異世界の飛鳥5
「さ、着いたわ。ここよ。」
「う、うん・・・。」
私とお姉ちゃんはこの家の2階にある大きな扉の前に来ていた。
道中この家の使用人と思う人たちに冷ややかな目で見られていたのを感じ、その事を言おうかと思ったけどさっきのイラついたお姉ちゃんが怖くて言えなかった。
「何?緊張してるの?」
お姉ちゃんはさっきのことを気にしていないような雰囲気だけどどこか無理をしているように感じる。
「そ、そうじゃないけど・・。」
「・・・椿のことが気になるの?」
やっぱり気付かれた。
そりゃ気持ちを態度で表してたらそうなるか。
私は無言で頷く。
「端的に言うとあの子はただ勘違いしてるだけよ。ただそれだけ。それ以上私は言いたくない。」
いつものお姉ちゃんらしくない突き放すような態度をとられた。
そして、お姉ちゃんは扉を押して開けた。
中は扉に見合うほど広い部屋で多くの書架が存在しており、書庫なのかと思ったら、書架を掻き分けた先、部屋の奥に若そうな一人の男性が椅子に座っており目の前の机に置かれたノートパソコンで何やら作業をしていた。
「やっと来たね、鈴。久し振りで迷ったかい?」
「まさか。足止めを何度か食らっただけよ。」
「なるほど、みんな久し振りに鈴に会えて嬉しかったんだね。」
「そんなんじゃないってわかってるくせに。」
「隣の子が例の?」
「話を聞け!」
お姉ちゃんの話を無視して男性は私に顔を向ける。
私は今回こそお姉ちゃんに言われた喋らないことを守ろうとなにも言わずお辞儀した。
「飛鳥、この人には喋って大丈夫よ。だから自己紹介しなさい。」
「え?あ、うん。初めまして、氷冷飛鳥といいます。お姉ちゃん・・鈴さんの家に居候してます。」
私は再度お辞儀する。
2度も挨拶してしまってなんだか恥ずかしくなってくる。
そうならそうと先に言ってよお姉ちゃん・・・。
私が挨拶し終えると男性の方も話し出した。
「初めまして。鈴の父の音鴨彰です。君の義理の父親になるかもしれないのかな?」
そう言ってお姉ちゃんのお父さんは座りながらだけど会釈した。
というか、お父さんだったのか。
若いしお姉ちゃんがかなりフランクに話していたからてっきりお兄さんだと思ってた。
「『なるかも』じゃなくて『なる』の。父さんまであいつらの言いなりになるの?」
お姉ちゃんはかなり怒った様子でお父さんに言う。
「そういうわけじゃないさ。親戚の皆が最近一層気品とか体裁とか気にして僕達の経営に口うるさくなってきていることは正直僕も困っている。けどそれはそれ、これはこれだよ。信頼できる鈴が推薦する子だとしてもやっぱりこの家にふさわしくなければ養子にすることはできない。もし養子に迎えるとしてもお金とか色々な面で保護者として見られるのは君じゃなくて僕だ。厳しいことを言うけど、もしふさわしくない子ならお金の無駄だし、親戚の皆じゃないけど僕らの顔に泥を塗るような真似はされたくないからね。」
「そういうことはしないって私が保証する。飛鳥はそんなことする子じゃない。それに養子にするって前は言ってたじゃない。」
「・・・気が変わったんだよ。それにそういうことは僕が判断する。鈴の言葉を疑うわけじゃないけどそういうことはちゃんと自分の目で見て判断しなくちゃね。それに、鈴の今の方法は君が嫌っているあの人たちと同じような方法になっているって気付いてほしいな。」
そう言ったお父さんの顔つきが一瞬怖いものになり、お姉ちゃんはそれに気圧された。
「・・・どうすれば認めてくれるの?」
「そうだなぁ、・・・とりあえず飛鳥ちゃんにだけ話すから、鈴は部屋から出ていてもらえるかな?」
「・・・私に関係あることね?」
どうやらお姉ちゃんは大体のことを察したらしい。先程までと顔つきが変わり、とても怖い顔をしている。
だがお父さんはそれを否定した。
「そういうことじゃないよ。鈴も内容を聞くとおそらく君は飛鳥ちゃんを全力でサポートするだろ?それじゃあ彼女の素質を見極めることができないからね。」
「ならサポートしな・・・」
「サポートを禁止したとしても君は必ず秘密裏にサポートする。なら君に秘密にして最低限のサポートだけにしてもらおうかなって思ったんだよ。」
「・・・わかった。」
そう言うとお姉ちゃんは部屋から出て行った。
部屋には私とお父さんの二人だけになってしまった。
なんか気まずい・・・。
そう思っていたらお父さんが口を開いた。
「さて、ややこしいことを言って申し訳なかったね。ああでも言わないとあの子は君から離れないと思ったからね。それにしても、相当大事にされているようだ。」
「そんな、私なんて・・・。」
「まるであの子に注げない分を君に回しているようだ。」
「え?それって・・・?」
「椿の事だよ。鈴がどうして家督を捨てたか知っているかい?」
私は首を横に振った。
「いえ、お姉ちゃんはそういうことはあまり話したがらなかったので。」
「やっぱりそうか。養子にしてほしいって言うならそういうことも教えておかないと後々知ってショックを受けるかもしれないのに・・・。」
「そんなにひどいことなんですか?」
「いや、ひどいというわけじゃないんだけど。・・・そうだね、これは鈴だけじゃなくて僕にも責任があるかもしれない。けど鈴はそれを1人で背負おうとしている。自分の責任だからって、それにそれを知った君に失望されたくなかったんじゃないかな。」
「そんな、私失望なんてしません!私だってお姉ちゃんみたいに人に失望されるようなことをしてしまったことがありますから・・・。」
私は骸亜さんのことが頭に浮かぶ。
私が家を出て間もない頃荒れていた時、トラブルを起こして骸亜さんに怒られたことを思い出す。
そして骸亜さんの事もある程度わかってきて性格も落ち着いてきた時に、骸亜さんも実は精神的に不安定だと気付いたが、骸亜さんを癒すことができず、ただ協力して悪事を働くことしかしなかった。
それを考えるとお姉ちゃんに対して失望する資格なんてない。
「・・・どうやら心配いらないみたいだね。いいだろう、話そうか、昔話を。」
・・・・・・・
数年前、この家には数百年に一人の天才と称される子がいた。
その子の名は鈴、僕の娘だ。
鈴は「天才」と言われたように何でもでき、小学生ながら僕の財閥の経営について口を出すことができるほどで、将来有望視されていた。
そして僕にはもう一人娘がいる、・・・そう、椿だ。
二人は昔は今のような険悪な関係じゃなくて逆のとても仲の良い姉妹だった。
けどここで問題が発生したんだ。
椿も僕並かそれ以上の才能を持って生まれ、おそらく世代が違ったなら確実に後継者として選ばれた存在だった。
しかし、僕の親族は当時後継者候補だった鈴ばかりに目が行き、椿のことを影で邪見のように扱っていたんだ。
椿に対して開くのは鈴との比較だけ。
多分鈴としてはそれが許せなかったんだろうね。
才能ある妹もちゃんと評価してほしい、自分ばかりと比べるな周りとも評価しろ、ってね。
そして鈴は行動を起こした、それは君も知っているだろ。
「はい、中学時代の事ですよね?」
そう、鈴は中学の時多数の問題を起こした。
伝説と言われるほどの不良になり、毎日のように暴力沙汰を起こしたんだ。
周りには「自分には才能があるから何してもいい」とか「財閥の利益は上げてるんだから他で何してようが勝手」と、自分の評価を落とすようなことを言っていた。
けど、本当に信頼できる人・・・僕や竜君にはちゃんと本当のことを言ってくれた。
「私が問題を起こして家を出れば椿が次期後継者に選ばれる。私がいなくなれば椿をきちんと評価してくれる。」
ってね。
真意を知った――――もっとも、僕や竜君は初めから相当な理由がない限りこういうことはしない子だと分かってたから真意を知ったところで決断はあまり変わらなかったけど、僕は家に籍は残したまま後継者の資格を剥奪するだけにした。(これも鈴と椿が和解すれば戻す気でいるんだけどね)
当時は親族に色々非難されたよ、やれ親馬鹿だの甘すぎだのね。
けど、僕としては仕事もできない地位だけにしがみついて大きな顔をしている従兄弟や兄弟よりも仕事もできて可愛そうな妹のために家を出ようとする娘の方が大事に決まってるだろ。
その時くらいからかな、僕は彼らの意見は徹底的に無視して、必要とあれば僕ら家族で独立してもいいから縁を切ろうと思ったのは。
だけど椿が彼らの側付いてそれをさせなくしたんだ。
あの子自身は彼らにどう思われていたのか知らなかったみたいだからね。
それに、椿は自分が尊敬していた姉が実は全然そうじゃなかったと思って失望したんだろう。
鈴に反発できる一番の方法はこれだと考えたんだろうね。
・・・・・・・
「と、まあ話せるのはこのくらいかな。どうだい?話を聞いてみて。」
「・・・それってつまり、椿さんはお姉ちゃんのことを勘違いしているということですよね?それを解消しようとは思わなかったのですか?」
「思ったよ。でも、椿が話を聞いてくれなくてね。鈴が話してくれれば聞いてくれるとは思うんだけど、あの子はあの子で『話さなくていい』なんて言って聞かなくて・・・。」
お姉ちゃんもお姉ちゃんで頑固だからなぁ・・・。
しかもこういう自分のことについては話したがらないし――多分色々しがらみがあったり後ろめたいことがあるからだろうけど――それを聞くためにはこういった私よりお姉ちゃんを知る人に聞くしかない。
けど、その人が知っている以上の事は基本お姉ちゃんだけしか知らないものとなっているから、お姉ちゃんって意外に謎なところが多い人なんだよね。
もしかすると真希さんや望さんより多いのかもしれない。
お父さんは時計を見てハッとする。
「おっと、もうこんな時間か。まあ僕の話したいことは全部話したし、そろそろ鈴を呼び戻そうか。」
「あの、養子を認めるとかの話は・・・?」
「はははっ。そのことを本気で考えてたのかい?その事なら初めから反対する気ないよ。あれは鈴を部屋から追い出すための口実だよ。それに、見てて思ったけど君はこの家に十分ふさわしい素質を持っている。だから・・・」
お父さんが言いかけた時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「おや?鈴かな。いいよ、入って。」
「失礼します。・・・・っ!」
そう言って入って来たのは、椿さんだった。
彼女は私を見てギョッとした。
「あなた、お姉様と一緒にいた・・・。」
私はお姉ちゃんに言われた「喋るな」を行おうかと思ったけど、さっきの話を聞いて椿さんとお姉ちゃんに言いたいことができたのでお姉ちゃんには悪いけど約束を破らせてもらうことにした。
「先ほどは自己紹介ができなくてすみません。私、氷冷飛鳥といいます。」
「・・・お父様、本当にこの方を養子にするおつもりですか?」
だがそれも意味を成さず、椿さんは私を一瞥しただけですぐにお父さんの方を向いた。
お父さんはやれやれという表情を浮かべながら言う。
「鈴からも話を聞いたのだろう?僕は可愛い娘の頼みなら大体の事は受けるつもりだ。」
「なら私からのお願いです。養子の件を受けないでください。」
「理由は?」
「お姉様は問題を起こし家を出た身です。そのような者の意見を優先するなんてさらに一族から孤立してしまいます。」
「その時はその時だよ。考えてないわけじゃないし、むしろ本望かな。」
「冗談がすぎます。私はお父様の事を思って・・。とりあえず、あの方の言うことを受けないでください。もうお姉様はこの家の人間ではないのですから。」
「・・・どうしてそんなことを何のためらいもなく言えるんですか?」
今まで気にもしていなかった椿さんの目がこちらに向いた。
私としても大人しく聞いていようかと思ったけどさっきの椿さんの言葉で衝動的に口が動いてしまった。
そしてある言葉を思い出す。
『あなたはもう不必要です。』
『消えなさい。あなたはこの家の人間ではないのですから。』
家を追い出されたときにあの人に言われた言葉だ。
多分ちょっと前の私なら乱暴な言葉を使いながら椿さんに掴みかかっていたかもしれない。
それほどまでにあの家は私にとっては忌まわしかった。
「お姉ちゃんはあなたのことを考えて・・・。それなのにそれを無下にするようなことを言って・・・。」
「・・・あなたに何がわかるのですか?」
私の怒りなどどうでもいいかのように椿さんは言った。
むしろ私の言葉に逆に腹を立てているみたいだった。
それを察知したのか、椿さんが何か言う前にお父さんが口をはさんだ。
「おやおや、早々に姉妹喧嘩かな。とりあえず、もうすぐお客さんが来るからやるなら別の所でやってほしいね。」
「違う」と言おうとしたが、お父さんの言葉から妙な威圧感を覚え、私たちはいったん怒りを治め一緒に部屋を後にした。
部屋を出ると椿さんが口を開いた。
「とりあえず私の部屋に行きましょう。そこなら何にも配慮せずに話し合いができます。」
私は椿さんに付いていく。
そういえばお姉ちゃんはどこに行ったんだろう?
お姉ちゃんなら部屋の外で聞き耳立てるくらいしていると思ったんだけど・・・。
椿さんもお姉ちゃんに会った様子じゃなかったし。
とりあえずメールで連絡しておこうかな。
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二人が出て行った後、しばらくして彰はため息をついた。
「ふぅ・・・。話は聞いてたけどまさか鈴の連れてくる子があの家の子だと思わなかったよ。僕としては別に構わないけど、向こうにバレるとどうなるか・・・。まあそれをどちらにも知られずにしなきゃいけないとはね・・。・・・、まずは咲に相談かな。」
独り言をつぶやき、これから来る来客の対応を済ませた後に頼りになる妻に相談しようと決める彰であった。
そして、再度彼の部屋の戸が叩かれるのは飛鳥たちが話し合いを再開した頃になる。
次回で椿編完結ですかね。
飛鳥の家の事もチラッと出したりしましたがその話になるのは本編が最終盤・・早くて中盤の後半あたりにならないと書けないです。
今書いても意味不明になりますし、本編ネタバレに近くなりますので・・・。
話中に名前が出た真希や望は別の話で出ると思います。