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桜雨 〜さくらあめ〜  作者: natsu.
8/8

永遠の愛を誓うよ、病める時も健やかなる時も

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


のん


 そうの読み通り花音は屋上にいた。

 花音が何か物思いにふけっている時は必ずここに来るのだ。


「あら爽太。お話は終わった?」

「ああ。──終わったよ」

「そう。付き合うの?」


 いつもの冗談かと思った。

 だが花音の表情が少し悲しげなのに気付いて動揺した。


「……付き合わねェよ」

「あらどうして? あんなに会いたがってたのに」

「もう……女としての好きじゃないんだ」


 花音は少しびっくりしたようだった。


「……そっか」


 花音はそれだけ言って空を仰いだ。


「会いたい人に会えてよかったね、爽太」


爽太はその言葉でハッとして、そして気付いた。花音は大切な人に会いたくてももう会えないのだということに。


「なんか……ごめん」

「いーの。さ、帰ろっか」


 と爽太に背を向けて爽太の手をとる。

 だが爽太はそこから動かない。

 もう後悔したくない。

 あの時あの気持ちを伝えておけば、なんて思わないように。あんの二の舞にしたくないから。


「花音、俺、お前が好きだ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「え……?」


 花音は自分の頬が引きつるのが分かった。

 まさか、そんなことを言われるなんて。

 嬉しい、あたしも好きだよ。──そんな言葉が心の中では渦巻いて喉まで出かかっていたのに出なかった。喉に何か詰まっているように何も出ない。

 言えたのはこれだけ。


「ごめん……」


 背を向けたままそう言った。爽太は悲しげな音色で「そっか」と呟いた。

 爽太は頑なにこちらを向こうとしない花音の頭を後ろからぐしゃぐしゃっと撫でた。


「ちょっ、爽太!」

「ははっ。早く帰ろーぜ、腹減った」

「まだ夕飯の時間じゃないでしょ、もうっ」


 そう言いながらも、花音の顔が幸せそうな顔になっているのに本人はもちろん花音の前に立っていた爽太にも分からなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 しばらくしてから。


「あれ、わか?」


 そこは学校の屋上。

 若菜はじぃっと空を見つめていた。


「爽太。何やってんの?」

「お前こそ。黄昏たそがれてるなんてらしくねーぞ」

「よけーなお世話よ」


 若菜はベーッと舌を出す。

 爽太はそんな若菜に笑いながら言った。


「先週くらいかな……。俺、杏奈に会ったんだ」

「えっ!? 杏奈ってあの杏奈!? 」


 若菜は過剰すぎるくらい過剰に驚いた。


「そう、あの杏奈」

「えー、いいなぁ。元気だった?」

「ああ、結構な。で、俺杏奈に今思ってること全部言ってきた」

「思ってることって?」

「杏奈に対する気持ちと、花音に対する気持ちのこと」


 若菜の顔が引き締まった。


「それで……?」

「杏奈にも花音にも振られたよ」

「は? 花音にも? どーゆー事?」

「花音にこくったんだ、俺」


 若菜の顔が痛ましい顔になる。

 やがて小さな声で「そっか……」と呟いた。


「でもそれで諦めちゃうの?」

「え……?」

「それで諦めていいの? ずっと想ってたのに」


 途端に襟首をガッと掴まれ、引き寄せられる。

 爽やかな若菜の匂いが近くまで香り、

 ──柔らかなものが唇に触れた。


「あたしね、ちっちゃい頃からずっとずっと……爽太のこと好きだったの」

「……マジで?」


 爽太は信じられなかった。

 でも先程のキスの感触、若菜がこくんと頷いたことで事実なのだと分かった。


「……嘘だろ?」

「嘘ついてあたしに何の得があんのよ」

「……確かに」


 やけにすんなり納得した爽太が可笑しかったのか若菜が盛大に吹き出した。


「な、何でそこで笑うんだよ!? 」

「ご、ごめ……」


 クククと笑う若菜に爽太は少し不機嫌になった。


「で、さっきの話に戻るけど。あたしはあんたとどうこうなりたいって訳じゃないの」


 若菜はここで一息ついた。


「ただ、ここで言っておかないとあたしはずっと気持ちを引きずっちゃうし、それはあんたにもとうにも悪いから」

「と、桃李にもって?」

「なーんでーもないっ」


 若菜はしれっとはぐらかした。

 爽太は聞いても無駄だということを悟り、ふぅっとため息をついた。


「でも……ごめんな若菜。俺、やっぱり花音が好きだから、お前とは」

「なーに言ってんの、友達なんでしょ?」


 若菜は爽太の言葉をぶった切り笑った。

 その笑顔に爽太の胸も軽くなる。


「ありがとな」

「うん」


 ふふふっと2人は笑いあった。



 そして、──11年経った頃。


のん!」


 24歳になった花音は教会の前に立っていた。

 声をかけてきたのは同じく24歳のそうだ。


「爽太。よかった来れたんだ?」

「ああ、幼馴染の晴れ舞台だしな」


 爽太が言ったのはわかとうの事である。

 桃李の猛アタックの末に若菜が根負けして付き合い始めたのだ。

 その後は順調な付き合いが進み、今に至る。


「でも何だかんだでいいカップルだと思うわよ?」

「確かにな。若菜も桃李もお互いラブラブだし」


 くすくすと2人は笑いあった。

 今なら、──言えるかもしれないな。

 花音は式の直前にそんなことを思った。



「若菜、桃李」


 爽太と花音、2人で新郎新婦の席へ行く。


「「花音! 爽太!」」


 2人は揃って声を上げた。


「結婚おめでとう」


 花音が花束を渡す。2人のイメージの明るい色合いの花束だ。


「ありがとな」


 受け取りながらソツなく言ったのは桃李の方。若菜はものすごい勢いで泣いていた。


「花音〜〜〜!」

「やだ若菜、お化粧流れちゃうわよ」


 くすくすと花音が笑う。


「だってぇ!」


 若菜が泣いているのは感極まってのことだろう。


「おめでとう、若菜」


 爽太がさらりと言うと若菜は泣きじゃくった声で


「あ、ありがと……っ」


 となんとかお礼らしきものを述べる。

 そんな若菜の背中をさすりながら桃李がからかうように言った。


「次はお前らの番だな」


 花音と爽太は少し驚いたが、やがてにっこり笑った花音が言った。


「そうだね、でも40年後とかになるかもよ?」

「遅すぎだろ。その時には俺もう死んでるぞ」

「いやー、桃李は生命力すごいから大丈夫だろ」

「んだとー!? 」


 ──そんな笑いあり、涙ありの結婚式が終わり、花音は何となく爽太と帰っていた。


「……ねぇ、ちょっと寄り道していい?」


 花音の唐突なお願いに爽太は怪訝な顔をしたが、惚れた弱みというやつだろう、素直に従った。

 行きに通りがかった花屋で花を何本か見繕って買った。それから少し歩いて花音が来たのは、少し小さめの霊園。

 ある1つの墓の前で花音は膝をついた。


「ここにね……はる君が眠ってるの」


 爽太の表情はさざ波1つ立たない。

 もう事情を知っているからだろう。


「彼は『天文学者になって帰ってくるって言って、そのまま帰って来なかった」


 花音は淡々と言った。


「約束したのに。好きだから待ってるって、帰ってくるって言ったのに。約束、破ったの」


 少しだけ声に力がこもった。


「春輝君、あたしがずっと待ってることも知らないでのんきに寝てるのよ。……待ってるのに。あたし、ずっと待ってるのに。なんで会いに来てくれないの、バカッ」


 花音は珍しく言葉を荒らした。


「……いや、帰ってきてるよ」


 爽太がいきなり口を挟んだ。

 今度は花音が怪訝な顔をする番だ。


「……どこに?」

「ここに」


 と、花音の胸をとんと人差し指で軽く押した。


「え……」

「花音が奴のことを忘れない限り、奴はここで生きてる。お前の心に帰って来てるよ」


 花音は瞬きもせずにポロポロと大粒の涙を流した。


「か、花音!? ごめんなんか俺変なこと……」

「ううん、違くて……」


 花音はふるふると首を横に振った。


「嬉しいの」


 ありがとう、と花音は涙交じりの笑顔で言った。

 心のわだかまりがするりとほどけた気がした。

 やっと、──やっと、会えたね。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ごめんね、こんなみっともないとこ見せちゃって」


 墓参りを済ませて帰路についている途中、花音はまだ少し涙が混じっている声で言った。


「いや、花音の弱い所を久々に見せてもらえて俺は嬉しかったけどな」

「意地悪」


 花音はからかった爽太を上目遣いで睨んできた。だがその目は少し赤い。


「……花音」

「ん?」

「昔さ、俺がお前のこと好きだって言ったの……覚えてるか?」


 花音は少し不思議そうな顔をしながらこくりと頷く。


「覚えてるけど……なんで今さら?」

「今でも俺の気持ちは変わってない。社会人になって世界が広がっても、俺が好きなのは花音だけだ。お前が俺と付き合うなり結婚するなりしてくれなきゃ俺は一生独身だぞ」

「う。そ、それは……」


 花音は爽太の痛い(であろう)視線から逃げるように目を逸らした。

 今、花音は春輝と本当の意味でけじめをつけることが出来た。花音は過去に囚われず、今ある幸せを掴んで欲しい。

 彼女が自分を選ばなくてもいい。他の誰かと幸せになってくれれば本望だ。でも、──もし俺を選んでくれたら、世界一幸せにする。


「花音、俺と結婚してくれないか?」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「え……」


 花音は驚きすぎて言葉が出なかった。

 結婚? 結婚って……。

 何年も答えを出さなかった。怖かったから。

 思えば爽太のあの告白以来、ずっと心の片隅に爽太の事が残っていた。

 お見合い話も何回も飛び込んで来たし、会社でも同僚や先輩に告白されたこともあった。それでも、どんなに魅力的な男の人と会って、どんなに楽しくお話できても、爽太以上に心が振れることはなかった。

 爽太に会ってからこの運命の輪は廻り始めていたのかもしれない。でも──


「ごめんね……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 のんの答えはやはり11年前と変わらなかった。

 ──いや、変わった所もあった。


「……いきなり結婚は無理だけど、まずはお付き合いから……じゃダメですか?」


 そう言って花音はそうを上目遣いで見つめてくる。

 爽太は思わず力が抜けてガクッと膝をついた。


「爽太!?」

「わ、悪ィ……。正直、フラれるかと思って足がガクガクだった……」


 そんな爽太に花音はくすっと笑って爽太の前にしゃがみ込んだ。


「で? どうするの? いいの、悪いの?」


 花音は今度は爽太を見下ろす形で聞いた。

 爽太はいきなりむくりと起き上がり、花音をぎゅーっと抱きしめた。まるで初めて会った時のように。


「きゃ!?」

「ありがとな花音!」


 明るく言ったその声が少し震えていたのは花音にも伝わってしまっただろうか。


「……こちらこそありがとうだよ。はる君の事とかあたしの過去を知っててなお、あたしを選んで好きになってくれたんだもん」


 花音はぎゅうっと爽太を抱きしめ返した。


「ありがとうね、爽太」


 2人はずっと抱きしめ合ったままだったが、しばらくしてから爽太は花音を少し離しながら聞いた。


「花音。……今でも夏は嫌いか?」


 花音は少し考え込む素振りを見せた。

 やがて少し間をおいて、


「……そうだね。嫌いだよ」


 と言った。少なからずショックを受けているのは花音にばれただろうか。

 恐らく限りなく絶望的な顔をしている爽太に対して、花音はふわり、と柔らかく笑った。

 何故笑うのだろうか? と、爽太は少しムッとした。


「今でも夏は嫌い。でもね、──」


 花音は少し背伸びをして爽太に耳打ちした。

 爽太は自分の顔が真っ赤になったのを感じた。

 そして消えそうなくらい小さい声で呟く。


「おま……そーゆー緩急激しいのは反則……」

「あら、こーゆーのに弱いんだー?」


 ニヤニヤと人の悪い笑みをする花音のおでこに爽太はコツンと拳を当てた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そして、その2年後。


「爽太! 花音!」


 薬指に結婚指輪をはめたわかがこちらへ向かってきた。

 2人は白いタキシードと白いドレスを身にまとっている。

 今日は2人の晴れ舞台。──結婚式だ。


「おめでと花音!」

「ありがと。旦那様は?」

「ん? 旦那? ああ、もうすぐ来るわよ」


 若菜の旦那──とうは綺麗な花束を持って現れた。


「おめでとう2人とも」

「ありがとう。わっ、綺麗!」


 桃李は花音に、ピンクや赤色の綺麗な花束を渡してくれた。花音は当然のごとく喜んだ。


「それにしてもやっとこさ、って感じよね」

「よく言うぜ、お前らだって長年あっちこっちしてたくせに」

「まぁ、40年後にならなくてよかったな」

「うるさいわよ、もう」


 幼馴染の4人の友情は健在だ。

 やがて一足先にくっついた2人が新郎新婦の所を後にすると、


「花音」


爽太が話しかけてきた。


「んー?」

「2年前、お前が俺の告白を受けた時に言った言葉、覚えてるか?」

「唐突ね。覚えてるけど、なんで?」


 少し怪訝な顔をしながら答えると、爽太はクククと笑った。


「あの時は驚いたけどなぁ。まぁ、俺も、お前と一緒なら何でもいいさ」

「なぁにいきなり。昔の言葉を茶化すのはやめてよね」


 ふふふ、と2人で笑いあった。



『今でも夏は嫌い。でもね、──』



 花音が2年前に言った台詞セリフ



『でもね、あたし、爽太がいれば、夏も好きになれそうなのよ?』



 それは2人の共通の想いだった。

 何度もぶつかってホンネで話して。

 心の傷を抱えた者同士、運命はあの時から既に廻り始めてたんだ。


 あいのん有村ありむらそう

 名簿で隣同士の関係から友達、恋人、そして伴侶に。

 あたし達2人、あの時はまだこんなことになるなんて思っていなかったよね。


「永遠の愛を誓うよ花音。辞めるときも健やかなる時もずっと一緒だ……!」


 神父の前で誓いをたてる。

 爽太が差し出した手を花音はそっととった。


「はい……!」


 誓いのキス。この今日という日を花音は決して忘れない。

 本当はずっと気付いてた。お互いに好き合ってて、両想いなんだってこと。

 でもお互いに傷を抱えてて、自分だけが幸せになんてなれないって思い込んでて、だから何も出来なくて。

 花音の中の春輝はいつも悲しそうな瞳をしていた。

 でもね、あたし気付いたの。春輝君が笑わないのは、あたしが本当の笑顔で笑ってないからだって。

 春輝君、あたし、やっと本当の笑顔で笑いあえる人を見つけたの。

 きっと、もう大丈夫。

 だから、安心して笑っててね。

 ブーケトスの時、花音は空を見上げて笑った。

 空も優しく笑いかけてくれた気がしたのだ。


「花音? 早くしないと、みんな待ってるぞ」

「うん。あのね、爽太。──今ね、春輝君が笑ってくれた気がしたの」


 花音は綺麗な青空を見上げる。

 爽太もふっと笑った。

 空は快晴。季節は夏。

 運命の輪が1つ、重なった──


                    fin.

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