異世界の飛鳥6
今、私と椿さんは椿さんの部屋へ向かっている。
その道中も私と椿さんの間には険悪な空気が流れていた。
どちらも何も言わず歩いていたが、先に口を開いたのは椿さんだった。
「・・・何か言わないんですか?」
「何って、何がですか?」
「もうこの周辺には誰もいません。口を挟む人がいないのでここから先ほどの話の続きを再開しても構いませんよ。」
「・・・それはできないです。」
「・・・どうしてですか?」
「おとう・・・彰さんに言われたおかげで冷静になれたからです。言い争いなんて無駄だと気付きました。椿さん、お姉ちゃんと仲直りしてください。お姉ちゃんはあなたのこと・・・。」
「あなたがお姉ちゃんのこと『お姉ちゃん』呼びしないで。」
突然怒られて気圧される。
椿さんはとても険しい顔をしていた。
そして、このやりとりをしていた間に椿さんの部屋へたどり着く。
「さあ、入ってください。」
「・・・。」
何事もなかったかのように私を部屋へ招き入れる。
客を招待するときに私情は挟まないのだろう。
私はそれに従い、部屋の中に入る。
部屋の扉を閉めると、彼女は先ほどまでの顔つきに戻り、話を続けた。
「私はまだあなたの養子縁組を認めていません。ですから、お姉様を『姉』呼びするのは許しません。」
さっきまで「この家の人じゃない」とか突っ撥ねてたのに、と心で思ってしまったが言わなかった。
また感情的になっちゃいけないと自制し、冷静に話を続ける。
「なら『鈴さん』でいいです。鈴さんは親族の中でひどい扱いを受けてたからそれを直すためだって彰さんが言ってました。椿さんも鈴さんのそういう性格、わかりますよね?」
「・・・そのことですか。それなら知っています。お父様は私が知っていることを知らないみたいですけど。」
「だったら・・・」
「その上で私はあの人を家の人間と認めていないのです。」
はっきり言われた。
「あなたもあの人の性格を知っているならわかっていますよね?あの人は物事を勝手に決めてしまう。それが例え正しいことでも、他の人の気持ちや意見を尊重しない。私はそういうところが許せないんです。」
確かにお姉ちゃんは私が意見を出す前に答えを出すことが多かった。
それが最善に近いことが多かったため気にしてはいなかったが、あまりよく思わない人もいたんだ。
けど、少し話せばわかることだが、お姉ちゃんはお姉ちゃん自身が分からないことは答えを出せないでいる
ことも多いのだが、椿さんはそのことは知らないのかな?
そう思った私だったが、答えは椿さんが続けた内容にあった。
「そうですね。あの人はいつもそうでした。私が進言したことは無視し、自分だけで答えを考えた。結果、私の案を採用した方が良かった場合もあったはずなのに・・・。それにあの時も、私は別に気にしてなかったことをお姉ちゃんは気にして、私はお姉ちゃんと一緒に居たいのに私のためだからと勝手に決めつけて家を出て・・・。」
「一緒に居たいと思うなら何で認めないんですか?」
「私にとってあの人は勝手に家を出ていった存在。今さらノコノコ戻ってきてもあの人の居場所は無いに決まってるでしょ。」
「でもそれは・・・。」
「この家の後継者である私が言うんだからそうするのよ。」
違う、そうじゃない。
私が聞きたいのは、そういったものじゃなくて・・・。
「そうじゃなくて、椿さん自身はどうしたいんですか?」
「は?何言ってるのあなたは?さっき言ったじゃない。私はあの人が家に戻ることを認めない、って。」
「そうじゃないです。それは椿さんの本心じゃない。さっき椿さんはお姉ちゃんと一緒に居たかったって言ってました。それが本心なんじゃないんですか?」
「それは昔の話よ。今はそういう気持ちよりもお姉ちゃんを許せない気持ちの方が強いの。」
「え・・・、でもそう言うことは・・・。」
私がそう言うと、椿さんは「しまった」という顔をした。
と、そこに
「椿、あなたはそう考えてたのね。」
扉がある方から声が聞こえ、振り向くとそこにはお姉ちゃんがいた。
椿さんは驚いた顔をし、
「お姉ちゃん・・・なんで私たちがここにいるって・・・?」
「万が一のために飛鳥にどこにいるか逐一報告してもらってたの。おじさんたちに何かされかねないって可能性もないからね。・・・それよりもごめんなさい、私はあなたことをわかってなかった。一番尊重しなければならないあなたの気持ちを。」
「やめて!そんな言葉を今更聞きたくないわよ。あなたが私を見捨てたことは変わらない。その気になれば私を連れて出て行くこともできた・・・!なのにどうしてそうしなかったの!?私は・・・!」
「椿までいなくなれば後継者がいなくなって父さんの立場が悪くなるから。裏から私が動くには一人で出て行くしかないと考えたの。」
「それで私の気持ちは考えてなかった?」
お姉ちゃんは頷いた。
お姉ちゃんは小さく「ごめんなさい」と謝り続けていた。
「私がどれだけ・・・うっ・・・わあああん。」
泣き出してし、座り込んでしまう椿さん。
お姉ちゃんは宥めようとするが、振り払われる。
そのやりとりを何度か見た後、私は椿さんを宥めるために抱き付いた。
「一人は辛かったですよね。わかります、その気持ち。私も同じだったから・・・。」
「同じじゃない・・・ぐすっ、お姉ちゃんと一緒に居るあなたと、私では。」
「・・・椿、よく考えてみて。どうして私がこの子を連れてきたのかを。どうしてこの子が養子になろうとしているのかを。」
お姉ちゃんの言葉を聞いてハッとする椿さん。
私は椿さんの耳元で囁く。
「私は親に見捨てられ、面倒を見てくれた大切な人はこの前とある事情で遠くに旅立ってしまいました。こう言っては何ですが、椿さんは私よりマシです。椿さんはまだやり直せる。すべてを失った私には無理ですが、お互いの勘違いだった椿さんは今からでもお姉ちゃん達とまた昔のような関係になれます。」
「・・・ほんとに?」
椿さんは後ろから抱き付いてる椿さんが振り向き、私を見る。
先ほどの気丈な態度とは真逆で、しおらしく涙目な顔をしていた。
私は彼女を諭すように言う。
「はい。お互いにお互いのことを考えているのですから、当然ですよ。」
「・・・。」
押し黙る椿さん。
私とお姉ちゃんは椿さんの返事があるまで待った。
そして数分沈黙が続き
「わかったわ。お姉ちゃん、許してあげる。飛鳥、あなたの養子も認めるわ。」
「ありがとう、椿さん。」
「さん付けなんて他人行儀な真似はやめて。姉妹になるのにその呼び方はおかしいでしょ?」
「あ・・・、それもそうですね。・・じゃなかった、そうだね、椿ちゃん。」
そう答えると、椿ちゃんは嬉しそうにした。
しかしその後、少し前までこの関係を拒否していたためか、ばつが悪そうな表情が混じり、何やら悶々としているようだった。
この平和(?)そうな光景を見て、お姉ちゃんが近づいてくる。
そして私の頭にポン、と手を置き、
「お疲れ様。そしてありがとう。私一人じゃ何もできなかったから、どう感謝すれば・・・。」
労いの声をかける。
だが、私は憎らしそうにお姉ちゃんを睨む。
「・・・。」
「え?あの、飛鳥さん?」
「・・・お姉ちゃん、こうなることを大体予想してたよね?ちょっとタイミング良すぎないかな~って思ってたし、ここ来る時から何か先を見据えているというか、全部わかっているような言い方が目立っていた気がするんだよね。」
「え!?そんなことないと思うんだけど・・・?飛鳥に付いて来てもらったのは、椿と仲直りする橋渡しにできることならならないかなって思っただけで・・・。」
「そういうところだよ!頼めばいいのに自然にその人がやるように流れを作って・・・、今回の原因はお姉ちゃんなんだし、いい加減その『人を利用する癖』を直した方がいいよ。今回ばかりは、自分でやらなきゃいけないことを私に押し付けて怒れてきちゃった。」
「・・・そうだったわね。思い返せば私と飛鳥で話し合わせて、お姉ちゃんは終盤に現れるだけでそれ以外は何もしてなかったわ。」
ゆらりと立ち上がる椿ちゃん。
私も彼女も、お姉ちゃんには色々振り回されて我慢できなかった。
「ちょっと待って。何もしてないわけなかったわよね?それに『人を利用する』って・・、私そんな卑怯なことあまり・・・」
「やってるんだよ!大体、家の事から・・・・」
そして、私と椿ちゃんの説教は2時間以上にも及ぶのであった。
それから・・・
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「ねえ飛鳥、何ニヤニヤしてるの?」
「ん?なんか私と椿ちゃんが会ったときのこと思い出しちゃって。あの頃の椿ちゃんちょっと怖かったなって。」
「なんで脈絡もなく思い出してるのよ。それに、怖かったって・・・。そういう態度をしてた自覚あるけど、飛鳥に面と向かって言われると傷つくわね。」
椿ちゃんと会って数か月後、学校から帰って家でのんびりしているときに、ふと、その時のことを思い出していた。
今では私とお姉ちゃんが住んでいる家にこうして椿ちゃんも来るようになっていた。
いや、むしろ最近では実家の用事を済ませるとき以外はこっちで生活しているから、もう住んでいると言っていいのかな。
ちなみに後日、お姉ちゃんに相談したらもう住民票は移しているとのことだった。
お姉ちゃんも、実家に戻るようになったが、結局家は椿ちゃんが継ぐことになっており、お姉ちゃんはそのサポートをすることとなった。
そう言いつつ、実権をお姉ちゃんが握りそうで怖くはあるが・・・。
親戚に対しては椿ちゃんが家を継ぐとともに離縁を言い渡し、親戚の方々が運営している会社や息のかかった役員をグループから外す動きでいるみたい。
「なになに?何の話?」
家から帰ってきたお姉ちゃんは、リビングで談笑する私たちを見て、会話に入ってくる。
それに対して私や椿ちゃんは
「・・・あ~、あの時のこと思い出すと、お姉ちゃんへの怒りがまた湧き上がってくるわね。」
「結局・・、直ってないしね。」
「え?本当に何の話?」
「「お姉ちゃんが悪いって話。」」
「私何かした!?」
・・・・こうしていると、椿ちゃんやお姉ちゃんと本当の姉妹であるように思えてくる。
椿ちゃんは、一見完璧そうではあるけれど、脆い部分も存在する。
お姉ちゃんは完璧であるが、それ故に他人のことを考えていない行動をすることがある。
それらをサポートするのが、私の役目になりそうだ。
大変そうだけど、とても楽しそうでもあって。
ああ・・・、この関係をいつまでも続けていけたらいいなぁ。