日々の世界2
授業が終わり、俺は鞄を肩に担いで教室を出た。
そのまま、校門へ向かうと、
「お、来たね」
ニッと笑い、校門で座っていた黒髪ショートカットの少女、小原さくらが鞄を抱えて立ち上がる。
「よし、そんじゃ、いこっか!」
「……さっさと行くぞ」
俺は無視して、その横を素通りした。
「うわっ、ノリ悪ッ! おー、くらい言ってくれてもいいじゃん」
やれやれだ、と頭を掻きため息を吐く。
その俺の行動を見て、ムッと小原が眉をひそめ、そして、勢いよく俺の顔に向かって人差し指を向ける。
「女の子に対して、そういう態度は駄目だよ」
「お前には関係ないだろ」
「うわっ、またそういうこと言う〜」
「文句ばっかり言ってると、置いていくぞ?」
「うわわ、ちょっと、待ってよ!」
慌てて後から追ってくる小原、しばらく沈黙のまま、歩いていると、
「そういえばさ、シンパチ君って、一人暮らし?」
いつもの質問タイムが始まってしまった。
「あん? そうだが」
「ふーん、それっぽいよね。ご両親は?」
「いないな、小さい頃に母親が死んで、それからは親戚の家だ。親父のことも知らない」
「え、ご、ごめん、知らなかったから」
屋上で出会ってからあれだけ質問されて、まだ、こいつにも知らないことがあったのか、「気にするな、どうでも、いいことさ」
「ど、どうでもよくなんてないよ」
「どうでもいいんだよ、母親のことなんて、覚えてないし」
「覚えてない?」
「記憶喪失、って言ったらいいのかな? 親戚の家に預けられる前のことはほとんど覚えてないんだ」
「そっか、でも、お母さんがいないなんて悲しいね」
悲しい……そうなのだろうか?
この話を俺は滅多に他人にはしない、生ぬるい同情がかんに障るからだ。
それに、俺はそのことに関して一度たりとも、悲しいなんて思ったことはない。
だって、きっと、
「どうかな――」
俺の返しに、小原が首を傾げる。
「俺は――母親に愛されていなかったんだろうさ」
母親は、俺のことなど愛していなかった。
でなければ、あんなことするはずが――
(あんなこと?)
自分で自分の思考に疑問を覚えた。
あんなこととは何だ?
ズキッと頭が痛む、顔も覚えていない母親、そもそも、愛されていたかもどうかもわからないのに。
なのに、
気づけば、俺は何気なく頭上にある太陽を掴むように手を伸ばしていた。
眩しかったわけじゃない、何気なく、俺はその手を伸ばしていた、別に太陽を掴もうとしていたわけじゃない、見えざる誰かに向かって伸ばした手。
誰かが、その手を掴んでくれるような気がして、
それが、母親なのか、それとも、どこかに置いてきた何かなのかは知らないけれど。
馬鹿らしい、と思いながら俺は手を下ろす、だが、その途中、
「愛されていないとか、悲しいこと言わないでよ」
小原が俺のその手を胸に抱くようにして掴んだ、わずかな温もりが手に染みついて、小原は俺に微笑みかける。
「何――」
やってんだ、と言う暇もなく、小原は透き通った純粋な目で俺の目を見つめてくる。
「もしも、君のお母さんが君を愛していなくても、その分も君を愛してくれる人がいたはずだよ。ううん、きっといるよ」
聞いている方が恥ずかしくなるような台詞を吐いて、小原が俺の手を引いた。
「さあ、行こう」
振り払うのも面倒で、俺は小原の手が引く方へと付いていく。
その先には、何があるのだろうか?
いや、携帯ショップなんだけれども。