出会いはいつも突然に
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桜──……
この儚げな花が咲く時期になると必ずと言っていいほど彼の事を想い出す。
少女は桜の樹を見上げた。
「春輝君……」
小さく呟く。風が吹いてざあっと桜を散らした──
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4月。彼との出会いは入学式。
相田花音、有村爽太。
名簿で隣同士。そんなシチュエーションで始まった。今思えば、あの時が始まりだったのかもしれない。
へぇ、何だかカッコよさげな人だなぁ。花音はそんな風に思っていた。そんな彼──有村爽太と関わるようになったのは4月の当初。
「げっ……」
彼の青ざめた声を聞いて少し驚く。何となく声をかけたほうがいいのかと思い、「どうしたの?」と聞いてみた。爽太はくるりとこちらを向いてやはり青ざめた顔で「やっちまった……」と呟いた。
「な、何? 何かしたの?」
戸惑いながらも聞いてみる。彼によると今日授業で使う数学の教科書を忘れてきたらしい。
「どうしよう……」
花音ははぁー、と溜息をついて教科書を差し出した。
「使う? あたしも数学やるから半分こだけど」
花音がそう言うと爽太は思い切り花音に抱きついた。
「きゃあ!? ちょ、ちょっと!」
「助かったよお前マジ神だな!!」
「分かったから落ち着いて! 離して!!」
花音がそう叫ぶと周りも何だ何だと遠巻きに見てくる。見てるんなら助けてよ。
そう思った瞬間。
ぺりっと爽太がはがされた(離れたというよりもはがされた、というほうが適切な表現だった)。
「こーら爽太。彼女困ってんだろ」
「そーよ、全く。いー加減にしないとまた殴るわよ」
爽太に仲よさげに話しかけてくる男女2人組。
「若菜、桃李!」
どうやら爽太とは小学校で一緒だったのか友達のようだ。花音はまだ少し爽太に抱きつかれたショックから立ち直っていなかった。
──だって男子に抱きつかれるのなんてあの時以来なんだもん。
「ごめんね、うちの幼馴染が」
そう言って来たのは若菜、と呼ばれていた少女である。肩までの少し毛先がくるんっとした黒髪が可愛い少女である。
「あ、いえ……。……ただ少しびっくりしただけで」
「あいつはね。まぁ、仕方ないと思ってやって」
ところで名前は? そう聞かれて花音は答えた。
「花音……です、相田花音」
「花音ちゃん? 可愛い名前ねー」
ふふっと若菜が笑う。笑うと何だか周りが明るくなるような感じだ。
いい感じの子だな。そう思った時に若菜の頭の上に手が乗った。
「おっ、早速可愛い子捕まえたな」
爽太ではないし、若菜と仲良く話している……ということは桃李、と呼ばれていた男子だろうか。
「あ……あの、若菜、さん」
若菜が少し驚いた顔をした。え、あたし何か変なこと言った?
「……あ、ごめんごめん。あたし自己紹介してなかったのにあたしの名前知ってたから驚いて」
何だ、そうゆうことか。
花音は安心してほぅっと息をついた。
「あたしは榎木若菜。こいつは松澤桃李。あたし達2人はあのバカの幼馴染なのよ」
若菜はそう言って爽太の方を見て肩をすくめた。
だが──花音には分かる。若菜は恐らく爽太の事が好きなのだろう。彼女が爽太を見る目は好きな人を見つめる目だ。
ふと気付くと、桃李も若菜を見ていた。
彼も若菜さんの事好きなのかしら? そう考えたが今は考えるだけにとどめる。
男の考えなんて知らないほうがいい。知ったが最後、怖い事しか待っていない。
花音は爽太に向き直る。
「で? 教科書、見るの? 見ないの?」
「見るッ!」
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何とか数学の授業を終えて放課後。
「花音ちゃん!」
若菜に呼び止められた。
振り向くと桃李と爽太もいた。
「何ですか?」
「一緒に帰ろ! ……ってか敬語やめてよ堅苦しい」
若菜に唐突にそう言われ、花音は戸惑った。
どうしよう敬語なしってどうやって話せばいいの!?
そもそも敬語の方が話しやすいんだけど!
花音が混乱していると桃李が「フツーにタメ口でいいよ」と言った。
「え、タメ口……?」
花音がまた戸惑う。
「だって同い年でしょ? いいわよ別に」
若菜にそう言われたので挑戦してみる。
「え……えと……。い、いいよ?」
少し照れながら言うと若菜がぎゅーっと抱きしめてきた。
「きゃ!?」
「もー花音ちゃん可愛い〜! 持って帰りたいー!」
「え、ちょ、若菜さん!?」
ピタリと若菜が止まった。そしてこちらを振り返る。
「その『さん』付けもやめて? 若菜、でいいわ。こいつらも呼び捨てでいいし」
「え、じゃ、じゃあ若菜……ちゃん?」
そう言うと若菜はニコッと笑った。
「それでいいわ。さて、帰ろっか」
「花音ちゃんって家どこなの?」
帰り道での若菜の突然の質問に、花音はちょっぴりどきりとしながら答えた。
「駅前のマンションです、27階」
「え、あそこ!?」
驚いた声をあげたのは爽太だ。
「え、うん。なんか変なこと言った?」
「あそこって超高層マンションで高いとこだろ!? すげーな相田!」
爽太は本気で感心しているようだ。そんな爽太を桃李がこつんと小突く。
「こらお前は。いつものペースで行くと引かれるぞ、ったく」
そして花音に向き直り、「ごめんな、うちのチビ爽太が」と頭を軽く下げた。
花音はいえ、と笑うと爽太が桃李に噛み付いた。
「っておい桃李! チビってなんだチビって!」
「あー? チビだろ、お前は。身長148cmなんだろ?」
「……っ! それならてめーもチビだ160cm!」
「テメーよりはでけーよバーカ」
「んだとー!?」
ヒートアップしそうな言い合いに若菜がスッと割って入った。
ーーそこからはまさに電光石火。
ゴチン! とゲンコツの音が鳴り響き、若菜は2人の首根っこを引っ掴んで両手に下げた。
「ごめんね、うるさくて」
ほらあんた達も謝んなさい、と若菜は2人の頭を無理矢理下げさせた。
「「ごめんなさい……」」
思わずぷーっと吹き出した。3人は花音の言動に頭が追いついていないのか、きょとんとしている。
「ご、ごめ、あたし、こんな面白い……こ、コントみた……」
大爆笑。笑いすぎて言葉が言葉になっていない。
つられ笑いだろう、爽太、若菜、そして桃李と3人も笑い出した。
4人の帰り道に笑い声だけが残った。