破壊神O VS ドッペル・ナイト
死ぬわよ、と勝美は告げてきた。
それに嘘偽りはないのだろう、勝美は俺のアナザーを検査するために俺を殺す気でかかる気だ。そして、俺がそれを防ぐには、こちらのアナザーを発動させるしかない。
アナザーの力は、そいつが持つ別世界の常識そのもの、力を出させれば出させるほど、その常識は浮き彫りになる。
だが、アナザーの力を使わないわけにもいかない、俺がアナザーであることは確認済みなのだ、俺を殺しても、組織は九条を責めたりはしない、ゆえに、九条勝美は俺を殺しにきている。
『ドッペル・ナイト』、それが、九条の力。
俺は視線を地面へと、自分の影へと落とした。
影の世界、いや、正確には、肉体と影が繋がりあった世界と言うべきか。いつの間にか、俺はその世界に飲み込まれているのだ。
肉体と影、二つの体を持っていても、それを動かす精神が一つであるため、片方がやられれば、こちらもやられる。
影の世界には音もなければ、臭いもない、何も見えない、ゆえに、影の世界を確認するのは、こちらから、地面の影を確認し、影を上手く操作しないといけないということだ。
だが、影の状態を目で確認しながら、肉体も動かし、操作の難しい影も動かさなくてはいけない……そんなことは不可能だ。
しかし、それは、九条勝美の影、知美も同じはずだ、だが、恐らく、あの二人は心の中で会話して、勝美が知美に情報を提供しているのだ、だから、勝美は情報を提供することに集中するため二階から動こうとしていない。
そして、知美は、何不自由なく、五感のない世界を動き回れる。
しかし、それはありがたいことだ、肉体側の九条勝美は俺を観察しているだけで動こうとしないのなら、ここは、影を動かすことに、専念すべきだ。
俺が、右へと逃げろと意識すると、影はその通りに動く。
しかし、影の世界は2Dに近い、左右に動くのは問題ないが、上下に動くことの操作が難しすぎる。普通、何もない地面に立つ3Dの人間は上や下へは移動しない。
そんな俺の影に対して、九条勝美の影、知美は、まるで水中を泳ぐ魚のように、上下左右問題なく、俺の影の周囲を旋回している。
いつくる……、そんなことを考えていた時だ。
パンッと、その音が響き渡ったのは、どこかで聞いたことがある音、それは、あの人工林で聞いた音。
銃声……そして、影の世界の音は聞こえないということは。
「しま……ッ」
俺が後ろを振り返ると同時に、何かが俺の頬をかすめる、確認するまでもなく、銃弾だ。
振り返った先の光景は、俺の予想通りだった。
拳銃を構えた九条勝美の姿。
「あら? こっちを意識していいのかしら?」
一瞬、勝美の言葉の意味がわからなかった、だが、すぐに自身の体を襲った痛みに己の過ちを悟らされる。
「ッ、ヴ!」
その衝撃は音もなく、俺の体を襲って、俺は地面に叩き伏せられる。
俺の影が、勝美に気を取られているうちに知美によってボコボコにされているのだ、狂ったように影の姿をした知美は俺の影を殴り続け、そのたびに、その影と感覚が繋がっている俺の体は悲鳴をあげる。
「く、そっ! 逃げろ! とっとと、右に逃げろ!」
言葉で発して、その行動を自分に意識させる、相手に行動を知られることになるが、とにかく、影を逃がさなければ、捕まったら終わりだ。
影は俺の思惑通りに右へと逃げる、そして、その先には、
「むっ」
九条勝美が声を上げる、そう、俺の影が逃げた先、そこは、
「建物の影の中に隠れてしまえば!」
自分の体が完全に入るくらいの建物の影なら、混じってわからなくなるはずだ、と俺は判断した。
「これなら、影のことは無視してお前を叩ける!」
と、俺は動こうとして、
「なっ……」
自分の体が全く、動かないことに気づいた。
「ふふ、馬鹿ね、感覚を共有していると言ったでしょ、今、あなたの影は建物の影と一体化している、つまり、こちら側のあなたはコンクリート漬けにされているのと同じってことよ」
まさか、そこまで感覚を共有しているとは思わなかった、だが、俺は影を出させようと思い、建物の影へと視線を向けたが、そこで、息を呑む。
「出てきたら、知美があなたに食いつくわよ?」
俺の影が隠れた建物の前には、九条勝美の影が待ち構えている。
「ここまでね」
肉体である勝美は、迷いなく、拳銃をこちらへと向けた。
このまま、止まっていれば勝美に肉体が殺され、影を出せば、知美に食いつかれる。
「……」
仕方がない、俺は一か八かの賭に打って出る。
「『破壊神O』ッ!」
アナザーの発動、俺の右腕を漆黒の籠手が包み隠していく。
「無駄よ、影の世界は私の世界、あなたの影はアナザーの力を使うことはできない」
九条勝美の言葉には耳を向けず、俺はそれを確認して、ほくそ笑んだ。
「だから、こうするんだよ!」
俺は、自分の影を建物の影から飛び出させる、
「だから、影はアナザーの力を使えないのよ? 自在に動ける知美と、あなたの影とじゃ、実力の差は歴然、素人が格ゲーの達人に勝つくらい無理なことだわ」
勝美の言葉通りに、俺の影は知美の影に捕捉された。
そして、今度は打撃ではなく、知美は俺の影の首を絞め始める。
当然、ミシミシ、と肉体側の俺の首が絞まってくる、見えざる魔手が俺の首を掴み、俺の首がべこりとへこむ。
(なんてこった……)
「あーあ、捕まったみたいね。ここで、終わりかな」
自分の手で首を確認するが、首にまとわりついている物は何もない、俺の影が首を絞められているのだ。こちら側からでは、皮膚がめり込んでいるのが、確認できるだけだ。
「く、はっ……」
「あら、もう限界?」
呼吸を漏らすように言葉を発した俺を見て、楽しげに、勝美が笑みを浮かべる、きっと、見えないが影の知美はさも楽しそうに俺の首を真っ正面から締めているに違いない。
だからこそ、俺は首を絞められながらも、口の端をつり上げた。
「まさか、ここまで上手く行くとはな」
瞬間、俺の影が動く、知美の体に抱きつくと、そのまま、握って離さない。
そして、俺は首を絞められながらも、そのまま、自分の影と知美に近づいていく。
「何? 何をする……まずい、知美、逃げなさい、こいつ、何かするつもりよ!」
「正直、二つの不安があった。俺は自分の力がどの程度のもんか、まだ、わかっていないからな、影なんてもんを破壊できるのか疑問だった」
パンッと、勝美が俺に向けて拳銃を発砲するが、俺は籠手で弾丸を受け止めると、弾丸はクルミのようにかち割れた。
九条勝美の影、知美は、俺の影を必死に引きはがそうとするが、離れない。知美が俺の首を絞めようとしてくれたのは助かった、あのまま、なぶられるように打撃メインで攻められたら、捉えられたかどうかわからない、それが、二つ目の不安だったわけだ。
そして、アナザーの力が作用しないのならば、俺の影と、知美の力はほぼ互角、もしかしたら、男の俺の方が力は強いのかもしれないが、とりあえず、止めていられればそれでいい。
メキメキと、俺の首がどんどんと絞まってくる、どうやら、知美は俺の影の首をへし折ろうとしているらしい。
「無駄な足掻きだ」
だが、残念ながら、もう、俺は、そこに着いていた。
九条勝美の影、知美の真上に、文字通り、知美を見下し。ニヤリと、笑みを漏らす。
「さて」
俺は漆黒の籠手を振り上げる。
「ぶっ壊れちまいな」
俺は知美に向かって漆黒の籠手を振り下ろした。
「知美は影よ! こちら側が触れられッ」
触れられるはずがない、と勝美は言いたかったのだろう。だが、勝美の叫びは途中で途絶えた、何故なら、
「ッァアアアアアア」
自分の言葉を否定する痛みが勝美を襲ったからだ。
そして、俺の漆黒の籠手は、地面を砕かず、影に沈み込んでいた。そして、影である知美の中でベキベキと、何かが壊れる音がする、九条勝美の影である知美が言葉もなく暴れ、ようやく引きはがすようにして、俺と俺の影から逃れていく。知美が離れた瞬間、俺の腕は弾かれた。
「チッ、しっかり掴んでおけよ。完全に破壊しそこねた」
自分の影に文句を言い、俺は勝美の方へと視線を向けると、何とか手すりに捕まっている勝美は恨むような目で俺を見てくる。
「あ、ありえない、影の世界にまで、侵入するなんて、何なのよ、あんたのその腕は」
「『OMEGA』」
この籠手の名前はOMEGA、正確には、破壊神Oの一部。
「いや、俺も驚いたぜ。お前の影を見た瞬間、その解体方法が頭へと流れ込んできたからさ、正直、記号や数字ばっかりで、他人の世界の破壊方法だからか俺には理解できない情報だったが、どうも、俺のOMEGAは解体方法の情報さえあれば、それを実行できるようになっているみたいだな」
そう説明して、自分自身にもわからないことがある。
俺は、数日前にこのアナザーに“目覚めた”はずなのだ。
なのに、この力にしても、OMEGAという名前にしても、思い付いたと言うよりも、思い出したように感じられるのは何故なのか?
ずっと、昔から、この力のことを知っていたような。
「ッ」
その時、頭痛が俺の脳を襲う、万力に締められたような痛みで、まるで、何かの傷口に触れてしまったかのようだ。
とにかく、今はそんなことはどうでもいい。
俺は、肉体である勝美も影である知美も動けないのを確認して、二人が動き出す前に、飛び上がり、二階の手すりへと着地する。
勝美は倒れたまま俺を睨むが、手に握った拳銃の引き金を引く力もないらしい、結構、破壊したから、そう簡単には、動けないだろう。
そして、俺は自分の部屋へと戻っていくと、この部屋に戻った目的の物を手に持った。
それは、俺の携帯電話だ、予想通りと言うべきか、俺の携帯電話からアナザーの力を感じる。
「ばれちゃった、わけか」
勝美が部屋の外からそう漏らす。
あの時、九条が俺の部屋のノックをして、俺の携帯電話が着信を知らせた時点で、俺は九条の二人の世界へと招かれてしまっていたのだ。
そして、俺と俺の影を繋げていた物がこれ、携帯電話だ。勝美と知美が入れ替わる瞬間に、電話を耳元に当てたことと、俺が動けなくなった時も勝美が俺の部屋の前から動こうとしなかったのがヒントになった。
どうやら、こいつらの影の力は、携帯電話を利用するらしい、俺が携帯電話の画面を開くと、真っ暗な画面が映っている、恐らく、これは俺の影が見ている映像、真っ暗な中心には、知美が自分の肩を抱いて震えているのが見える、そして、俺が携帯電話を耳に当てると、
『痛い、痛いよ〜、勝美ちゃん』
予想通り、知美の声が聞こえてくる、これは、俺の影の耳が知美の声を聞いているのだろう。
「これで、終わりだ」
俺はとっとと、自分の携帯電話を開く方向とは逆方向へとへし折った。
「まさか、自分の携帯電話を逆パカする羽目になろうとは」
携帯電話が壊れ、俺は別世界に迷いこんだような違和感が消えたのを感じる、その通りに、自分の足下を見れば、影はいつもの定位置に戻っていた。
「何かの話じゃねぇけどよ、影はやっぱ、ここにあるのが一番だな」
心底、そう思いながら、俺は勝美へと視線を向ける。
「で? どうする? まだ、殺るか?」
「いいえ、十分よ」
勝美は苦しげに息を吐きながら、
「もう、捕獲してしまうことにするわ」
「はっ?」
まさか、この状況で? と、俺が耳を疑った時には、すでに、遅く。
パシャッと、何かの光が俺の視界を遮り、ピロリロリーンと携帯電話の写メを撮ったかのような音を聞いた瞬間、
「馬鹿、な」
気づけば、俺は暗黒の世界にいた。
真っ暗、本当に真っ暗な世界だ、上も下も、右も左もわからない真っ暗な世界。
そこにいたのは、
「……痛い」
そう言いながらも、どこか、嬉しそうな九条の姿。
「お前……どっちだ?」
俺の問いに、九条がニヤッと笑みを漏らすと、
「知美の方ですよ、ようこそ、影の世界へ」
この様子だと、破壊した部分は再生したか、
「どうなってる? 俺の携帯電話は破壊したはずだろ」
「うん、でも、惜しかったですよ。正確には、私達の持っている携帯電話と干渉しちゃいけないんですよ。あの携帯電話というか、『ドッペル・ナイト』は写メで撮った箇所をこちら側に引き込むことができるんです。壊すなら、私達の携帯を壊すべきでしたね」
本当に厄介な力だ、俺とは種類が違うようだが、『内面世界引きずり込み型』って、とこか……
「……、つまり、俺はどうなっているんだ?」
「肉体と影が入れ替わった状態ですね」
「つまり、今、あっちにいるのは」
「はい、あなたの影ですね。無抵抗の」
無抵抗を強調して言う知美、すると、上かはわからないが、頭上から、
『諦めなさい、このまま、あなたの影を移送します』
勝美の声がこの世界に響いた。俺はため息を吐く、向こう側の無抵抗の影を移送すれば、影の世界に落とされた肉体である俺もそれに付いていくわけだ。
「まんまと捕まったわけか」
「そういうことです、あ、肉体ではこの影の世界には干渉できないから気を付けてね、私を殴っても無駄ですし、むしろ、海に潜ってしまったかのように動きづらいはずです」
知美の言うとおり、指一本動かすのにも、かなりの労力を必要とする。向こうの影を行動させることもできるが、無駄だな、こちらからは向こう側が確認できない。
「ここを破壊すれば」
「いいですけど、どのみち、勝美ちゃんにまた捕獲されますよ? 諦めましょうよ、目的地に着けば、出して上げますから」
「肉体と影を逆にさせたってことは、どうやって、影を移動させる気だ?」
肉体は影に触れられないと言った、だが、聞いた瞬間、
「こうするんです」
知美の右腕が消える、とすぐに、戻る。いや、違う。
「腕だけを、入れ替えたわけか」
「はい、私は向こう側は見えませんが、勝美ちゃんが指示してくれますから、私は勝美ちゃんの指示通りに握っていればいいんです」
恐らく、知美の右腕は、今頃、向こう側に体現したはずの俺の影を握っているはずだ。
「あ、怒ってます? 私でよろしければ、存分に叱ってくださっても」
「断る」
これから、どこかへと着くまでにこの設定・M女の相手をしなければいけないのか、と思うとため息が漏れた。
まあ、早い話が、俺は結果として敗北したわけだ。