ステファニーのお部屋に小さな生き物
ステファニーは鏡に写る自分の姿を見て絶望をしていた。「今日の朝も最低だわ」そうボヤくと顔にプライマーを塗る。彼女は何時ものように自分の姿を見て絶望するのが日課になっていた。と言うのも、彼女は昔から鼻の下に大きなホクロがあるのがコンプレックスだったからだ。
彼女は小学生の頃大きなホクロを大仏だとみんなから揶揄われて以来、自分には何故こんな大きなホクロが鼻の下にあるのだろうとずっと泣いてたのだ。それからは学生時代と共に社会人になってからも30年間ずっと悲惨な人生だった。
街をあるけば、カップルがチラチラと自分の顔を見ながら小声で何かを喋っていたり、会社では上司に成績が上がらないのはホクロのせいじゃないか?など言われたり、10年連れ添った彼にはやはりホクロが好きになれないと言われ別れたりと散々だった。
ただそんな時代を過ごしてきたステファニーにはただ唯一エヴァと言う親友がいた。
小学生時代からの幼馴染で、彼女の良き理解者だった。学生時代には彼女が虐められればずっと身体を張って守ってくれた。
彼氏と別れた際も彼女がずっと一緒にいて話し相手になってくれたからステファニーはなんとか精神的にも耐えられたのだ。
今日はそんな彼女に私の男友達と一緒に気分転換で遊ばないか?と前日に誘われ、予定時刻の2時間前からステファニーは化粧を必死に粧し込んでいたのだ。
「ああ・・・気分乗らないな」
ステファニーはそう呟きながら嫌な顔をしたまま今度はファンデーションを塗り始める。
前日彼女は何回もエヴァの誘いを断っていたのだ。彼氏と別れてまだ1ヶ月しか経っていないと言う事もあるが、別れた理由が理由なだけに、少し臆していたのだった。
しかしエヴァはどうしてもステファニーを元気づけたいと言って聞かなかったので、嫌々ながらも誘いに乗ったのだ。
ステファニーは化粧を完璧に仕上げると気合を入れて「1日だけ!1日だけよステファニー」と自分に言い聞かせ、1番お気に入りの淡いピンクのコートを着ると自宅の玄関に向かった。
するとタオルに包まれた小さなクマのような小猿のような生き物が玄関の隅っこでスヤスヤ寝ていたのだ。
ステファニーは「キャッ!」と悲鳴を上げるとその小さな生き物を遠巻きにジッと観察した。
「えっ?なに?何なの?」
そうステファニーは言うと更に小さな生き物に近づいた。
「えっ?何で玄関に変な生き物がいるの?」
ステファニーのそんな声に気付いたのか、小さな生き物は目を薄っすら開けると目を少し擦ったあと一言
「あっ、こんにちは・・・」と言った。
「えっ?あっ・・・こんにちは」
「あの、なんと言えばいいのかしら、えっとどちら様ですか?」
「ごめんなさい。僕、あの、ほんの一雫、一雫で良いのでミルクをくれませんか?」
「えっ?あっ!ミルク?ミルクが欲しいの?」
「はい・・・ミルクを一雫で良いのでくれたら嬉しいと思います」
小さな生き物は言うと小さく欠伸をする。
「あっ!えっとーうん。ちょっと待っててミルクなら冷蔵庫にあるわ。うん。ある。ちょっと待っててね」
ステファニーはそれからすぐにキッチンにある冷蔵庫からミルクを取り出してコップに注ぐと小さな生き物の前に運んできた。
「ああ・・・ありがとうございます。一雫、必ず一雫だけ下さい」
「えっ?あっ、一雫だけね!ちょっと待ってて」
ステファニーは何故一雫だけなんだろうと疑問に思ったがきっと緊急なんだろうと思い、指でミルクをなぞり小さな生き物の口に一滴垂らした。
小さな生き物は口の中でゆっくりモグモグとミルクの味を確かめると「美味しい」と呟きそっと目を閉じてまたスヤスヤと寝始めた。
「えっ?あっ!ちょっとちょっと。起きて。私これから出掛けなきゃならないの。申し訳ないけど、なんて言ったらいいか。あなたは誰なの?」
小さな生き物はまたゆっくりと目を開けると「僕もわからないんです」と呟いた。
「え?何?どう言う事?わからないって?と言うかどうやって家に入って来たの?」
「何か僕、記憶装置らしいんです」
そう小さな生き物はステファニーに言うと、またゆっくり目を閉じてスヤスヤ寝始める。
「えっ?記憶装置?装置ってなに?えっ?寝たの?ちょっ!ちょっと起きて!坊や起きて!」
ステファニーは今度は小さな生き物を少し強く揺すった。
「あっ・・・あー痛い」
「あっ!ごめんなさい!大丈夫だった?」
「あっ、もしかしたら腕が壊れたかもしれないけど大丈夫です。何かご用件はあるんでしょうか?」
「うん。えっ?壊れ?あっ、用件?えっとーあの、寝てる所ごめんなさい。なんと言ったらいいか・・・何者なの?」
小さな生き物に聞かれたステファニーはなんだか自分が悪いかのような気持ちになったがどうにかしなければ待ち合わせの時間に遅れてしまうので、寝かさないように、優しく聞く。
「えっと、さっきも言ったと思うんだけど、僕自分の事がわからないの。キャベツおじさんから記憶力相談室と言われたの」
「えっ?記憶力相談室?えっ?どう言う事?
キャベツおじさん?記憶力相談室?ごめんなさい。全く何を言ってるか私、わからないわ」ステファニーは困惑する。
「僕もよくわからないの。でも多分パンダだと自分では思うんです。それと1つ言える事はミルクをもう一雫貰えたら嬉しいと思うんです」
小さな生き物はそう言うとコップに入ったミルクをチラリとみた。
「えっ?パンダ?イヤ、パンダでは無いと思うんだけど、あっ!ああ。ミ・・・ミルクね!もう少し欲しいの?」
「ええ。さっきからもう何百万回と言ったと思うんだけど、ミルクをもう一雫だけ欲しいの」
小さな生き物は何だかちょっと不満そうにしている。
「ああ・・・そ・・そうね。ごめんなさいね!どうぞ」
とステファニーはミルクが入ったコップを小さな生き物に近づけて、指先にミルクをつけると口下に運ぼうとした。すると小さな生き物はステファニーがミルクを持っていた腕をシュッと小さな手で掴んでコップの中に入っているミルクをゴクゴク飲む。
「ええ?あっ!ちょっ!ええー!」
ステファニーがビックリしている間にもう既にコップの中身は空になっていた。
ステファニーが唖然としていると、小さな生き物は何事も無かったかのように、ゲップをしてまたゆっくりと目を閉じる。
「あっ!ちょっ!ちょっとさっきから何回も言ってるけど、ここで寝ちゃダメよ!これから私出掛けなきゃならないし、ねぇ起きなさいってば!」
ステファニーは時計を気にすると少し急かしながら言った。
「ああ・・・でもちょっと、なんだか僕眠くて困ってるの。大丈夫だと思うんですけど、敢えて言いますけど、素敵なお姉さまが出掛けても、僕はこの部屋を物色するとか、金品を略奪するとか金輪際しませんから。少しだけ寝たら直ぐに置賜しますから。もう少しだけ寝かせていただけたらと思うんです」
そう小さな生き物は言うとゆっくりと手の平を見せて何もしない事をアピールしてまた目を瞑ろうとする。
「ええ!ちょっと色々ツッコミどころがありすぎてわからないんだけど、金輪際って私の部屋でもう既に何かしているって事でしょ?
ちょっ!えっ?また!?起きて!困るのよ!ここら出て行って貰わなきゃ困るのよ!」
「ああ・・・折角、手の平をアピールしたのに・・・」
小さな生き物はそう言うと項垂れた。
「アピールしてもだめよ!お願いだから私これから出掛けなきゃならないのよ!遅刻しちゃうわ!」
ステファニーは本当にそろそろ出なければ待ち合わせ時間が過ぎてしまう。どうにかこの小さな生き物に出て行って貰わなきゃと思うが。出て行く気配が微塵も感じられなかった。
「ねぇ。わかったわ。じゃぁ、こうしましょう。なんだか多分だけどあなたは記憶喪失みたいな感じだと思うの。多分ね。まぁどんな生き物かわからないけど、此処にいられるのも困るし、私と一緒に出掛けるのはどう?そうすれば私も安心して出掛けられるわ!」
と小さな生き物にステファニーは提案する。
「ああ・・・でも僕ごめんなさい。まだ0歳だから出掛けたいけど動けないんです」
小さな生き物は困った顔してステファニーを見る。
「えっえー!0歳で動けないってどうやってこの部屋入って来たの?」
「それもわからないんです。僕はどうやってここに来たのかも、名前も、生まれも全てわからないんです。悲しい」
そう言うと小さな生き物は悲しそうに目を瞑った。
「そう。可哀想に。やっぱり記憶喪失だったのね。わかったわ。私もあなた以上に悲しい人生では無いけど、私も今まで辛い人生だったから、同情するわ。わかったわ。私もどうせこのままじゃ結婚どころかゆくゆくはひとりぼっちの人生になりそうだし、あなたが全部思い出すまで一緒に暮らしてあげる」
ステファニーは小さな生き物にすっかり心奪われると、新たに何か決意したかのように項垂れてる生き物に「どう?一緒に暮らしてみない?」と聞いた。
「・・・」
「別にどうって事はないわ!しっかりあなたをちゃんと養っていける財力はちゃんと溜め込んでいるし、あなたが寂しい思いをしないようにちゃんと世話だってするわ」
「・・・」
「・・・」
「ねぇ?えっ?ちょっ!ホラ起きて!」
「あっ・・・ごめんなさい。僕、今、あれ?ここはどこ?」
「ちょっ!?えっ!私の家よ!ホラ寝ぼけてないで、暫くの間世話してあげるから、とりあえず起きて」
ステファニーはまたこの子は寝たのか。どんだけ寝るのよ。と思いながらも小さな生き物を起こした。
「あっ・・・ごめんなさい。今起きました。ああ、眠い・・・」
「ダメよ!また寝ちゃ困るのよ!ホラ!ああもうこんな時間完璧な遅刻よ!」
そう言うとステファニーは小さな生き物をタオルに包んだ状態で抱えたまま急いで
「ああ遅刻よ!」
と言いながら玄関を出た。
第2話終わり