68. 業火の獣〜結末〜
最近夜が涼しくなってきました。私は肌寒いです。
炎息と雷砲が激しくぶつかり合う。地獄犬は炎息を吐き続け、私も魔力を供給し続ける。こっちが押されればまた押し返し、こっちが押せばまた向こうが押し返してくる。
どちらが先に音を上げるかの我慢比べだった。
(私の魔力量じゃ持たない!!)
雷砲の威力がだんだん落ちていき徐々に押され、じゃりじゃりと音を立てながら私も後ろへと下げられていく。足を踏ん張ってなんとか耐えているものの時間が経てば経つほど私の雷砲の威力は落ち、不利になる。
『ガゥッ!』
地獄犬が勝利を確信したかのように前に前に歩き始める。
「ううっ」
地獄犬が歩を進めるたび、その分私も後ろへと押されていく。
……………そして背後には。
「あぐっ、ぎぃぃぃぃー」
私の背中を炎が焼いていく。そう、炎壁がもうここまで来ていたのだ。背中を焼かれながらもなんとか踏みとどまる。
(あと一歩押されたら私はこの炎に呑み込まれる!)
「うぁぁぁぁぁぁぁああーーーー!!」
魔力を思いっきり込める。しかしどんなに自分を鼓舞してもそれは意味をなさない。ただのかけ声程度ではどうにもならない場合だってあるのだ。それを私は思い知らされた。
(うう、だめだ。死ぬ)
全身から力が抜ける。魔力切れだ。
(みんなごめん)
地獄犬から吐き出される炎息を見ながら私は目を閉じた。
その時、私の身体を掴む者がいた。
「諦めるのはまだ早いよ!」
聞き慣れた声がした。一瞬夢かとも思った。でも気付けば先輩が私の身体を支え、私に魔力を供給してくれている。
その瑠璃色の瞳が死にかけの私を見つめてくる。
「二人で倒そう? ね?」
「はい……せんぱい」
アルマに支えられて立ち上がる。アルマの魔力が私の中に入ってくる。私の魔力はアルマの魔力を拒まなかった。いいや生命の危機だから身体が生きようと必死なだけかもしれない。
だけど私は嬉しかった。合法的にアルマと一つになれたのだから。魔力の質には個人差がある。当然魔力の供給時に拒否反応が起こる場合も多い。確率で言えば殆どの場合で拒否反応が起きる。
(先輩の魔力あったかいや)
私の中でアルマの魔力が生きていた。
「行くよ、エト!」
「はい、先輩!!」
アルマと二人で魔力を注ぐ。今なら誰にでも勝てる、どこまでも行ける、そんな気がした。
『ガ、ガゥ?!』
突如力を増した私たちに地獄犬が驚く。魔力の高まりで私たちの体は発光していた。
「これで終わらせるーー!」
全身の魔力を一点に集め、雷砲の魔力へと変換する。そして二人分の魔力が重なり雷砲の威力が増大する。
『ギュゥゥァァーー!!』
一気に炎息を押し返す。
地獄犬は苦しそうな声を上げ、次の瞬間雷砲に貫かれる。地獄犬が一切の声を上げる前にその体は塵一つ残さず消えた。文字通り少しの欠片も残ってなかった。
「…………勝った」
その場にへたり込む。アルマも私の背中を支えていた時、左手が酷く焼け焦げていた。心配する私を見て大丈夫だよと大袈裟に左手をぶんぶんと振り回す。
「だいじょ……いったたーー」
アルマが左手を抑えてうずくまる。やっぱり痛いやと笑うアルマを見て、私もつられて笑ってしまった。
別の場所では地獄犬が死んだ事によりイリアさんと侯爵様が無事に出口を作り、市民を逃していた。
動けなくなった私たちの所へは衛兵さんがやってきて肩を貸してくれた。
そのまま出口へと向かう。向こう側にはジークがいるらしい。彼の魔力反応がある。
(ジークがいるなら安心……だよね)
私が意識を落としかけた時、どこからか声がした。
『蘇生』
地獄犬が消滅した場所に魔素が集まる。そして形をなしていく。鋭い牙に血の様な赤い目、ふさふさの毛に真っ黒な姿。地獄犬だった。ただし頭だけの。
そして首だけの地獄犬が私に目をつけた。驚異のジャンプ力で近づき、まず私の傍にいた衛兵の喉笛を噛みちぎり、そのまま私に飛んできた。
大きく口を開き、血で染まった鋭い犬歯か私を覗いた。
(今度こそ死ぬ)
動く気力は残されていなかった。でも地獄犬が噛みつくよりも早く横からものすごい勢いで小柄な少女が近づいてきた。
「だめぇぇぇぇーーーー!」
アルマが頭だけの地獄犬に体当たりする。そしてそのまま地面に地獄犬を抑えつける。
ガチガチと歯を鳴らす地獄犬に曲剣を噛ませる。
「先輩!!」
私は疲労も忘れアルマに走り寄る。近づいてきた私をアルマが聞いた事のない強い口調で怒鳴る。
「来るなッ!!」
「え?」
その瞬間、私とアルマの間を炎が遮った。そして後ろからやってきたイリアと侯爵に両腕を掴まれた。
「ここはもう危険よ!」
「早く出ないとボクたちも命を落とす。彼女が地獄犬を抑えている内に早く」
無理矢理私を外へと連れ出そうする。私はそれに必死に抵抗する。
「いやです! まだ先輩が、先輩がいるんですよ」
だけど満身創痍の私では二人に抗えなかった。
視界が歪む。止まらない涙で前が見えなくなった。最後に見えたアルマは手を振って笑っていた。
―――バイバイ。
アルマは炎の中に呑み込まれていった。
同時に私の後ろから黒い影がアルマに追従するように飛び込んだ。
「あ、あぁ……うそ、うそだ」
そのままイリアと侯爵に連れ出され、私たちは無事に炎壁の外へと出た。
だけど出てきた筈の場所にはすでに出口は存在していなかった。
イリアや侯爵、市民達もみな炎を見つめていた。私も抜け殻のように青く色を変え始めた炎を見つめ、アルマの最後の笑顔を脳内で再生させていた。
「……せん……ぱい」
涙のせいで景色がぐにゃぐにゃだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
アルマ先輩ィィィィーーー!!!
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