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桜雨 〜さくらあめ〜  作者: natsu.
5/8

僕の想い、唇から伝わりますか?

 次の日の放課後。


「ほら、あんた色白だからこーゆー暗めの色似合うじゃない」


 と黒地に牡丹などの鮮やかな色味の花が描かれている浴衣を花音の胸に押し当てた。


「で、でも派手すぎない?」

「これくらいいーのよ。あら、こーゆーのも似合いそう」


 と色、柄、質感などが異なる浴衣をどんどんと花音に合わせる。

 ここはショッピングモール。中学の通学路の近くに偶然あったので寄り道しているのだ。

 なぜそんなことになっているのかというと、ーーー時は昼休みに遡る。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「夏祭り?」


 のんがきょとんとした声で復唱した。


「そ、夏祭り。一緒に行かない?」


 わかが軽くウィンクした。


「夏祭りかあ……行ったことないんだよね」


 花音が言うととうがぎょっとした顔になった。


「行ったことないのか!? 」

「え、うん。基本的に夏は涼しい部屋で本読むか何かしてるし」

「人生損してるぞお前……」


 いつもは (比較的)穏やかな桃李がここまで感情をむきだすとは珍しい。


「あたし……夏って苦手なんだよね」

「え、何で」


 そうがびっくりしたように言った。


「ん、まぁ色々」


 恐らくその一言で3人には伝わっただろう。

 花音にとって夏は愛しい人を奪われた辛い季節だということを。


「でも、夏祭りってどこでやるの?」


 花音が聞いた。

 若菜はうーんと考え込む素振りを見せ、


「多分駅前かな。花火もやるしね」


 とだけ言った。


「あそこなら川もあるしな」


 と爽太も頷く。


「それより! 花音も爽太も桃李も浴衣強制だからね」

「え!? な、何で?」

「あったり前でしょー? あんた、夏祭りに私服なんて有り得ないわよ」

「で、でもあたし浴衣持ってない……」

「それくらい買ってやるわよ、あたし達のはあるし」


 若菜の言葉に花音はぎょっとした。

 か、買うって……。


「いやそれはさすがに悪いよ」

「いーから! さ、そうと決まれば放課後買いに行くわよー!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんなこんなで買い物に来ている次第である。


「このラベンダーのやつもいいわね」


 と薄紫にリボンや可愛らしい花を取り入れた浴衣を当てる。

 花音はと言えば若菜にされるがままである。

 男子2人は女子の買い物に付き合わされげんなりしていた。


「……女子の買い物って長いんだな」

「……まぁ、女子だから」


 爽太と桃李は死んだ魚のような顔で女子の買い物を見ていた。しかもベンチで座って。


「ま、でも……」

「でも?」

「花音が楽しそうだからいっか」

「……」


 桃李は爽太の盛大なノロケをスルーした。


「まるでお前花音が好きみたいな感じだな」


 爽太は少し驚いたような顔をしたが、すぐに「まぁな」とドヤ顔だ。


「まさか、本当なのか……?」


 桃李が恐る恐る問うと爽太は、


「当たり前だろ。なんで俺がお前に嘘つく必要があるんだよ」


 と少し怒った顔をした。

 桃李もこれには相好そうごうを崩した。

 やっと、恋ができたんだな。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はいのん腕上げてー」

「ね、ねぇホントに着るの?」

「あったり前でしょー! 何のために買ったんだっての」


 夏祭り当日。

 花音は自室で前に4人で買いに行った浴衣をわかに着付けてもらっていた。

 そうとうは先に若菜による着付けを済ませていた。


 結局買ったのは最初に見ていた黒地に牡丹などの鮮やかな花が描かれている物だ。


 爽太と桃李の着付けを終えると、若菜はすぐに


「ハイ男子は出てってねー」


 と男2人を花音の部屋から追い出した。


「ぃよっと……。花音細いわねー、タオルもう一枚巻かなきゃかな」

「ゆ……浴衣って暑いね」

「タオル巻いてるからね。もう少ししっかり食べたほうがいいわよ、和服が似合わなすぎ」


 サクサクと手際よく花音に浴衣を着付ける。


「さて、次は髪の毛ね」


 花音のふわふわした猫っ毛はまとめるには少し大変なのだが……。


「まぁでもなんとかなると思うわ」


 そう言いながらまた手際よく花音の髪を巻いていく。

 浴衣ではまとめ髪が定番らしいが、若菜は敢えての下ろし髪にこだわった。

 ゆったりと横でしばって華やかな夏仕様のシュシュで飾る。


「はーい完成!」


 部屋から出て来た花音を見て男2人は言葉を失った。

 ロングヘアの茶髪 (地毛)は綺麗に整えられ、明るい色のシュシュが合っている。

 また、黒い浴衣に色白の肌が眩しいくらいに映えていた。


「綺麗じゃん、やっぱ似合うな」


 さらりとそんな事を口にしたのは桃李。

 爽太は顔を真っ赤にして何も言えずに俯いた。


「さ、行こっか」


 浴衣姿で初☆夏祭りです。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夏祭りは相当な賑わいようだった。

 りんご飴にわたがし、風船釣りに金魚すくい。


「すっ……ごぉい」

「ね?来てよかったでしょう」


 若菜に問われ、花音は満面の笑みで頷いた。

「うん! すごいね! 夏祭りってこんなにすごいものだったんだ!」


 こんな笑顔で言われたら不覚にも顔が赤くなるのを止められない。

 浴衣姿という普段見れない格好の上に何気ない色気も出ている。だから余計に花音の顔を直視出来ない。


「爽太見て見て! 金魚すくい!」

「本当だ。やるか?」

「いいよやろう! 勝負ね、あんたとあたしどっちが多く取れるか!」

「OK、受けて立つ!」


 きゃーっと2人で金魚の取り合いが始まる。

 気づけば爽太は、普段通りの態度に戻れていた。



 そんな2人の様子を見ていた若菜がくすっと笑った。そして桃李に囁く。


「ね、あの2人いい感じじゃない?」

「ん、まぁな」


 桃李が答えると若菜はいきなり爆弾発言をした。


「あの2人撒いちゃおっか」

「……はぁ!? 」


 思い切り桃李は怪訝な顔をした。


「だってこのままじゃあの2人進展なさそうなんだもん」

「だからってなぁ」

「……叶えてあげたいの」


 若菜が真剣な表情になった。


「あいつの恋、叶えてあげたいの。あんたなら分かるでしょ?」

「……まぁ」

「なら協力して。いいわね?」


 桃李ははーっと溜息をついた。

 こいつの口車に勝てる奴はいない。

 本気で今そう思う。


「……分かった。その代わりお前は俺のそば離れんなよ」


 若菜は少し怪訝な顔をしたがすぐに不敵に笑って「いいよ」と言った。

 契約成立だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あれぇ……?」


 花音はきょろきょろと辺りを見回した。


「どした花音」


 爽太が金魚の袋を2つ持って現れる。


「若菜と桃李がいないの」

「はぁ? ……まぁあいつらなら放っといても平気だろ、俺たちは俺たちで回ろう」

「……ふ、2人で?」

「それ以外になにがあるんだよ、行くぞ」


 ぐいっと花音の手を引っ張る爽太。それでも花音が痛くないように加減してくれているのが分かった。

 花音は思わず嬉しくなってきゅっと握り返した。

 爽太がびっくりした気配が伝わってくる。こちらに顔が向けられると花音はにこっと笑って応えた。

 その後も2人で色々と回っているうちに花火の時間になり、アナウンスが流れる。


「お、花火始まんのか。いい場所知ってるから行こうぜ」

「そうなの?」


 できれば人混みじゃないといいなぁ、と思いながら爽太についていく。

 爽太が花音を連れてきた場所は河原。


「ここで見るの?」

「ここが1番人が少なくてよく花火が見えるんだ。お前、人混み苦手だろ? だから」


 まさか知られていたなんて。

 そんな素振り1度も見せたはずないのに。


「……よく分かったね」

「まぁ、人間観察は好きだしな」

「何それ」


 花音は思わず相好を崩した。

 やがて花火が始まった。


「わっ、可愛いハート型だ!」

「へぇ、最近のはすごいんだな」


 手は握ったまま。

 そして花火、浴衣という普段と違うシチュエーション。

 何か──恋人同士みたい。

 そんなことが頭をよぎるが慌てて振り払う。

 いやいやいやないないない! 変な妄想しすぎだよあたしってばしっかりしろ! 

 やがて今回の花火の大目玉、スターマインが打ち上げられる。

 と同時に爽太の顔がものすごい近くに来た。

 やがて──柔らかな唇の感触が立ち去った。

 花音はしばらくわけ分からない、といった表情でぽかんとしていた。

 わけが分かると同時に顔が真っ赤になる。


「そ、そそそそ爽太……」


 だが爽太は平然と立ち上がり、「戻るか」と言った。

 なんでそんな平然としてられるの、あんたは恥ずかしいとかそーゆー感情はないの。

 心の中では言いたいことが渦巻いていたが、全てが絡み合って言葉にならない。

さりげなく差し出された手を花音は取らずに立ち上がり、「そうね」とだけ言った。

 それしか言えなかった。



「はぁ!? キスしたぁ!? 」


 合流したとうに言われ、のんは真っ赤になった。


「しーっ! 桃李、声大きい!」

「あっ……悪い、でも何でいきなり……」


 桃李に言われて花音は考え込む素振りを見せた。


「何でだろう……。普段のそうならあんなことしないと思うんだけど……」

「まぁでもあいつは──……」


 と言いかけてハッとする。彼女──あんの事はまだ彼女には言ってはいけない。


「あいつは……?」

「い、いや……何でもない!」

「何それ」

「何でもないってば! ハイ終了!」


 花音は唇を尖らせたが桃李はそれ以上取り合わなかった。

「桃李は?」

「は? 何が」

わかと一緒だったんでしょ? 何もなかったの?」

「何もなかったよ」

「ホント?」


 じっと桃李の目を覗き込む花音。

 本当は、──あった。

 それは花火が始まってからしばらくした後だった。



『若菜、──俺と付き合ってくれないか』


 顔から火が出そうな勢いだった。

 それくらい恥ずかしかった。

 若菜は露骨に困った顔をしていた。

 当たり前だろう。

 彼女は爽太が好きなのだ、頷ける話ではない。

 やがて若菜の回答は出た。


『……ごめんなさい』


 だろうな、と思っていた。でも少し押してみた。


『何で?』


 若菜は少し言い辛そうに言った。


『だって……あたしは爽太が好きだから』

『でもあいつはもう他の女を追ってる。そんな辛い恋し続けるのか?』

『だってしょうがないじゃない! あたしはまだ好きなんだもの!』


 桃李は思わず若菜を抱き寄せた。


『と、桃李!?』

『俺じゃ……代わりになれないか?』


 若菜はふるふると首を振った。


『代わりでいいから……。代わりでいいから俺を受け入れて』

『ダメ……だよ。そんな失礼な事……』


 桃李は自分の口で若菜の口を黙らせた。

 若菜が目をみはる。

 パンッ……と軽い音が響いた。

 桃李の目には若菜が涙目になっているように見えた。


『……ごめん』



 話を聞き終わった花音はうーんと眉間にしわを刻んだ。


「何てゆーか……強引にやったわねあんた。女のコからしたら怖いと思うわよ」

「だよなぁ〜」


 桃李はガクンとうなだれる。


「でもどうにかしてやりたかったんだよ……」

「てゆーかさ」


 と花音が話題を変える。


 桃李は「何だ?」と応えた。


「その……。爽太の好きな人って……さ、桃李知ってるの?」


 ギクッ。

 やっべ、口が滑った。


「ま、まぁな。それよりも仲直り手伝ってく」

「ねぇ誰?教えてよ」

「言わねーよ!」


 爽太はお前が好きなのに!

 花音が露骨に拗ねた顔になった。


「……いいわよ、じゃあ若菜との仲直り手伝わないから」

「な……っ!」


 それは卑怯だ。

 今の自分達の仲の悪さは尋常ではない。花音に取り 持ってもらうのが無難だ。

 爽太では悪化しそうな感じがする。


「それは……こ、困る」

「でしょ? じゃ教えてよ」

「……断る」

「何でよ!」

「……なんでお前はそこまでこだわるんだ?」


 花音はぐっと押し黙った。

 そして呟く。


「……爽太の事を何でも知りたいっていうのはわがままなのかな」


 俯きがちにそう呟いた。


「……爽太に聞いてみろよ。本人に聞くのが1番手っ取り早いしな」


 桃李は俯いた花音の頭にポンと手を載せた。


「……そうだね。聞いてみる」


 花音は笑ってそう言うなり爽太の所へ駆けて行った。

 素直すぎる……。桃李は花音を眩しく思った。



「爽太!」


 先程キスをしたばかりの相手に呼ばれて爽太はどきりとした。

 だが表情だけは平然と振り向く。


「どうした?」


 そう言うと花音は肩で息をしながら言った。


「ちょっと聞きたい事あって。明日時間ある?」

「唐突だな」


 そう思ったのは本当だ。

 こんな風に花音がいきなり要求してくることは少ない。だから少なからず驚いた。


「うん、急だから無理だったらいいよ」

「いや、明日の放課後なら時間ある」

「じゃあ明日ね。ありがと」


 そう言いながら花音は若菜と自分の家に戻った。

 ……何だろう聞きたい事って。何かしたか俺。

 そう思いながら爽太も桃李と共に花音の家に入った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「へぇー、キスしたんだ?」


 若菜にそんなことをあけすけに言われたのは、浴衣 を脱いで髪をほどいていた時だった。


「う……うん、まぁ……」


 花音は髪をとかしながら俯いた。


 鏡を見なくても自分の頬が紅潮しているのが分かる。


「てゆーかそんなあっさり風味で言わないでよ、もう」

「だって事実でしょ? 今更恥ずかしがることもないわよぅ」


 顔を赤くしている花音に対して若菜は涼しい顔だ。 それどころかしれっと「いっそのこと仕掛けちゃえばいいのよ」という有様だ。


「し、仕掛けるってなにを!? 」

「まぁ要するに、こっちを振り向くように恋の手管仕掛ければ? ってコト」


 沈黙した。何てことを言い出すんだこの友人は。


「そんな……。無理矢理振り向かせるみたいな事、出来ないよ」

「じゃああたしが爽太狙うけど?」

「な……っ!」


 花音は持っていたくしを落としそうになった。

 若菜はニッコリ笑って続けた。


「あたしさぁ……爽太が好きなんだよね。あんたが何もしないならあたしがもらう」


 な、何言ってんのこの人。

 あたしは別に爽太の事なんて好きじゃない……。

 そう思った瞬間に爽太の顔が浮かんだ。


『花音!』


 いつでもそう呼んでくれる暖かい声。

 あたしはあなたをどう思ってるの? 

 あなたはあたしをどう思ってるの? 

 どちらも分からない。でもとられたくない。

 自分の物でもないくせに。

 でも──……


「……ごめんね、ダメ……だよ」

「あら何で? あんたにダメと言う権利はないでしょ?」


 確かに権利はない、でも。


「ダメ……だよ、あたしは………」


 ごめん、はる君。あたしーー……


「あたし爽太の事が……。好きだから」

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