面倒くさい男と
それからノワイエと合流した俺は、場所を裏庭から客室へと移し、ブリッツから話を聞くことにした。
「ほ、ほらよ。なんていうか……」
「今更恥じらうな。要点だけ言え」
少し扱い方が酷いかもしれない。だが、椅子に座ってモジモジソワソワするチンピラという、字面にしても絵面にしても気持ち悪いモノを見せられているノワイエと俺の立ち位置の方が酷い。二人で無表情に死んだ魚のような目をしているんだぞ。
「実は――」
「そうか。打つ手なしだな」
「そうですね、京平さん。わたし達ではこれ以上何も出来ません」
「頼むから最後まで聞いてから判断してくれねぇかな!?」
「チッ……」
「舌打ちすんなや!! 人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!!」
「ブリッツ。どうしてあなたはその調子で話すことが出来ないの?」
「むしろこの調子で話してたら余計に駄目じゃないか!?」
「駄目な自覚があるってのに治せない時点でどうしようもないだろ」
「身も蓋もねぇ!?」
と、一通り弄り倒した辺りで俺も少し真面目に考えてみる事にした。少なくともブリッツには色々と借りがあるしな……あったか? うーん。
「……なぁ、ブリッツ」
「な、なんだよ急に」
「俺、お前に返さなきゃならない恩とかあったっけ?」
「いきなり!? 恩とか貸し借りとか、そういう打算的な部分じゃなくてよ!! 友達だろ!?」
「あ、わたしは京平さんに返さなきゃならない恩とかありますよ?」
「俺もノワイエには返さなきゃならない恩とかあるな」
うむ、それこそ一宿一飯所の騒ぎじゃないくらいだ。でもノワイエからの恩ってなんだ?
まぁ、お揃いっていうのも良い響きだよね。
「何を仲良く笑い合ってんだよ!? なんなのお前ら二人とも馬鹿なの!? どうしたんだよ!!」
「むぅ、わたし達の事より今はブリッツの事でしょ?」
「お、おう……当然の事なのに理解していた事に驚いたぜ。同時に理不尽過ぎると思う俺がいる」
おっ、むぅ、頂きました。よし、これでやる気が出た。
「さて、ここの人達と上手く素直に話せないんだったな。まずはどの範囲までの人と話せないんだ?」
「なんで急に真面目に……いや、なんでもない。まずはオルゲルトさんだろ、セバ爺に――」
指折り数え始めた直後にドアをノックする音が響く。返事をすると、失礼しますの言葉と共にオールドタイプのメイド服を着た女性が入ってくる。
「御荷物を届けに来たんですが」
丁度良い。ブリッツがどの具合重傷なのかを判断させてもらおう。目配せをするとブリッツもすぐに理解したらしい。頷くと同時に咳払いをひとつ、メイドさんの視線を向ける事に成功した。
「あぁ、わざわざ悪い。その辺に置いといて貰えればそれでいい。後は自分達でなんとかするから」
普通、だろうか。とりあえず判断材料としては少ないけどメイドさんはOKかもしれない。
「かしこまりました。では、そのように」
小さく御辞儀をして、メイドさんは荷物を自分の足元に……そこなの!? 部屋の隅とかじゃなくて!? ドア閉まらないんだけど!? 天然か!!
「あぁ、ちょっと待ってくれ」
「はい、なんでしょうか?」
俺の考えている事を……いや、常識の範疇だろう。ブリッツはメイドを呼び止める。
「その……プリエは、まだ帰ってきてないんだろうか?」
「……お嬢様がお戻りになられたら直ぐにお伝えします」
「いや、いい……少なくとも今日明日に帰るわけでもなさそうなんでな。手間をかけた」
ブリッツのそれは何だか、見ているこっちが切なくなるような……そんな笑顔だった。
それをメイドさんも感じての配慮だったのだろう。先程より深い一礼を残して廊下へと去っていった。
……プリエ、か。それがブリッツの片思いの相手なんだろう。今のやり取りだけで、その思いの丈は十分に見て取れた。
ただ、荷物は部屋と廊下を跨ぐような形で放置された事は解消されなかったが。しかし、少ないとはいえ三人分の荷物をよくもまぁ一人で持ってきたな、あのメイドさん。
「今の人とは普通に話してたな。ダメなのは一応二人だけってことか?」
「……まぁな」
自分で言った手前、荷物の位置をずらしながら答えるブリッツに改めて対策を考え――
「そうですね。あの"二人と"、をダメだとするなら……」
不意に口を開くノワイエに、ブリッツの動きがピシッと固まった。
おい……その言い方、つまり二人だけじゃないだろ。
「プリエとの場合、ダメダメになります」
マジかよ。二倍か。
「……ダメダメというと?」
驚きを隠せない俺の問いかけに、ノワイエは今度こそ手を尽くした医者のように首を振る。事実、その二人に関して手を尽くした経験があるのだろう。
完全沈黙するブリッツを置いて、ノワイエはゆっくりと口を開く。
「非常に面倒くさい事になります」
今からでもいい。
俺、帰ってもいいかな?




