17/3/19夢
寝殿造りの母屋に人気がない。座敷も、庭も、家の前道も。鳥居の下まで駆け下りる。その間、1人もすれ違わない。
「ハッちゃん…!」
嫌な予感が的中した。
白い石の灯篭を曲がると、お家のみんなが集い葬儀を挙げていた。
ふと左横を見ると、昨日私が買ってきた桜餅が半分残っていた。
…ハッちゃんは、全部食べずに死んだのか。
その事を残念に思う自分が気持ち悪い。ハッちゃんが死んだというのに、桜餅なんか気になるのは妙だ。
兄のように優しくて、身分の低い私にお家の人が辛く当たる時には、いつもそっと隠すように守ってくれた。ハッちゃんが隣に来てくれると、身分など乗り越えて夫婦になれたような錯覚を感じていられたのに。
もうあの優しいハッちゃんに会えないのか。
棺に縋り付いて泣きたいのに、お家の人の葬儀に立ち入ることなどできず、私はひとり桜餅を見つめていた。
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おばあが左後方から意地悪な声で言う。
「そんなもの、うちの八が喜ぶものかね。これだから手銭のない孤児はごめんだよ」
まだ包みを開いてもいないのにこの言われようだ。
座敷の下座、これ以上ないほど下位の片隅に正座して、けれど私には自信があった。おばあが言うような仕方のないものをハッちゃんにあげるわけがない。
ハッちゃんもおばあなど気にもとめずに私の側に寄り、私の手が包みを開く様を見守ってくれている。
そこから綺麗な桜餅が出てきた時、奥様が、まあ、と言った。座敷が色めき立つ。
私が今まで一度も使ったことのないお給金で、初めて買ったハッちゃんへのプレゼント。二つは綺麗な桜餅。もう二つは、誰も見たことがないくらい鮮やかな赤紫が乗った、都の粋な餅菓子だった。
おばあが居心地の悪そうな、物欲しそうな素振りでもごもご言っている。その言葉は私の耳に入らない。ハッちゃんがまた少し私に寄って、こちらに嬉しそうな微笑みをくれたのに釘付けだったから。