40.任務失敗
私は、家を出て、そのままベルセイン商会へと徒歩で向かった。
ベルセイン商会は、町の中心にある大きな建物で、普段の買い物の時にもよく通っている。逆にアベルタ商会は、一つの大きな商会ではなく、小さな店舗を帝国のあちこちに出店させている商会だ。
武器の品質はどこも同じだが、冒険者達にとっては安くて、丈夫な上に、斬れ味も良いと評判らしい。なので売れ行きで言えば、どっこいどっこいなんだとか。
ここ帝都は、周辺諸国との境界線であり、争い事や揉め事が起きやすい。そして魔物の出現率も他国に比べればやや多い。
王国から、帝国に移ろうとする、冒険者達の気持ちも分かる。
ちなみに、冒険者ギルドはどこの国にもあるため、ギルドカードを掲示すれば、特に精査されず入国出来るらしい。
私はジークと共に裏口から入ったけどね。
どこの国でも、魔物から国を守ってくれる冒険者は、幾らいても損はないので、国は特に規制はしていないらしい。
一応、移動する時は自分が所属している、ギルドに、一言言う必要はあるけど。
帝都の冒険者ギルドが人気な理由は、もう一つあって、単純にここのギルマスは若くて、たいそう美人な方らしいのでそれに釣られて男共がやって来ているのだそうだ。
男に詰められて大変そうだな。でも、ギルマスだから意外に……毎晩、とっかえひっかえで楽しんでいるのかも。
まっ昼間から、卑猥な想像を頭の中で、膨れ上がらせながら歩いている。健全な15歳の美少女は、目的の建物についた。
私が美少女じゃないって? いや、どっからどう見ても美少女でしょう。
私の事を可愛くないと思う奴は、眼が腐ってらっしゃるのだろうな。
死んだ魚の様に。
とりあえず目的の建物を一回りし、作戦を考える。
さすがに真っ向から忍び込む程、私は馬鹿ではないので、偵察と称した潜入を試みる事にした。
勿論、平民の服装で……殺せそうだったら、階段からでも突き落として殺そう。
そんな安易な考え方をしていた。
そして、失敗した。
まず、商会の中に入れない。中に入れるのは商談のある人か、商会の人だけ。
私の様な平民は、身なりを見るなり、門前払いだった。
むむっ。まさか、この私が初歩で挫けるとは思わなかった。
どちらにせよ暗殺する時は、ここに侵入しないといけない為、今の内に中の構造を把握しておきたい所だ。
という事で裏門にやってまいりました。
「お兄さん、お兄さん。ここで働いている者の、家族なんですけど……パパがお弁当を忘れちゃたみたいで、忙しいママに変わって、私が届けにきたんだけど、入っちゃだめでしょうかー?」
私はあどけない笑顔で近づき、見張りの人であろう二十代後半くらいのちょっと小太り……デブに間延びした声で、声をかける。
怪しまれないようにしっかりと内容は考え、平民のまだ幼い女の子を演じてみせた。
気を付けなければいけないのは、口調だ。貴族として厳しく躾けられてきた為、気を緩めるとうっかり丁寧な言葉遣いになってしまう。
男は、私の全身を上から下に、舐めまわすように見てきた。
「うーん。今ね、ここに部外者を入れてはいけないと、きつく言われてるんだよ。お父さんの名前を教えてくれたら、ボクが渡しといてあげるよー」
うわ、このデブ、ボクとか言いやがった。渡したら絶対に自分が食べるつもりだろ。まぁ、この弁当は買ったものだから別にいいんだけど……いや、弁当が可哀想だ。
やっぱり私みたいな美少女に、食べてもらえる方がお弁当さんも嬉しいよねー。
え? 嬉しくない、そんな事言っちゃいけません!
「えっとー。知らない人に名前を教えるのも、お弁当を渡すのもママからだめだって言われてるんです。本当にちょっと入れてくれるだけでいいんです、お願いします!」
私が、うるうると涙ながらに訴える。
そんな考える素振りしなくていいからさっさと入れろデブ!
「ボクが入れてくれなかったら、君は困る?」
なに言ってんだコイツ。困るに決まっているだろう。
「それは、私もパパも困りますし、ママに怒られちゃいます」
何やら、デフの顔が醜く歪んで見える。いや元からか。
絶対ろくでもない事考えてるな。
「この後、ボク休憩入るからさ、その時ちょっと付き合ってくれるなら通してあげていいよ」
ほら、ろくでもない事だった。
「付き合うって、どういう事ですかー?」
「ボクと宿に行って、そこで少し遊ぶだけだから、全然怖くないよ」
もう、その顔が怖いよ。欲望まみれの顔を近づけんな……蹴るぞ。
「うーん。知らない人と、どっかに行くのはちょっと……」
「大丈夫、大丈夫。痛くしないから」
何をだよ!! いや、分かるけどさ。こいつ、私が何も知らない初心な子だと思って、軽く見やがって。
私が脳内でぐちぐち言ってると、デブが私の肩に腕をまわしてきた。
うっわー。汗臭、ベトベトする。
「ちょっとやめて下さい、離して下さい」
「そんな事、言うなって親御さん悲しむぞ」
なんで、断ったら両親が悲しむんだよ! やばい、もう任務とかそれどころじゃない、こいつぶん殴りたい。
「ジンス何やってんだお前!! また、女の子に手を出してるのか」
「げっ、先輩。そんなことしてませんって。ちょっとこの子が、無理言ってきたので家に帰してあげようかと思ってただけで……決してやましい事は」
「うるさい! 言い訳は後にしろ」
いいタイミングで上司が来てくれた。助かったぜ。
デブは焦りだし、私から腕を離してくれた。
いま、左手で私の太腿触ってたよね? 気のせい……いや気のせいじゃないよな。――よし蹴る!
ゴッチーンといい音がして、デブはちょっと凛々しい男の人に頭を叩かれた。
良い天罰だ。
「うちのバカがすまなかったね。所で何用で来たのかな」
「えっと、それはね……」
「働いてる親父の、弁当を持ってきたんだとよ」
私が答えるより先にデブが答えた。
「お前に聞いたんじゃないんだが……。あー、お父さんの名前なんて言うのかな? 申し訳ないけど、ここから先に入れるわけには行かないから、こっちで届けさせて貰う」
「あの、自分で……渡したいのですが」
「なっ、先輩。全然言うこと聞いてくれないんだよ」
「それはお前の態度が悪いからだろ! 少し黙ってろ」
「はいぃー」
上司さんはしゃがんで、私の視線に合わしてくれる。私の背は平均だが、この人は普通の男の人よりずっと大きい、私と一緒くらいのデブとは大違いだ。
「ごめんね。規則なんだ、お父さんの名前教えてくれる?」
「えっと……」
まずい不味い。他の人達まで集まり始めてきた、これは適当な、嘘を言って中に入れても、ついてくるやつだな。
「もしかして……別の用件か?」
私が父の名前を中々言わず、それを訝しんだ上司さんの声のトーンが下がる。
「きょ、今日は帰りますね。また明日来ます」
私は、サッと後ろに方向転換し、その場から離脱を図る。
「あっ、ちょっと待って。怖がらせてしまったならすまない。少し話を聞かしてくれ」
「いいえ、遠慮します」
私は振り返りもせず、遠慮すると口にして足早に去った。
◇◇◇
「はぁっー。まさかここまで上手くいかないとは」
これは、大人しく先輩を頼るしかないのかもな、あの人も本当は出来る人なんだから……でも謝りたくない。
「あれ〜。えほひゃんじゃん」
「………先輩何してるんですか?」
「ひゃべあるき」
先輩のお口には、お肉が、手には串焼きを何本も持っていた。
「いひゅ?」
「いりません。仕事中ですから」
「ひゅごとひょうなってゅ?」
「すみません。何言ってるか分からないので、食べ終わってからにして下さい」
先輩はもくもく、ごくん。と呑み込んでお茶を飲んだ。
「ひゅごとひょうなってゅ?」
「いや、なんで何にも変わってないんですか」
「冗談、冗談。仕事どうなってる?」
ちょっとムカつく。
「見れば分かる通り全く、上手くいってませんよ」
「まぁ、そうだよね。後つけられてるし」
「えっ?」
「走るよ」
先輩に手を引かれ、露店街を走り抜ける。
「ほら後ろ見てご覧」
指をさした方をみると、男性二名が、人をかき分けて、こちらに向かってきている姿が見えた。
嘘でしょ。 商会に行った時、私の周りにいた人だ。
「……このバカ」
黙って走っている先輩にバカと言われたが、怖くて先輩の横顔を見る事が出来なかった。
先輩の言葉に少し怒気を感じたからだ。
私と先輩は路地に入った。
「ここで待ち伏せするよ、いいね?」
私は黙って首を縦に振るしかなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!!
次回は先輩がカッコよく見える? 回になるかもしれません、
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