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桜雨 〜さくらあめ〜  作者: natsu.
4/8

My Precious

 月曜日。

 いつも学校へ来ているそうが居ない。


「あれ、今日爽太は?」


 隣の席のとうに聞くと桃李は肩をすくめて「さあな」と言った。


「なんか『心が風邪引いたから休む』とかって言ってたぜ」

「何それ」

「あいつの様子がおかしいのはいつもだし、気にする事ないわよ花音」


 わかがさらりと会話に入ってくる。

 ……でも心配だな。花音はひっそりと帰りに爽太の見舞いに行こうと決めたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『ピーンポーン』


 家の呼び鈴が鳴った。爽太は自分の部屋で布団をかぶっていた。

 誰だよこんな時間に。


「……あらあらまぁ! ちょーっと待っててね」


 母親の応対する声。足音がこちらへ向かってきた。

 ガチャリとドアが開く。


「爽太、女のコ来てるわよ」

「女……? 誰だよ」

あいさんってコ! 通していいわね?」


 通していいわねも何も返答を求めてねーだろ。

 そう思ったが反論しないでおいた。

 とゆーか……相田って。

 そう思った時、ガチャッとドアが開いた。

 そこには母親と、──花音が。


「あの……具合、どう?」


 花音は学校帰りなのだろう、指定の鞄とコンビニの袋を提げていた。


「風邪引いたって聞いたから。色々買ってきたんだけど」


 そう言って花音は袋の中身を出した。中には冷えピタにゼリーが何種類か、市販の風邪薬やアイスなどが入っていた。


「こーゆーのなら食べられるでしょ?」

「あ、ああ……」


 少しどもったのは花音がすっと顔を近づけたからである。


「顔赤い。熱でもあるの?」


 そう言いながら爽太の額に手を当てようとする。

 爽太は必死で花音の手から逃げていた。


「や、マジで平気」

「でも本当に顔真っ赤だし……。わっ、あつ!」


 ピトッと冷たい手が額に触れた。

 途端にパンッ……と軽い音が響いた。

 はたかれたのは花音の手。はたいたのは爽太だ。


「あ……」


 花音は少なからず傷付いた顔をした。

 爽太は何も言えずただ呆然としたままだった。


「ご……ごめんね、あたし……。そ、そこまで嫌だったとは思わなくて」

「いや、違うんだ花音!」

「あまり触られたくないなら言ってほしかった。今までごめんね」


 そう言うなり爽太の部屋を出て行った。

 爽太の部屋に置いてあったのは花音が持ってきたコンビニの袋と、──小さなメモ用紙。


『爽太へ お大事に   かのん』


 少し丸めの文字で書かれたそれは花音からの手紙だった。

 花音は本気で心配してくれていたのに、俺は何てものを返したんだ。

 ごめん、花音。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 花音は爽太の家の近くの公園のベンチに座り込んでいた。

 花音は膝の上に肘を突き、組んだ手の上に額を載せる。そのままはあー、と溜息をつく。

 嫌がらせちゃった。

 あの時の爽太の顔が目に浮かぶ。

 あの時、爽太ははたかれた花音よりも痛そうな顔をしていた。

 本当に嫌だったんだろな。

 力は加減してくれていた。それでも少し痛かった。 それだけ嫌だったのだろう。

 はぁぁー、と溜息をまた1つ。

 その時だった。


「花音……?」


 聞きなれた声。

 二度と聞きたくなかった声。

 思わず振り向く。

 そこには──


「お父……さん………」


 世界で1番会いたくなかった父親がいた。


「花音……。一緒に帰ろう、さあ」


 父親が花音の手をぐいっと引っ張る。


「や……や、だ。いや、嫌だってば!」


 渾身の力で振りほどこうとするがほどけない。

 とうとう花音は公園から引っ張り出された。

 嫌………助けて、助けて……。


「爽太……ッ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうのんが出て行った後、また布団へ潜りなおして眠ろうとした。だがーー……


「あ〜クッソ!」


 花音のことが気になって気になって仕方ない。

 あの後どうしたのだろうか。花音も爽太の事を気にしているだろうか。

 そんなことが気になって眠れない。


『ピロリロリーン』


 今度はケータイの着信だ。可愛くはない、多分可愛くはない。

 着信はわかだった。


「はいもしもし?」

『爽太!? ねぇ今どこ!?』


 緊迫した若菜の声。少し怪訝になりながら爽太は

「家だけど」と答えた。


「何だよいきなり」


 そこからはもう若菜はパニックに陥り使い物にならず、そばにいたらしいとうが代わった。


『花音が居なくなったんだよ!』

「……はぁ!?」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 花音が連れてこられた先は古い廃屋。

 そこまでどう来たのか記憶はない。

 目を覚ました花音の目に飛び込んできたのは父親の冷たい瞳、そして両足を縛っている縄だ。

 体はビクともしない。恐らく両手も縄に縛られているだろう。

 身体はベッドに仰向けになっている。


「あ、起きましたよあいの親父さん」

「ああ」


 見知らぬ男と父親。何を──する気だ。


「……ねぇ、何のつもり?」


 男はフッと笑った。余裕とも見える笑みだ。


「君のヌード写真を撮ろうかな、と。君なら体は慣れてるようだし……使いやすいかなと思って」


 カッとなった。

 人をモノのように言うなんて。最低。

 ……いや、元々こんな風な男だった父親についてくる男も似たようなものなのかもしれない。

 父親ーーいや、もう知らない男になりかけているーーが花音に近づいた。

 乱暴にシャツを掴みビッと前をはだけさせる。


「やっ……」


 途端にシャッターの音。

 撮られているらしい。

 反応しないように、と思ってもフラッシュに顔を背けたりしてしまう。

 そんな反応は向こうを楽しませるだけだと言うのに。

 くそ。どうしたら逃げられる?

 縄にくくりつけられてたら逃げようがない。

 縄を切る? ──いや、ナイフも何もないのにどうやって。

 蹴り飛ばす? 殴る? ──どちらにしろ縄が邪魔だ。

 どうする?どうしよう………。


「……これで写真は大分溜まったな」


 また父親の声。男も「ええ、大分、ね」と答えている。

 ギシッとベッドが軋む音。男が花音の両脇に足を置いて押し倒している形になる。


「……何、してるの」

「いや? 君を今の内に僕のものにしておこうかな、とね」


 僕の、物? 

 やめてよ、あたしははる君の物──。

 ふと、その言葉に違和感を感じた。

 春輝君の物? ううん、あたしは──

 ある1人の少年の顔が浮かんだ。

『花音!』

 まだ信じていた。──彼は来てくれる。きっと助け出してくれる。

 そして──その時は訪れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうわかとうと合流し花音のいる廃屋を何とか突き止めた。


 花音の父親は政界ではかなりの有名人。

 また、桃李の父親もその世界にいるため、コネを使って突き止めたのだ。


 だが、廃屋に来たはいいものの部屋がたくさんありすぎて、どこにいるのか分からない。

 爽太はダッシュで外に出た。


「爽太!?」


 仲間の止める声も耳に入らない。

 花音なら、口を塞がれていなければきっと応える。

 もし塞がれていたとしても、何らかのアクションを取ってくれる筈だ。

 爽太は思い切り息を吸って叫んだ。


「かの──────ん!!!!!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その時がきたのは男に全てを奪われる寸前だった。

 信じていた彼の声が外から聞こえた。

 呼ばれた名前に反応したのは男たちの方。

 慌てて花音の口を塞ぎに来た。

 その指を思い切り噛む。口の中に血の味が滲む。そんなことは御構いなしに叫んだ。


「爽太ぁ──────!!!!! 」


 途端に爽太が駆けつける。

 その背後には──


「警察だ!」


 若菜、桃李と、──警官が何名かいた。


猥褻わいせつ行為未遂、並びに誘拐の容疑で現行犯逮捕する!! 」


 男たちは残さずお縄につき、花音の元へ爽太が駆け付けてきた。


「怪我は!?」


 爽太に物凄い剣幕で言われ、驚いたがこくんと頷く。

 爽太は人目をはばからずほーっと息をついた。


「心配してた?」


 からかうつもりで言った、だが爽太はまた物凄い勢いで「当たり前だろ!」と言った。


「どこの世界にお前のことを心配しない奴がいるんだ!」


 思わず笑みがこぼれる。


「……何笑ってんだよ」

「いや? 心配してくれる人がいるっていいもんだなって」

「はぁ? 何じゃそりゃ」


 はるといた時ですらこんな風に笑えなかった。

 春輝は花音を心配してくれていたし大事にしてくれていたがここまで安心して笑えなかった。

 この気持ちを何と呼ぶのか花音はまだ知らないけれど。

 これだけは言える。

 ──あんたはあたしにとって大事な人になったんだ、春輝君よりも大事な人に。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 花音は監禁されていたのに爽太が思ったよりも顔色は良かった。

 心配だったのは本当だし花音が笑ってくれて嬉しかったのも本当。

 でも、俺は、多分──


『爽太』


 花音とは違うアルトの声が耳にこだまする。

 爽太の世界で1番大切だった人の声。

 もう二度と聴けない声。

 恋なんて一生しないと思ったあの日。

 自分だけ幸せになるなんて、と思っていた日々。

 ごめん、俺は一生恋なんてしないと思ってたけれど。

 ──こいつが好きだ。 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昨日の今日だったがのんは意地で学校へ来た。

 昨日のことは警察沙汰になったためクラスの全員が知っている。

 花音に向けられる視線は好奇と軽蔑、そして同情だった。


(あのコ実の父親に襲われたんだって)

(えー可哀想)

(その年で処女じゃないとかじゃない?)

(でも合意の上じゃないんだし……仕方ないんじゃない?)


 好き勝手言われる事にはもう慣れた。

 事情を知っていたのはそうのみだし、彼もまた花音といることで好奇の対象にされたくはないだろう。

 ──1人になることは前提で来ていた。


「オッス花音」


 爽太が声を掛けてくる。


「おはよ」


 花音はいつも通りに振る舞っていたつもりだった。それでも声は少し揺れた。


「……」


 爽太は少し考え込む仕草しぐさを見せ、バンッと机を叩いた。

 びくっとしたのは花音のみならず、クラスでひそひそと話していた者(ほとんどが女子)たちもなった。

 爽太はジロッとその女子達を睨み、花音に笑顔で振り向いた。


「昨日のテレビ見たか?」

「え、テレビって」

「『エ●タの●様』だよ! 見なかったのか?」

「あー……昨日はバタバタしてて」

「そか」


 爽太は何も言わない。何も聞かない。

 それが心地よくて思わず涙腺がゆるんだ。


「て……テレビ面白かった?」


 パタパタと涙が落ちるのも構わず笑顔で言った。

 周りがシンとなる。

 爽太は花音の涙を何も言わずにそっと拭い、花音の頭を優しく抱き寄せた。

 そこへ。


「あら、おはよう花音、爽太」


 わかとうが来た。

 途端にパッと離れる。


「あ、おはよう若菜」


 何でもなかった振りをして返す。


「あー眠ーい」

「まだ朝だろが」


 と、2人が花音の方に向かって無声音で話しかけてきた。


「ね、あの……お父さんの事、ホント?」

やっぱり来たか。少し息をつきながら花音は答えた。

「うん、本当。引くでしょ、この歳でって」

「「何で?」」


 若菜と桃李の返答にこっちが「何で?」と返したくなった。

 だってみんなあたしのに対して一歩引いてるのに。

 花音がよほど怪訝な顔をしていたのだろう、桃李が苦笑しながら付け足した。


「何で引くようなことがあるんだってこと。俺たちからすれば花音のソレなんて取るに足らないしな」

「ええー? で、でもみんなあたしの事……」

「みんなはダメだろうけど。少なくともあたし達はあんたの事を嫌ったりはしないわよ」

「花音がいい奴なの知ってるのに今更引くとか有り得ないしな」


 爽太がぽんっと花音の頭を撫でた。

 みんなが来るまで強張ってた心がほぐれるのを感じた。

 じんわりと瞼が熱くなる。


「やだちょっと泣かないでよ」

「ごめ……嬉しくて」


ごしごしと拳で涙を拭う。

こんなに嬉しい。

友達って、こんなに優しい。

──ありがとう、みんな。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「もう学校来ても平気なの?」


 帰り道。花音の隣を歩いていた若菜が聞いた。


「うん、一応ね。まだ色々あるらしいけど、あたし子供でしょ? だからそこはナシにしてもらったの」

「でも辛かったろ?」


 桃李が聞く。花音もこくんと頷いた。


「まぁちょっとね。でも父親は昔の事で愛想尽きてたし、そこまでではなかったなぁ」

「冷めてんなお前」

「だーってホントだもん。あんなことされた相手を許せとか無理だし」

「まぁそれは分かる」

「でしょ?」


 花音と桃李の話が盛り上がる。

 と、そこで爽太がすっと抜けた。


「あれ、爽太?」


 どうしたの、と問う花音に爽太は笑って


「ちょっと用思い出したから帰るわ! んじゃな」


 と、手を振って逆方向へ走って行った。



「……なんだろ」


 花音が怪訝に呟く。

 若菜と桃李は事情を知っているようで、何も言わなかった。

 ──考えてみたらこのメンバーの中であたしが一番歴史浅いのよね。

 花音はそんなことを思い、少し寂しいな、とも思った。

 以前ならこんな事は思わなかったろうに。

 人って変わるもんなのね。


「花音は本人から聞いてるのか?」


 桃李に聞かれ、何の事かと思ったが、爽太の『用事』の事らしい。


「ううん、何も。あ、でも──」


 花音は2人に爽太が陸上をやらないと決めていることを言ってみた。

 2人はへぇー、と感心した様子だった。


「あいつも意外と他人に心開くようになったわね」

「昔なら絶対言わねーのにな」


 花音は事情を知らないので頭にハテナマークがちょんちょんと浮かぶ。


「花音にも教えたげたいけど……。爽太が言ってないならあたし達が言う権利はないわ。ごめんね」


 若菜に申し訳なさそうに言ってくれるが花音としても爽太が言いたくない(であろう)事は他人から聞くものではない、と分かっている。

 だから首を横に振った。

 気にしないで、ありがとうという意味を込めて。


「もしかしてお墓参りとかかもね」


 花音が何の気なしに放った一言は意外と穿うがっていた意見だったらしく、若菜と桃李は苦笑するだけだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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