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「うわあぁーっ!」
会社から自分のマンションに帰っている途中、
春の風に乗って桜の花びらが舞う中、微かに叫び声が聞こえた。
「?」
あたしは足を止めて周りを見回してみた。
しかし、特に変った様子の人はいない。
(気のせいか……)
そして、再び歩き出そうとした時―――、
「助けて〜っ!」
また声が聞こえた。
しかも今度はもっと近くから声がする。
「ここだよ〜ぅ」
弱々しい声。
(え、どこ?)
キョロキョロと今度はもっと目を凝らして見るけれど、
声の主が見つからない。
「もっと上見てー」
(……上?)
あたしは声の通りに上を見上げた。
すると、目の前の桜の木の枝に緑色をした半透明の
“何か”が付いていた。
(何これ? 桜の葉……じゃない、よね?)
桜の花が満開のこの季節、葉が付くにはまだ早い。
だって他のどの桜の木を見ても葉っぱなんて一枚も付いていないし。
あたしは背伸びをして手を伸ばした。
「あっ!」
その時、また強い風が吹いてその緑色の“何か”が飛ばされそうになった。
あたしは慌てて両方の掌で包み込み、そっと枝から降ろした。
そして、ゆっくりと掌を開いて中を確認するとその“何かは”
ちょこんと座ったままあたしの顔を見上げていた。
(可愛い……っ)
あたしの掌の中にいたのは、小さな小さな緑色の小人だった。
絹糸のようなグリーンゴールドの髪、エメラルドみたいな透きとおった瞳、
桜色の頬と小さな唇。
背中には透明な薄い羽根ととても柔らかい生地のローブを纏っている。
「ありがとう、君のおかげで助かったよー」
「あ、いえ……」
「あのぉー、それで助けてくれたついでってワケじゃないんだけどー……」
「?」
「……おなかすいちゃった」
小人さんは少し顔を赤くしながら言った。
(へ?)
「風に飛ばされないように一生懸命しがみついてたら
おなかがすいてきちゃって……」
キュルルルルル……
小人さんのおなかが鳴った。
すると、小人さんはますます顔を赤くして俯いた。
マンションに帰ったあたしはジャケットのポケットから
小人さんを出してハンドタオルの上に座らせてあげた。
「わぁっ、あったかぁ〜い♪」
小人さんはタオルに包まって可愛らしい笑顔を浮かべた。
「そういえば、君の名前まだ聞いてなかったね」
「綾音」
「アヤネ?」
「うん、千秋綾音。小人さんは?」
「ボクは“小人”じゃなくて“妖精”、名前はファウ」
あたしが小人だと思っていた“何か”は“ファウ”と名乗り、
そして自分の事を“妖精”だと言った。
(妖精って……ホントにいるんだ?)
「ファウは男の子?」
「一応ね。女の子だと思ってた?」
「んー、どっちかなー?って……ところで、
ファウって普段どんなものを食べてるの?」
「基本的に何でも食べるよ」
(じゃあ、あたしと同じ物でいいのかな?)
「ファウはどうしてあんなトコにいたの?」
「んとね、風に乗って遊んでたら急に突風が吹き始めて
飛ばされたちゃったの」
「どこから来たの?」
「ここからずぅーと南にある『妖精の森』だよ」
「ふぅ〜ん」
「ねぇ、アヤネは今、願い事ってある?」
「願い事?」
「うん、例えば欲しい物があるとか、叶えたい事があるとか」
「んー……」
欲しい物はこれといってないけれど、“叶えたい事”と言えば、
実は一つだけあったりする。
「なんでもいいよ? 助けてくれたお礼にボクがアヤネの願いを
一つだけ叶えてあげる」
「……」
「なんか、ないの?」
「ある、けど……」
「何?」
「あの、ね、実はー……今、好きな人がいるの」
「じゃあ、その人の恋人になりたいんだ?」
「うん」
「じゃあ、その人の事教えて?」
「んとね、あたしと同じ会社に勤めてる人で、
三上啓輔さんて言うの……、
でも、その人モテるし……駄目だよね?」
「ううん、全然御安い御用」
ファウはそう言うとにっこりと笑った。




