会いたくて、会えなくて、もどかしく
「好きだから」
やっと──やっと分かった、自分の気持ち。
あたし、爽太が好きなんだ。
と、それまで厳しい目で見ていた若菜がくすっと笑い、花音をぎゅーっと抱きしめた。
「もーぉ! やっと認めた?」
若菜は少し花音を離して彼女の頭を撫でた。
「ちなみに、爽太狙うとか嘘だからね?」
「えッ!?」
「あんたがあんまり可愛いからつい意地悪言っちゃっただけ。ゴメンね」
妙にウェットな若菜に花音はふるふると首を振った。
「大丈夫、ありがとね」
「ふふ。明日爽太と会うんでしょ?」
「な……なんで知って……ッ!」
「ゴメンね、さっき2人で話してるの聞いちゃったのよ」
あ、なるほど。ちょっとビックリした。
「さ、明日は片付け手伝うから早く寝よ?」
促した若菜に花音も頷いて布団に入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日。
「ゴメンねいきなり呼び出して」
爽太が待ち合わせ場所に来ると花音は先に来ていた。花音は動きやすいようにパンツスタイルだ。
「いや、俺こそ遅れたっぽくて」
「ううん、時間ぴったり。行こっか」
「どこ行くんだ?」
「もう予約してあるから。半個室だけどいいかな?」
と上目遣いに爽太を窺う花音に苦笑しながら頷いた。
花音が連れて来たのは小ぢんまりとしたカフェ。
確かに2〜3個だけだが個室がある。
「いらっしゃいませ」
「予約した相田ですけど」
「はい、相田様ですね。こちらへどうぞ」
そう言って店員に案内されたのは窓際の角席の個室。
入って向かい合わせに座ると花音は紅茶、爽太はコーヒーを頼む。お互いが頼んだ飲み物が来てから花音が本題を切り出した。
「今日聞きたかった事なんだけど」
花音は少し聞き辛そうに言った。
「爽太ってさ……何かあった?」
「……は?」
「だから、最近じゃなくても昔でも何でも! 何かなかったかって言ってんの」
「別に……何も」
「ホントに? 本当になかった?」
爽太の目をじっと見つめる花音。
頼むから、そんな目で俺を見ないでくれ。
俺の汚さを見透かす真っ直ぐなその目で。
俺を見るな。
とうとう根負けして爽太が口を開いた。
「……あったよ」
花音はやっぱり、という顔をした。
「よかったら……話してくれない?」
確かに花音なら信頼できる。
きっと、大丈夫。──
あれは3年前、冬だった。
爽太は陸上の大会が近いため1人夜のグラウンドで練習していた。
そこへ──
「杏奈?」
爽太の幼馴染、立花杏奈が来た。
「爽太! 何やってるの?」
「見ての通り陸上の練習。お前こそ何やってんだよ」
「さぁ? 何でしょーね」
「何言ってんだお前」
杏奈は爽太にとって大事な女の子だった。
ふわふわした髪の毛、きらめくような笑顔。
全てが愛おしかった。
そしてその日を境に杏奈は、毎日のように練習している爽太の元へ来ていた。
「そーうたっ」
「何やってんだよお前。親に怒られねーのか」
爽太がそう言うと、
「怒られないよ、だって2人とも海外出張だもん」
杏奈は土手に座り込みながら、悪びれずにそう言った。
「爽太こそ、こんな時間まで練習とか。先生に見つかったら大目玉だよ」
と、爽太を咎めるような目で見た。
爽太は苦笑して「残念でした。俺は先生に許可もらってますー」と言ってやった。すると杏奈はぷくーっとほっぺを膨らませた。
「ずるーい」
「ずるくねーよ。さぁ、許可もらってない駄々っ子は帰った帰った」
そう言って追い出そうとすると杏奈はふてて、
「爽太のばーか!」
と叫んで帰って行った。
毎日毎日こんなやりとりが続いた。
続く──筈だった。
異変が起きたのはもう今年も終わるか、と言うところの師走の終わり。
「てゆーかホントに何しに来てんのお前」
「知らないってば! さ、練習練習」
無理矢理に爽太を練習させる。
爽太は少し納得しなかったが気にしない事にした。
今思えば、あれが最後のチャンスだったのだ。
杏奈の走り去る姿を見ながら爽太はある1つの可能性について考えていた。
まさか──……
次の日の夜。爽太はある建物の前に立っていた。
そこからスッと人影が出てくる。
爽太はその人影に声をかけた。
「杏奈」
杏奈はびくりと肩を震わせたがすぐにこちらを振り向いて明るい声で「爽太」と言った。
「何してんだよこんな所で」
「だって爽太に会いたかったからー」
その言葉に苦笑する。だってここは。
「まだ杏奈の家の前だよ」
「え……?」
杏奈は嘘だというように目をパチクリさせた。
「杏奈……。お前、やっぱり……」
「言わないで!」
爽太が言おうとした言葉を杏奈は鋭く止めた。
──恐らく、彼女は夢遊病なのだ。
「……分かんないの。いつもボンヤリとしてて、爽太の声で目が覚めて、気が付いたら学校で……。怖かった、私どうなるんだろうって」
爽太は何も言えなかった。
「でも、爽太に話せてよかったよ。来月両親帰ってくるからその時に事情話して病院に行く」
「待てよ、来月って……それまでどうするんだ」
「叔母さんに来てもらってあたしの事見ててもらう! だから平気じゃあね!」
杏奈はばっと爽太に背を向けて走り出した。
拒絶するようにドアがバタンと閉まった。
「杏奈……」
何で。何で俺を頼ってくれない。
そんな想いがぐるぐると胸の中で渦巻いたがその時の爽太は何も出来なかった。
夜のグラウンドにも彼女は来ない。
そして、彼女は予告通り次の月になった瞬間に学校へ来なくなった。
病院へ行っているのだろう。噂では入院したと聞いていた。
杏奈の消息は知らない。知る術はないーーーと自分に言い聞かせている。本気で知るつもりになれば簡単だ。病院なり彼女の親に連絡なりすればいい。
けれど、今さら爽太からの連絡なんて彼女は望んでいるだろうか?
連絡したら多分会いたくなる。
だから連絡しちゃダメなんだ。──
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅん」
話を聞き終わった花音はさして興味もなさそうに言った。
「ふぅんって。お前が聞いたんだろ、ったく」
「だってウジウジしてる人嫌いなんだもん」
はぁ?と爽太は怪訝な顔をした。
「会っちゃダメだとか誰が決めたの?会いたいなら連絡すればいいでしょ? 何でダメなの?」
「あいつに会う権利なんて俺にはないんだよ」
「その会う権利とかも誰が決めたの? 彼女を支えられなかったからその権利がないとか言うならあんた間違ってる」
ビシ! と花音は爽太に向かって指をさした。
「話を聞いてあげられた事で彼女は病院に行く決心がついたんでしょ? それだけで充分支えになってるわ。シャキっとしなさい、シャキッと」
「いい……のかな」
そう呟くと花音はニコッと笑った。
「当たり前でしょ。どうする、今日会ってくる?」
気を遣ってくれた花音に爽太は首を横に振った。
「いや、いい。まだこっちの心の準備が出来てないし」
「そっか。じゃ、お茶もう一杯頼もうか?」
花音は何気なくそう言って紅茶とコーヒーを一杯ずつ頼んだ。落ち着いてから帰ろうという言外の気遣いだという事に気付かない振りをして爽太は頷いた。
帰り道。家まで送るという爽太の申し出を花音は頑なに断っていた。
「大丈夫よ、まだ明るいし。家も近いから」
「でも……」
「じゃあね」
花音はなお食い下がろうとする爽太を無視し、爽太に背を向けてすたすたと歩き始めた。
その姿が、ーーー杏奈に重なった。
「花音!」
花音がびっくりした顔で振り向く。
「何かあったら呼べよ! すぐ駆けつける」
花音はふわりと笑ってひらひらと手を振った。
大丈夫、分かったよ。そんな風に言ったような気がした。