中心:多賀谷シンパチ2
いつもの駅で俺は電車を降りた。
時刻は、六時半、冬の名残か、空が暗くなるのが早い気がする。
薄闇の中、ここからは徒歩だ、フィギュアの入っている鞄に衝撃を与えないように大切に握って歩き始める。
しかし、と考える。あの万引き女子生徒は何だったのか? 変な奴の一言で済ませられるが、例のこともあって、あいつも、アナザーなのではないか、などと疑ってしまう。
馬鹿らしい、ありえない。そんな偶然があるわけがない。
だが、偶然ではないとしたら? つまり、あいつが意図的に俺に接触してきたのなら、あり得ない話ではない。
意識しすぎかもしれない、だが、あの人工林でこの件は命に関わることだと思い知らされたのだ、せめて、数ヶ月は警戒をしておいても無駄ではないだろう。
と、そんなことを考えているうちに、アパートが見えてきた。
今から、予約してからの長い期間楽しみにしていたフィギュアを拝めると思うと今から体中がゾクゾクとする。
そして、アパートの全容が見えてきたところで、俺は気が付いた。
アパートを上がる階段に誰かいることに。
「ああ、くそ」
面倒くさいな、と俺は思う。あの位置にいられると自分を気づかせるか、声をかけるかしないと通れない。
「おい――」
そして、俺は、怒鳴り気味に声をかけようとして、
「おや、遅かったのですね」
想定外の人物がそこにいたのを見て思わず、コンビニの袋を地面に落としていた。
「せ、セラ」
「はい、今日は何かご用事でも? 学校が終わったのはもう少し早い時間だったと思いますが」
「な、何で?」
思わず、俺は訊いてしまっていた、何で、セラが? ここに? もしかしたら、甲崎のことを調べていて、一応は友人であった俺の情報もあったのかもしれないが、それでも、まさか、こんなに早く再会できるなんて。
すると、セラは少し顔をムッとさせる、アンドロイドと聞いたが、その動きも、表情も人間そのものだ。
「あ、あなたがまた、会いたいと言ったのではないですか、だから、こうして、会いに来たのに」
「あ、悪い、まさか、本当に来てくれるとは思わなかったから」
怒ったのか、そっぽを向いてしまったセラに対して素直に謝罪する。
「ふふ、冗談です」
そう言って微笑むと、セラは地面に落ちたコンビニの袋を拾って、渡してくれる。
受け取った時に、手と手が少し触れあった。
温かい人の肌のような温もり、そう言えば、人の温度を再現できると言っていたっけ?
この相手が人間ならば嫌悪してしまう温度だが、セラならば問題ない。
「えと、寒かったんじゃ」
「寒かった? 私はアンドロイドですよ?」
「いや、そうだけど、あ〜」
上手く言葉が出てこない、ありえないくらい緊張している、こんな緊張は、フィギュアの整理をしている時くらいだ。
と、よく見れば、セラは人工林で来ていた甲冑アーマーは着ておらず、静かめな白と黒のチェックのオーバーブラウスに、黒いパンツと普通の服装をしていた。
まあ、あんな格好で街中を闊歩すれば警察に捕まるのは当然なので、そこは、あえて突っ込まないが、何というか、普通の服装になったため、余計に、彼女がアンドロイドのようには見えず、思わず、じっくりと眺めていた、おかげで緊張はなくなったのだが、
「あの……あまり、見られると照れるのですが」
「あ、悪い」
照れる……か、今の言葉といい、本当に、彼女はアンドロイドなのだろうか? 何だか、キツネに化かされているような気分がしてならない。
俺が疑問に思っていると、沈黙の後、セラが口を開く。
「言うタイミングを逃したのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」
セラの声が真剣さをおびる、どうやら、単純に会いに来たわけではなく、本題があるようだ。
「今からか?」
「いえ、多賀谷様の都合のいい日で構いません、いつでも、お迎えに上がります」
なるほど、だが、それに答える前に、色々と疑問が浮かんだ。
「待て、何で俺の名前、いや、名前は甲崎の件で調べているのか」
「ええ、失礼ながら、多賀谷シンパチ様は以前までは三重の方で親戚の家で育ち、新川高等学校に進学すると同時に一人暮らしを初め、入学時、甲崎信次とお出会いになられていますね」
「そうだけど、その前のほうの情報は必要なくないか?」
「……とにかく、多賀谷様の都合が付く日で構いません、会談の席を設けていただけるとありがたいのですが」
さりげなくスルーされてしまった、別にいいけど。
「それは、やっぱ、あれに関することか?」
俺の言葉に、セラは一度、頷くと申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ありません、今回の件は私に責任があります。私がしっかりしていれば、甲崎が多賀谷様に接触することはなかったはずですから」
「いや、そのことは気にしなくていい」
それは、相手がセラだからではなく、何となく、どの道、いつかは自分はこちら側に引きずり込まれたような気がする、いや、そもそも、こちら側が元々自分のいるべき場所なのだという気さえしていた。
それでも、セラはまだ、顔を俯かせていた。最近の技術というか、セラの組織の技術はすごいと思う、思考はAIなのだろうか? 皮膚の動きも、何もかも、人間と変わりない。
でも、そんな顔をされていると嫌なので、
「そうだな、ちょっと、待っていてくれ」
「あ、はい」
セラが答えるのを聞いて、俺はさっさとアパートの部屋に戻ると、荷物をベッドの上に置いて、とりあえず、制服だけでも着替えると、すぐに部屋を出た。
「よし、行こう」
「今から、よろしいのですか?」
「早いほうがいいだろ? それに、セラにまた会えて、昨日のことが夢じゃないってはっきりと認識したからな、何も知らないで危険な目に会うのはまっぴらごめんだ。話を聞くなら早いほうがいい」
「ありがとうございます、多賀谷様」
嬉しそうに頭を下げる、セラに告げる。
「シンパチ」
「はい?」
「呼び捨てでいい、様付けってのは、どうも、背筋が痒くなる」
てっきり、セラは断るかな? と思っていたが、意外にも、頷いてくれた。
「わかりました、シンパチ。では――」
「待った、立ちっぱなしってのもあれだし、近くにファミレスがあるから、そっちに行こう」
俺はその方角を指差して言った、ついでに飯も食べられることだし、滅多に利用しないファミレスだが、
「あ、そうですね、すみません」
「謝らなくていい、でも、セラって、何か食べられるのか?」
「一応は、それ専用の消化装置も存在しますから」
つくづく、セラのハイスペック度に驚かされながら、俺とセラは、ファミレスへと向かった。