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その4

「ななな、何のことでしょうか? オレには、さっぱり分かりませんが?」

「ふふふ、隠しても無駄じゃぞ。コイツから、推薦をうけたのじゃからのう。お主、なかなか見事な唄詠みだそうじゃないか」

 反射的に視線を少女に浴びせると、彼女は知らぬ存ぜぬといった様子でそっぽを向いている。誰も知らない自分の趣味も、相棒にとってみれば日常的なものだ、まさかそんなところからばれるとも思ってもみなかったのであろう。

「木下くんがそんなことやってるなんて、ぜんぜん知らなかったけど……。でも、どうして木下くんなわけ? たまたまここに旅行に来てたから?」

「うむ。本当は、我らの仲間の唄詠みが毎年作ってくれているのだがな。今年は身内の不幸があったとかで、祭り自体に参加できないらしいのじゃ。それで急きょ代役を探す段になってだな、そこの彼女にお主を推薦されたと、そういうわけだ」

 はっはっは、と声の主は陽気に笑う。

「それでは頼んだぞ。一発、景気がいいのをよろしくな」

「あ、ちょっと! まだやるとも何とも言ってない……!」

 木下が抗議の声をあげるも、時すでに遅し。小屋の中の、声の主の気配は、風のように一瞬で感じられなくなった。木下は力が抜けたように、その場にすとんと腰を下ろした。

「だ、だめだ。オレなんかが、そんな大役を務めれるわけないさ。無茶苦茶だよ、オレ、最悪だ……」

 頭を抱え込むようにして、ぶつぶつと繰り返す。少女が近くに寄ってきても、それに対する反応すらない。これはかなり重症みたいだ。

 まぁ、いきなりこんなわけのわからん状況に追い込まれて、それで混乱するのも不思議ではない。なにより、自分の秘密を自分の万年筆にばらされるとは、そのやるせなさといったら、筆舌に尽くしがたいだろう。いや、ばらした本人には、まったく悪気はなかったのだろうが。それに加えて、突然用意された大舞台、もうおなかいっぱいである。

 そんな彼の様子を見かねて、萩原はそっとその手を木下の肩にのせる。

「ほらほら、早く立って! 失くしたと思ってた万年筆も見つかったし、それを思えば、詩をひとつ作るくらい簡単じゃないの? ほら、木下くんって、毎回何かノートにメモってるじゃない。あれってさ、もしかして詩を書いてたんじゃないの?」

「……いや、まあそうなんだけどさ……」

「じゃ、大丈夫だって! 私が、保証するから! だから、自信を持て、輝秋!」

「そんな風に言われても、自信なんて感じれないんだけど……」

 不満そうにこぼす木下であったが、ほんのわずか声の響きが先ほどとは違っていた。まだ声はうつろだったが、その中に柔らかな感情が混じっていた。

「……はぁ、そんなに簡単なものじゃないんだけどね」

 ゆっくりと上半身を起こし、へらっと笑みを浮かべて見せる。

「すぐできちゃうわよ。私も手伝ってあげるからさ」

「へへ、その気持ちだけでも受け取っとくよ」

 少女が木下の手に触れると、彼女の姿は足元からかき消えるように見えなくなり、そして木下のその手には、例の古ぼけた万年筆が握られていた。

「……へん、ヘタクソだって言われても、もう知ったこっちゃないや。元々、むちゃくちゃな頼みなんだ、開き直って書いてやろう」




 夜も更け、祭りも終わろうとしていた。人々のざわめきは次第に小さくなり、あの祭り独特の雰囲気は、徐々に失われつつあった。それでも、人々の大半はいまだに帰ろうとせず、逆に本殿の方へ向って列をなして歩いていた。何かが始まることを期待しているかのように。

 そう、毎年恒例の、詩の朗読会である。意外と多くの人が、この最後のイベントを楽しみにしているのだ。

 そして、本殿にいる今回の詩の作者である木下は、予想以上に集まった観客を目の当たりにして、がっちがちに縮みあがっていた。つい先ほど言いきったあの威勢の良さはどこへやら、結局ヘタレの本質は変えられないということか。

「……やっぱり、オレには無理だよ。なんでこんなに人がいるの?」

「ふむ、例年もかなり人は集まるんですが、今年は特別多いようですね……。やはり、飛び入り参加で人間が詩を作ると宣伝してきたからですかね?」

 木下ら二人を本殿にまで連れてきた例の青年が、にこやかな笑みを浮かべて答えた。

「よ、余計なことしないで下さいよ……」

「そんなこと言わないの。私が見て最高だって言ったんだから、大丈夫よ」

 萩原が右手でこぶしを作りながら、力強く答える。

「その根拠は、一体どこから来るんでしょうか?」

 小さくため息をひとつ。体中からどんどん力が抜けていくようだ。緊張のあまりか、手足は冷え切ってしまっていて、その感覚はほとんどない。

 ふと、右手に柔らかなものが触れた。見ると、万年筆の少女が、こちらを見上げながら木下の右手を握りしめていた。彼女なりに木下を元気づけているのだろう、少女はにっこりほほ笑んだ。

 それを見ていると、胸の奥からじんわりと温かなものが広がってきた。それは手足の隅々まで行きわたり、あれほどまで緊張していた体はいつの間にか元に戻っていた。

「……ありがと、なんとかやってみるよ」

 木下もにっこり微笑み返し、そして前を見た。そろそろ時間だ。特設ステージへと足をかける。

「木下くん、頑張ってよ!」

 萩原の声援に、振りかえって笑顔で応じる。そして、大勢の観客の前へと、足を向けた――

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