から物事を見ている点が。



「さーて、プレゼントですが。」



美和は自分の座っている座布団の下にゴソゴソ手を入れた。



「プレゼント?要らないよ。」



「ま、ま、そう言わず。これを。」



「何、これ?」



美和がくれたのは手のひらに乗るサイズの紙の袋。観光地のお土産みたいな。



「開けてみて。」



中身は、やっぱり観光地のお土産?キーホルダーだった。



でも・・・



「わーさん。」



そのハートのキーホルダーには、わーさんの写真が閉じ込められていた。



「どうしたのこれ?」



「駅前の写真屋さんで作って貰ったの。」



「いつ?」



「一週間前位かな。」



そんなに前から、僕の誕生日プレゼントを用意してたのか。



「裏も見て。」



「裏?・・・げっ!」



「げっ!て何よ、ヒドーい。」



「だってこれ、美和の写真。」



幼稚園の先生の服を着た美和が写っていた。同僚に撮って貰ったのだろう。



「1個で2度お得。」



「何が得なもんか。」わーさんの写真は遺影の写真と同じだった。いつの間に盗み撮りしたんだ?



「車のキーに付けたら?」



まあ、これはこれで嬉しいけれど、裏が美和の写真って・・・喜び半減だ。



「志歩理に訊いたの?今日が僕の誕生日だって事。」



「うん。社長からはこれ、渡してって。」



そう言えば、一昨日、志歩理から美和宛にA4封筒が宅配便で届いて、僕が受け取っておいた。



何かの書類にしては分厚いと思ってたけど、これだったのか。



長細い箱。ネクタイにしては短い箱だし重いから違うな。何だろう?



紺色の包みを開けると、中から白い箱が出て来た。



蓋を開けると、中からマークシートはがきと冊子が出て来た。



「何、これ・・・カタログギフト?」



「そうみたいね。好きな物、選んでって事じゃない?」



「好きな物、ねぇ・・・」



毎年恒例、志歩理からの誕生日プレゼント。昨年は何だっけ?ああ、旅行券かな。今年、志歩理の結婚式の参列の為の旅費に使った。



パラパラと捲る。日用品、要らない。ビジネス用品、要らない。お米、お茶、果物、お菓子、レトルト食品、要らない。



テーマパークのペアフリーパス、要らない。



温泉旅行、要らない。



折角だけど、カタログの中に欲しい物がない。まだ昨年の旅行券の方が使い道がある。換金出来るし。



いや別に志歩理から何か貰いたいとかじゃなくて、毎年毎年、僕に気を遣わなくていいって話だ。



物なんて貰わなくても僕は志歩理を友人だと思っているし、その存在を忘れたりしない。



僕から電話をして欲しいが為に贈ってくれると言うなら、バースデーカード一通送ってくれるだけで十分だ。



「これ美和にあげる。婦人物の時計とかバッグも載ってるみたいだから、それにしたら?」



「えー?元、欲しい物ないの?」



「ない。あ、グルメ品とか味が期待外れだったりするから、一人で食べきれない物は、なるべく避けた方がいいよ。」



「分かった。じゃあ、私が選んでもいいのね?」



「うん。好きにして。志歩理には明日、僕からお礼の電話をしておく。」



「はーい。」




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