第03話 現状認識インソーシャルリレイションズ
遅くなりました。
シリアスです
「さぁ、行きますよ。」
メイドが先立って、歩く。
廊下は広く長く、床は絨毯のような柔らかい素材で足音はしない。
だがその柔らかさが、より足を重くさせるように感じた。
これから会うのは、この家の主人で侯爵、そして私のこの身体の父親に当たる人。
おそらく会う理由は私の処遇。貴族制の存在する国で、より高貴であろう男の不興を買った。それも嫉妬などの感情に任せた結果、殺人未遂までやってしまう形でーー。
テンプレというのがどのくらい正しいのかわからないけれど、もし、あの男が王子だとすれば……もし、私の婚約者だったとすれば……
今思い浮かぶもので、可能性が一番高いのは処刑だ。王子だったらできそうだし、テンプレ的にもよくある話だ。こうなったら逃げるしかない。
次に高いのは、家を追い出されることだろうか。臭いものには蓋とばかりに捨てられる可能性がある。
三つ目は無理やり嫁がされることか。だが、こんな状況で相手が見つかるとすれば、バッドエンドに出てくる嬲るの大好き豚系変態貴族とかにちがいない。絶対に嫌だ!これは一番嫌だ。やはり逃走か最悪、自死を選ぶしかない。
後は、幽閉とかだろうか。一生ものならまだマシだが、時間をおいて結婚となるかも。時間をおいた分少しは相手がマシになる可能性もあるが、男と結婚するのはごめんだ。
階段を上がり、先に大きな扉が見える。あそこが目指すところだろう。
結局、可能性の高い順に、処刑、放逐、豚貴族との強制結婚か。
おぅ……結局、良くても家を出される、悪くても家を出るのが目標になるって感じか。治安悪いんだろうな。科学文明ないんだろうな。この身体非力なんだろうな。
2度目の復活を期待するしかないんだろうか。魔法チートとかないのかな。それか不思議とわりかし治安のいい食堂?
コン、コン。
メイドがノックをする。
少し扉が開くと中にも、メイドが。こちらのメイドは、一緒に来たメイドより少し隙がありそうだ。言い換えれば、もう少し温かみがありそうだった。
「お嬢様をお連れいたしました。」
「入れ」
奥から聞こえたのは、冷厳な声だった。
ゴクンと自分の喉がなるのに気づいて、自分が起きてから何も飲んでいなかったことを思い出す。
「どうぞ。」
と、ぬるメイドが言い、扉を大きく開ける。
我らがひやメイドは、私に先に入ることを促すように手で示す。
「さっさとお入りください」という言葉が聞こえてきそうだ。
身体が、特に背中側が冷える、両手を擦ろうとすると汗でしっとりと湿っていた。
「ちょっと待って、今手汗がすごいから!ヤバいから!」って言いたい気持ちをグッと抑えて、扉から中へ入っていく。
すこし暗い部屋の奥には、美丈夫がいた。そしてその二つの小さく鋭い藍色が、鈍く燈火がかげろっているようだ。鋭く深い知性を宿しているであろう藍の目、しっかりと整えられた髪と口ひげ、痩せてはいるが線の細さを感じさせない体型、この男の印象は自然味がないというものであった。感情がないわけではなかろうが、感情は人間的な活動へだけ向けられ、動物的な原始欲求を捨て去ったように思わせるその風貌は、すでに私の変質を見抜いているような恐怖を生んだ。
部屋の真ん中あたりで自然と足が止まった。
「なぜ呼ばれたのかは分かっておるな。」
まるで、そこで止まることが分かっていたように話しかけられた。
枯れた重い口を、ゆっくりと開き
「私の処遇についてでしょうか」
と、なんとか口にする。
「そうだ。
お前は、誤った。
婚約者という立場にいながら、王子の関心を失い他に奪われた。
関心を取り戻せぬまま、嫉妬に狂い相手に危害を加え王子の怒りを買った。
そして今回、決定的な証拠を掴まれ、対立を表沙汰にした。」
淡々と事実が羅列されていく。
「先刻、王家から婚約を解消すると通達がきた。
もはやお前が婚約者と復帰することは不可能だろう。」
その眼が細められ、内面を見透かそうとでもするように、実験動物を観察するように見られる。
「お前は愚かだった。恋愛に溺れ、感情を制御できず、憎む相手を直接害そうとした。
侯爵家たる人間として、とても相応しいとは言えぬ。
まして、国母たりえぬ器だった。」
侮蔑するように言葉が続く。
あなたが手に入らないならーー
不意にその言葉がリフレインして、その時の寂しさと諦念が蘇る。
ガチリと歯車が噛み合うように、怒りが湧き立つ。
この女を捨てようというのか。彼女はお前の娘ではないのか。なぜ彼女はそこまで愛を求めたのだ。
ーーそれが与えられなかったからではないのか。
そちらが捨てるというのなら、私も捨てよう。もとよりこの心はこの世に寄る辺なき存在。ほんの数瞬であったにせよ、その最後を看取った者としてこの少女には縁を感じ、せめて絆深き人がいれば、真実を伝えねばと思ったのだが......
ヤメだ。
全て捨てていい。
私は私の生きたいように生きよう。
二度目の死を迎えるまでーー
二度とあのような感情を抱かなくて済むようにーー
「それで結局、わたしはどうなるのでしょうか。」
ーー笑え
なんとでもなれ!
処刑だろうが、放逐だろうが、結婚だろうが、なんでも乗り越えてみせよう。
そう思えば、自然と口も軽くなった。
犬歯をむき出して、獰猛な笑みを浮かべそうになるのをこらえ、顔を隠すようにうつむく。
「このままでは由緒ある侯爵家として、これでは先祖にも王にも顔向けできぬ。お前は修道院へと送る。男子禁制のその修道院へと入り、俗世の縁を完全絶つのだ。だが安心するといい。もし貞淑さが戻れば家に戻すことも考えよう。」
ハッ、なんて都合がいい!
「結構ですわ。」
「なん…だと……」
その男は目を見開いている。
初めて、感情らしきものを見せたことに、満足感を覚える。
ーー笑え
「フフッ、ほほほ…」
うつむいていた顔の角度を上げていき、少し見下ろすようにして、さりげなく腕を上げ口元へと近づけていく。
カッ!!!!
ーー笑え
目を見開き、手のひらを下に口元を隠しつつ大笑する!!
「オーーーーーッホッホッホッホ!!!」
「いいでしょう!俗世を離れよとおっしゃるのなら、私は名を捨て、そこで残りの一生を過ごしましょう!私は今日からセピ…セピナと名乗らせていただきますわ。お話は以上かしら?」
ポカーーン
という言葉を体現したように、目を開き口をあけた男と燭台の銀に映ったメイドたち。
間抜け面ね。
「もう戻ってよろしい、お・と・う・さ・ま?」
心にもない言葉を、最後の挨拶とばかりにかける。
「ーーあぁ。」
どこかぼんやりとした、言葉。
「これが生涯最後かもしれませんが、それでは御機嫌よう。」
踵を返す。
メイドが扉を開けるのも待たず、自分で開けてさっさと出て行こうと扉へと向かい、
ーーコケた。
一週間に一度更新する作者様方、マジリスペクト。
もっと更新してほしいなんて、思っていてすいませんでしたー。
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