閑話 ユアンの誤算〜囚われの姫〜
今回は姫様視点です。
「ここはどこ?」
それが私の第一声だった。
室内は暗く、寝巻きに着替えされられていた私は、天蓋ベッドの上で横になっていた。
特に拘束はされておらず、室内を自由に動く事が出来た。なのでとりあえず散策してみる。
「何も無い」
部屋の中は空虚で――静かだった。
「使えそうな物はないか」
ベッド以外の調度品は置いておらず、部屋の鍵だけはしっかり施錠されており脱出は不可能だった。
私は姉のように、強力な固有能力を持っていない。今の私に出来ることなんて、ほとんど無かった。
「エトちゃん、ちゃんと逃げれたかな」
思い出すのは、最後まで自分を守ってくれたメイドさん。本当は私のおもりより、お姉様の側にいたかった筈なのに。
「ごめんね。エトちゃん」
こうやって、謝罪を口にした所で、罪悪感が紛れる訳でもない。
謝るべき相手がいなければ意味をなさないのだ。
これはただの自己満足。
私は卑怯者。
だからこそ信じている。彼女が生きている事に。
「他のみんなはどうなったのかな」
私が小さい頃から面倒を見てくれた使用人、近衛兵のひと、一人、一人を思い出す。
思い出はいつも綺麗、でも現実は残酷だ。
「みんな死んでいった。私達、王族の……いや王国の未来のために」
あれから何日経ったのだろう。肌を触ってみる。ふにふにしていて健康そのものだ。
なら、そんなに長い時間は経っていない筈だ。
――不意に足音が聞こえた。コツコツ、コツコツとこの部屋に近づいてくる。
そして部屋の扉がガチャガチャと音がして、開いた。
「やあ、お姫様。お目覚めかな?」
入ってきたのは、黙っていれば美青年の帝国の現皇帝ユアン・バルドニア・アルターだった。
側には侍従もついている。赤みがかった髪が特徴的で、端麗な顔立ちをしていた。
「ああ、紹介が遅れたね。彼女は君の妹を殺したイヴ・ルナティアだよ」
開口一番に彼はそうのたまった。
「妹? どうゆう事、妹ってお姉ちゃんの事? え、嘘、お姉ちゃんが殺された」
皇帝ユアンが微笑した。
信じられない私に、姉が死んだのは事実だとでも言うように。
「ふ、ふざけないで。お姉ちゃんが死ぬ筈がないもん」
「ま、そうだよね。でもこれを見れば納得するんじゃない」
彼は私に向かって腕を伸ばし、二の腕を掴んできた。
「いや! 離してよ」
「ほらほら、ダメじゃないか。しっかりみないと」
腕を見ると、半ば、凍りかけていた。
信じられなかった。だってそれは……
「お姉ちゃんの固有能力をなんであなたが!?」
「僕はね、他人の固有能力を奪えるんだ」
うそ、そんなの嘘に決まってる。姉が負ける筈がない。負ける筈がないんだ……。
私の中で語気がどんどん弱くなっていく。
「まだ信じてくれないかい?」
黙りこくる私にユアンはさらに畳み掛ける。もう何も聞きたくなかった。
だけど、彼は容赦なく告げた。
「君の事を信じたメイドも死んだよ」
一縷の望みを消されたような思いだった。
「それってまさか……」
彼の口端が吊り上がった。
「エト・カーノルドの事だよ」
「うそ、そんな――だってあの人達は追っ手を出さないって……」
彼は私の肩に手を置き、オッドアイの瞳が私を覗く。
「君は本当に素直でいい子だね」
「あっ、ああ……いや、いやだよそんなの」
私は理解した。
私はあの公国の兵士に騙されたのだと。そして騙された事にも気付かなかった私は、そのまま大人しくついて来てしまった。
ここ帝都に。
「教えて、あの後何があったのか全部教えてよ!」
「ああ、勿論。そのつもりだ」
彼が合図すると侍従が新聞紙を持ってきた。全て、シュトラス王国の記事だ。
「ゆっくり、読むといい」
私の頭をポンポンと叩き、彼等は部屋から出て行った。
後に残されたのは、私と新聞紙。
私はおそるおそる、新聞紙を開く。そして、ある一面に死亡者の名前が載っていた。
私はその一人一人の名前を指でなぞる。
「ジョン・ラーム。アール・ヌーヴォー。ゼノン・シュトラス・ディスペラー。ヘレン・シュトラス・ディスペラー」
父と母の名前が綴られていた。そしてその下には、兄の名前、そしてその下は、
「カノン・シュトラス・ディスペラー」
大好きな姉の名前が綴られていた。私は震える手で、もう一人の人物を探していた。
「エト・カーノルド。エト・カーノルドはありませんように」
私の祈りは届かなかった。
死亡した貴族名簿の中に彼女はいた。
ご丁寧に写真付きで。
「う、うぁぁっ」
それは思わず目を閉じてしまう程、凄惨なものだった。それは紛れもなく、エトちゃんが落ちた崖の下――森の中でボロボロになって体中から血を溢れ、骨が腕の皮膚から突きでて、息絶えた写真であった。
私はその瞬間、一切の光を失った。
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