サプライズ
次の日から、放課後みんなでいるときにブーッブーッと花音の携帯がしょっちゅう鳴るようになった(もちろんマナーモードだ)。
「ごめん、ちょっと」
花音はそう言いながら席を立つ。
普段ならそのまま電話に出たりするのだが。
花音が廊下に出て行った後、爽太は近くの席の桃李や若菜に話しかけた。
「最近、花音おかしくないか?」
答えたのは桃李だ。
「うーん……。何だろうな」
「でも最近電話が多いのは確かよね」
爽太の意見を肯定してくれたのは若菜だ。
「どうしたんだろな」
そこへ花音が戻って来た。
「なぁに、あたしがどうかした?」
「わっ、花音! い、いや何でもない」
「何よ人を化物みたいに。失礼しちゃう」
ぷくっと頬を膨らませる花音。何だこの可愛い生き物。
「そういえばさ、爽太の誕生日っていつだったっけ?」
花音が爽太に向かって聞いてくる。
「俺の? 俺は……いつだっけ」
「まさかあんた覚えてないの……?」
「そのまさかだが何か?」
「ありえないこの人……」
あっけらかんと言い切った爽太に花音はがくりと頭を垂れた。
「爽太の誕生日だろ? 俺知ってるよ」
入ってきたのは桃李だ。花音は今度は桃李に向かってキラキラと期待の瞳を向けた。
「えっ本当!? 桃李天才!」
「まぁな」
と、桃李は鼻高々だ。
「で、いつなの?」
「8月の……16日だったかな?」
「へぇ……ってもうすぐじゃん!!! 」
今は7月の中旬である。もうすぐと言うには少し早めな気がするのだが。
そんな爽太の考えはいざ知らず、「何で早く言ってくれなかったの〜〜」と言う花音に爽太は今までの考えは一旦捨てて、極めて冷静に「俺の誕生日8/16か。すっかり忘れてたぜ。覚えとこう」と言った。
「もう! 爽太のバカッ」
よほど爽太の反応が気に入らなかったのか、花音はぷいっとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
「何だよあいつ……」
呟いた声は若菜や桃李には聞こえていなかったらしい。何も突っ込まれずに済んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まったくもうっ!」
花音は廊下をのしのしという風に歩いていた。
廊下には誰もいないので花音の口からは「まったくもう」の張本人の名前が出た。
「爽太のやつっ。自分の誕生日くらい覚えといてよね!」
……でもまぁ? そんな爽太も嫌いじゃないけど。そう思ってから、はは、と自嘲の笑みがこぼれる。我ながら素直じゃないな。
「こんなんじゃあ爽太にも嫌われるね」
「確かにな。もっと素直になりたまえ」
笑みを含んだ声にぎょっとして振り向くと桃李が立っていた。
花音は少しホッとした。爽太じゃなくてよかった、と。
「桃李かぁ。あーびっくり」
「何だよ、俺じゃダメだったか?」
「そーゆー訳じゃないよ、純粋な驚き」
「へぇ? で、爽太に何あげるんだ?」
桃李に訊かれて花音は少し考え込んだ。
「うーん……。ナイショー」
「そこでナイショとか来るか、フツー」
「いーの! 敵を欺くにはまず味方から、ってね」
「何じゃそりゃ」
花音はするりと猫のように桃李のそばを抜け出した。
また携帯がぶーっと鳴る。
「はい相田です」
『花音さん?』
電話の相手は女だ。
「あら、先ほどもお電話した記憶があるのですけど?」
『彼……もうすぐ誕生日でしょ?』
「ええ。だから1番喜ぶプレゼントをあげたくて」
『……そうね。ありがとう花音さん』
「お礼なんて似合いませんよ、あなたには」
『……本当負けるわ』
向こうの女は苦笑して電話を切った。
花音は携帯をしまい、ふうっと息をついた。
あと、──1ヶ月。
そして夏休みに入り、花音は一層忙しそうにしていた。
「花音ー、今日……」
「ごめん、ちょっと用事!」
毎日のように用事用事と慌ただしく駆け回る花音。何をしているのだろうと気になったりはしたが何も教えてくれなかったので爽太も若菜も桃李もみんな何も聞かなかった。
爽太の誕生日前日。いきなり花音から電話がかかってきた。
「はいもしもし、花音?」
『爽太? ごめんねこんな時間に』
時刻は23時59分を指している。実際爽太は布団に入っていたが携帯の電子音で起きたのだ。
『3、2、1……0っ!』
「は?」
『お誕生日おめでとう、爽太!』
時計を見れば丁度12時になった所だ。意外な祝い方に思わず顔が綻ぶ。
「ありがとな」
『ん、どういたしまして。あ、そうだ、明日13:00に駅前集合してもらっていい?』
唐突なお願いに少し驚いた。
「いいけど……なんで」
『ちょっと知り合いの見舞いに行きたくて。一緒に来て欲しいなって思ってさ』
ああそういう事か。
「別にいいけど」
『ありがとっ! じゃあまた明日ね』
そう言って電話はぷつんと切れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「若菜」
帰り道。塾で久々に遅くなってしまったので1人で歩いていると後ろから呼び止められた。声の主は桃李だ。
「桃李。何どうしたの?」
「ごめん、言いたいことあって」
「?」
若菜が小首を傾げると桃李は奇想天外なことを言った。
「俺……若菜が好きだよ」
「は?」
「お前が爽太の事好きなのも知ってる。でも、それでもいいから付き合ってくれよ」
若菜は困り果てた。
「でも……そんな失礼な事」
「いいから、考えといてくれよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「爽太!」
待ち合わせ場所の駅前で、先に待っていた爽太の所に花音が駆けてくる。
「ごめん、待った?」
上目遣いで窺ってくる花音に爽太は笑って「や、今来た所」と言った。
「どこの病院行くんだ?」
「市立病院。ちょっと歩くけどいいよね?」
爽太は先に行った花音に素直に付いて行った。
「ここよ」
「ここって……」
そこは杏奈の入院しているであろう病院だった。
「知り合いは501にいるの、行こ」
そう言って花音は爽太の手を引っ張っていった。まるで逃がさないというように。
変な違和感を感じながら501に着く。かちゃりとドアを開くとそこには──
「爽太……?」
聞き覚えのある声。ずっと聞きたくて聞きたくて仕方なかった声。
「あ……杏、奈?」
「爽太……!」
だっと駆け寄ってくる人影。その香りは正真正銘杏奈のものだった。
「杏奈……? 本当に、杏奈なのか……?」
「……っ、爽太ぁ! 会いたかったよぉ!」
うわああ、と子供のような泣き声をあげる杏奈。
爽太はそれをぎゅううっと抱きしめた。
一頻りわんわん泣いた杏奈の背中をさすっていた時、ふと気付いた。
ーー花音がいない。
爽太はさすっていた手を止め、辺りを見回した。
花音はいつの間にか消えている。
「爽太?」
触れる手がいなくなったのに気付いたらしい杏奈が少し顔色を窺うように覗き込んでくる。
「や……。杏奈、俺にお前を会わせたのって」
「花音さんだよ」
やっぱり。
「彼女、あたし達がずっと会ってないの知ってたみたいで。あたしに連絡してきて『爽太に会ってやってくれ』って頼まれたの。それからずっと電話しながら作戦練ってたんだよ」
でもいい子だよね。杏奈はそう言った。
「ホントに爽太の事大事なんだろなぁ。じゃなきゃあんな風に本気でお願いしないものね」
杏奈はいつの間にか爽太の腕から離れている。
くるりと爽太に背を向けて話し始めた。
「ねぇ。別れたあの日まで、あたしの事どう思ってた?」
唐突な質問に少し驚いた。驚いたが冷静に考えて答える。
「……好き、だったよ」
杏奈は何も言わない。
「今は?」
「……え?」
「今は好きなの?」
聞かれて少し戸惑った。好きか嫌いか、なんて問い方は卑怯だ。
「今は……」
好きと言ってしまおうか。杏奈と会えて嬉しいし、このまま順調に付き合えたらそれが1番だ。
だが──……
『爽太っ』
彼女の声が耳にこだました。
俺は、俺は……。
「今も……好きだよ。でも、昔とは違う好きだ」
「どういう好き?」
多分杏奈は分かってて聞いている。
「友達としての好き……なんだと思う。ごめんな」
そう言うと杏奈はくすっと笑った。
「やだ、謝らないでよ。多分あたしもあんたと同じよ、友達」
そう言っていた杏奈の顔は逆光でどんな表情をしているのか分からなかった。
でも何となく分かった。きっと泣いていたのだろう。
「ほら、花音さん追わなくていいの? 帰っちゃうかもよ」
からかうように笑う杏奈にふっと息を漏らした。
「サンキュな、杏奈。また友達としてよろしくな」
そう言って爽太は屋上へ上がる階段を駆け上った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
杏奈はそんな爽太を見送った。
ドアをパタンと閉めてそのドアに寄り掛かる。
爽太はもう自分以外の女を想ってる。分かってた、分かってたけど……。
「やだな……こんな哀しいなんて」
せめてあの2人が自分達のように引き裂かれる事だけはありませんように。
それは杏奈ができる精一杯の祈りだった。