中心:多賀谷シンパチ3
ファミレスに着いてから、一先ず、食事を済ませると、問題の話を始めることにした。
「とりあえず、『アナザー』と呼ばれる存在が何かを説明しましょう」
「ああ、頼む」
ドリンクバーで取ってきた珈琲を一口含み、それを噴き出すようなトンデモ設定が飛び出てこないことを祈りつつ、俺は耳を傾けた。
「まず、アナザーは正式名称、世心性変界症患者と名付けられています、ですが、病気というわけではないので安心してください。『アナザー』という単語は、元々、世界政府が悪魔や天使などの別世界の住人を指す時に使っていた隠語です」
世界政府? 国連のように世界を繋ぎ合う組織はあるだろうが、実際に世界全てを統治する一つの組織があるなんて話は聞いたことがない、しかし、今は関係なさそうなので、無視しておく。
「何だ、アナザーってのは悪魔や天使の力ってことか?」
随分とオカルトっぽい話になってきたな、と心の中でため息を吐く。
オカルトは嫌いじゃない、むしろ、好ましい。理由は明解、ホラー映画なんかだと、大抵の場合がバッドエンド、もしくは、それに近い結果になるからだ。
わずか、一時間三十分程度の人生の何万分の一にも満たない時間の間に感情移入した主人公やその仲間達が無様にも散っていくのは嫌いじゃない。
だが、どうにも、これはオカルトというよりも、超能力やウイルス、そういった方面の分野に近い気がする。
「アナザーの起源としては、神様が持っていた世界を変える力、もしくは病原体がこの世に感染したとも、どこかの研究機関が行っていた超能力開発の結果生まれた謎の生物のウイルスが広がったとも、宇宙から落ちてきた未確認生命体が持っていたウイルスだとも言われていますが、結局、全て、空想上の理論に過ぎません、ただ、起源がいて、それから広まったという説は濃厚らしいですが」
「どうでもいいけど、そんなこと話してもいいのか?」
自分はアナザーに目覚めたとはいえ、ただの一般人だ。話を聞く限り、大きな組織が動いていそうだし、こういうのは隠蔽しなくてはいけないのでは? と思っての発現だったのだが、
「構いません、所詮は、戯れ言。シンパチが誰かに熱心にそれを説明したところで、本気で信用する者などいませんよ」
「確かにな、その通りだ」
俺が納得するのを確認して、セラが話を元に戻す。
「悪魔や天使は、この世界にはない常識『魔術』や『異能』を使います、つまり、別世界の常識をこの世界で行使しているのです。それに対して、アナザー、この場合、シンパチや私のことですが、アナザーもまた、この世界にはない常識、シンパチなら人工林で見せたあのガントレットですね、ああいった非常識な力を扱います、ゆえに、悪魔や天使と同様にアナザーと呼ばれるのです」
「つまり、アナザーの力は個人、個人で違うのか? 俺なら、何というか、触れただけで物が壊れたりするんだが」
「はい、アナザーの能力は個々によって違います。原因は、個々の精神や魂といったものにアナザーの能力は影響されるからです。元々、アナザーの力というものに、形はなく、アナザーを得た者の精神や魂がアナザーの形、つまり、別世界とその常識を創るのです。ゆえに、似たような力はあれど、全く同じ力というものは存在しないと考えられていますね」
確かに、甲崎はガンマニアだったからか、何もない空間から兵器を取り出していたようにも見えた。
単純に考えるなら、放火魔なら炎を扱うような力がアナザーになり、殺人鬼なら殺人の助けになるような別世界を持つということか、だが、普通とは言えないが、出来心や、大して何も考えずに犯行を犯す者では目覚めず、純粋に家を燃やすのが好きとか、人が死ぬ姿を見るのが好きとか、特殊な思考回路を持っていないと目覚めないわけか。
つまり、アナザーとは遠回しに他の人間には理解できない異常者であるということだ。
「また、アナザーは異常識を持つため、悪魔にただの弾丸が効かないように、アナザーで強化しないかぎり、普通の銃火器ではダメージすら与えられません。そういった意味でも、『流される者』、一般人のことを我らはそう呼びますが、彼らがアナザーに勝つのは困難を極めるでしょう」
「なるほど、だから、セラみたいなアンドロイドやレールガンみたいな表向きには知られていない兵器を使っている訳か、でも、セラもアナザーの力を使えるんだろ?」
まさか、それも、セラの組織が開発したというのだろうかと考えていると、
「いえ、私は、特別製と言いますか、他のアンドロイドとは少し、違いますので」
「ああ、そりゃそうだよな」
他のアンドロイドがどんなものか知らないが、何となく、セラは特別な気がした、俺の中でそう思っているだけなのだが。
「とりあえず、今までの話をまとめると、要は銃火器や兵器以上にアナザーは危険な力ってことだな、で、それを管理しているのが、セラの所属している組織、そう考えて良いか?」
「はい、そう考えて問題ないでしょう」
だとしたら、これから訊くことが、俺にとって一番重要なことだろう。
「で、俺はこれからどうなるんだ?」
どんな事情があるにせよ、俺はアナザーに目覚めた、その力が消せるのならば、あの場で消していただろうし、準備が必要なら説明したはずだ、だが、セラは謝っただけだ、それは、つまり、アナザーに目覚めたら消せないということだろう。
だが、セラは真剣な眼差しで俺の目を射止めると、
「いいえ、あなたは変わりません」
「何?」
「今まで通り、アナザーに目覚める前と同じ生活を送ってください、アナザーのことは忘れて、今まで通りに」
セラは、まるで自分がそう望んでいるかのような様子で祈るように告げてきた。
「そんなことできるのか?」
恐らく、アナザーに関する詳細を全て聞いた訳じゃないが、アナザーに関しては裏で多くの組織が動いていると考えていいだろう。だとしたら、それに巻き込まれる可能性は大だ、実際、俺は甲崎に狙われたわけだし。
だが、セラは俺を安心させるように力強く頷くと、
「大丈夫です、あなたの身に迫る危機は全て、私が排除します。だから、安心してください」
「それは、セラの組織の考えか?」
「……いえ、私個人の意見です」
責任感が強いというか、真面目なのか、どうやら、俺を巻き込んだことを相当気にしているようだ。
「守ります、何があっても」
己に言い聞かせるようにセラが言う、決意すら感じるその申し出はありがたいが、俺にも言いたいことがあった。
――話が終わり、店を出た後、俺は言いたいことを言っておくことにする。
「セラ、これだけは覚えておいてくれないか?」
「何でしょう?」
首を傾げるセラに俺は一度、頷いて、
「セラがいるなら、例え危険があっても、そっちの世界に首を突っ込む覚悟はあるよ、俺にはね」
その言葉に、セラは目を丸くし、息を呑む。
そして、少し、怒ったような顔をすると、
「馬鹿です、シンパチは」
照れるように身を翻し、そのまま、去っていってしまった。
しまった、確かに、今の発言だとセラが頼りないように聞こえてしまったかもしれない。
訂正しようにもセラの姿は闇に消えてしまった。
と、そこで、俺は、自分が心の中で思っていたことに気づいて、苦笑してしまう。
――次に会った時に言えばいいや、とそんなことを考えていたのだから。
何となく、セラとはまた会えるような気がしたのだ。
――夜の校舎とは不気味なものである。
昼と夜では、学校の雰囲気は一変し、夜に学校に侵入するのと、デパートに侵入するのと、どちらが恐いかで言えば、それは、学校の方だろう。
何故なら、学校では何かが出ると言うのが、もはや定説になっているから、学校には自分達の知らない幽霊の類が住まっているのだと、幼い頃の日常を通して記憶に打ち付けられるからである。
だからこそ、きっと、今日、学校を覗き込んだ者がいたなら、ギョッとしたかもしれない、そこにいたそいつを幽霊か何かの類と勘違いしたかもしれない。
ぐちゅ、ぐちゃ、と何か、肉でも喰うかのような音がグラウンドに響き渡る。
グラウンドの中心、暗いため、端から見たら犬か怪物に見えたかもしれないが、そこには、四つん這いになって何かを貪る男が一人。
月の光に反射するその顔は、高級料理店で出された料理を食べるかのように光悦な表情をして、握ったそれを貪り続ける。
男の傍にはホースがあった、そのホースからは大量の水が排水され続け、男の地面を濡らしていき、大きな水たまりが完成されていた。
男は、その水たまりの中で、それを必死に食べ続ける。
「おぐっ、え、ご」
否、食べるというよりも、口に押し込んでいると言ったほうが正しいのかもしれない。
表情は嬉しそうなのに、男の目から涙が流れ続けていた。
うん、うん、と男が頷く、
「残さないよ、残さないから」
飲み込んでは謎の言葉を残す男、だが、そんな光景は長くは続かなかった。
「ふぐっ、お……」
男が大きく揺れ、その体が水たまりに沈み込んだ、その目からはすでに生気が失われ、ごぽごぽと、今まで食べていた何かが、口から漏れ始める。
それは、食べ物などではなかった。
男の口から漏れるそれは――ただの泥だったのだから。