MOTHER
暗い室内、そこに、私は帰ってきた。
……部屋の中の唯一の明かりは、電源の入れられたパソコンだけだ。
そして、そのパソコンの明かりに照らされて、彼女達が私の目に映る。
まるで、人形のように壁にもたれかかった五人の女性、その目はパソコンの明かりをただ反射するだけで、そこに生気の光は見受けられない。
彼女達は、私の世界に感世した者達だ。名付けるならば『ベビーシッター』、彼女達は私の指示に従い、ただ、“その子達”を育てている。
目や鼻はなく、小さな歯が生えた口だけがある、白く、細長い生物。
この生物は私やベビーシッター以外には世話ができない、そのため、私の世界に感世したベビーシッターは毎日この場所でそれに餌を与え続けている、本当ならば私が世話をしたいところだが、私には用事があるため、彼女達を利用している。
あの人から聞いたカワラズノセカイという組織は、私のことを『MOTHER』と呼んでいるらしい、私も、自分の世界のことをそう名付けることにした。
と、その時、この部屋の扉がノックされる、どうやら、あの人が来たようだ。
「やあ、調子はどうだい?」
扉が開かれ、外の明かりが室内に飛び込む、そこにいたのは若い男。
「問題ないわ」
私は、パソコンへと視線を向ける。そこに表示されているデータは、ベビーシッター達が育てている『パラサイト・ベビーズ』が寄生している者達のリストだ。
パラサイト・ベビーズ、それが、私のアナザーの力。
この子達に寄生された者は私の子供になる、発動させれば母である私の命令だけを聞き、母である私を命を賭して守ろうとする。
「そういえば、ニュースを見たよ。上手くやったようだね」
思い出したように男が聞いてくる。
恐らく、先日の事件のことだろう。
「……別に」
私はチラリと男を睨むように見た後、視線をパソコンへと戻した。そこには、泥を食べて窒息死した教師の名前が表示されており、その横に、白い文字でロストと入力されている。
ポロポロと涙が溢れて、慌てて、私はその涙を拭いた。
「悲しんでいるのかい?」
「子供が死んで悲しまない母はいないわ」
「自分で殺したくせに」
「あなたが命令したんでしょ?」
「必要だったんだよ、多少の犠牲は覚悟の上だろ? まあいい、こっちを向いてごらん?」
言われるがままに、私は男を見る。男の手が私の頭の上に置かれると、ふわっと、眠気にも似た違和感が私を襲う。
「……」
まるで、麻薬のような心地よさが体を支配し、思考が空白に覆われる、何も考えられなくなって、心の靄がスッと引いていく、男が手を離すと、
「どうだい? まだ、悲しいかい?」
「……悲しい? 私が?」
あれ? 今まで、私はこの男と何を話していたのだろうか?
手には涙を拭ったような跡があるが、アクビでもしたのかもしれない。
何か、忘れている気がするのに、思い出せない。
そうして、呆然としていると、男が微笑んだ。
「いや、何でもないよ。それよりも、計画の話をしよう。例の件だ」
「ああ、新しいアナザーの話ね、それなら、まだ見つけられていないわ」
「あの人工林が燃えた事件、アナザーが起こした事件で間違いないのだが……」
「気にしなくてもいいんじゃない?」
「そうもいかない、不安定要素は全て、取り除いておくべきだ」
「カワラズノセカイに倒されたのかも」
「ありえない話ではないが……逆にそいつがカワラズノセカイに協力することもあり得る」
だが、どのみち、見つけなければ手の打ちようがない。それは、男もわかっているのだろう、一度、ため息を吐くと、
「まあいい、どのみち、カワラズノセカイとは近いうちに接触する予定なんだ。そちらを優先しよう」
その言葉に私は頷いた、否、頷くしかなかった。
私は、何故か、この男の命令を拒否できない、拒否するという事柄を忘れてしまうのだ、それがどんなに嫌なことでも、賛成した後で、否定するのを忘れていたことを思い出す。
駄目だ、止めよう。きっと、無駄なのだ。恐らく、それが、この男のアナザーの力で、すでに私はそれから逃れられなくなっている。
「そうだ、この計画が成功したら、式を挙げよう、きっと、みんな祝福してくれるよ」
男が私の頬を撫でる。式、結婚、私はこの男のことが好きなのだろうか?
だが、その思考も意味がない、否定しようにも否定できない、言葉でも、体でも。
もう、私はこの男の命令を聞くだけの人形になってしまったのだから。