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短編

100万回生きた悪役女王

 ――どうしてこうなったんだろう。


 人々の目が私に集まる。好奇、驚愕、だけど多くは、憎悪。


 歴史上に名を残すほどの、残虐な女王モニカ。突如として従順な国民は私に対して怒り狂った。憎しみはついに、女王を断頭台に送る。

 

 人々の呪いの言葉が聞こえる。否定はしない。人々を虐殺したのは、結局私の命令だった。


 処刑台の先に、元婚約者のオーウェンとあの憎たらしいイザベラがいた。この二人の前で首を刎ねさせるなんて、神様も趣味が悪い。


 両手と首を断頭台にかけられる。イザベラが私を見つめている。私の婚約者もかすめ取って、女王の座も奪った従姉妹。


 死の淵で、私は見た。あいつの口が、わずかに歪むのを。瞬間、理解する。ああ全部、あいつが仕組んだことだったんだ。


「私を殺すこと、いつか後悔するがいい――!」 


 それが最後の言葉だった。

 私の首は彼方へ飛んだ。


 私は死んだ。



 ◇◆◇



 そんな夢を見て、目が覚めた。きっと寝る前にしていたゲームの影響だ。

 起きたらやはりいつもの白い天井。


 ここは病院で、小学生になる前から今日まで入院を繰り返しているからもはや家のようなものだった。


 友達は看護師さんたちだけ。

 その中の一人に勧められたゲームがその乙女ゲームだった。暇を持て余してやり出したけど、見事にハマって、相当やりこんでいる。

 そして昨日、達成度が達し解放された隠しキャラのオーウェンを攻略した。ライバルキャラは女王モニカ。他のルートで彼女は別の派閥により幼くして殺されているのだが、隠しキャラ攻略ルートでは、史上最悪の女王として君臨し、彼と婚約を結んでいるのだ。


 ヒロインではなくモニカになっている夢を見るなんて、面白いな。

 

 こうやって、小さな楽しみを見つけている。


 残り少ない大切な自分の命を、精一杯楽しませることが、私の生きる意味だった。




 私の寿命が長くないなんてことなんて、とっくに知っていた。胸が苦しくて、両親が泣いて、ああ死ぬんだと思ったとき、神様に願ったのはこんな事だった。


 ――もし生まれ変わるなら、たとえ十年しかいきられなかったとしても、健康な体をください。


 私は死んだ。



 ◇◆◇



「モニカ殿下。お誕生日おめでとうございます!」


 大使が、目の前で恭しくお辞儀をした。


「ありがとうございます、お目にかかれて光栄ですわ、大使」


 私は子供らしくはきはきと、そして王女らしく慎ましくスカートの端を持ち上げてお礼を言った。

 次に彼は言うだろう、なんて素晴らしい王女様だろう、と。


「なんて素晴らしい王女様でしょうか!」ほらね?


 カーテンの隅に黒く光るものが見える。拳銃だ。

 私に向けられている。

 それは間違いなく私の頭を撃ち抜くのだ。


 ――バン。


 ほらね?

 私は死んだ。



 ◇◆◇



 健康な体をくださいと願ったし、確かにたとえ十年しか生きられなくても、とも思った気はする。だけどどうしてそれがこうなるのだろうか。

 

「おぎゃー」


 私は生まれた。


 王女様です。なんとお可愛らしい。神の祝福を。あらん限りの幸福を。あら首がお据わりに。ほら掴まり立ちを。初めて話した言葉はぱぱですわ。なんて愛らしい。頭がよろしくて、きっと天才です。ああ本当にお美しくなられて。もう十歳ですか。時が経つのは早いですね。バン。私は死んだ。


「おぎゃー」


 私は生まれた。


 バン。


 私は死んだ。


 この繰り返し。何度も何度もおぎゃーバン。

 いつもこうだから、途中で数えるのをやめてしまった。


 数回生き延びようと試みたけど、殺されなくても事故で死ぬだけだった。馬に蹴られたり、高いところからい落ちたり。結局、拳銃で撃たれるのが一番手っ取り早いし痛みすら感じる間もなく済むのだと分かった。


 あのゲームでもモニカはいつも死んでいた。ゲーム開始時点で既に十歳で死んでいるか、隠しキャラルートでも首を刎ねられる。この死の運命は変えられないのだ。



 ◇◆◇



「モニカ殿下。お誕生日おめでとうございます!」


 大使が、目の前で恭しくお辞儀をした。


「ありがとうございます、お目にかかれて光栄ですわ、大使」


 私は子供らしくはきはきと、そして王女らしく慎ましくスカートの端を持ち上げてお礼を言った。

 次に彼は言うだろう、なんて素晴らしい王女様だろう、と。


「なんて素晴らしい王女様でしょうか!」ほらね?


 カーテンの隅に黒く光るものが見える。拳銃だ。

 私に向けられている。

 それは間違いなく私の頭を撃ち抜くのだ。


 バン。周囲の悲鳴。

 私は――死なない。


「くせ者だ! 王女を狙っていた!」


 嘘! 生きてる! どうして! 


 驚いて辺りを見渡した。

 もしかして、運命というものが変わったんだろうか。しかし素直に喜んでいいものか。


 確かに銃声はした。一体誰が誰を撃ったのか。それはすぐに分かった。


「お怪我はありませんか? モニカ殿下」


 まだ白煙を上げる拳銃を持ったまま私に笑いかけたのは、彼だ。オーウェン・メフィリア公子、二十歳。彼がくせ者を殺したらしい。

 私に近づき跪くと手を取りそっとキスをした。


「我が国の太陽に祝福を――。お誕生日おめでとうございます、モニカ王女様」


 人を殺したのに平然としているのだから、ただ者ではない。憎たらしいほど爽やかな笑顔が放たれる。


 彼のことは知っている。だってゲームでモニカの婚約者になっていた人なんだもの。



 ◇◆◇



「モニカ様。お勉強のお時間ですよ」


 なぜか彼は私の住む宮に出入りするようになった。暗殺者を殺した彼をお父様がえらく気に入り、大学を飛び級したという実績も買われ、私の家庭教師につけたのだ。


 ……どうして私が生き残ったのか、推論を立ててみた。きっと繰り返されたループの中、達成度が高まり、隠しキャラルートが解放されたに違いない。


 ゲームだと確か、モニカがオーウェンに一目惚れをして、十歳も年上の彼と半ば無理矢理婚約するのだ。それが破滅に至る道だとも知らずに――。


 彼と婚約したモニカは十五歳で王位に就き、王家の敵のみならず、顔が気に入らないだとかで家臣までギロチンにかける、史上最低のわがまま女王になるのだ。


 トゥルーエンドだとヒロインが女王を倒して終わる。バッドエンドだとヒロインは女王に殺されるが、ヒロインを愛するオーウェンによって女王もまた、殺される。


 つまり、私は死ぬ。


「最悪だわ」


「いえ、最高ですよ」


 私の勉強を見ていたオーウェンは言う。


「さすが王女さまですね。高等学院の問題まで解いてしまうなんて」


「当たり前よ。人生何周目だと思ってるの?」


 そう言うと、彼は不思議そうに笑った。


 彼の笑顔はちょっとした評判だ。

 人当たりも良く、地位も財産も十分に持っているのに、未だ独身で、国どころか世界中のご令嬢達から狙われている。


「言っておくけど、私はあなたに恋なんてしないわよ!」


「それは残念」


 余裕の表情で返された。


 だけど彼は勉強以外にもたくさんのことを知っていた。その話を聞くのは思いがけず楽しかった。国での流行のこと、若者たちのパーティのこと、海のこと。


 そういえば海って見たことない。前世でも今世でも囲まれた塀の中から出られないのは一緒だった。



 ◇◆◇



 オーウェンは、いつも私に会いにきた。


 こんなことがあった。

 彼が窓際の椅子に腰掛けながら、拳銃を手にして、自分の口元に当てて引き金を引こうとしていたのだ。


 ――何しようとしているの!?


 慌てて駆け寄り体当たりをした。どうにか自殺を止めようと思って。

 そして叫んだ。


「命は大切にしなきゃ!」


 命の大切さは、前世と今世で身をもって知っている。何度死んだと思ってるの? なにより彼は死んだらそれきり、ループなんてしないから、本当にたった一つの命なのだ。


「ぶっ」


 勢いよくぶつかったモノだから彼は妙な声を出し、あろうことか引き金を引いてしまった。さっと血の気が引く。やばい、私が殺しちゃった? だけどもしかしたらこれで死亡フラグは折れるのでは、と一瞬よこしまな考えが頭をよぎる。


 だけど彼は死ななかった。


「……くくく」


 面白そうに笑う。よく見れば口には煙草を、拳銃の銃口からは炎が出ていた。


「殿下、私を心配してくれたのですか? ありがとうございます。ですが、これはライターですよ」


 なんてこと!

 唖然とする私は、何も言えない。


 露店で売っていたジョークグッズらしい。

 彼はおかしそうに目に涙をためたまま、まだ笑っていた。


「君は変な子供ですね。てっきり高飛車で嫌なガキだと思ってました。おっと失敬、つい本音が」


 それが本心か。やっぱり腹黒。


「でも煙草も体に悪いのよ?」


「あなたが嫌うなら、もう吸いませんよ」

 


 ◇◆◇



 十歳までの命をどうやって楽しもうかとばかり考えていたから、これから先どうしたらいいのか全然分からなかった。

 公務をこなしたり、三日と開けずにやってくるオーウェンと話したりしているうちに、気がつけば十一歳になっていた。


 とにかく生き延びよう、と私は思った。


 死亡フラグの塊のようなオーウェンに近づかず、いつかヒロインのイザベラに出会ったらどうぞどうぞと王位継承権を譲ろう。

 イザベラは私の従姉妹に当たるのだけど、小さいときに行方不明になって、庶民として育てられている。


 そしてなんやかんやあってモニカを倒し女王になるのだ。 

 そこまで考え、疑問が浮かんだ。


 ――あれ? どうして私はヒロインの名をイザベラと思ったんだろう?


 ゲームでヒロインに固定の名前はついいなかったのに。まあ、いいか。


 目下の問題は彼だ。


「私はゲームの悪役女王なのよ! あなたは婚約者になるんだけど、いつか私を殺すの! だから近づかないでね」


「御意」


 と言ってオーウェンは私の頭を撫でた。


「触らないでって言ったのに!」


「近づかないでとは言われましたが触るなとは……」

 

 肩をすくめる仕草すら、むかつくことに様になってる。

 ゲームでも飄々としていた彼は現実でも変わらなかった。だけど笑顔の裏には腹黒さが隠れていることを、私は知っている。


「からかいがいがありますね、王女様」


 やっぱりからかってるのね!

 

 ――その頃、オーウェンはますますお父様の信頼を勝ち取り、私の宮に住み着くようになっていた。

 


 ◇◆◇



 なんと十二歳になった。


 私たちの関係は相変わらず、傍目から見ると家庭教師と生徒。でも実際、授業なんてしていない。ほとんど彼とはくだらないと思えるおしゃべりをしたり、チェスをしたりするだけだ。

 告白すると、その時間は嫌いでは無かった。そういえば私、こうして深く他人と関わるのは初めてだ。


 私たちの関係は、この頃、多分友人同士だったと思う。

 

「今日は帰りが遅くなるから夕食は用意しなくて結構ですよ」


 まるで宮の住民のような態度で使用人にそう言うと今度は私に向き直った。


「モニカ、たまには街へ出ないか?」


 彼はいつの間にか、私に敬語を使わなくなっていたし、私もそれを許していた。


 彼が私の手を引く。

 恋なんてしないはずだった。だけどその手は温かく、思いがけず心地よかった。


 お忍びで街を歩く。兄妹のように見えるだろうか。少女達がオーウェンの姿を見て色めき立っている。

 彼はまだ独身で、結婚するつもりはないらしい。それもそうだ、ゲームのヒロインと熱烈に恋に落ちるんだから、その運命を、知らずに待っているのだろう。


 ――イザベラはどうやってオーウェンに出会うんだっけ?

 確か十六歳になったとき街で男に絡まれているのを助けてもらうんだっけ。


 彼は必ずイザベラを愛する。だってここはそういう世界だから。そう思うと、胸が痛かった。

 


 ◇◆◇



「なあ、モニカ。結婚しようか」


 オーウェンは突然そんなことを言った。私は飲んでいた紅茶を吹き出し、彼の顔をびしょ濡れにした。


「なんで?」


「なんでって、君を好きだと思うから」


 既にお父様の許可はいただいているという。


「君がそれなりに大人になるのを待ったんだ」


 オーウェンは二十四歳。それなりに大人と言っても、私は十四歳。びっくりして聞いてしまった。


「小児性愛者なの?」


「失敬だな、君だからだよ。君が老人だったとしても、私は結婚を申し込んださ」


 そう言って、彼は笑った。


 だけど私は断った。彼は驚き、しきりに理由を問いただした。――だって、死にたくないんだもん。


 それにオーウェンはやっとできた大切な友達だった。その関係を崩したくない。

 私が彼と婚約するということは、いつか彼に殺されるということだ。そうはなりたくなかった。



 ◇◆◇



 十五歳になった。

 お父様が死んだ。


 ゲームのシナリオで、このことは知っていた。だってそうじゃなきゃ、モニカは女王にはならない。

 覚悟をしていたとは言え、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感があった。国中が喪に服した。国民は皆泣いた。私は先頭で棺を運んだ。役割を全うした。不思議と泣かなかった。


 なのに、宮に帰ってオーウェンの姿を見たとき、自分でも驚くくらい感情が抑えきれなくなって、どうしようなく彼の胸に顔をうずめて大泣きした。


「モニカ、私にあなたを、支えさせてくれ」


 彼は私をそっと抱きしめた。彼の体は温かかった。

 

 もう認めよう。

 私は一人では生きられないし、彼は大切な人だった。

 


 ◇◆◇



 私は女王になった。


「おめでとうございます、モニカ陛下」


 オーウェンが微笑み、手を取りキスをした。まるで初めて会ったときのようだなと思う。


 私たちの婚約はニュースになった。美貌の女王と麗しの貴公子。誰もが羨む、申し分のない婚約。

 

 不安はあった。


 あのゲームのシナリオ通りなら、私は史上最悪の女王になり、断頭台で殺される。だけどシナリオと現実は違う。私は彼を信頼していたし、きっとそうはならないと思った。


「小さい頃、君はよく言っていたね。この世界はゲームで、いつか自分は死ぬのだと」


 考えを読んだかのように彼は言った。


「心配いらないよ。君が悪役女王になるなんて、ましてや私が君を殺すなんて、あり得ない」


 いつもの優しい笑みでそう語りかけ、キスをひとつ、してくれた。 



 ◇◆◇



「税金を上げ、国の事業にあてる」

「教会を国有化し、財産を掘り起こさなければ」

「不可侵なものなどない、貴族の土地にも課税をする」


 私の知らぬところで、オーウェンは政治的手腕を発揮していた。国民は疲弊し始めた。



 ◇◆◇



 十六歳になった。


 公務が続いていて、気分転換にどうかい、とオーウェンが街に誘った。

 もちろん護衛付きだし、庶民じみた格好をしてだけど、デートは嬉しかった。


 ゲームだと、モニカの一方的な片想いで、オーウェンからの愛情らしきものは返ってこなかった。一緒に街に出ることもなかったはずだ。だけどこうして連れ立って歩くことが出来るのは、運命が変わっているのだと思っていた。


 彼女を見つけるまでは――。


「は、離してください!」


 道を歩いていたとき、焦る声が聞こえて、思わずそっちを見た。

 その姿を見て、すぐに分かった。


 ――イザベラ。


 この世には、何もかも持って生まれた人がいるというけれど、彼女はまさにそれだった。美しい外見、儚げな雰囲気、されど、芯の強い瞳。きっとどんな人だって彼女を見たら好きにならずにはいられない。

 

 オーウェンから手を離すと、彼は不思議そうに振り返った。私の視線の先に目をやる。


 遂に、この日が来てしまった。やっぱり、シナリオには、決められた運命には逆らえないのだろうか。


「酔っ払いか」


 オーウェンが少女に絡む男を見て、しかし興味が失せたかのように視線を逸らした。


「行こう、モニカ。身分がばれたらまずい」


 私の肩を抱くオーウェンを驚いて見た。ゲームなら、ここで彼は彼女と出会うのだから、無視するなんて考えてもみなかった。


 私はイザベラに目線を戻す。往来の人は少女が絡まれているというのに、関わらないようにそそくさと通りすぎていくだけだ。

 彼女は今にも泣きそうだ。放っておくことなんてできなかった。


 オーウェンを振り切ると、彼女に今にも殴りかかろうとする男の前に立ちはだかった。


 ――バチン。


 振り上げられた男の手により私の頭は殴られ、皮膚が切れて血が流れた。即座護衛が男を引き離し、速やかにどこかへと連れ去った。



 ◇◆◇



「とんでもないことだ! 一体、何のための護衛なんだ!」


 オーウェンの怒りは凄まじかった。私がどんなに諫めても、一緒にいた護衛全員を断頭台にかけろと言う。

 私は大げさな包帯をまかれ、少しも重症じゃないのに安静を言い渡されていた。


「処刑なんて、そんなことさせないわ。落ち着いてオーウェン。私は大丈夫だから」


 ――あれがどんなに怖いか、オーウェンは知らないのだ。だけど私も知らないはず。でも分かる。なぜだか知っていた。


「モニカ。君は優しすぎる。もし傷が残ったらあいつらを私が殺すよ」


「女王命令よ。馬鹿なことを言うのはやめなさい」


 仕方なくベッドの上からそう言った。 

 こんな傷、前世の病院で繰り返し行われた手術に比べたら少しも気にならなかった。


「ああ、陛下、あたしのせいで……! 本当にどうお詫び申し上げたらよいのか……」


 どうして私が彼女の名を、名乗る前から知っていたのかはよく分からないけど、彼女の名は本当にイザベラだった。

 イザベラは顔面蒼白だ。自分を助けに入ったのが女王だと気づいた彼女は気を失い、放っておくことができなかったのだ。成り行きで連れてきてしまった。


「命を持って償います!」


「ちょっと止めなさい! 命は大切にしなさいよ!」


 ――あなたはループしないのよ! 


「死ぬこと以外はかすり傷だわ!」


 だけど、とまだイザベラが言う。彼女はなるほどヒロインらしく、本当に心が綺麗らしい。

 じゃあ、と私は言った。


「たまに話し相手になってくれるかしら」 




 それは一つの作戦だった。友人になってしまえば、イザベラが私をギロチン台に送ることはないんじゃないかと思ったからだ。


 だけど予期せぬことがあった。


 イザベラはとても明るい少女だった。人形技師の養女という彼女は、自作のかわいらしい人形までプレゼントしてくれた。


 私は、彼女を好きになってしまったのだ。


 だから一つの覚悟を決めた。

 もし……、オーウェンが彼女に恋をしたら、その時は大人しく離縁を受けよう、いや、むしろ私から言ってあげよう、と。


 度々開くお茶会に彼女を招き、たくさんのことを話した。

 同年代の友人がいなかった私にとって、彼女もまた、オーウェンと同様大切な人になってしまった。



 ◇◆◇



 ある日お茶会が終わった後、目撃してしまった。

 運命は、やっぱり絶対なのか。


「オーウェン様、お耳に入れておきたいことがあるのですが……」


 イザベラがそう言ってオーウェンに歩み寄る姿を見た。何やら耳打ちをした後、オーウェンの顔色がさっと変わった。

 私はこっそり物陰から二人の話を聞いていた。


 二人は別に恋の睦言を交わしていたわけではなかった。聞こえたのはもっと恐ろしい話だった。


 イザベラは震える声で言う。


「このところ、街中で噂が絶えないのです」


 ――国民が飢え死にをしているのに、王宮では毎日パーティらしい。

 ――あのモニカが女王になってからだ、不作が続いているのは。

 ――近隣国では革命が起きたという話だ。我が国でも……。



 ◇◆◇



 そこから、悪夢のような日々が続いた。

 国民は声を上げ、突然女王に怒りをぶつけ始めた。

 

 連日のように議会は開かれ、ついに女王までもが呼び出されることになった。


「オーウェン! 怖いわ!」


 私は彼にしがみついた。


「……大丈夫だモニカ、心配いらないよ」


 だが彼の顔も苦しそうだった。



 ◇◆◇



 十七歳になった。

 誕生日パーティなんてしなかった。

 何度も議会に呼び出された。女王を裁くなんて、前代未聞だ。

 もう、王の影響力なんてない。誰も王を尊敬しなかった。



 ◇◆◇



 ――女王を処刑台へ。


 議会では、僅差でそれが決まった。

 なんだ。結局、死の運命からは逃れられないんだ。

 


 ◇◆◇


 

 イザベラは泣いていた。見ているこちらが悲痛になるほど。


 いくつかの運命は変わった。

 彼女を助けたのは私だったし、彼女はオーウェンと恋仲になることはなかった。

 そして彼女と私は心の底からの友人になった。


「あたしにできることがあったら、なんでも致します。モニカ様、恐れ多くもこう思っていることをお許しください。あなたが大好きです」


 そう言って、彼女は宝石のように美しい涙を流した。



 ◇◆◇



 夢を見た。

 私はオーウェンとイザベラの前で断頭台に立つ。

  

 首が飛ばされる。


 あの人が笑っている。

 ああそうか。これは、私の始まりの記憶だったんだ。



 ◇◆◇


 

 処刑の日はまだだというのに、民衆が王宮を取り囲んでおり、兵士達とにらみ合っていた。女王を殺しに来たらしい。

 大勢の人が、私の死を願っていると思うと恐ろしかった。


「逃げるんだ、王宮から。モニカ、一緒に行こう」


 オーウェンが荷を作りながらそう言った。


「いいえ、だめよ。ねえオーウェン。私を殺して」


 彼が驚いて私を振り返る。


「なぜ」


「なぜって、あなたが好きだと思うから」


 いつか聞いたような台詞だ。

 私は彼に生きていて欲しい。それにきっと私が死んでもまたループするだけ。

 多分ね。


 その時、地面を揺るがすかのような大きな音がした。砲弾が王宮に撃ち込まれたのだ。軍の一部が国民側についたらしい。


 怒号が聞こえる。

 城が打ち破られるのは、もう、すぐだ。

 だから、彼に言うべきことを、手短に言う。


「思い出したの。私が誰だったか。

 前世の自分が本当の自分だと思っていた。

 だけど、その前にも、私は生きていた。史上最悪の女王モニカとして――」


 オーウェンは黙って私を見ている。その目は戸惑いに揺れている。妻が、何を言っているのか分からないらしい。


「私は、ある人に言われて、その通りたくさんの国民を処刑した。それが正しいと思っていたの。だけどその人は、私との婚約を破棄して、別の人と結ばれた。

 処刑される間際、私は見たの。その人が笑うのを。それでやっと分かった。その人は、常に権力を得るために立ち回っただけで、私のことを少しも愛していないってことを。全部、その人が仕組んでいたのよ」


 私は笑った。


「その人って、あなたのことよ、オーウェン」


 かわいいオーウェン。

 大好きなオーウェン。

 愛しいオーウェン。

 裏切り者の、可哀想なオーウェン。


 私、あなたを愛してる。



 ◇◆◇



 遂に民衆が、王宮の中に入り込んだらしい。迫る人々が兵士達と交戦する銃声が聞こえる。


 オーウェンは私を凝視したまま動けない。

 私は彼を愛していた。もし、囁かれた愛の言葉や笑い合った日々が嘘だったとしても、孤独の側にいつもいてくれたのは彼だったから。


 ――女王はどこだ!


 声がする。民衆は、もう近い。


「命令よ。私を殺しなさい!」


 きっと、私を殺せば、オーウェンは革命の英雄になれる。彼は生き延びるはずだ。


 しばらく黙っていたオーウェンはやがて何かを諦めたかのように笑って言った。


「そうだ、何もかも、君の言うとおりだ」


 ――ああ、やっぱりそうだったんだ。


「私は、理想の国を作りたかったんだ。誰も王に逆らわない、規律と安寧が支配する、そんな国だ」


 ゲームのシナリオでも語られない、彼の真実。彼は、過去を思い起こすように目を閉じる。


「あのくせ者はね、私が仕込んだものだったんだ。初め君を殺そうと思ったが、それよりも、君に近づき、婚約を結び、何もかもこの手に入れる……そんなシナリオにできるのではないかと考えて、あのくせ者を、殺したんだ」


 秘密の告白だ。

 ゆっくりと、彼が拳銃を私に向ける。


 ゲームで彼はヒロインと恋に落ちるが、それもまた、新たな女王と結びつくために愛を偽ったんだ。


「だけど誤算があった。いや、誤算しかなかった。私は馬鹿だな。君を本当に愛してしまうなんて――」


 彼の瞳から、涙が一筋、こぼれ落ちる。

 そして、カチリ、と彼の指が、引き金を引いた。



 ◇◆◇



「女王は死んだ!」


 遠くで、オーウェンの声が聞こえる。


「これが首だ!」


 ごとり、と女王の首が投げ出される。

 その日、史上最悪の残虐な女王モニカは、その運命の通り死んだのだ。



 ◇◆◇


  

 ……私はずっと、これは罰なんだろうと思っていた。


 だけど、やっと分かった。


 私はモニカ。初めから、モニカだった。


 最初の私は人の命の価値なんて知らなかった。冷酷に人を殺し、国を破滅に導いた。だから病気の少女として生まれ変わり、そこで命を知ったのだ。

 そしてオーウェンと出会い、自分を殺す彼を愛した。


 神様はきっと、この残酷な運命を、それでも生きろと言っていたに違いない。諦めずに、最後まで――。



 ◇◆◇



「これからどこへ行こうか?」


 馬車の中で、彼が私の手を優しく握る。

 どこへだって行ける。何者にだってなれる。

 だってもう、女王はいないんだから。


 ああ、あそこがいい。だって、見たことないんだもの。


「海に行きたい」


「では、そうしよう」

 

 そう言って、彼は煙草を咥え、おもちゃの拳銃で火をつけた。


 もう、煙草はやめてって、言ったのに。

 


 ◇◆◇



 ――あの夜。


 彼は私に拳銃を構え、そして引き金を引いた。 


 私は死を覚悟し目を閉じた。いつも死んでるのに、今日はいつになく辛く悲しいのは、相手がオーウェンだからに違いない。だけどそれを悟られないように、涙だけは流すまいと思った。


 だけど。

 待てども待てども痛みは襲ってこない。


「驚いたかい? おもちゃだよ」


 目を開けると、拳銃の先からは小さな火が出ていた。あ、ライターだ。そんなことを思った。


「私が君を、殺せるわけない。ずっと一緒にいた君を、いつしか本当に愛してしまったんだから。もう君は、私の一部なんだよ。モニカ」


 そう言って、彼は私を抱きしめた。

 彼の体は温かい。


「一緒に生きよう。生き延びよう」


 さっきは泣くまいと思っていたのに、私の目から堪え切れなくて涙が溢れた。


 その時――。

 扉が開けられる。民衆が入ってきたか、と思ったが、いたのは思いがけない人物だった。


「イザベラ!」


 もう二度と、会えないと思っていた大切な友人。王宮に出入りしていたから、私たちがいる場所にいち早く駆けつけたのだという。

 彼女は必死の形相だった。


「どうかこれを!」

 

 荷から取り出したのは、人間の精巧な頭部だった。しかも私の顔をしている。


「人形技師の養父と一緒に、蝋と粘土で作りました。これを使い、死の偽装を!」


「どうしてそこまで! ばれたらあなたも危ないわ」


 驚いて彼女に言うと、その大きな瞳に涙をためながら、しかし笑顔で言った。

 

「モニカ様。以前助けていただいたときから、ずっとあなたに憧れていました。あなたが大好きです。どうか、ご無事で!」


 それが私たちのお別れだった。運命は何もかも狂い、シナリオはどこかへ葬り去られた。


 女王モニカの首は速やかに埋葬され、偽物に気付く間も無く、革命は幕を閉じた。



◇◆◇



 海に沈む夕陽を、彼と見つめていた。


 人生って不思議ね。思いがけないことの連続だわ。


 昔を思い返してそう言うと、その白髪だらけの髪の毛の彼は、皺の刻まれた顔にますます皺を寄せ、微笑んだ。


 そして、いつものように、キスをくれた。


 ベッドの上から動けないようになって随分経つ。周りを家族が囲んでいた。私は命の終わりを感じている。


 もしまた、おぎゃーと生まれたらどうしようかしら?


 彼はまた笑った。


 それはとても幸せなことだよ。だって私たちはまた出会い、また恋に落ち、また愛し合うことができるんだから――。


 そうね、と私も笑った。出会ったのがこの人で、本当に良かったのだと思う。


 幸福の中で、私は目を閉じた。


 ここには女王も、権力に囚われた男もいない。いるのはただの、愛し合った夫婦と、その子供たちだけ。


 心の中で、お別れを告げる。


 生きるのって楽しかったわ。次はどんな人になるのかしら――? 


 私は死んだ。

 そしていつか、私は生まれる。


 さようなら。また、どこかで。



〈おしまい〉


最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みました〜。 すっごく面白かったです! 最後、とっても切なくなりました。
2023/02/13 18:28 退会済み
管理
[良い点] 全部すき! [気になる点] こんな名作に感想がついていないこと!! [一言] 悪女〜から、こちらの作品も読ませていただきました。 悪女〜も作品の持つ空気と、ヒーローにやられて3回読み直した…
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