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そうそうない  作者: 碧井 漪
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27 2016年1月5日のこと

翌朝、朝食の片付け中に美和の携帯電話が鳴り出した。



切れるまで遣り過ごした美和に、僕は「電話は出た方がいい」と諭した。



すると美和はしぶしぶ、数分後にかかって来た今日二度目の電話に出た。



「はい、もしもし───」居間の押し入れの前から聞こえて来る、明らかに不機嫌そうな美和の声。まるで、相手に何を言われるか分かっているかのよう。



聞きたくない、嫌な話とは一体何だろう?僕と同じで"結婚"の話なのかな。



仏壇の陰からちらと覗き見ていると、



「──帰らない。私は誰とも付き合ったりしないし、結婚もしないから、お父さんにもそう言っておいて!」



家族からであろう電話に、眉をつり上げ、強い口調で捲し立てた美和。頬も紅潮していた。



そんな美和の姿を初めて見た僕は、狼狽えてしまった。



僕の知っている美和はまだ一部分。僕の知らない、誰かの知っている美和が美和の中に隠されている。



今までもこれからも、僕は他人の嫌な面を深く知りたくないと思っていた。



でも、美和のそれは違った。もっと嫌な部分でも知っておかなければならないと思った。



一緒に暮らして行こうと思うからには、今の内に───



スマートフォンを充電台に戻した美和と目が合った。



『聞いてたの?』と言いたげにも見える気まずそうな顔。



目を逸らすのも変だと思った僕は、少し離れた場所にある掃除機を取りに行った。



僕が掃除機のノズルを掴んだ時、後ろからにゅっと美和の手が伸び、僕がノズルを持つすぐ下に、美和の手が添えられた。



僕の小指に美和の親指が触れる。



「ごめんね。電話、うるさかったでしょう?」



「いや、全然・・・」これ以上、何を言っていいか分からなかった。



その場でぼんやりして居ると、美和が「貸して。私が掃除機かけるから。」と僕の手から掃除機をもぎ取った。



ガーガー、ガーガー、あまり好きではない掃除機の音を聞きながら、僕は傍らの壁に手を付いた。



美和は僕と同様、誰と付き合う気も、結婚する気も無いらしい。



それならば、何も気にせず、美和が居たいだけここで暮らしてもいい。



僕にとっては喜ばしい事なのだろうけれど、どうしてか胸の奥が締め付けられて居る。



志歩理を想って一生を終えようと決めた美和を、何も知らない振りをして僕は、僕の死をただ看取らせる為だけに、利用しようとここへ置いて居る・・・・・・断じて違うとも言い切れない状況。



今、僕の余命がいくばくかだったら僕は、美和を頼って甘えてしまうだろう。



でもそれは違う。僕には僕の、美和には美和の人生がある。



わーさんもそれを考えたのだろうか。余命宣告された自分と、僕の人生を考えての移住計画だったのだろうか。



最期は独り、誰にも気兼ねなく、ひっそり旅立ちたかったのだろうか。それを僕が邪魔しただけだったのだろうか。



美和が床の間に飾った写真たてを見る。



随分昔のわーさんと僕。お互い相手の深い所にはまだ半分も触れていなかった頃の僕ら。



何も知らないんだよ。悲しみも寂しさも、ただ毎日、愛しいだけで終わっていただけのあの頃。



あの頃と今、どっちがいい?──なんて訊かれても、どっちもどっちだけれど、あの頃と答えたとしても戻れる訳はなく、今も時は過ぎて行く。



僕と美和の時間も、どんどん死に近付いて、別れの時間も昨日より迫っている。



永遠なんて無い。生まれた時から忘れてはならない筈なのに、勝手に忘れてしまいたくなるんだ。



10年後なんて、今の僕には誓えない。生きて居るとも断言出来ない。



だからこそ、美和にここに居てよ、そう言えなくなってしまった。



仮に10年後も生きて居ると思えたとしても、僕の嫌な部分、美和の嫌な部分、お互い知って、この関係が壊れる日がいつか来たら、その時僕は一人で、期待した最期はやっぱり迎えられなくなって・・・・・・



わーさんのように死期が分かった時、僕はその時もしも一緒に居るかもしれない美和に、何て言ってあげられるだろう。



自分の事より美和のしあわせを願えるだろうか。僕にそんな余裕があるだろうか。わーさんのように・・・・・・



あまり自信が無い。



そもそも、美和は僕とここに暮らしてどう思って居るのか。



アカマツが教えてくれようとしていたが、聞きそびれたまま。



仮に美和がここで暮らせて不幸ではない、しあわせだとしても、それは僕が与えられているものではない。



だから、僕が死んで美和がここに一人で暮らす事になっても、僕がわーさんを失った時のように、美和が寂しくはならないと分かって少し安心するけど・・・・・・そう考えてしまったら、何だか僕の方が寂しさを覚えた。



その日、夕食とお風呂を済ませ、寝る前、美和が「トランプしよう」と言い出した。



だけど二人で出来るゲームは限られる。美和は色々なゲームを知っていそうだったが僕はあまり知らない。



という事で、僕も知っているポーカーをする事になった。



配られたカードは揃わない。全部捨てて取り替えて見てもワンペア。



美和はスリーカード。美和の勝ちだった。



何度か繰り返しても、ストレート一歩手前で揃わない。



やろうと言い出した割りに美和もあまり楽しそうではない顔をしていたので、"そろそろやめよう"と言おうとした時、美和が「あと一回、占いしてもいい?」と言い出した。



「占い?」



「そう、相性診断みたいなものかな。」



「相性って、誰の?」



「勿論、元と私の。」



「出来るの?」



「本格的なのじゃないけど。」



本格的とは、ええと、何とかカード、思い出した、タロットカードではなく、トランプでという事からか?



カードを切る美和の顔つきが神妙になった。



僕もごくり、固唾を飲んで見守ってしまう。



布団の上に並べられた4枚のカード、捲りながらこれとそれを取り、あれとそれを取り、手札を置きながら必要のないカードを横にどんどん弾いて行く。



残ったのはJジャック、Qクイーン、KキングにAエース。4枚揃ったA以外、枚数はバラバラだ。



美和はそれらのカードを扇上に並べ、じっと見つめている。



どうなの?僕らの相性って。良いの悪いの?



でも、聞いた所でどうなる。



良いと聞いたからと、安心するのも変だ。



安心?安心って、それってやっぱり僕は、死後の事を託せる安心の為だけに、美和にここに居ていいと言いたいのか?



違う、そうじゃない、けれど・・・美和にはそう思われても仕方のない状況。



僕がここで美和と暮らして居るのは、美和に僕の死を看取って貰う為だって、美和は思って居る?



誤解だけど、そうじゃないとは完全に否定出来ない。



結果、看取って貰う事になるのだったら、違うと言えない。



「元と私の相性は・・・良くも悪くもないね。どっちつかず、かな。」



どっちつかず。



まるで僕の心の中を言い当てられたようだ。



どっちつかず。



僕が美和と暮らしたい理由を、まだこれと断定出来ない。



どっちつかず。



それは近い内、どっちかに傾く。



僕らの将来の為には本当は、今すぐにでも不自然な力を掛けてでも、結論を出した方がいいのかもしれないけれど、僕は、美和の眺めるどっちつかずの占いの結果を、まだもう少し支持して居たいなと今夜は思った。




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