104.ティナの覚醒と魔王の誕生
「エトちゃん……お姉ちゃん……みんなぁ〜」
第一王女の部屋には、沢山の資料が転がっていた。それらは全て、彼女を絶望させる為に用意された物だ。
資料の中には捏造されたものも多くあったが、本当の事も書かれていた。そして外の情報を知る事が出来ないティナにとって、それは唯一の情報源だった。
最初はもちろん信じていなかった。しかしユアン達は、毎日のように新しい資料を持ってやってきた。
(みんなが死んだなんて、うそ……うそだよ)
記事の内容は、到底受け入れ難い内容だ。一度受け入れてしまったら、二度と立ち上がる事は出来ないだろう。
(負けたく……ないのに)
強気な彼女の心も、時間が経つにつれ『絶望』に蝕まれ、折れかけていた。
「う、えぐっ……ぐすっ」
泣いても事態が好転しない事は、彼女自身もよく分かっている。
「でも、私に出来ることなんて……何もないよ」
彼女の手には、自分の持つ力の正体が事細かく記された資料が握られていた。
ティナも時を同じくして、ユアンからその身に宿る力の存在と『不滅』の正体を教えられていたのだ。
(――この力を使えれば、お姉様……ううん、カノンとエトちゃんを追い詰め、殺した、ユアン第一皇子を倒せるかもしれない)
そんな考えが一瞬頭をよぎる。しかしすぐに首を横に振った。
(私がこの力を扱いきれる保証はない……だって、この資料によれば、一度私は暴走して、色んな人に迷惑をかけたから……そして私はその事実から逃げるように自身の記憶を失った)
その時、どこからか声が聞こえてきた。
――記憶を返して欲しいカ?
「――っ!? だれ? 誰なの?」
――我はお前たち王家の一族に、『不滅』と恐れられているものダ。あの小僧に教えられているとは思うが、我はお前の先祖ダ。そして我の力を使えば、あの小僧も赤子同然よ。
「こぞう? ユアン第一皇子の事?」
――そうだ。我を解放しろウルティニア。さすればお前に力を貸してやろウ。
「……『不滅』のいう事なんて、信用できない!」
――……そうか。なら、信頼を得るためにも、お前の記憶を戻してやろウ。
「私の記憶を? あなたに出来るの?」
――我を誰だと思っていル。我はお前の中にいるのダ。記憶を呼び起こす事など造作もない事ヨ。
「……ならやって。私も知りたいの。私の知らない私を」
――いいだろう。記憶を呼び起こした後、我を解放すると誓うのならナ。
「あなたは解放しない。私はあなたの力だけを借りるだけのつもりだから」
――ふん、お前に我の力を制御出来るのカ?
『不滅』がそう言い終えた瞬間、ティナの頭に激痛が走った。
「いたっ!! いたいいたいいたい!! 頭が割れちゃう!!」
――死ぬ事はなイ。意識を集中すれば見えてくる筈ダ。お前の知りたかった事がナ。
◇◇◇
脳裏をよぎるのは、王宮の庭を散歩する幼い頃のウルティニア。
そんなウルティニアの後を追うようについてくるのは、妹のカノンだった。
『ティナお姉ちゃーん! 待ってよー!』
『カノンー! 早くしないと置いていっちゃうわよ』
お付きのメイドが、仲睦まじく遊ぶ幼いお姫様達を見て、にこやかに微笑む。
『ウルティニア第一王女様とカノン第二王女様は、本当に仲がよろしいですね』
『うん。カノンは私の大切な妹だから。それに、大切なのは貴方もよ』
『私の事もですか?』
『うん。エトの事も絶対守るよ! だって私の国の民なんだから。民を守るのは君主の役目だもの』
『それは……嬉しいですね。それならまずは、算術のお勉強からして頂きましょうか。何事も教養がありませんと。ささっ、参りましょう。先生がお待ちです』
『え、もうそんな時間? 分かったわ。カノン、お姉ちゃんはお勉強があるから、先に部屋に戻っているわね』
『分かった! 私はまだ遊んでるね!!』
『ほどほどにしておきなさいよ』
『はーい』
◇◇◇
妹とメイドとの何気ない会話や日常が想起する。それはウルティニアが事件以来、失っていた記憶だった。
(ああ、そうだ。全部思い出した。私はシュトラス王国の第一王女、ウルティニア・シュトラス・ディスペラー。そして、小さい頃の私の専属メイドの名はエト・アレイスター。今、カノンのメイドをしているのはエト・カーノルド。……私のメイドはあの事件の時、私の力に巻き込まれて消滅した。暴走する私にみんな近寄れなくなってる中、エトだけは最後までそばにいてくれた。絶対守るって言ったのに、彼女の存在を私の手で消滅させた。そして今度は、カノンのメイドもユアン第一皇子の策略で死んだ。私は守るって誓った相手を二度失ったんだ)
――解放の仕方はもう分かるな?
ユアンへの怒りが絶望を凌駕し頂点に達する。彼女は本能の赴くままに『不滅』の力を解放し、行使する事を決意した。
ウルティニアは目を閉じ、内なる自分をイメージする。
『不滅』は彼女の奥深い場所に閉じ込められていた。扉の前には鎖が何本も連なって、彼女の歩みを邪魔していた。それは扉も同様だった。
ウルティニアはその一本一本を外していき、頑丈に閉じられた扉に手をかける。扉を塞ぐ鎖に触れると、それは簡単に壊れた。
(簡単に壊せる……)
何本かの鎖は既に解けていた。賢者の施した封印は何年も時間が経ち、力を増す『不滅』の力に耐えきれず破れかけていたのだろう。
最後の一本の鎖を解くと、扉から一気に暴風がなだれ込んできた。
「――うっ」
現実に引き戻される。全身から力が溢れ出していた。
(これが不滅の力? でも、前みたいに暴走する気がない。これなら制御でき――)
そう思った矢先、全身に鋭い痛みが走った。そして、身体中が重苦しい魔力に包まれる。
「ぐうっ!?」
重みに耐えきれず膝をつく。そんなウルティニアを高笑いする様に彼は現れた。
「ははっ、ようやくか! この時を待っていたぞ!! 僕の元に来い『不滅』! 僕ならお前の求める世界を作り出してやる」
ユアンが後ろに立っていた。それに気付いたものの、振り返る暇もなく胸を貫かれる。
「――っ、いつの間に後ろに……あ」
自分の力が抜けていく感覚と、痛みが和らいでいく感覚を同時に覚えた。
「ははははははははっ! これはいいぞ、体の芯から力がみなぎってくる!!」
戦えない彼女にも、ユアンが自分の力が奪い、強大な力を手に入れた事だけは分かった。
(エト、カノンごめんなさい。私は貴方達の仇を取れそうにない。結局私は、ユアンに利用されるだけ利用されてしまったわ……こんな不甲斐ない姉で……ごめん……ね)
ティナは全てから逃げるように目を閉じた。
その日、世界に絶望が誕生した。
その名は――魔王ユアン。
『不滅』の力を吸収し、魔物を自由自在に操る力と神にも匹敵する能力を手に入れ、多くの惨劇を巻き起こす最悪の存在であった。
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