46.契約魔法
土曜日分です。
そのまま奥へと運び込まれた。
「そこに降ろせ」
そして、私を魔法陣の中心に捨て置くと、見張り役の男達が下がり、前会長は何やら唱え始めた。
ボソボソ言っていて聞き取れないが、私と契りを結びたまえーとか言ってるのは聞こえた。
魔法の完成にはまだ時間を要するだろう。時間稼ぎのつもりで、前会長に話しかける。
「あなたが……奴隷商売を……子供達を攫っていたの?」
彼は答えなかったが、代わりに見張りの男達が答えた。
「そうだぜ。俺らが子供達を攫ってきて、前会長が奴隷化する。そして闇市に売り飛ばし、手に入った金を山分けする」
「へへっ。お前は幾らで売れるかな」
私の身体を舐め回すかの様に見てくる。どうやらこいつらが、実行犯のようだ。
「お前達。余計な話をするな」
前会長が男達を諫め、黙らせる。そして彼は呪文を唱え終えたのか、魔法陣に手を加え出した。
この魔法陣が完成した時、私は晴れて奴隷になるのだろう。
その前に、先輩が助けてくれるといいんだけど……。
先輩の気配は全くしなかった。気配を完全に消されていたら、私には感知する事が不可能なので仕方のない事だが。
……見捨てられたのかもしれない。そんな不安な思いが一瞬頭を駆け巡った。
「ふうーー」
私は大きく深呼吸して、自分を落ち着かせた。今は先輩を信じるしかない。
私の身体は、お馴染みのロープで魔力を封じられているので、動けるようになっても逃げ出す事はできない。
ふと、目の前で作業している彼の名前が気になった。
「前会長、確か名前は……」
私が記憶を探り、前会長の名前を思い出そうと唸っていると、本人が自ら名乗った。
「ナルヴァ。ナルヴァ・ベルセインだ。これから主人となる私の事をよく覚えておくんだな」
ナルヴァと名乗った前会長は、確かロッゾの息子にあたる筈だ。私を上から見下ろす彼は、とても冷めきった目をしていた。
「なんで急に会長を辞めてこんな事をしているの?」
ナルヴァは手を止めた。話す気はあるらしい。
「簡単な事さ、赤字だったからだよ」
「赤字? 国内の殆どの食料品や日常品を流通しているベルセイン商会が?」
「あぁ。だから役所に破産手続きを申請していたんだが、突然一人の貴族様に声をかけられてな。儲け話があると話を振られて辿り着いたのが……」
「奴隷商人だったと言うことね」
彼は首を縦に振った。
「父の執務室を見たなら、分かるだろ? あの書類の殆どは、借金の返済を催促するものばかりだ」
私は見ていないが、部屋を散らかしていた先輩が気付かなかった筈がない。
私に敢えて黙っていたと言うこと?
「流石に、表の仕事と裏の仕事を両立させるのは、俺には難しかったからな。父に頼んでもう一度会長をやってもらっていたのさ」
ロッゾは自分の息子が、悪事に手を染めている事を知っていたから、私が刃を向けたときも諦めきった顔をしていたのか。
自分も悪事に加担しているという自覚があったから。
ナルヴァが犯罪を犯してでもこの商会を守りたかった理由はなんなのだろう? この商会が市の中心だから? それとも何か特別な思い入れがあるのか?
少なくとも、元々悪い人であった訳じゃないのは確かだ。悪事に手を染める前までは、市民の生活を第一に考えていたのだから。
値上げした理由も、借金返済の為だけに上げたとは思えない。何か他に理由があったんじゃないのか?
それは少し話を振り返ってみれば分かることだった。
彼に、この仕事を持ってきた貴族に何かあるのではないかと。
「さっき言ってた貴族の人に、何か要求されたんですか?」
ナルヴァの眉根がピクッと動いた。
「何か言われたんですね」
少しの間、私達の間に沈黙が流れ、やがてゆっくりと口を開いた。
「売り上げの半分を寄越せと言われた」
「なっ!」
それ、よくよく考えれば、全く商会の利益になってない事になる。そりゃ、奴隷を売って大金を稼いでも、借金がなくならない訳だ。
貴族に渡す金の方が多いんだから。
「貴族に交渉しなかったの? そしたら、少しは……」
「一度は言ったさ。そしたら、奴隷の取引を仲介しないと言われたんだ」
それって……奴隷を買いたい者と貴族は完全にグルだよね。
「ねぇ。目利きの商人であるナルヴァさんだったら、取引先と貴族が繋がっている事に気付かない筈がないですよね?」
「……あぁ」
ナルヴァは短く答えた。その顔は、私がロッゾに向かって、短刀を突きつけた時に見せた、全てに対して諦めた様な顔と酷く酷似していた。
「なんで、そこまでして……」
私はなるべく、彼を刺激しないように問いかけた。そうまでして、商会を続けようとする理由に私は少し興味があった。
確かにベルセイン商会が潰れたら、帝国の市場は大混乱するだろう。でも今までの話の経緯から、それが理由とは思えない。
「それは……」
上手くナルヴァの思考を誘導しつつ、腰のアイテム袋から予備の短刀を取り出し、少しずつ縄を切り、逃げる隙を窺う。
このロープは、城で私を捕縛した時のロープよりも、細いのでなんとか切る事が出来そうだ。
だが、彼の本音を最後まで聞くことまでは叶わなかった。彼の部下に邪魔されたからだ。
「ナルヴァさん! 俺達に注意しといてなに長々と話してるんですか!! 早く儀式終わらせて、俺達に寄越して下さいよ」
「あっ、あぁ。すまなかったな、いま終わらせる」
ナルヴァは私から視線を外すと、手早く作業を終わらし、短めのナイフを取り出した。
刀身もそこまで長くなく、鋭くもないので、斬られても致命傷を受ける事はないだろう。
私を傷つける物だとばかり思って警戒していたが、ナルヴァは自分の左手の人差し指の指先に刃を押し当てた。
そして指先から流れる血を一滴、魔法陣に垂らすとナルヴァによって、書かれた文字から光が滲み出し、魔法陣の中心にいる私を囲むようにして魔法が発動した。
契約魔法の一種だ!
本でしか見たことなかったし、魔法の発動方法も奴隷バージョンになっていて分からなかったが、どう見てもこれは契約魔法の一つだ。
本で見たのと同じ光景が、今、私を起点とした周りで起きている。私はかなり焦った。このままでは、本当に奴隷にされてしまう。
「――っ!」
私を奴隷化させようとしている、ナルヴァの顔は酷く辛そうに見えた。ゆっくりとその唇が動き、すまないと呟いた。
「先輩のバカ! 後輩がピンチだというのに、助けに来てくれないって……この薄情者!!」
私は声の限り叫んだ。先輩が聞いてるからどうかは別として、文句の一つでも言わないと気が済まなかったから。
捕まったのは、確かに私の自業自得なのだが、それにしても一度失敗したくらいで、見限らなくてもいいんじゃないか? いや、正確に言えば失敗を犯すのは、二度目になるのか。
私の身体に文字が刻まれ始め、全身に激痛が走る。
「ぐぅっっ〜〜!」
だがその時、魔法陣の光が途絶え、急に体が楽になった。
そして、聞き覚えのある声が、私の事を罵倒してきた。
「誰がバカで、誰が薄情者な先輩だって〜? もう一回言ってごらん、先輩の言いつけもろくに聞けない愚かな後輩君!」
この腹が立つ口調に、幼子の様な愛嬌のある声。起き上がり、周りを見渡すとフードを深く被った先輩が魔法陣の側に立っていた。
一体いつからそこに……さらに先輩を観察すると手には粉? 液体? みたいな物が入っていたであろう、中身が空になった、小さめの容器を持っている。それで魔法を止めてくれたのかな。
私が、空の容器を見ている事に気づくとドヤ顔で説明を始めた。
「ふっふー! どうだ驚いたか! これはジークが発明した魔道具で「何の魔法でも発動を止める液」だー! 名付けはこの僕さ!」
いや、そのまんまじゃん!
「でしょうね。如何にも先輩らしいセンスですから」
どうやらこれが先輩の言っていた暗殺者が使う特殊な道具の一つなのだろう。
幾つあるのかは、知らないけど。
先輩がナルヴァ前会長と男達に目を向けた。彼等も彼等で急に現れた先輩に驚くのと同時に、契約魔法が失敗した事に驚きを隠せないでいる。
後者の方が、衝撃は大きいだろう。なんせ、発動中の魔法を止めたのだから。
これが普通に出来てしまえば、どんなに強い魔法を使える人にも、簡単に勝てる可能性が出てくるからだ。
先輩が男達を睨みつける。鬼だ。
「僕の大切な後輩に怖い思いをさせた事、後悔させてやるぞ!」
私は口には出せなかったが、心の中でこう思った。
ギリギリまで助けに来なかった先輩も悪いんですからね!
ここまで読んで頂きありがとうございました!!
貴族や冒険者、時には一国の王族など、様々な身分の者がそれぞれの事情を抱えて、暗殺者の道を選んでいる。元貴族のエトもその内の一人。
だが、世間一般の認識は、職を失った平民や盗賊崩れの者が暗殺者の大多数を占めていると思われているが、実際は平民は殆どおらず。その理由は厳しい職業な為、並大抵の人は生き残れないからだ。
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