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97.ガルディア帝国

エトの表の職業は、アルマと同じ職場になっております。

 夜明け前。


 こっそり布団を抜け出し、支度を終えた私は、事前に用意しておいた手紙を先輩が気付く所に置いた。


 ベッドの中では、睡眠薬でぐっすり眠った先輩が寝返りをうっていた。



「うにゅー……えとぉぉー……」



 その手は、そこにいるはずの後輩を探っているかのような手つきだった。

 あの位置だったら、確実に揉まれていたであろう。



「……アルマ、ごめんね」



 ジークから貰った睡眠薬を昨日の夕食時に混ぜておいた。

 だから今はぐっすりだ。きっと朝まで起きてこない。


 先輩は、ここぞという時に勘が鋭い。


 だから出発前にバレる恐れがあった。


 きっと、事情を話しても、先輩は行かしてはくれない。私が向かう場所が危険だと分かれば、身体を張って止めに来る。もし、私が強引に向かったら、先輩は絶対ついてきてしまう……と思うのは私の思い上がりだろうか?


 いいや、先輩はきっとついて来る。


 それだけは……避けたい。これは私の運命。先輩が背負うべきものではないから。


 すやすやと、気持ちよさそうに眠る先輩を見るのも今日が最後になるかもしれない……そう思うと、ほっぺにちゅうくらいは、してやってもいいのかもと思う。


「…………」


 悩んだ末に、少し頭を撫でるだけにした。もし、ちゅうして起きられたら、それこそ気まずい。


(あ、来たみたい)


 窓の外を覗く。家の前には、馬車が一台止まっていた。ジークが手配してくれたものだ。


 さて、行こうかとベッドの脇から離れようとしたら、誰かに腕を掴まれ、ベッドに引き摺り込まれた。


「うわぁっと!」


 引き摺り込まれた先、ベッドの中。私の顔のすぐ隣に先輩の顔がある。息遣いもよく聞こえる。


 全体的に小顔な先輩は可愛い。


 そんな先輩が頬を膨らませて、こちらをじっと見ていた。


「むぅ。本当に最後だと思ってるなら、ほっぺにちゅうくらいはしてもいいと思うんだけど」

「え……先輩なんで?」


「心を読んだんだよ」


 ありえない事だった。先輩は睡眠薬でぐっすりの筈なのに……。


「えっとそうじゃなくて……」


「ん? ああ、エトが行くところは、僕も一緒に行くよ。エトだっていつだったか、似たような事を僕に言ってくれたでしょ? それは僕も同じだよ」


 それはどうして起きているのかという疑問だったのだが、先輩は違う意味に受け取ったようだ。

 でも、先輩の意思は固そうだった。


「先輩……今から行くところは危険なんですよ? 分かってます?」


「分かってるからこそ、エトを一人でなんて行かせないよ。そのために、ジークに薬を入れ替えるよう頼んだんだもん」


「そういうことか……」


 ふふんと先輩が、得意げに語る。


 どうやら私が先輩に盛ったのは睡眠薬ではなく、逆に眠れなくなる薬だったらしい。お寝坊さんの先輩が起きれたのも納得だ。


「僕も行くからね」


 その真っ直ぐな瞳は、私の奥底を見通しているかのようだった。そのせいで、私は何も言えなくなってしまう。


 正直、今言い合いで先輩に勝てる気がしなかった。


「……じゃあ早く支度して下さい。下で待ってますから」

「――うん!? 絶対待っててね! 置いていったら許さないから!!」


「置いていきませんって……」


「さっき僕が腕を掴むまで、まさに置いていこうとしていたくせに!」


 先輩がベッドから出ると、バタバタしながらお着替えを始めた。その着替えをしばらく眺めていたら、追い出されてしまったので、仕方なく馬車の中で待つことにした。



「結局、こうなっちゃったか」



 誰に向けたわけでもない言葉を馬車の中で呟く。少し嬉しかったのは先輩には内緒にしておこう。まあ、固有能力でバレてるかもだけど。


 本当は嬉しかったから、こんな簡単に引き下がったのかもしれない。



◇◇◇



 馬車の隙間から外の景色を眺める。


「……見えてきた」


 宰相ブラン・ガルディアが王となり、ガルディア帝国と改名した元シュトラス王国は、国のトップが変わっただけで、人々の生活はあまり変わっていない。むしろ、街道が整備されていたり、国民一人一人に生活必需品が配られるなど、前の政権より良くなった部分が多く、民からも反発は少なくなっていた。


 元より宰相は国に長年仕えてきた為、民からの信用もある程度はあった。彼がした事に対し、本当に正しかったのかと異議を唱える国民も多かったが、それも今になっては少なくなった。彼の手腕は本物だ。半年足らずで、国を再編、まとめ上げたのだから。


 このシュトラス王国、いやガルディア帝国は他国の技術を吸収して、あの日からかなりの発展を遂げていた。


 ただ一箇所を除いて……。


「着いた」


 そう、カーノルド家の領地。ディカイオンによって町民が皆殺しにされた地域だ。


「ここがエトの実家……?」

「そうです。すみません。少し寄りたいので止まって頂けますか?」


「あいよ。旦那から、お金を大量に頂いてるからな、その分は何時間でも待っててやるよ」


「ありがとうございます」


 どうやらジークは、私がここによる事も見越して、御者さんにお金をあらかじめ渡しておいてくれたらしい。


 屋敷の近くに馬車が止まると、先輩が元気よく飛び出した。


「よいしょっと!」


 先輩がうーんと腕を伸ばす。ただ乗っているだけというのは、先輩にはさぞかし退屈だったろう。


「行きましょうか」


 私は荒れ果てた領地を歩く。



「変わってない……」



 あの日から何一つ変わっていない。変わっているとすれば、親切な人が掃除してくれたのだろうか、門周りが少し綺麗になっていた。

 しかし、瓦礫の山となった屋敷は今なお残っている。


 この領地に住んでいた人達はみんな殺されてしまった。最低限、その遺体は弔われたみたいだが……私は領主として領民を守れなかった。領民は今でも夢に出てくる。なんであの時、もっと早く助けに来なかったのだと。


 夢の中で私は責められ続けた。



「みんなの、お墓参りにも行かないとね……」



 門の前に立つ。この先にジークと作った両親の墓がある。


 足が重い。前に進みたいのに、進もうとしてくれない。


「エト……?」

「だ、大丈夫……」


 心は決まっている。でも、足が中々動いてくれなかった。


「…………よし、ぎゅってしてあげよう」


 中々入ろうとしない私を見て、先輩が動く。


 スッと先輩が私の後ろに立ったかと思うと、背中に温もりを感じた。 



「あ――」



「――大丈夫。僕がついてるから」



 先輩の声を聞いた私の身体は、急に軽くなり、一歩、門の中に足を踏み入れる事が出来た。

今日から第4章となります。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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