86.想いと温もり
「それじゃあ森の外まで送っていくわ」
朝の朝食を終えた私たちは、カトレアさんに道案内をしてもらって帰る事になった。
元々ここには長居するつもりはなかったし、トルメダは召喚士を雇っていると知れただけでも十分な収穫だ。
母の話も聞くことが出来たしね。
「ここのベッドすっごい柔らかかったね」
「アルマの方が柔らかかったけど?」
「え、なに急に……もしかして新手のセクハラ!?」
「いや、違いますし、いつも先輩が言ってるような事じゃないですか」
「え、僕っていつもそんな感じなの?」
「はい」
昨日は他人の家だというのに、いつも以上に抱きついてきた。
というかあの不覚にもキスしてしまった日から、どんどん酷くなってきてる気がする。
「ベッドが柔らかいのは当たり前よ。全部私が腕利きの職人に注文して作らせた特注品だから。寝心地もいいし、とっても楽よ」
「屋敷のベッド全てが特注品なんですか?」
「全てはないけど、まあ半分くらいは特注品ね」
「他に人がいないのに?」
あ。
「…………」
「せ、先輩。それは言っちゃダメな奴ですよ。えっと、ほらあれですよゴーレム達の寝床ですよ」
我ながら何を言ってるのかよく分からない。
「それ以上言わないで頂戴……悲しくなるわ」
「「ご、ごめんなさい」」
カトレアさんは、たぶん寂しがり屋なんだろうけど、人を呼んで、一緒に暮らすような勇気はないのだろう。
この実情を母が知れば、一緒に住んでいたかもしれない。
もしかしたら、母と暮らす為の家だったのかも。
「とりあえず戻ったらトルメダについて分かっている情報をまとめましょうか」
「そうだね。決行日とかも決めないといけないし」
「それなら、来月の頭なんてどうかしら? 月初めは警備が少し減るわよ」
「カトレアさんがなぜそれを?」
「薬を届けていたから分かるのよ。月初めの一週間だけはよく知らない人が門番をしていて門前払いをくらいそうになったから」
たしかに、魔女みたいな服を着た人がいきなり薬を届けに来たとか言ったら普通警戒するだろうな。
「成る程、いい情報をありがとうございます」
「別に大したことないわよ。それにジークが全面的に協力してくれるんでしょ? なら平気よ、あいつは昔っから優秀だったから」
「カトレアさんはそれでいいんですか? 取引相手が消えるっていうのに」
私の言葉にカトレアさんは不敵に笑った。
「私に止めて欲しいわけ? それに私はあいつがヤバい事してるのは知ってたし、殺されても仕方がないと思ってる。毎月のお小遣いが少し減るくらいだわ」
カトレアさんは本当にトルメダの事はどうでもいいらしい。ただの金持ちの取引先としか考えていないようだ。
「分かってると思うけど殺すのは僕の役目だからね」
「はい、私は先輩のサポートにまわります。召喚士の相手は私が……トルメダって戦えるの?」
ふと、疑問に思った。貴族の中には私のように戦えるの者も多い。ほとんどは生まれついた才能に左右されるわけだが、上級貴族なら強力な固有能力を持っていてもおかしくはない。
「トルメダに能力はないよ。あいつはただ悪知恵が働くだけ、剣の腕は……まあそこそこある方かな」
その程度なら先輩でも大丈夫だろう。
近接戦闘のコツを先輩に伝授しようかな。基本、先輩って後方支援が多いし。万が一もあるから。
「侯爵様の方はどうしようか?」
「侯爵様? あのボンクラ息子の事?」
酷い言い方だけど、あの人、ちゃんと自分の意思はあると思う。それに悪い事には関わってなさそうだし。
地獄犬の時とか先頭に立って戦っていたから。
「はい、その息子の事です」
「無視して計画を進めればいいと思うわよ。悪い事を出来るタマじゃないし。計画に気づけるほど敏感でもない。それに暗殺者なら暗殺対象とその護衛だけを殺すものでしょ? 余計な犠牲は出さない。まあ、目撃者は消す事になるんだけど」
「まあ、そうですよね」
「僕も、彼にはそこまで恨みはないし、第一彼は僕の事を忘れてみたい。それに話していて不快感は感じなかった」
「私も悪い人ではないとは思った……ちょっとヤバいけど」
「もう操られてないのかもね」
ステファニー・レイスフォード――昔は精神魔法で操られていたけど、今はそうではないのかもしれない。性根は……ちょっと残念だけど。
案外、妾にされている人達は大切にされているのかもしれない。
それでも私を手に入れる為に、正妻と離婚したのはありえないんだけど。
先輩の話によると昔はいい奴だったみたいだから、トルメダによって心を壊された被害者だとも言える。
長期に渡って精神魔法をかけ続けると対象者は狂ってしまう場合があるから。
侯爵様は狂うまではいかなかったけど……その弊害であんな性格になってしまったのかもしれない。
憶測に過ぎないが、あの炎に巻かれる渦の中で民衆の前に立ち戦っていた侯爵様が本当の侯爵様だったのかも。
「まあ、考えてもしょうがないか」
私はパンパンと2回頬をはたいた。
何故か先輩も私の真似をして頬をはたいた。
私が先輩の方を見ると、先輩がにっこりと笑って、つられて私もつい笑ってしまった。
「仲いいのね……羨ましいわ」
カトレアさんは母の事を引きずっているのだろう。それにカトレアさんは母が父と結婚してから一度も会いにいけてなかったそうだから。
なんとなく躊躇っていたのだと、酔ったカトレアさんは言っていた。
私に母の気持ちは分からないが、これだけは言える。貴族の義務で忙しく暇が作れなかったが、母はカトレアさんに会いたかったと。
私が母だったら、絶対に一度は会いたいから。
「着いたわよ。あとは二人で行けるわね」
「うん、大丈夫!」
「はい、ここまでの案内ありがとうございました」
「気をつけて帰るのよ」
カトレアさんが箒に跨り空へと舞うのを見送ってから、私と先輩は帰路を辿った。
先輩の手の温もりを感じながら。
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