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カワラズノセカイ2

 九条の影の中に閉じ込められ、十分程経った時だ。

「着きましたよ」

 と、知美が告げると共に、浮かび上がるような感覚が体を支配すると、長いトンネルを抜けた時のように視界に光が飛び込んできた。

 暗闇に慣れた目に光は有毒でしかない、眩しさに目を細め、ようやく慣れると、そこには、セラの姿。

 それから、周囲を見渡すと、そこは一見すると普通の事務所で、いきなり独房や取調室みたいな場所でなかったため、安心する。

 後ろには、ディープに赤い髪と墨のような黒い包帯で目を覆った女、その隣には九条と白髪の男。

 そして、前には、気だるそうにデスクに腰掛けたボサボサ髪の女、その女は口を開くと、

「ようこそ、多賀谷シンパチ君。世界政府直属、アナザー対策室『カワラズノセカイ』へ」

「カワラズノセカイ?」

「そうだよ、君も予想していたかもしれないが、世界政府がアナザー対策のために秘密裏に造り上げた組織さ。まあ、表舞台に立つ予定は今のところないけどね」

「あんたは?」

「室長と呼んでくれ、名前はとうの昔に捨ててしまったね。一応、ここのトップになるかな」

「……で? 俺がここに連れてこられたのは、早朝の事件のことか?」

 性急だね、と室長は笑うと、

「じゃあ、訊くけど、君、この事件の犯人かい?」

 くだらない質問をしてきた。俺は犯人ではないが、例え、俺が犯人であろうと、はい、そうですとは答えないだろう。

 馬鹿か、こいつはと胸の中で思いながら答える。

「俺は何もしていない」

「そうだろうね、君が犯人でないことはもう証明されている。九条君からの報告を聞いて君のアナザーの力を確認したが、君が犯人でないことは明らかだ」

「何だと?」

 だったら、どうして、俺はここに連れてこられたのだ?

 疑問が顔に出たのか、室長は俺の顔を見ると、指を三本立てて俺に見せる。

「君をここに呼んだ理由は三つ。一つは、“管理”するためだ。人となりを見極めて起きたかったんでね」

「管理ってのは、具体的に?」

「その前に、アナザーのことを説明しておくべきだね。アナザーというのはね、世界を変える力なんだ」

「それは知ってる」

 今更だな、と思いながら答えると、

「で、この力だけど、当然一般人から言わせれば、ただの危険な力でしかない。危険は排除するか、誰かがちゃんと厳重に管理するかしないといけないわけだ」

「つまり、俺を牢獄にでもぶち込むのか?」

「いや、そんなことはしない。君が……そうだな、世界を支配しようとか、この世界を自分色に染めてやろうとか、考えないかぎりは、こちらは何もしないよ。まあ、いくつかの書類に何も言わずにサインしてくれればいい」

「何だ、そりゃ?」

 何も言わずに書類にサインという言葉は怪しすぎるが、それ以上に、ある疑問が思い浮かんだ。

「うん? 理解できないかい? これは、普通のことなんだけどね? 誰だって世界を創り変える力があったら、自分好みの世界にしようと思うだろ?」

「違う、俺が言っているのは、規模の問題だ。世界? 随分とでかすぎやしないか?」

 たかが、街一つで起きているような事件が世界を変える程に大きくなるとでも言うのか?

「ああ、ああ、そうか、君はまだアナザーの力を完全に把握していないんだね。そうだな、まず、アナザーは成長することを君は知っているかい?」

「成長?」

「そう、まあ、進化って言うのかな? まあ、方法は色々とあるんだけど、その一つに……あ、君、感世者Bのことは知らないのかな?」

「感世者B……セラの口から聞いたことがあるくらいか」

 初めてセラと会った時、セラは、確か、俺を追ってきていた甲崎の部下らしき奴らをそう呼んだはずだ。

「感世者Bってのはね、そのまま、流される者であるノーマルがアナザーの世界の干渉を受けて、その世界に飲み込まれた者のことを言うんだ」

「世界に、飲み込まれる?」

「そう、アナザーの持つ別世界の一部になるの。だから、感世者Bは自分の主であるアナザーから与えられた命令に忠実でね、一部だが、アナザーの力や身体能力の向上も見られるんだ。

 そうだ、吸血鬼って知ってる? 一般的な定義では吸血鬼が血を吸うと、吸われた一般人はグールになって、身体能力やら、不完全な不死の力を持つよね。あれと同じ、アナザーの別世界の常識というウイルスが感染する、だから、感世者Bって言うの」

「……で? その感世者Bがどうしたんだ?」

「まあ、当然、一般人にだって世界を変える力はあるわけだよ。アナザーには、世界を変える力を吸収することができると言うより、他人の世界を食い尽くす性質がある。だから、アナザーは感世者Bを創ると、当然、その世界を変える力も吸収してしまうわけだ。だから、強力になる、ついでに、感世者Bという手下も得る。

 吸収された力は感世者Bが死んでももう関係ないんだよね。魂を奪われたって言うのかな? 中には、感世者Bをメインとして扱うアナザーもいたりするんだけど、君は、見た所、感世者Bを生み出すタイプではないね」

「生み出し方なんて知らないからな」

 俺が答えると、室長は念を押すようにして俺を指差した。

「そこ、そこだよ。今回の事件ね、どうやら、殺されたあの教師さん、感世者Bだったようなんだよね。だから、君は違うという予想したわけだ。まあ、今はそんなこといいんだけど、もう一つ。

 これ、君をここに呼んだ理由の二つ目だから、ちゃんと聞いてね。さっき、世界を変える力って言ったよね、それは当然、ノーマルよりもアナザーの方が強いんだ、桁違いって言うほど」

「なるほどな、つまり、アナザーはアナザーに狙われるってわけか、俺を呼んだ二つ目の理由は、“保護”か」

「そう、アナザー同士だと、互いに別世界の常識を持つ者同士だからね。感世者Bにすることはできないけど、その力を奪うことはできるんだ。まあ、そんなわけで、アナザーの中にはアナザーを狙う輩も少なくない。

 上は殺し合ってくれるなら本望って方針だけど、そうもいかないからね。アナザー同士の争いなんて世界と世界のぶつかり合い、単純に抗争って言ってもいい、そうしたら、一般人にも犠牲がいっぱい出るからね。それが、強力なアナザーになると、それこそ、世界の危機だよ。ああ、それと、アナザーの力が奪われた場合、当然、そのアナザーにはそれ相応のリスクが訪れるから注意してくれ」

 つまり、アナザーは世界を変える力とやらを吸収できるということか、そして、逆にそれを奪われたアナザーはただではすまない、恐らく、死ぬか、廃人になるかって所だろう。

「まあ、何となく、話はわかった。で? 三つ目は何だ?」

 実は、三つ目に関しては、予想ができていた。恐らく、俺の予想が正しければ、

「うん、三つ目は、“交渉”……契約というか、仲間になってくれないかなって話だよ。アナザーは最近、急激に増え始めたんだけど、誰もかれも犯罪にはしちゃって、君は、久々にまともに話し合いができそうな相手なんだよね」

 やはり、俺の予想通りだった。力を調べるのに戦わせるのは、もしも、駒にした時に使い物になるかどうかを測る試験でもあったわけだ、そうでなければ、もっと、いい方法があるはずだからな。

 そして、俺の答えはもう決まっている。

「断る。誰かの命令を聞くのなんてまっぴらだからな」

「まあ、そう言うとは思ったけどね」

 室長は苦笑い、俺の横でセラはどこかホッとしたような表情をした。

「うーん、条件は悪くないんだけどね? 給料も出るし」

「どうせ、組織が許す限りなら世界を変えることを許すとか、望みをお前らが可能な範囲で叶えるとか、その程度だろ?」

 俺の指摘に、室長はにへらと笑い。

「その通りだ」

「なら、なおさらご免だ。どっかの誰かが世界の支配者になろうと俺には関係ない。俺に関わりさえしなければな。何より……」

「何より?」

 

「俺には、望む世界なんてのはないからな」


 俺は本心からそう言うと、それを聞いた室内の者達は赤い髪の女以外は驚いているようだった。

 だが、本当のことだ。俺には夢や望みがない、そんなものはいらないし、例え、世界を好きにしていいと言われたら、何もないから、ただ、世界が壊れていくのを見ているしかない。

 俺は世界の王にはなれない、俺がなれるのは瓦礫の王だけだ。

 だが、その時、室長と言う女の目つきが一瞬、鋭くなったように感じた。

「まあ、そうだろうね」

 そして、小さく何かを呟いた、しかし、口元を隠しており、よく聞こえないし、口の動きも見えなかった。

「今、何か言ったか?」

「いえ、お気になさらずに」

 にぃっと室長が誤魔化すように笑む。

 ……と、そこで、俺はセラと目が合った。

 セラは、俺の答えに不満でもあったのか、少し、怒っているように思える。

 不機嫌になるようなことでも言っただろうか? と考え、思い出したのは、セラと初めて会った時のこと。

 ああ、そうだ、俺には、それがあるではないか。

 望む世界なんてないけれど、今、猛烈に欲しい物がある。

「待て、そうだな、今回のこの件が解決するまでなら、協力してやってもいい。ただし、対等の立場でだ」

「ほう、また、急だね?」

「それと金もいらない」

 金なんてあっても使い道がない、人形を買う金は仕送りで事足りているからだ。

 ただ、その代わり、命をかける代わりに、金以上の物を俺は要求する。

「今回の件が終わったら、俺はセラをもらう。それが、条件だ」

 俺の言葉に、室長の目が丸くなる。

「セラを?」

「し、シンパチ?」

 セラが慌てた様子で俺を見るが、

「あの時、言ったはずだ。俺がセラが欲しいってな」

「馬鹿な、アンドロイド一体にいくらかかると……しかも、彼女は特別製だ」

 室長が何かを言う前に、俺の背後から白髪も男が声を漏らす、口調は荒いが、その表情は穏やかなままだった。

「……今回の件、あんたらも苦戦しているんじゃないか?」

「何?」

「まず、今回の事件、随分前から起こってる誘拐事件と関わり合いがあるんじゃないか? それに、今日の件をパソで調べた時、この付近で起きている事件がやけに多かった。あんた達だけじゃ、処理できていない証拠だ」

 それは、『NEXT.』に記載されていた情報である、詳しく調べていると、新川だけでなく、この付近で誘拐事件など、謎の事件が多発しており、どれも、解決されていないようだった。

 そして、今回の事件がそれに関係している可能性は十分にある。

 室長と睨み合うこと数秒、ため息を吐いたのは室長だ。

「……その通りだ。最近、この付近で何かを企てているアナザーがいる、今回の事件もそいつの仕業の可能性が高い」

 甲崎や俺に対する行動から考えても、この組織の情報量や権限はかなり大きい、それに抵抗できるほどのアナザーがいるということ、だからこそ、こいつらも戦力が欲しいはずなのだ。

「いいだろう、その条件、飲もう」

「セラの意志は聞かないのか?」

「セラの意志? 彼女は我々の所有物だ。意志を聞く必要が?」

「当たり前だ」

 素材・肉如きにセラの意志の決定権があるのは、はらわたが煮えくり返る程むかつくが、俺がセラを手に入れればいいだけのことだ。

 俺の答えに室長は苦笑する。

 先ほどから白髪の男は何か言いたげだったが、室長とアイコンタクトすると黙り込んだ。

「し、シンパチ、本気ですか?」

「俺はいつでも本気だ」

 俺の返答にセラは言葉を詰まらせるも、

「う、嬉しいですけど、シンパチは馬鹿です」

 嬉しいのか、恥ずかしいのか、怒っているのか、ムスッとした顔でもじもじと指を交わらせていた。

「まあ、どのみち、この事件の間に多賀谷君が死んだら元も子もないしね」

「……まあな」

 自分でも、今からどういう世界に首を突っ込もうとしているのかはわかっている。

 だが、本当にそのアナザーが何かをしようとしているのなら、新川に住んでいる俺と関わる可能性は高く、どのみち、相まみえると思われる。

 なら、その時に一人だとまずい。ならば、ここはこいつらを利用した方がいい、何より――

 セラを手に入れるチャンスが、到来したのだから。

「じゃあ、事件の詳細に付いて話そうか、とりあえず、今回、裏で動いているアナザーを我々はこう呼んでいる」

 重々しく開かれた室長の口から、相手のアナザーの名前が紡がれる。


「『MOTHER』、それが、我々が追っているくそったれの名前だよ」

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