もしもあの時シズルを選んでいたら…… 後編
シズルと結ばれた日から丁度5年後。
世界から魔物は駆逐され、魔物を完全に根絶したという趣旨の声明が政府から発表された。
政府とはルシア先生とティナ様が帝都を拠点に立ち上げた新政府の事で、二人のお陰で国や街の治安は著しく向上し、スタンピードが起こる前と比べてずいぶんと平和な世の中になった。
各国との関係も回復し、現在は協力してスタンピードによって被害を被った街や村の復興作業に重きをおいているのだという。
ただ、魔物がいなくなった事で、共通の敵がいなくなり、各国がお互いの利益のために睨み合う時代が再び来るかもしれないと先生は言っていた。
人の欲望は際限を知らない。いつまた、第二、第三の魔王が生まれるやもしれないのだ。
ガルディア宰相もまた、二人に誘われて新政府に身を置き、その手腕を国の復興に惜しみなく注いでくれているが、最近は特に忙しいようで、日に日に目の隈が濃くなって来ているので心配だ。
そんな中、私は国を離れ、シズルと共に故郷の地へと戻ってきていた。
ここには沢山の思い出が詰まっている。楽しかった記憶、辛かった記憶。そして両親の墓も……。私たちの原点であり頂点である。
シズルと二人で暮らす事になった時、ここ以外考えられなかった。それは彼女も同じ気持ちだったらしく、とんとん拍子で帰郷する事が決まり、その分の仕事が宰相に回っているので少し申し訳なく思う。だけどそこは新婚なので大目に見てほしい。
(思えば、色々あったなー……)
あの日から少しして、私たちはティナ様から新たな爵位、【伯爵位】を貰い、その2年後に故郷の小さな教会で結婚式を挙げた。式そのものは慎ましやかなものだったが、そこにはアルマやジーク、フリーダ達といった面々が訪れて、私たちの事を盛大に祝福してくれた。
『エトちゃん。シズルちゃん。あのね……』
式の後、組織の上下関係を定めたり、街の復興を優先したりと国の体制を整えることに注力していたティナ様から、同性婚の法的整備を後回しにしてしまい申し訳なかったと謝られた。
過度な改革は予期せぬ反感を呼ぶ。私たちもそれは理解していた。
だから謝る必要はないと告げるとティナ様は可愛らしくはにかんだ。
『ありがとう――』
……この人にも是非幸せになってもらいたい。なんなら一妻多妻にして貰ってあげたい。
でもそれは出来ない。今私が寄り添うべき相手はシズル一人。これからは今まで寂しがらせちゃった分、彼女のために生きようって決めてるんだから。
繋いでいた手に力を込めると、わたしの素敵なお嫁さんはどうしたの? とでも言うように顔を向けた。
言ってあげないとね。何度だって。心配させないように。
『シズル。これからもよろしくね。大好きだよ』
『ふふっ。こちらこそ大好きよ、エト――』
『『ん』』
『あ』
向かい合ったシズルとキスをした。柔らかくて温かい、そんなキス。毎夜行われる激しいものとはまた違った感触だ。
何度も交わした筈の唇なのに、こんなにも感じ方が全然違うのはなぜなんだろう? 単に夜は雰囲気とテンションに流されているだけなのだろうか?
そんな疑問を覚える。
キスを終え、唇を離す。唾液が橋を作っていてそれを見たティナ様がボッと顔を真っ赤にした。もう、目の前でするのはやめてよ……と顔を赤らめながら視線を逸らしたティナ様の仕草はとても初々しいもので私たちは大満足だった。
◇◇◇
私とシズルが結婚してから3年後の今。未だ同性婚に対する世間の風当たりは強い。
仕方のない事だと分かってはいたが、やはり受け入れられない人の方が現状多いのだ。
年々同性カップルは増えていってると聞くので、私たちがおばあちゃんになってる頃には普通になっているかもしれない。
もう一つ大きなニュースがある。今から2年前。ティナ様が政府の指導者の立場を降りた事だ。
理由は聞かされていない。
ただ彼女の代わりとして妹であるカノン様が就任した。ティナ様は引き継ぎの仕事も多いので隠居まではしないものの、これからはカノン様の補佐役に徹するのだそうだ。
あの戦い以降、姉妹仲はすこぶる良い。その内、姉妹結婚を発表する日も近いかもしれない。その時はシズルと一緒に盛大に祝福しようと思っている。
(羨ましいっていう気持ちはちょっとあるけどね……)
振ったのは私だが、それでも彼女の事は好きだった。それはもう一人の少女も同じだ。
アルマ先輩はイリアさんとクロエと一緒に政府の暗部に身を置き、バリバリ働いているのだという。三人とも当分誰かと結婚する気はないらしく、同じ屋根の下でよろしくやってるらしい。
三人の仲が良いようで何よりだ。一番泣いていたのがアルマだったから、メンタル的に心配だったのでそのケアをしてくれた二人には感謝している。振った本人が慰めるわけにもいかないからね。
(あの時のアルマ。悪い人にすぐ唆されちゃいそうな顔してたから……いつもの元気なアルマに戻って本当に良かった)
彼女とは1ヶ月に一度は会うようにしている。もちろん暗部としての人間ではなく、普通の女の子として。嫁からも許可はもらっている。
最後の戦いを生き残ったライオットは英雄としてカノン様の名の下、騎士団長に就任し、今では沢山の部下に好かれていた。
ヨハンもメリティナと交際を続け、来月結婚式を挙げるという。シズルと二人で行くと決めている。私たちにしてくれた何倍もお返しするつもりだ。
マチルダさんはジークと結婚し、二人の子供を産んだ。長女はもう二人のことをパパ、ママと呼んでいる。私たちも一度会いに行ったが、二人ともまだよちよち歩きでとても可愛かった。
可愛いといえば、ミザリーとフリーダの子供達も超可愛かった。なんなら既に顔が完成している。美少女過ぎる! 正直将来色んな女の子を引っ掛けそうな未来が見えて心配になるくらいだ。
女同士で子供を作る事は不可能とされていたが、カトレアさんが同性同士でも子供を作れる薬を発明してくれたお陰で、愛し合う者同士で子供を授かれるようになった。
カトレアさんの長年の研究が、身を結んだ瞬間だ。
そしてそれを一番最初に試したのが、誰であろう私たちだ|。
あの二人は子供が出来てからも現在進行形でラブラブで、フリーダは三人目の子供を身籠っている。そこから察するに、夜の攻めはミザリーで、受けがフリーダなのだろう。ちょっと意外だ。
もちろん私たちも二人には負けないくらいラブラブだけど、子供が出来たら流石に……ってなる。
「そろそろ準備が終わる頃かな」
私、エト・カーノルドとシズル・カーノルドは領民のいない名ばかりの領主だが、王族姉妹の庇護下に入っているため、政治に関わらず穏やかに暮らすことが出来ていた。
家は新しく建て直した。二階建ての普通の一軒家だ。
今はここで家族三人仲良く暮らしている。
娘は今年で3歳になる。名前はルルエン。私に似て、髪は緑色。瞳はシズルと同じ碧色をしている。ツインテールが特徴の快活な子だ。
1ヶ月に一度会うアルマの事は近所のいいお姉ちゃんという認識のようで、アルマも娘の事を自分の子供のように可愛がるので私も嬉しい。
シズルの料理の腕はどんどん上がっていて、今では王宮で料理人達の指南をしているレベルだ。
今日もピクニックに行くという事で張り切ってお弁当を作っている。シズルはもう少し自分の体を労ってあげてもいいと思う。
そんな事を思っていると、家からヨロヨロとした足取りの子供が出てきた。歩くたびに揺れるツインテールが可愛い。
「ママー重いよ〜。あ、ルル、お母さんからの伝言伝えるね。荷物運ぶの手伝ってだって。早く来ないとおこるって言ってた」
「お母さんが? それにまたこんなに一杯作って……貸して、ママが半分持ってあげるから」
「ううん。いいー。ルル、自分で作った分は自分で持つー」
この歳で娘はシズルの料理を手伝っている。将来はさぞ料理上手になるだろう。ううっ、この子がお嫁に行く姿なんて想像したくない。
「そっか、偉いね。転ばないように気をつけるんだよ」
「うん。ママも早く行ってあげて。お母さんおこるとすごくこわい」
「そうだね。とっても怖いよね」
家の中で一番強いのは嫁だ。シズルが怒ると、私と娘は小さくなって正座し、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
妻にはどうにも頭が上がらなかった。
「本当に半分持たなくていいの? 危ないよ?」
「ううん。ルルはもうりっぱなおねえさんになるんだから大丈夫ぶー。だから安心して」
「分かった。じゃあ先に丘の上に行ってて。お母さんと一緒に遅れて行くから勝手に動かないでよ」
「うん。ルル先に行ってるー!」
娘がまたヨロヨロと歩き出す。やっぱり心配だったので防御魔法をかけておいた。
家の方を見ると、丁度シズルが戸締りをしている所だった。
両脇に大きな籠を抱えている。
「ママー! ルルは平気だよー!」
どうやらうちの娘はこの歳で魔法が扱えるらしく、身体強化をして既に丘の上まで辿り着いついていた。
「まったく、誰に似たんだか」
私は娘に小さく手を振りかえし、お腹を大きくしたシズルの元へ小走りに向かうのだった。
ルルエンを産んだのは私。次の子を産むのはシズルだ。
「エト〜!?」
「シズルー今行くー! そこ動かないでー!」
――私の大好きな彼女。世界で一番愛しているよ。ずっと、ずっと……永遠に。
新しい命が誕生したのは、それから1ヶ月後の事だった。
濃厚百合エンド。
ルルエンの名前の由来は正史ルートでお披露目。
皆さんも考えてみて下さいね。ヒントは“4文字”




